ハルケギニアの超越者――オーバーロード―― 作:サルガッソ
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悪を見過ごさないのが英雄、だろう? すっかり日が暮れた王都トリスタニア。そこで、漆黒の戦士が縄で縛られた男数名を王都警備隊に引き渡していた。
「ご苦労様でした、モモンさん!」
「ああ、では、この者達をよろしく頼む」
アインズは、早速モモンとして活動を開始していた。いつものシャドウデーモン情報網に引っかかっていた裏路地の住民の内、武器屋の主人に聞いた賞金がついている者と酷似した特徴を持つものを捕らえたのだ。
なお、遊びなしでのガチ攻撃であった。アインズ自身剣士としての自分に自信など欠片も無い為、急襲をかけて一瞬で倒したのだった。
「さて、モモンの名はひとまずこの街の人間に刻まれた。犯罪者を捕らえることのできる戦士としてな」
「モモンさんなら当然っすよ!」
他所から来た旅人、モモンとルプー。その名は、とりあえず世間に知られるはずだ。悪人を捕らえた戦士として。
後は街のチンピラレベルの雑魚ではなく、もうちょっと名を売れる大物を捕らえたいところである。
「今回の感じでは、場所さえわかれば捕らえるのは難しくないな。正直戦士系のスキルなど全く持っていないから、幾らか不安だったのだが……」
戦士として、アインズの経験値はゼロに近い。かつての仲間達の動きを参考にしているつもりだったが、見るものが見れば拙いものだろう。
武器にできるのはレベル100の魔法使いとしての身体能力のみ。一応、失っても惜しくはない装備を鎧の下に付けてはいるが、到底安心などてきない実力しかないのだ。
「モモンさんなら余裕っす! 人間なんて楽勝っす!」
「だといいな。しかし、それ以前に敵がどこにいるのかわからなければどうしようもない。今回の連中は分かりやすかったが、格が上の犯罪者ともなれば自分を隠す術を知っていると言うことか。土くれといい、情報が全く入らないからな」
シャドウデーモン達に命じて探させたところ、何組かの犯罪者と思われる人間は既に捕捉している。だが、それらは全員雑魚。手配書で言っても格下で、申し訳程度の懸賞金しかついていない者だけなのだ。
この世界のアイテムを集めて実験したいし、ナザリック強化、維持のためにも安定した収入は是非欲しい。とにかく金が欲しいと言う意味でも、もうちょっと名のある犯罪者を相手にしたいものだ。
「まあ、全てはシャドウデーモン待ち――」
『アインズ様』
「ん? アルベドか、どうした」
これからどうしようかと悩んでいたところ、遠く離れたところにいる人物と会話できる魔法〈伝言 〉がアインズに対して発動された。
魔法の向こうにいるのはアルベドだ。定時報告の時間では無い為に、何かあったのかとアインズは身構える。
『シャドウデーモンから報告がありました』
「……聞こう」
『はい、アインズ様の指示にありました、土くれと言う人間の足取りを掴んだそうです』
「おお! そうか! それで? 土くれはどこにいる?」
『はい、アインズ様。シャドウデーモンによれば、件の人間はトリステイン魔法学院と言う場所で破壊行為を働き、そこにあった宝とやらを持ち去ったとのことです』
トリステイン魔法学院。昼ごろに会った少女や、人攫いを捕らえたときに出会った少女が所属している教育施設。
詳細はよくわかっていないものの、恐らくメイジを育てる場所なのだろうとアインズは思っているし、ある程度興味がある場所だった。もし方法があれば、誰かを潜り込ませて系統魔法の知識を得られるかもしれない場所として。
「なるほど。それで? 土くれの正体、現在の居場所、強さ、所持品。それらについてはどうだ?」
『はい。土くれは情報通りに巨大な――20メートルほどの土でできたゴーレムを使い、宝物庫の壁を破ったそうです。それ以外に所持している魔法は不明。装備はただの服だったようですが、それで顔を隠していたそうです』
「……当然だな。強盗行為を働くのに顔を晒す者はいないだろう」
『居場所については、シャドウデーモンが三体張り付いています。正体は、どうやら魔法学院の関係者のようです』
「そうなのか?」
『はい。アインズ様の御命令通り、未知の魔法による防御を施されている可能性が高い為に、シャドウデーモンも内部までは侵入していません。その為詳細は掴めていませんが、土くれは一度逃げてから離れた場所にある小屋へ盗品を保管し、その後変装を解いてまた魔法学院へ向かっているとのことです』
「なるほど。外部犯に見せかけ、容疑者から外れるつもりか。厄介だな」
魔法使いは貴族である。そして、その貴族の子供が通うのが魔法学院だとアインズは認識している。
そこの関係者ならば、それ相応の社会的地位を持っていると考えたほうが妥当だ。そんな人物を誘拐した場合、もしかしたら危険な敵を作るかもしれない。
できればその人物の正体を暴き、犯罪者の烙印を押した上で捕らえたい。そうすれば、立派な社会人を誘拐するのよりは言い訳もできるだろう。それにうまく行けば、敵対して誘拐するのではなく、公権力から匿ってやる形でこの世界の優秀な盗賊を味方にできるかもしれない。
「アルベド。可能な限り魔法学院の情報を集めよ。それと、土くれの隠れ家と思われる小屋には隠密能力に長けたシモベを配置しろ。恐らく、土くれはそこに今一度訪れるはずだ」
『畏まりました。魔法学院へ直接シモベを送りますか?』
「いや、ナザリックの存在を隠すのは、情報が集まってない現状ではもっとも優先されるべきことだ。ナザリックから離れた場所から、逆探知によりナザリックの存在を感づかれないよう工夫した上で情報系魔法による諜報を行え」
『畏まりました、アインズ様』
ここで、アルベドとの通信は途絶えた。そして、アインズはヘルムの下にある骸骨の顔を笑みに歪ませた。
「魔法学院の関係者……か。……ルプー!」
「は、はい! なんっすか、モモンさん?」
「今日は宿をとり、モモンとして休むとしよう。恐らく、明日は捕り物になるだろうからな」
「了解っす!」
人の町に現れた戦士、モモン。その身分を完璧なものにする為にも、やはり人としての生活を残さねばならない。
その為に、アインズは適当な宿を探す。あまり安っぽい宿だと侮られるかもしれないが、金がもったいないので高い宿にも行きたくない。
英雄の地位を確立した後は高級宿にしなければならないかもしれないが、今だけは節約の為に……。
(はぁ。土くれをナザリックに連れて行きつつ、報奨金を得る方法とかないかなぁ……)
◆
「衛兵は何をしていたのだ!」
「いや、所詮は平民だ! それよりも当直は誰だったんだ」
翌朝。土くれのフーケ、稀代の盗賊によって、数多くのメイジが暮らす魔法学院は蜂の巣をついたような騒ぎであった。
まさかメイジが多数集まっている魔法学院が狙われるなど、学生も教員も誰も思っていなかったのだ。まして、最高の防御を施されている宝物庫が破られ、学院の秘宝が二 つ も盗まれるなど思慮の外にあったと言える。
「当直はミセス・シュヴルーズだったはずです! この責任、どうやって取られるつもりか!」
「わ、わたくし家を建てたばかりで……」
そして、そんな大事件が起きたというのに、全く前向きな話は出ていなかった。学院の誇り高き教師であるはずの大人たちは、皆が皆犯人を捕まえる方策ではなく他者に責任を押し付けることに腐心していたのだ。
(もう、こんなことしてる場合じゃないでしょ!)
そんな現状を、ルイズ・フランソワーズは苛立ちとともに見ていた。
ルイズは昨夜起こった秘宝強奪事件の目撃者の一人であり、目撃証言を話す為にこの部屋――学院長室に呼ばれた生徒の内の一人なのだ。
おかげで、非常に眠い。昨夜の事件のせいでよく寝られず、そして早朝に始まるはずだった盗賊対策会議はこの有様。貴族としてあるまじき姿を晒す教師達への怒りと苛立ちで眠気をかき消しているが、同じく目撃者として呼ばれた怨敵ツェルプストー家のキュルケは堂々とあくびをしているし、ルイズとは直接の関係が薄いキュルケの友人であるタバサは我関せずと本を読んでいる。ついでに、自らの使い魔であるサイトはボーっとしているだけだ。
誰も、誇りある魔法学院が荒らされたことへの怒りはないのか。ルイズは、全ての要因に対して本当に怒っていたのだった。
せっかく見た目に騙されて――話を聞く限り、机の上に置いてあった物を色気で釣って強引に値引きして買っただけみたいだが――あの武器屋の装飾剣を、自らの使い魔へのプレゼントなどと言って持ってきたツェルプストーに勝ち誇れた気分が台無しだ。
まあ、そのときに煽りすぎて決闘騒ぎになり、結果として盗賊被害の現場に居合わせたわけだが。
「これこれ、あまり女性を虐めるものではない」
「が、学院長! しかしですな……」
そんなとき、ようやくこの場を纏められる人間、魔法学院の長であるオールド・オスマンが入ってきた。
オスマンは、この事件は自分を含めた教師全員の気の緩みが原因であること。そもそも当直として働いているものなど誰もいないこと。それらの事実により、ひとまず場を収めたのだった。
そして、まずはフーケの手がかりをと、ようやくルイズ達三人――使い魔であるサイトは数に入っていない――に報告が求められたのだが、生憎ルイズ達もフーケについての手がかりを持っているわけではない。
昨夜はなんとか捕らえようと頑張ったのだが、結局何もできずに逃げられたと言うのが客観的な事実なのである。
「困ったの。何か手がかりでもないとどうしようも――」
「学院長。ただいま戻りました」
「おお、ミス・ロングビル。今までどこに行っていたのじゃ?」
「はい、今朝からの騒ぎを聞きつけ、すぐに下手人である土くれのフーケの調査に行っていました」
「ほう、仕事が早いの。それで、結果は?」
「はい、フーケの居場所がわかりました」
その言葉に、集まっていた人間は皆驚きを露にする。今まで誰にも尻尾をつかめなかった怪盗の居場所を探り当てた、その功績に対して。
何でも朝からの地道な聞き込みで居場所を割り出したようだが、ルイズもミス・ロングビルの優秀さには舌を巻いてしまう。学院教師の情けなさを見た後だけに、より輝いているようだ。
だが、そこからが問題だった。ミス・ロングビルによって賊の居場所が分かったのに、誰も盗賊を捕まえに行くと名乗りを上げないのだ。
王室に兵の要請をすると言う案も出たが、時間的に間に合わない。今すぐ行っても間に合うか分からないのに、余計なことをしている時間が無いのだ。
そして何よりも、無法者に攻撃され、誇りを傷つけられたのは魔法学院なのである。誇り高き貴族を名乗るのならば、自らの手で盗賊を捕らえねばならないのだ。
それなのに、学院の教師たちは誰も手を挙げない。公爵家令嬢でありながら魔法が使えず、ゼロのルイズと馬鹿にされる自分と違って、全員が最低でもトライアングルクラスの優秀なメイジのはずなのに。
いや、しかしそれも当然と言えば当然なのだ。学院の教師はメイジであり貴族であるが、軍人ではない。はっきり言えば、魔法が使えるだけで戦う事はできない人間ばかりなのである。
そりゃ魔法の使えない平民相手ならば勝てると確信しているが、同じメイジの、しかも本職の軍人達ですら手を焼いている怪盗に戦いを挑めるような人材は――極一部の特殊な事情の持ち主を除いて――いないのだ。
「…………」
「なんじゃ? 誰もおらんのか? 盗賊を捕らえて、名を挙げようとする貴族は!」
互いの顔色を伺い合う教師達に、オスマンは大きな声を、どこか情けなさに頭を痛めているようにあげた。いつも貴族の誇りとか、平民の上に立つ優秀さだとか、そんなことを公言して威張っている部下の本性を突きつけられたからだろう。
ルイズはそんな中で俯いていたが、意を決して杖を顔の前に挙げた。それは、立候補の意思を示す行為だ。
「な、み、ミス・ヴァリエール! 君は生徒なのですぞ!?」
「誰も上げないじゃないですか!」
ルイズが目指すのは、誇り高い貴族。断じて平民 に強く、盗賊 に怯える愚か者ではないのだ。
そんなルイズに追従するように、キュルケとタバサも杖を挙げる。キュルケはルイズへの対抗心から、そしてタバサは心配だからと言う理由で。
「では、この者達に任せるとしよう。魔法学院は、諸君らの努力と貴族の義務に期待する!」
流石に反対意見も出るが、誰も行かないと言うのならばそれもポーズ以上の意味はない。
結局、トライアングルクラスのメイジが二人もいることだし、戦闘能力という意味でならメイジに勝った実績もある使い魔のサイトもいる。ルイズ自身は将来有望とかそんな言葉で流されたが、とにかく彼ら4人がフーケ討伐隊に選ばれたのだった。
その裏にある、伝説への信頼も含めての決定であった。
「では、案内役をミス・ロングビルに任せる」
「もとよりそのつもりですわ」
そして、道案内としてミス・ロングビル。この五人でフーケの足取りを追うこととなったのだった。
その様子を、遠い場所から奇怪な化け物が見聞きしていることなど考えもせずに……。
◆
「暇ねー」
「でも、普通よりもずっと早く進めてますよ?」
「本当にすげーよな、魔法って。まさかロボットみたいなものまであるなんてさ」
「ろぼっと? それはガーゴイル……のはずよ。わたしはこんなの見たこと無いけど。ガリア製かしら?」
早速馬車に乗って、ロングビルの指示によって五人は進んでいた。
だが、その馬車を引いているのは普通の馬ではない。タバサの所持品――というわけではないと本人が言っているが、とにかくタバサが持ってきた八本足の馬型ガーゴイルだった。
その力強さと言ったら、並みの馬で進むのとは比べ物にならない。借り物だから勝手に使ったらまずいかもなどとタバサは言っていたが、今は速度が最優先される時だ。
タバサが命令すれば自動的に走ってくれるので御者すら要らず、馬車ではなく乗馬で進んでいるような速度で進めるこのガーゴイルを使わない手はない。
結局タバサも説得され、こうしてハルケギニアではまず見れない高級なガーゴイル馬車で一気に進むのだった。
道中ロングビルの身の上話が出たり、ルイズとキュルケが喧嘩したりなどあったが、特に問題も無く深い森へと馬車は入っていく。
そして、馬車で進める限界まで到着し、そこからは徒歩で進むことになる。このガーゴイルも、ここでストップだ。外見的に戦闘にも使えそうだが、流石に壊すわけには行かないのだった。
「……あれですか?」
「ええ。わたくしの集めた情報によれば、あの小屋がフーケの隠れ家のようです」
しばらく森を進んだら、全く人気のない廃屋を発見した。フーケが中にいるかは不明であり、罠の類もあるかはわからない。
実戦経験豊富なタバサを除き、ルイズ達は基本的に箱入りのお嬢様なのだ。そのタバサに関しても、本領は直接戦闘であり、罠発見に類する技能は素人に毛が生えた程度である。少なくとも、遠目から見ただけで発見する事はできない。
というわけで、最終的にはサイトが様子を見に行くこととなった。中にフーケがいた場合はおびき出し、隠れているキュルケとタバサで瞬殺するつもりである。魔法が使えないルイズは、やる気はともかく戦力に数えられていない。
威力だけならばルイズの失敗とされる、どんな魔法も爆発に変換されるという性質は立派な武器なのだが、狙いをつけることもできないランダム爆撃なだけに作戦に組み込めないのだった。
そんな話し合いの後、サイトはデルフリンガーを強く握り、見た目からは想像できない素早さで一気に小屋へと向かっていく。サイトは理由不明ながら、剣を持つと身体能力が急上昇するのだ。
「……誰もいないぞ」
小屋の窓から中を覗いたサイトは、無人であるとルイズ達に伝える。そしてルイズ達も小屋に近づき、タバサが魔法感知の魔法で魔法の罠について調べ、そのほか幾つかの魔法で罠はないと判断する。
結論として、とりあえずフーケ討伐隊の技量で判断するのならば、この小屋は無人で罠もない。完全に無防備であると判断された。
そこで、ルイズを見張りとして小屋の外に残し、念のための見回りとしてロングビルが隊を離れた。奇襲への警戒もばっちりだ。
そして、その判断は正しかったようだ。意を決して小屋の中に入ったところ、あっさりと目的の盗品を見つけ出したのだから。
「これが破壊の水晶 ?」
「でしょうね。昔宝物庫の見学のときに見たことがあるわ」
「じゃあ、こっちが破壊の杖?」
「そうだったと思うわよ? あたしはクリスタルのほうにしか興味なかったから、よく覚えてないけど」
今回、フーケが盗み出した秘宝は二つ。一つは水晶のような宝石の中に魔法的な輝きを宿したもの。そして、もう一つはやけに太い筒のようなもの。
小屋の中で見つけたのは、確かにその二つの特徴と合致している。まあ、キュルケは宝石以外に興味が無いようで、とくに見てもいないが。
だが、サイトは一人首を捻っていた。まるで、それらの秘宝を――いや、破壊の杖の方を見たことがあるかのように。
「なあ、これ本当に破壊の杖なのか?」
「そうよダーリン。うろ覚えだけど、確かに見たことあるわ」
「うーん。魔法の世界にこんなのが……でも、よく見ると違うから似てるだけか?」
サイトはしばらく悩んでいたが、結局気のせいだと結論したようだ。そして、その心境を口にするのだった。
「なんか、あっさり見つかったな」
「拍子抜け」
「ま、いいじゃない。面倒ごとがなかったんだから。さ、さっさと帰りましょ」
「だ、ダメよそんなの! まだフーケを見つけてないじゃない!」
秘宝は見つけたのだし、もう帰ろう。そんな話になったとき、見張りをしていたルイズが抗議の声を上げた。
もし罠があった場合一番対応できないという理由で外に残されたルイズだが、そんな待遇への不満も乗せた叫びであった。
「でもねルイズ。ここにいないんだからどうしようもないじゃない」
「手がかりなし」
「こ、この小屋に残ってるかもしれないじゃない!」
「あなた、そんなことできるの? あたしは嫌よ。こんな埃っぽい廃屋で家捜しするのは」
「後はプロに任せるべき」
現場に残った手がかりから犯人を追跡する。それは、専門家の仕事だ。素人の、それも汚れ仕事の経験など無い貴族の令嬢がやっていいことではない。
それがタバサとキュルケの意見だ。概ね、常識的で妥当な判断だろう。まあタバサならばそんな技能も多少は持っているが、そもそも彼女は友人が心配だからついてきたわけで、わざわざこんな素人メンバーで危険な盗賊を追跡しようなんて端っから思っていないのだ。
「でも……でも!」
しかし、ルイズの目的は盗賊の捕縛だ。魔法の使えない貴族、物心ついたときから受けてきた数々の侮辱。その汚名を雪ぎ、勇敢な貴族としての武勲を得るのがルイズの目的なのだから。
だが、その考えは愚かだ。魔法がまともに使えない――いや、使えたとしても無謀だろう。貴族とはあくまでも上位階級に君臨する指導者であり、戦闘者ではないのだから。
武門の一族であり、戦場で活躍することを前提に考えている――例えば火メイジとして女でも戦場に立つツェルプストー家の人間 や、既に任務を受けて実戦を経験している騎士 など――と言うのならばまだしも、正真正銘箱入りお嬢様のルイズが考えていいことではないのだ。
だが、だからと言って彼女を責めるのも酷だろう。必死にプライドと意地で立っているからこそ強気に見えるルイズだが、本当は酷く傷ついており、誰よりも脆い心の持ち主なのだ。
本来支えとすべき公爵家の血筋も、魔法が使えない劣等感を打ち消すには足りない。むしろ、自らの存在が公爵家の名誉を傷つけると自虐的にすらなってしまう、枷として働いてしまっている。
だから、ルイズにはプライドしかないのだ。立派な貴族であれと自らに課している、誇り高き貴族の生き様しかないのだ。
汚名を雪ぎ、貴族としての誇りを確固たるものにする。その為に無謀な武勲を望んでしまうことを責められるのは、彼女と同じ経験をしたことのある人間だけだろう。
だが――
「わたしは帰らな――え? きゃああああああ!」
「どうしたって、えぇぇ!?」
そんな彼女の決意は、一体のゴーレムによって有耶無耶にされた。巨大な土のゴーレムが、廃屋の屋根を一撃で吹き飛ばしたのだ。
「ゴーレム! フーケ!?」
キュルケも異常に気が付き、叫び声を上げる。そして、タバサは素早く詠唱し、竜巻を作り上げてゴーレムにぶつける。
だが、びくともしない。更にキュルケも杖を抜いてゴーレムを火炎で包むが、土のゴーレムに熱いなんて感覚は存在しないのだ。
「無理よこんなの!」
「退却」
キュルケ、タバサ両名の魔法ではゴーレムを倒せない。
それを認識した瞬間、二人は一目散に逃げ出した。勝てない相手からは躊躇無く引ける判断力もまた、戦闘者としては必要なものだ。
そんな二人に内心賛成して、サイトも逃げることにする。正直、あんな土のバケモノにデルフリンガー一本で立ち向かっても何とかなるとは思えないのだ。
だが、サイトは逃げる前にルイズを探す。そして、すぐに見つかった。ゴーレムの表面辺りで小さな爆発が起きているのだ。
「何やってんだルイズ! 逃げるぞ!」
「嫌よ! わたしは逃げない! フーケを捕まえれば、もう誰もわたしをゼロのルイズだなんて呼ばないもの!」
ルイズはゴーレムの後ろで、唇をかみ締めて魔法を唱え続ける。それがどんな効果の魔法なのかはサイトにわかることではないが、そんな知識は不要だ。どうせ、爆発しか起こらないのだから。
そして、そんな爆発を受けてもゴーレムはびくともしない。精々がちょっと表面を削るくらいのダメージである。
ゴーレムは逃げ出したキュルケ達と、自分を攻撃しているルイズを見比べた。どちらから先に潰そうか考えているのだろう。
その隙に、サイトはルイズに叫ぶ。勝ち目など無い、無理だから、早く逃げろと。
「わたしにだって、プライドがあるのよ! ここで逃げたら、ゼロのルイズだから逃げたんだってまた言われるもの!」
「言わせとけよ! 命の方が大事だろ!」
「いいサイト! わたしは貴族なの! そして魔法が使える者を貴族と呼ぶんじゃない! 敵に背を見せない者を貴族と呼ぶのよっ!」
そんな決意とともに、ゴーレムへとルイズの魔法――爆発が放たれる。
だが、無駄だ。ゴーレムにダメージと呼べるダメージはない。そしてその攻撃により、ゴーレムの攻撃対象はルイズに決定してしまったようだ。その巨体の足を持ち上げ、ルイズを踏み潰そうとしているのだ。
「あ……」
「クソッ!」
ルイズは目の前に迫った“死”を前に、唖然として目を瞑ってしまう。戦士ではない女の子として当然の反応だ。
それを見たサイトは、デルフリンガーを抜いて走り出した。剣を持ったサイトは、ただの高校生とは比べ物にならない身体能力を発揮し、風のようにルイズの元へ向かう。
これなら、ギリギリルイズを抱えて逃げ出せる。そう思いながらも全力疾走したとき――サイトの横から、風を置き去りにする“漆黒”が駆け抜けたのだった。
「フンッ!」
「え……?」
「なっ!?」
ルイズの命を確実に奪うゴーレムの足。それが、一人の人間によって受け止められた。
ありえない。どこの世界にこんな巨体を腕力で受け止められる人間がいる。ルイズもサイトも、揃って同じ感想を持ち、同時に先日の出来事を思い浮かべた。
「やれやれ。勇気と無謀は違うぞ?」
「あ、あんたは……」
普通の人間では両手を使っても満足に振れないだろう巨大な剣を、片手で振るってゴーレムを止めた漆黒の鎧を纏う男。魔法が支配するハルケギニアでは明らかに異常な、漆黒の剣を武器にする戦士。
だが、今の姿を見ては、誰であっても魔法の使えない弱者などと彼を卑下する者はいないだろう。
窮地に陥った少女の前に立ち、迫り狂う暴虐を圧倒的な力で止めた、その男のことを。
「一度名乗ったが、せっかくだ。もう一度名乗ろうか。私の名はモモン。怪我はないかね?」
「え、ええ」
漆黒の戦士モモンは、ゴーレムの足を剣で支えたままルイズの無事を確認する。
ようやくショッキングな光景に与えられた衝撃から立ち直ったサイトも駆けつけ、ルイズを保護する。保護された当人はそこで「わたしは逃げないわよ!」と暴れてサイトを困らせるが、そこでモモンは剣に力を込め、ゴーレムを弾き飛ばした。
「うわ、すっげ」
「な、何なのコイツ……」
人外の腕力。それを見せ付けられたサイトとルイズは、モモンの力に唖然とするばかりだ。
そして、モモンは後ろへ首だけで軽く振り返り、サイトたちに一言告げた。
「さあ、あれは私が引き受ける。君たちは下がっていなさい」
「い、嫌よ! あいつはわたしが倒すんだから! 大体、あんたは関係ないでしょ!」
「お、おいルイズ。そんな言い方……」
「うるさい! わたしは貴族なの! 平民に守られるのが貴族じゃない! 平民を守るのが貴族なんだから!」
ルイズらしいと言えばらしいが、しかし困りものだ。よくわからないけど凄い人が助けに来てくれたんだから、もう任せればいいとサイトは思っていた。
だが、そこでモモンは軽くため息を吐いた後、実に重々しく言葉を告げるのだった。
「関係ない、か。確かにその通りだが、ここは先ほどの君の言葉を流用させてもらおうか」
「な、なによ?」
「敵に背を向けないのが貴族、だったか? ならば私はこう言おう。悪を見過ごさないのが、英雄である――と」
漆黒の英雄は、剣を巨大なゴーレムに突きつけながらそう宣言するのだった。
「ご苦労様でした、モモンさん!」
「ああ、では、この者達をよろしく頼む」
アインズは、早速モモンとして活動を開始していた。いつものシャドウデーモン情報網に引っかかっていた裏路地の住民の内、武器屋の主人に聞いた賞金がついている者と酷似した特徴を持つものを捕らえたのだ。
なお、遊びなしでのガチ攻撃であった。アインズ自身剣士としての自分に自信など欠片も無い為、急襲をかけて一瞬で倒したのだった。
「さて、モモンの名はひとまずこの街の人間に刻まれた。犯罪者を捕らえることのできる戦士としてな」
「モモンさんなら当然っすよ!」
他所から来た旅人、モモンとルプー。その名は、とりあえず世間に知られるはずだ。悪人を捕らえた戦士として。
後は街のチンピラレベルの雑魚ではなく、もうちょっと名を売れる大物を捕らえたいところである。
「今回の感じでは、場所さえわかれば捕らえるのは難しくないな。正直戦士系のスキルなど全く持っていないから、幾らか不安だったのだが……」
戦士として、アインズの経験値はゼロに近い。かつての仲間達の動きを参考にしているつもりだったが、見るものが見れば拙いものだろう。
武器にできるのはレベル100の魔法使いとしての身体能力のみ。一応、失っても惜しくはない装備を鎧の下に付けてはいるが、到底安心などてきない実力しかないのだ。
「モモンさんなら余裕っす! 人間なんて楽勝っす!」
「だといいな。しかし、それ以前に敵がどこにいるのかわからなければどうしようもない。今回の連中は分かりやすかったが、格が上の犯罪者ともなれば自分を隠す術を知っていると言うことか。土くれといい、情報が全く入らないからな」
シャドウデーモン達に命じて探させたところ、何組かの犯罪者と思われる人間は既に捕捉している。だが、それらは全員雑魚。手配書で言っても格下で、申し訳程度の懸賞金しかついていない者だけなのだ。
この世界のアイテムを集めて実験したいし、ナザリック強化、維持のためにも安定した収入は是非欲しい。とにかく金が欲しいと言う意味でも、もうちょっと名のある犯罪者を相手にしたいものだ。
「まあ、全てはシャドウデーモン待ち――」
『アインズ様』
「ん? アルベドか、どうした」
これからどうしようかと悩んでいたところ、遠く離れたところにいる人物と会話できる魔法〈
魔法の向こうにいるのはアルベドだ。定時報告の時間では無い為に、何かあったのかとアインズは身構える。
『シャドウデーモンから報告がありました』
「……聞こう」
『はい、アインズ様の指示にありました、土くれと言う人間の足取りを掴んだそうです』
「おお! そうか! それで? 土くれはどこにいる?」
『はい、アインズ様。シャドウデーモンによれば、件の人間はトリステイン魔法学院と言う場所で破壊行為を働き、そこにあった宝とやらを持ち去ったとのことです』
トリステイン魔法学院。昼ごろに会った少女や、人攫いを捕らえたときに出会った少女が所属している教育施設。
詳細はよくわかっていないものの、恐らくメイジを育てる場所なのだろうとアインズは思っているし、ある程度興味がある場所だった。もし方法があれば、誰かを潜り込ませて系統魔法の知識を得られるかもしれない場所として。
「なるほど。それで? 土くれの正体、現在の居場所、強さ、所持品。それらについてはどうだ?」
『はい。土くれは情報通りに巨大な――20メートルほどの土でできたゴーレムを使い、宝物庫の壁を破ったそうです。それ以外に所持している魔法は不明。装備はただの服だったようですが、それで顔を隠していたそうです』
「……当然だな。強盗行為を働くのに顔を晒す者はいないだろう」
『居場所については、シャドウデーモンが三体張り付いています。正体は、どうやら魔法学院の関係者のようです』
「そうなのか?」
『はい。アインズ様の御命令通り、未知の魔法による防御を施されている可能性が高い為に、シャドウデーモンも内部までは侵入していません。その為詳細は掴めていませんが、土くれは一度逃げてから離れた場所にある小屋へ盗品を保管し、その後変装を解いてまた魔法学院へ向かっているとのことです』
「なるほど。外部犯に見せかけ、容疑者から外れるつもりか。厄介だな」
魔法使いは貴族である。そして、その貴族の子供が通うのが魔法学院だとアインズは認識している。
そこの関係者ならば、それ相応の社会的地位を持っていると考えたほうが妥当だ。そんな人物を誘拐した場合、もしかしたら危険な敵を作るかもしれない。
できればその人物の正体を暴き、犯罪者の烙印を押した上で捕らえたい。そうすれば、立派な社会人を誘拐するのよりは言い訳もできるだろう。それにうまく行けば、敵対して誘拐するのではなく、公権力から匿ってやる形でこの世界の優秀な盗賊を味方にできるかもしれない。
「アルベド。可能な限り魔法学院の情報を集めよ。それと、土くれの隠れ家と思われる小屋には隠密能力に長けたシモベを配置しろ。恐らく、土くれはそこに今一度訪れるはずだ」
『畏まりました。魔法学院へ直接シモベを送りますか?』
「いや、ナザリックの存在を隠すのは、情報が集まってない現状ではもっとも優先されるべきことだ。ナザリックから離れた場所から、逆探知によりナザリックの存在を感づかれないよう工夫した上で情報系魔法による諜報を行え」
『畏まりました、アインズ様』
ここで、アルベドとの通信は途絶えた。そして、アインズはヘルムの下にある骸骨の顔を笑みに歪ませた。
「魔法学院の関係者……か。……ルプー!」
「は、はい! なんっすか、モモンさん?」
「今日は宿をとり、モモンとして休むとしよう。恐らく、明日は捕り物になるだろうからな」
「了解っす!」
人の町に現れた戦士、モモン。その身分を完璧なものにする為にも、やはり人としての生活を残さねばならない。
その為に、アインズは適当な宿を探す。あまり安っぽい宿だと侮られるかもしれないが、金がもったいないので高い宿にも行きたくない。
英雄の地位を確立した後は高級宿にしなければならないかもしれないが、今だけは節約の為に……。
(はぁ。土くれをナザリックに連れて行きつつ、報奨金を得る方法とかないかなぁ……)
◆
「衛兵は何をしていたのだ!」
「いや、所詮は平民だ! それよりも当直は誰だったんだ」
翌朝。土くれのフーケ、稀代の盗賊によって、数多くのメイジが暮らす魔法学院は蜂の巣をついたような騒ぎであった。
まさかメイジが多数集まっている魔法学院が狙われるなど、学生も教員も誰も思っていなかったのだ。まして、最高の防御を施されている宝物庫が破られ、学院の秘宝が
「当直はミセス・シュヴルーズだったはずです! この責任、どうやって取られるつもりか!」
「わ、わたくし家を建てたばかりで……」
そして、そんな大事件が起きたというのに、全く前向きな話は出ていなかった。学院の誇り高き教師であるはずの大人たちは、皆が皆犯人を捕まえる方策ではなく他者に責任を押し付けることに腐心していたのだ。
(もう、こんなことしてる場合じゃないでしょ!)
そんな現状を、ルイズ・フランソワーズは苛立ちとともに見ていた。
ルイズは昨夜起こった秘宝強奪事件の目撃者の一人であり、目撃証言を話す為にこの部屋――学院長室に呼ばれた生徒の内の一人なのだ。
おかげで、非常に眠い。昨夜の事件のせいでよく寝られず、そして早朝に始まるはずだった盗賊対策会議はこの有様。貴族としてあるまじき姿を晒す教師達への怒りと苛立ちで眠気をかき消しているが、同じく目撃者として呼ばれた怨敵ツェルプストー家のキュルケは堂々とあくびをしているし、ルイズとは直接の関係が薄いキュルケの友人であるタバサは我関せずと本を読んでいる。ついでに、自らの使い魔であるサイトはボーっとしているだけだ。
誰も、誇りある魔法学院が荒らされたことへの怒りはないのか。ルイズは、全ての要因に対して本当に怒っていたのだった。
せっかく見た目に騙されて――話を聞く限り、机の上に置いてあった物を色気で釣って強引に値引きして買っただけみたいだが――あの武器屋の装飾剣を、自らの使い魔へのプレゼントなどと言って持ってきたツェルプストーに勝ち誇れた気分が台無しだ。
まあ、そのときに煽りすぎて決闘騒ぎになり、結果として盗賊被害の現場に居合わせたわけだが。
「これこれ、あまり女性を虐めるものではない」
「が、学院長! しかしですな……」
そんなとき、ようやくこの場を纏められる人間、魔法学院の長であるオールド・オスマンが入ってきた。
オスマンは、この事件は自分を含めた教師全員の気の緩みが原因であること。そもそも当直として働いているものなど誰もいないこと。それらの事実により、ひとまず場を収めたのだった。
そして、まずはフーケの手がかりをと、ようやくルイズ達三人――使い魔であるサイトは数に入っていない――に報告が求められたのだが、生憎ルイズ達もフーケについての手がかりを持っているわけではない。
昨夜はなんとか捕らえようと頑張ったのだが、結局何もできずに逃げられたと言うのが客観的な事実なのである。
「困ったの。何か手がかりでもないとどうしようも――」
「学院長。ただいま戻りました」
「おお、ミス・ロングビル。今までどこに行っていたのじゃ?」
「はい、今朝からの騒ぎを聞きつけ、すぐに下手人である土くれのフーケの調査に行っていました」
「ほう、仕事が早いの。それで、結果は?」
「はい、フーケの居場所がわかりました」
その言葉に、集まっていた人間は皆驚きを露にする。今まで誰にも尻尾をつかめなかった怪盗の居場所を探り当てた、その功績に対して。
何でも朝からの地道な聞き込みで居場所を割り出したようだが、ルイズもミス・ロングビルの優秀さには舌を巻いてしまう。学院教師の情けなさを見た後だけに、より輝いているようだ。
だが、そこからが問題だった。ミス・ロングビルによって賊の居場所が分かったのに、誰も盗賊を捕まえに行くと名乗りを上げないのだ。
王室に兵の要請をすると言う案も出たが、時間的に間に合わない。今すぐ行っても間に合うか分からないのに、余計なことをしている時間が無いのだ。
そして何よりも、無法者に攻撃され、誇りを傷つけられたのは魔法学院なのである。誇り高き貴族を名乗るのならば、自らの手で盗賊を捕らえねばならないのだ。
それなのに、学院の教師たちは誰も手を挙げない。公爵家令嬢でありながら魔法が使えず、ゼロのルイズと馬鹿にされる自分と違って、全員が最低でもトライアングルクラスの優秀なメイジのはずなのに。
いや、しかしそれも当然と言えば当然なのだ。学院の教師はメイジであり貴族であるが、軍人ではない。はっきり言えば、魔法が使えるだけで戦う事はできない人間ばかりなのである。
そりゃ魔法の使えない平民相手ならば勝てると確信しているが、同じメイジの、しかも本職の軍人達ですら手を焼いている怪盗に戦いを挑めるような人材は――極一部の特殊な事情の持ち主を除いて――いないのだ。
「…………」
「なんじゃ? 誰もおらんのか? 盗賊を捕らえて、名を挙げようとする貴族は!」
互いの顔色を伺い合う教師達に、オスマンは大きな声を、どこか情けなさに頭を痛めているようにあげた。いつも貴族の誇りとか、平民の上に立つ優秀さだとか、そんなことを公言して威張っている部下の本性を突きつけられたからだろう。
ルイズはそんな中で俯いていたが、意を決して杖を顔の前に挙げた。それは、立候補の意思を示す行為だ。
「な、み、ミス・ヴァリエール! 君は生徒なのですぞ!?」
「誰も上げないじゃないですか!」
ルイズが目指すのは、誇り高い貴族。断じて
そんなルイズに追従するように、キュルケとタバサも杖を挙げる。キュルケはルイズへの対抗心から、そしてタバサは心配だからと言う理由で。
「では、この者達に任せるとしよう。魔法学院は、諸君らの努力と貴族の義務に期待する!」
流石に反対意見も出るが、誰も行かないと言うのならばそれもポーズ以上の意味はない。
結局、トライアングルクラスのメイジが二人もいることだし、戦闘能力という意味でならメイジに勝った実績もある使い魔のサイトもいる。ルイズ自身は将来有望とかそんな言葉で流されたが、とにかく彼ら4人がフーケ討伐隊に選ばれたのだった。
その裏にある、伝説への信頼も含めての決定であった。
「では、案内役をミス・ロングビルに任せる」
「もとよりそのつもりですわ」
そして、道案内としてミス・ロングビル。この五人でフーケの足取りを追うこととなったのだった。
その様子を、遠い場所から奇怪な化け物が見聞きしていることなど考えもせずに……。
◆
「暇ねー」
「でも、普通よりもずっと早く進めてますよ?」
「本当にすげーよな、魔法って。まさかロボットみたいなものまであるなんてさ」
「ろぼっと? それはガーゴイル……のはずよ。わたしはこんなの見たこと無いけど。ガリア製かしら?」
早速馬車に乗って、ロングビルの指示によって五人は進んでいた。
だが、その馬車を引いているのは普通の馬ではない。タバサの所持品――というわけではないと本人が言っているが、とにかくタバサが持ってきた八本足の馬型ガーゴイルだった。
その力強さと言ったら、並みの馬で進むのとは比べ物にならない。借り物だから勝手に使ったらまずいかもなどとタバサは言っていたが、今は速度が最優先される時だ。
タバサが命令すれば自動的に走ってくれるので御者すら要らず、馬車ではなく乗馬で進んでいるような速度で進めるこのガーゴイルを使わない手はない。
結局タバサも説得され、こうしてハルケギニアではまず見れない高級なガーゴイル馬車で一気に進むのだった。
道中ロングビルの身の上話が出たり、ルイズとキュルケが喧嘩したりなどあったが、特に問題も無く深い森へと馬車は入っていく。
そして、馬車で進める限界まで到着し、そこからは徒歩で進むことになる。このガーゴイルも、ここでストップだ。外見的に戦闘にも使えそうだが、流石に壊すわけには行かないのだった。
「……あれですか?」
「ええ。わたくしの集めた情報によれば、あの小屋がフーケの隠れ家のようです」
しばらく森を進んだら、全く人気のない廃屋を発見した。フーケが中にいるかは不明であり、罠の類もあるかはわからない。
実戦経験豊富なタバサを除き、ルイズ達は基本的に箱入りのお嬢様なのだ。そのタバサに関しても、本領は直接戦闘であり、罠発見に類する技能は素人に毛が生えた程度である。少なくとも、遠目から見ただけで発見する事はできない。
というわけで、最終的にはサイトが様子を見に行くこととなった。中にフーケがいた場合はおびき出し、隠れているキュルケとタバサで瞬殺するつもりである。魔法が使えないルイズは、やる気はともかく戦力に数えられていない。
威力だけならばルイズの失敗とされる、どんな魔法も爆発に変換されるという性質は立派な武器なのだが、狙いをつけることもできないランダム爆撃なだけに作戦に組み込めないのだった。
そんな話し合いの後、サイトはデルフリンガーを強く握り、見た目からは想像できない素早さで一気に小屋へと向かっていく。サイトは理由不明ながら、剣を持つと身体能力が急上昇するのだ。
「……誰もいないぞ」
小屋の窓から中を覗いたサイトは、無人であるとルイズ達に伝える。そしてルイズ達も小屋に近づき、タバサが魔法感知の魔法で魔法の罠について調べ、そのほか幾つかの魔法で罠はないと判断する。
結論として、とりあえずフーケ討伐隊の技量で判断するのならば、この小屋は無人で罠もない。完全に無防備であると判断された。
そこで、ルイズを見張りとして小屋の外に残し、念のための見回りとしてロングビルが隊を離れた。奇襲への警戒もばっちりだ。
そして、その判断は正しかったようだ。意を決して小屋の中に入ったところ、あっさりと目的の盗品を見つけ出したのだから。
「これが破壊の
「でしょうね。昔宝物庫の見学のときに見たことがあるわ」
「じゃあ、こっちが破壊の杖?」
「そうだったと思うわよ? あたしはクリスタルのほうにしか興味なかったから、よく覚えてないけど」
今回、フーケが盗み出した秘宝は二つ。一つは水晶のような宝石の中に魔法的な輝きを宿したもの。そして、もう一つはやけに太い筒のようなもの。
小屋の中で見つけたのは、確かにその二つの特徴と合致している。まあ、キュルケは宝石以外に興味が無いようで、とくに見てもいないが。
だが、サイトは一人首を捻っていた。まるで、それらの秘宝を――いや、破壊の杖の方を見たことがあるかのように。
「なあ、これ本当に破壊の杖なのか?」
「そうよダーリン。うろ覚えだけど、確かに見たことあるわ」
「うーん。魔法の世界にこんなのが……でも、よく見ると違うから似てるだけか?」
サイトはしばらく悩んでいたが、結局気のせいだと結論したようだ。そして、その心境を口にするのだった。
「なんか、あっさり見つかったな」
「拍子抜け」
「ま、いいじゃない。面倒ごとがなかったんだから。さ、さっさと帰りましょ」
「だ、ダメよそんなの! まだフーケを見つけてないじゃない!」
秘宝は見つけたのだし、もう帰ろう。そんな話になったとき、見張りをしていたルイズが抗議の声を上げた。
もし罠があった場合一番対応できないという理由で外に残されたルイズだが、そんな待遇への不満も乗せた叫びであった。
「でもねルイズ。ここにいないんだからどうしようもないじゃない」
「手がかりなし」
「こ、この小屋に残ってるかもしれないじゃない!」
「あなた、そんなことできるの? あたしは嫌よ。こんな埃っぽい廃屋で家捜しするのは」
「後はプロに任せるべき」
現場に残った手がかりから犯人を追跡する。それは、専門家の仕事だ。素人の、それも汚れ仕事の経験など無い貴族の令嬢がやっていいことではない。
それがタバサとキュルケの意見だ。概ね、常識的で妥当な判断だろう。まあタバサならばそんな技能も多少は持っているが、そもそも彼女は友人が心配だからついてきたわけで、わざわざこんな素人メンバーで危険な盗賊を追跡しようなんて端っから思っていないのだ。
「でも……でも!」
しかし、ルイズの目的は盗賊の捕縛だ。魔法の使えない貴族、物心ついたときから受けてきた数々の侮辱。その汚名を雪ぎ、勇敢な貴族としての武勲を得るのがルイズの目的なのだから。
だが、その考えは愚かだ。魔法がまともに使えない――いや、使えたとしても無謀だろう。貴族とはあくまでも上位階級に君臨する指導者であり、戦闘者ではないのだから。
武門の一族であり、戦場で活躍することを前提に考えている――例えば火メイジとして女でも戦場に立つツェルプストー家の
だが、だからと言って彼女を責めるのも酷だろう。必死にプライドと意地で立っているからこそ強気に見えるルイズだが、本当は酷く傷ついており、誰よりも脆い心の持ち主なのだ。
本来支えとすべき公爵家の血筋も、魔法が使えない劣等感を打ち消すには足りない。むしろ、自らの存在が公爵家の名誉を傷つけると自虐的にすらなってしまう、枷として働いてしまっている。
だから、ルイズにはプライドしかないのだ。立派な貴族であれと自らに課している、誇り高き貴族の生き様しかないのだ。
汚名を雪ぎ、貴族としての誇りを確固たるものにする。その為に無謀な武勲を望んでしまうことを責められるのは、彼女と同じ経験をしたことのある人間だけだろう。
だが――
「わたしは帰らな――え? きゃああああああ!」
「どうしたって、えぇぇ!?」
そんな彼女の決意は、一体のゴーレムによって有耶無耶にされた。巨大な土のゴーレムが、廃屋の屋根を一撃で吹き飛ばしたのだ。
「ゴーレム! フーケ!?」
キュルケも異常に気が付き、叫び声を上げる。そして、タバサは素早く詠唱し、竜巻を作り上げてゴーレムにぶつける。
だが、びくともしない。更にキュルケも杖を抜いてゴーレムを火炎で包むが、土のゴーレムに熱いなんて感覚は存在しないのだ。
「無理よこんなの!」
「退却」
キュルケ、タバサ両名の魔法ではゴーレムを倒せない。
それを認識した瞬間、二人は一目散に逃げ出した。勝てない相手からは躊躇無く引ける判断力もまた、戦闘者としては必要なものだ。
そんな二人に内心賛成して、サイトも逃げることにする。正直、あんな土のバケモノにデルフリンガー一本で立ち向かっても何とかなるとは思えないのだ。
だが、サイトは逃げる前にルイズを探す。そして、すぐに見つかった。ゴーレムの表面辺りで小さな爆発が起きているのだ。
「何やってんだルイズ! 逃げるぞ!」
「嫌よ! わたしは逃げない! フーケを捕まえれば、もう誰もわたしをゼロのルイズだなんて呼ばないもの!」
ルイズはゴーレムの後ろで、唇をかみ締めて魔法を唱え続ける。それがどんな効果の魔法なのかはサイトにわかることではないが、そんな知識は不要だ。どうせ、爆発しか起こらないのだから。
そして、そんな爆発を受けてもゴーレムはびくともしない。精々がちょっと表面を削るくらいのダメージである。
ゴーレムは逃げ出したキュルケ達と、自分を攻撃しているルイズを見比べた。どちらから先に潰そうか考えているのだろう。
その隙に、サイトはルイズに叫ぶ。勝ち目など無い、無理だから、早く逃げろと。
「わたしにだって、プライドがあるのよ! ここで逃げたら、ゼロのルイズだから逃げたんだってまた言われるもの!」
「言わせとけよ! 命の方が大事だろ!」
「いいサイト! わたしは貴族なの! そして魔法が使える者を貴族と呼ぶんじゃない! 敵に背を見せない者を貴族と呼ぶのよっ!」
そんな決意とともに、ゴーレムへとルイズの魔法――爆発が放たれる。
だが、無駄だ。ゴーレムにダメージと呼べるダメージはない。そしてその攻撃により、ゴーレムの攻撃対象はルイズに決定してしまったようだ。その巨体の足を持ち上げ、ルイズを踏み潰そうとしているのだ。
「あ……」
「クソッ!」
ルイズは目の前に迫った“死”を前に、唖然として目を瞑ってしまう。戦士ではない女の子として当然の反応だ。
それを見たサイトは、デルフリンガーを抜いて走り出した。剣を持ったサイトは、ただの高校生とは比べ物にならない身体能力を発揮し、風のようにルイズの元へ向かう。
これなら、ギリギリルイズを抱えて逃げ出せる。そう思いながらも全力疾走したとき――サイトの横から、風を置き去りにする“漆黒”が駆け抜けたのだった。
「フンッ!」
「え……?」
「なっ!?」
ルイズの命を確実に奪うゴーレムの足。それが、一人の人間によって受け止められた。
ありえない。どこの世界にこんな巨体を腕力で受け止められる人間がいる。ルイズもサイトも、揃って同じ感想を持ち、同時に先日の出来事を思い浮かべた。
「やれやれ。勇気と無謀は違うぞ?」
「あ、あんたは……」
普通の人間では両手を使っても満足に振れないだろう巨大な剣を、片手で振るってゴーレムを止めた漆黒の鎧を纏う男。魔法が支配するハルケギニアでは明らかに異常な、漆黒の剣を武器にする戦士。
だが、今の姿を見ては、誰であっても魔法の使えない弱者などと彼を卑下する者はいないだろう。
窮地に陥った少女の前に立ち、迫り狂う暴虐を圧倒的な力で止めた、その男のことを。
「一度名乗ったが、せっかくだ。もう一度名乗ろうか。私の名はモモン。怪我はないかね?」
「え、ええ」
漆黒の戦士モモンは、ゴーレムの足を剣で支えたままルイズの無事を確認する。
ようやくショッキングな光景に与えられた衝撃から立ち直ったサイトも駆けつけ、ルイズを保護する。保護された当人はそこで「わたしは逃げないわよ!」と暴れてサイトを困らせるが、そこでモモンは剣に力を込め、ゴーレムを弾き飛ばした。
「うわ、すっげ」
「な、何なのコイツ……」
人外の腕力。それを見せ付けられたサイトとルイズは、モモンの力に唖然とするばかりだ。
そして、モモンは後ろへ首だけで軽く振り返り、サイトたちに一言告げた。
「さあ、あれは私が引き受ける。君たちは下がっていなさい」
「い、嫌よ! あいつはわたしが倒すんだから! 大体、あんたは関係ないでしょ!」
「お、おいルイズ。そんな言い方……」
「うるさい! わたしは貴族なの! 平民に守られるのが貴族じゃない! 平民を守るのが貴族なんだから!」
ルイズらしいと言えばらしいが、しかし困りものだ。よくわからないけど凄い人が助けに来てくれたんだから、もう任せればいいとサイトは思っていた。
だが、そこでモモンは軽くため息を吐いた後、実に重々しく言葉を告げるのだった。
「関係ない、か。確かにその通りだが、ここは先ほどの君の言葉を流用させてもらおうか」
「な、なによ?」
「敵に背を向けないのが貴族、だったか? ならば私はこう言おう。悪を見過ごさないのが、英雄である――と」
漆黒の英雄は、剣を巨大なゴーレムに突きつけながらそう宣言するのだった。