成層圏からスカイダイヴィングした男は、いかに「音速」を超えたのか──流体力学に基づく意外な研究結果
オーストリアのスカイダイヴァーが、高度39,000mからの落下スピードで音速を超えてから5年。ドイツの科学者チームが、その超音速の秘密を流体力学に基づいて解き明かした。そこから明らかになった、意外な研究結果とは──。
TEXT BY MARTA MUSSO
TRANSLATION BY TAKESHI OTOSHI
WIRED(IT)
オーストリアの恐れを知らないスカイダイヴァー、フェリックス・バウムガルトナーの驚くべき偉業から5年が過ぎた。2012年10月14日、彼は高度約39km(約39,000m=成層圏)からの自由落下によるダイヴィングで、音速の壁を超えることに成功したのだ。その速度は、なんと時速1,342kmだった。
そしていま、この偉業がいかに可能になったのかを探求したのが、ウルリッヒ・ヴァルター率いるミュンヘン工科大学の研究者チームである。彼らはバウムガルトナーのばかげたダイヴを、不規則な形状の物体がどのようにしてこれほど速い速度に到達できるのかを研究するために利用した。
そして、『Plos One』で発表された彼らの発見は、同様にばかげたものだった。さまざまな装備を背負ったスカイダイヴァーは、滑らかで均整のとれた物体よりも速く落下するというのだ。
表面が滑らかな物体よりも速く落下した理由
それにしても、防護服とバックパックを装備したアスリートが、どうすれば均整のとれた形状で表面が滑らかな物体より速く落下できるのだろうか。
「滑らかな物体の流体力学に基づくわたしたちの計算が示唆しているのは、バウムガルトナーが音速のバリアを越える、つまりマッハ1(マッハは流体のなかで動く物体の速度と、同じ流体のなかでの音の速度の比率を指す)、もしくは時速約1,200kmより速く落下するには、高度約37kmからジャンプしなければならなかっただろうということです」と、研究チームは説明している。「しかし実際には、バウムガルトナーはずっと速い速度のマッハ1.25に到達しました」
技術的な話をすると、音速のバリアに近い遷音速(つまりマッハ0.7から1.3まで)における流体力学の計算は、それほど簡単ではない。というのも、さまざまな物理現象が重ね合わされるからだ。
マッハ0.7から1.3の範囲では、動いている物体の周りの空気の流れにもはや柔軟性がなく、むしろ硬直している。ここから、衝撃波が形成される。これが乱流を生み出し、乱流はエネルギーを吸収して、結果として音速近くの速度における流体力学的な抵抗の増加をもたらす。
でこぼこの表面のほうが速く落ちる不思議
反対に特定の条件では、表面の不規則さが流体力学的な抵抗を減少させることができる。表面に小さなくぼみをもつゴルフボールがよりよく飛ぶのと同じように、自由落下する物体は、滑らかな表面をもたないほうが、より速度を出すことができるのだ。
「この結果には本当に驚きました」と、研究チームは説明する。「滑らかな立方体の抵抗係数がマッハ0.6から1.1まで増加し続けるのに対して、研究結果によると、バウムガルトナーのダイブの間に抵抗係数はほとんど変化しないままでした。このことは、音速のバリアが事実上、さらなる抗力を何も生み出さなかったことを意味しています」
つまり今回の研究は、物体の表面の不規則さが、どんなものであっても遷音速での流体力学的抵抗を著しく減少させることを明らかにしている。言い換えれば、不規則な表面によってより速くなるのだ。「この研究は純粋な基礎研究です。しかし、例えば飛行機の巡航速度が上がり続けると、いつの日かこの結果が有益となるかもしれません」
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