ハルケギニアの超越者――オーバーロード――   作:サルガッソ
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英雄には生贄が必要だ

「ハアーイ、タバサ……って、どうしたの? それ」
「……借り物?」

 タバサは、もろもろの面倒ごとを片付けて魔法学院へ戻ってきた。
 そして、そこで偶々通りかかったのがタバサ唯一の友人、ゲルマニアからの留学生、ツェルプストー家のキュルケであった。
 もしタバサが男ならば、まず鼻の下を伸ばすのだろうと言える豊満な肉体。そして、それを己の武器として自覚している者特有の色気。それらを兼ね備える、女として優れた力を持つのがキュルケと言う女性貴族だ。
 だが、生憎タバサは女だし、そっちの気もない。それに今更キュルケの容姿に一々衝撃を覚えるほど浅い仲でもないので、タバサは冷静そのものだ。
 しかし、キュルケの方はそうもいかない。今まさに、彼女の自信に満ち溢れた顔は、驚愕によって崩れているくらいなのだから。

「何これ、凄いガーゴイルね。何でできてるのかしら?」
「わからない」

 キュルケが興味を示したのは、アインズと名乗った男から渡された……と言うか、労働力として貸し与えられた異形の馬型ガーゴイルであった。
 この反応、僅かな時間であったとは言え、王都で散々経験したものである。少なくとも、今のハルケギニアでは間違いなく見ることができない、魔法技術に関して少しでも知識のあるものならば目を見開いて当然の物なのだから。
 そして、キュルケは間違いなく知っているものに分類される貴族だ。トリステインでは『貴族とは古きを尊び、伝統を守るもの』とされるが、彼女の故郷であるゲルマニアはとにかく実用性重視の考え方をする。
 故に、ハルケギニアで最強の国力を持つと言われるガリア王国の主産業、魔法工学技術について知識を得ていないわけがないのだった。

「借りたって言ってたけど、一体誰から借りたの? ひょっとして、ご実家の方?」

 ガーゴイル――スレイプニール・ゴーレムを一通り見渡したキュルケは、次にこのガーゴイルの出自を尋ねてきた。別に貴族的などろどろとした腹の探りあいから来るものではなく、純粋な好奇心から来るものだ。
 もっとも、ゲルマニアが誇る大貴族、ツェルプストーの一族として、家の力を強化すると言う目論見がないわけではないだろうが。

「違う。通りすがりの人に借りた」
「通りすがりって……まあいいわ。深くは聞かないでおきましょ」

 友人であるキュルケに、嘘をつく理由はない。だから正直に答えたのだが、真実が何よりも嘘っぽいのは如何ともしがたい。

 実際、王都での事情聴取のときも、『アインズ・ウール・ゴウンを名乗る男が人攫いを追い払ったらしい。このガーゴイルはその人物の持ち物』と正直に答えたのだが、概ね信じていなかっただろう。
 何故ならば、誰もゴウン家という大貴族に覚えがなかったからだ。タバサの証言からとんでもない財力の持ち主であることは確定しているとしても、そんな大貴族が偽名を使っているとは考えにくい。貴族にとって、名前とは何よりも大切なものなのだから。
 まあ止むに止まれぬ事情があったとも考えられるが、自分の正体を隠したがっている人間が、こんな目立つ真似をするわけもないのだ。タバサや王都の警備兵に覚えはないが、見るものが見ればこのガーゴイルを所有しているのはどこの貴族なのかわかるだろうし。
 更に言えば、たかが平民の為にこんな、王都の警備兵くらいでは材質すら理解できないようなガーゴイルを使おうなんて変人貴族がいたら、まず間違いなく有名になる。このハルケギニアにおいて、平民の価値は決して高くないのである。
 以上のことから、タバサが『アインズ・ウール・ゴウンなる適当な人物をでっち上げ、真実を隠そうとしているのだろう』と言う結論で落ち着いたのだ。
 もっとも、その背後にいるであろうアインズ・ウール・ゴウンを名乗る何者かを怒らせることを――ついでに、貴族であるタバサの機嫌を損ねることを――嫌った警備兵達は、何も言わずに話を流したのだが。

「それで、これどうするの?」
「……持ち主が引き取りに来るまで、ここに置かせてもらう」
「そう、じゃあ学院長のところかしら? ……ところで、何であなたの使い魔、あんなに疲れてるの?」
「自業自得」

 ひとまず馬型ガーゴイルから興味を逸らしたキュルケは、次にタバサの使い魔であるシルフィードに目を向けた。
 タバサは魔法学院までシルフィードに乗ってきたのだが、その道中で些細なトラブルがあったのだ。
 と言うのも、風竜は飛行スピードに優れた種族だ。その上位種とも言える風韻竜であるシルフィードも、当然速度には自信を持っている。
 だから、最初はまさか王都に置いてくるわけにもいかないスレイプニール・ガーゴイルが追いついてこれる程度の速さで飛ぼうということにしたのだ。
 だが、このガーゴイル、思ったよりも速かった。馬車二台と人間十数人を引いても何ともない馬力があるのは分かっていたが、速さもかなりのものがあったのだ。
 そして、気がつけばガーゴイルと風韻竜の競争が始まっていた。正確に言えばムキになったのはシルフィードだけで、ガーゴイルは命令通りに走っただけだが、驚くべきことにスタミナを考慮しない全速力シルフィードに最後まで着いて来たのだ。
 空を飛べるというアドバンテージがある以上、やはり移動の足としてはシルフィードの方が上だろう。だが、疲労がない上に高馬力と言うこのガーゴイルは、やはりかなり高級な品なのだろうとタバサは改めて実感したのだった。

「じゃあ、あたしはルイズでもからかって来るわね。あの平民の男の子も気になるし」
「そう」

 これから、タバサはこのガーゴイルについて学院長に相談に行く。
 それにキュルケがついて行くわけにもいかないので、いろいろ有名な同級生であり、タバサとは無関係に近いがキュルケとはいろいろ因縁があるらしい少女、通称ゼロのルイズの元へと向かって行った。
 そっちのいざこざに、タバサは全く興味がない。だからか、疲労している自分の使い魔を軽くねぎらった後、学院長の元へと歩き出す。
 あの仮面の男、アインズ・ウール・ゴウンのことを考えながら……。



 そんな、ぶっ飛びすぎていて架空の存在だと断定された男、本人的にはよく移動に使われていたゴーレムを一体貸してやった程度にしか思っていないオーバーロード、アインズは自室で頭を抱えていた。

(何だよ、トリステインって。アルビオンって。ガリアにロマリアってさ!)

 あの人攫いから聞き出した情報。その全てに、アインズは叫びだしたい気分だった。そんな話、聞いたこと無いぞと。

(間違いなくここはユグドラシルじゃない。それに、系統魔法ってのも聞いた事無い……)

 あの人攫いには、支配の魔法、魅了の魔法、純粋な拷問、記憶の覗き見、あらゆる方法で知っている全てを吐かせた。
 本当はそう言う事は拷問官や恐怖公などの専門家に任せたかったのだが、この世界の情報源が彼らだけだった以上、念には念を入れてアインズ監視下での拷問、尋問であった。
 おかげで各拷問尋問担当達のテンションが限界突破し、人攫い達が筆舌に尽くしがたいこの世の地獄を体験することとなった。
 全てが終わった後も、廃人となった彼らを記憶操作で元に戻せないか実験したが、心の専門家ではないアインズには少々荷が重く、滅茶苦茶な記憶をもった狂人が誕生しただけであった。
 そんな彼らの最後は仕事のご褒美として恐怖公の眷属のおやつか、あるいはアンデッド作成スキルの材料だったが、それは既にアインズの思考からは除去されている。

 ともかく尋問の結果、まずこの辺り一帯の地理情報を得ることができた。できたと言っても詳細な地図が作れたわけではなく主要な都市や国家の名前だけだが、完全に闇の中で手を伸ばしていたアインズにとっては貴重な光明だ。
 そして、その光によって照らされた情報が、完全にアインズの知識外であったからこそこうして悩みまくっているのだった。

「……ふぅ。沈静化されたか。今日何度目だ……」

 今のアインズは、精神系無効スキルの影響か、感情が一定以上の高ぶりが起きると沈静化される。
 それはつまり、アインズの焦りと動揺の強さを表しているのだった。

「やはり情報が必要だな。誰かそれに相応しい能力を持ったものがいなかったか……」

 ここはアインズの自室だが、当たり前のように壁際でメイドとセバスが控えている。だから、声に出す限りは支配者の演技をするアインズだった。

 そんなことにも注意しつつ、アインズは思考を働かせる。
 この世界はユグドラシルではない。なのに、自分達はユグドラシルの魔法や能力が使える。それは喜ばしいことなのだが、できればこの世界そのものがユグドラシルの能力や価値観で統一されていて欲しかった。
 全く未知の世界など、何を基準に考えればいいのかさっぱりわからないではないか。

 人攫いによれば、この世界は魔法詠唱者(マジックキャスター)……メイジによって統治されている。何よりも魔法が重視され、それ以外の技能は全て一段階下におかれる文化圏らしいのだ。
 強い戦士が当然のように存在するナザリックの支配者として、そして何よりもギルド最強の戦士(ワールドチャンピオン)たっち・みーを知る者として、その魔法使い一強という文化には首を傾げてしまう。
 アインズもまた魔法職の魔法詠唱者(マジックキャスター)ではあるが、前衛を務めてくれる屈強な戦士がいなければ戦力が半減するのは自分でよくわかっているのだ。

 だが、この世界では全ての分野において魔法が優先される。アインズはとりあえず戦闘を基準に考えているが、事実戦場の華はメイジらしいのだ。
 前衛を務める戦士は、平民と呼ばれる魔法が使えない一般人の寄せ集めで補われていると言う。だが、ユグドラシルで言うところの一般人、レベル1が壁になったところで、間違いなく魔法の威力の1%も減らすこともできないだろう。
 なのに、この世界の人間達は戦士を育てない。その理由を、ナザリックの支配者としてアインズは考えねばならないのだ。

「仮に、この世界のメイジ……その中でも強者は、前衛が必要ないと考えればどうだ? 最強クラスのメイジ、確かスクウェアクラスの魔法が、連射の利く超位魔法のようなものだと考えたらどうだろう?」

 ユグドラシルにおける最強の魔法、超位魔法。MPを消費しないで発動するそれは、特殊能力(スキル)に近いとも言われ、魔法職最大最強の切り札だ。
 もしそれに近いものをこの世界のメイジは保有しており、かつ前衛に守ってもらう必要のない速射性能があると考えれば、確かに戦士は必要ないという結論に達するかもしれない。
 ユグドラシルの超位魔法は強力な代わりに、いろいろ制約や弱点がある。あくまでもゲームなので、超位魔法だけで戦闘が終わってしまうことを防ぐための処置だ。
 だが、ゲーム無関係のこの世界ならば、そんなルールが存在していないと言う事は十分考えられる。あの人攫いたちはビックリするほど弱かったが、アインズはそれをこの世界の基準として考えるほど馬鹿ではないのだ。

(あの女は自分をラインメイジだと言っていた。それは第二位階魔法しか使えないと考えていいのか? ……そんなわけないよなぁ)

 ユグドラシルの魔法は、超位魔法を除いて第一位階から第十位階までの10段階で強さが変動する。
 対して、この世界ハルケギニアの魔法は、ドット、ライン、トライアングル、スクウェアの4段階で定められているのだ。
 つまり、単位が違う。次元が違う。重さと速さを同じ基準で比べることができないように、第一位階とドットが同レベルなんて言えるわけもないし、スクウェアが第四位階と同等である保証なんてどこにもないのだ。
 また、このメイジのランク分けは、あくまでもそのランクの魔法が使えることを示しているだけらしい。つまり、本人の強さは全く考慮されていないのだ。
 アインズの認識で言えば、死霊系に特化して遊びがある自分と、戦闘の為のガチ構成の魔法職キャラを、同じ第十位階魔法が使えると言うことで同列に置いていると言うことになる。
 そんな指針、こと強さを見極めるためには何の役にも立たないと言わざるを得なかった。だから、少なくともラインクラスならば敵ではないと、そんな慰めを言うことすらできないのだった。

「やはり、外に出て情報を得る必要があるな。アインズ・ウール・ゴウンを伝説にするのも楽じゃなさそうだ」

 アインズは、この世界で自分がなすべき目標を口にした。
 仲間達とともに作り上げたナザリックを守り、そしていつか仲間達に出会ったとき、これが俺たちのナザリックであり、アインズ・ウール・ゴウンなんだと胸を張って言える伝説を作り上げる。それが、今のアインズの目標なのだ。
 ……実はその裏でNPC達が『アインズ様の真の目的は世界征服である』なんて勘違いをしていたりもするが、アインズはそれに全く気がついていなかったりもする。

「しかし、世界全体が宗教国家だなんて文化にも困りものだ。確かブリミル教だったか? その信徒以外は異端審問にかけられて死刑とか、迂闊に街に行くわけにも行かんな……」

 ハルケギニアでは、ブリミル教と言う宗教が強大な力を有している。王族にすらその影響は及び、もし破門宣告を受ければもう真っ当に生きていく事は不可能になるとのことだ。
 となれば、表立ってハルケギニアに戦争を仕掛けるつもりがアインズに無い以上、そんな文化の違いについて情報を得なければ危険すぎて外を歩けない。
 一応ブリミル教徒の一般常識も人攫いから得たが、真っ当に生きている人間の振る舞いを犯罪者に聞いてもイマイチ信用できていないアインズであった。

(それに、あいつらの知識だけでも十分やばかったしね)

 ハルケギニアは魔法第一主義だが、全ての魔法を尊んでいるわけではない。むしろ、この世界の人間が認めるのは彼らの始祖、ブリミルが齎したと言う系統魔法だけなのだ。
 それ以外の魔法は、全て先住魔法という括りに入れられる。そして、それらは人類の敵とされ、疎まれているらしいのだ。
 ちなみに『先住魔法って具体的にどんなの?』と言う質問の答えは『亜人と呼ばれる種族、具体的には翼人とか吸血鬼とかエルフとかが使う、杖を持たなくても使える魔法のこと』であり、系統魔法よりも強力で大部分が人類の敵、らしい。

 では、これを踏まえた上でナザリックについて考えてみよう。
 構成種族は人間種から亜人種、そして異形種まで一応揃っているが、ユグドラシルでは人間種であるエルフまで亜人に含まれるこの世界では意味が無い。例外の一人を除いて、まず純粋な人間なんていないと言っていい。
 そして、杖に関してだが、ぶっちゃけなくても使える。威力ブーストやそれ自体に込められた魔法を使う目的で杖を持つ事は多々あるが、無くても使えるのだ。
 つまるところ、ナザリックとは吸血鬼やダークエルフ、それに翼人というわけではないが背中から翼を生やしている美女なんかが幹部をやっている先住魔法っぽい魔法を使う集団、なのだ。
 どう考えてもアウト判定である。スリーアウトどころかゲームセット級だ。正直にその存在を知らしめた場合、間違いなくブリミル教との全面戦争確定だろう。

(あのとき王都に行かなかったのも、そんな文化の違いが怖かったからだしなー。今にして思えば、あそこでの俺の判断は正しかったってことだろう)

 人攫いと一戦交えた場で出会った少女、タバサとともに王都へ向かわなかったのも、この世界の文化を何も知らない自分が人の多い場所に行くことへのリスクをとったからである。
 せめて、人の少ない暢気な村とか、最初の接触はその辺りから始めてこの世界の住民への理解を深めて行きたいところであった。

(ユグドラシル時代から変化したスキルの実験もやらなきゃいけないし、やっぱり細かいことはデミウルゴスとアルベドにぶん投げよう、うん)

 結局、アインズはいろいろ諦めてナザリック二大頭脳の知恵を頼ることにした。
 もちろん支配者としての威厳を崩さないためにも『全ては私の計画通り』的態度を崩してはいけないが、現状から先に進むには自分の脳みそだけでは足りないとも全面的に認めているアインズなのであった。





 そんな考えで行動を始めて数日後。アインズはまたもや自室で頭を抱えていた。何かもう、いろいろ嫌になってくる気分で。

(はぁ……情報収集、全然進まないなぁ。まさかナーベラルを送り出したのがあんな結果になるとは……)

 情報収集の一環として、まずアインズは通常形態ならば人間に見える二人のNPC、セバスとナーベラルを王都へ放った。ナーベラルは大商人の娘で、セバスはその御付の執事と言う設定で。
 ナーベラルとは、ギルドメンバーが創造したNPCの一人であり、戦闘メイドプレアデスの一員だ。そのレベルは50を超え、第八位階の魔法まで使える魔法詠唱者(マジックキャスター)である。
 何故この二人を情報収集――特に、強者や兵器などに関する――を任せたのかと言えば、単純に人に擬態できる存在がナザリックにほとんどいなかったからだ。正確にはもうちょっといるのだが、偉い人は皆メイジである世界ならば、魔法詠唱者(マジックキャスター)のナーベラルが一番いいかな、と言う軽い考えである。
 一応、魔法を使うときは杖を持つように命じておいたし、使う魔法も系統魔法にある火、水、風、土のいずれかに見えるようなものを選んで使えと厳命した。
 これなら多少不自然でも騒がれないだろうし、人の世界の中に入って情報を集め、場合によっては金目当てで寄ってくる犯罪者を攫うこともできるだろうと思ったのだ。
 ちなみに、セバスを選んだのは、ナザリックでは珍しいカルマ値極善だったからだ。創造主が正義を座右の銘にするたっち・みーであることもあり、人間を下等種族と蔑むナーベラルのストッパーとなることを期待したのだ。


 だが、その結果は散々だった。本来ならば長期任務を予定していたセバスとナーベラルも、既にナザリックに帰還している。
 そのときの二人は本当に大変であった。至高の御身の命令を果たせなかった責任をと言ってナーベラルは自害しようとするし、セバスも果てしない贖罪の気持ちと、ほんの僅かに隠しきれていない憤怒を放っていたものだ。
 何とかアインズが二人をなだめ、この結果は見通しが甘かった私に責任がある、と言うことで場を納めたが、本当に大変だったとアインズは改めて出もしないため息を吐くのだった。

「この世界……いや、この国か? どちらにせよ、治安悪すぎるだろ……」

 この世界が貴族によって支配されているとは聞いていたが、まさかここまでとは。アインズは、二人の報告を思い返して軽い頭痛を覚えるのだった。

「いくらなんでも、いきなり攻撃とか……そりゃ無いだろう」

 ナーベラル達が任務失敗に陥った原因。それは、この国の貴族の傲慢さであった。

 確かに、支配者にはそれなりの傲慢さが必要だ。だが、どうやらこの国の――トリステインの貴族は、その傲慢さが暴走しているらしいのだ。
 最初は、ナーベラルの美貌を見た貴族が言い寄ってきたのが始まりだった。公の場で私は何々家の何某なのだが――ナーベラルに全く興味が無かったため、それがどこの誰なのか記憶していなかった――私の妾にならないか、と。
 そして、当然ナーベラルはそれを断った。至高の四十一人の命令でもない限り、彼女がただの人間に傅くことはありえないだろう。そうじゃなくても、初対面の人間に『妾になれ』なんていわれて好き好んでイエスと言う者はいないだろうが。
 また、ナーベラルが人間の身分や対面を気にすることもありえない。そうあれと作られたのだからアインズにも文句は言えないが、貴族相手にこっぴどく拒絶したのだ。やぶ蚊だの蛆虫だのと言う類の言葉使わなかっただけ我慢したのだろうが、それでも身分の差を弁えない発言だったらしい。
 もっとも、ナーベラル的にはそれで正しい身分の差を語った――ナザリックに属さないものは全て下等生物であると言うのが、ナザリックに仕えるものの基本思考だ――だけであり、そもそも罵倒したつもりも無かったらしいが。

 そんな問題に対し、近くで控えていたセバスは何とか騒ぎを収めようとした。だが、使用人風情が口を出すなと、何故かセバスに対してその貴族は攻撃を仕掛けようとしたのだ。
 しかし、セバスもまたナザリック最高戦力の一人であり、レベル100を誇る修行僧(モンク)だ。並の人間なんて相手にもならない。
 系統魔法は発動の際に杖を持ち、ルーンを詠唱しなけれならない。そして、セバスの手の届く範囲での詠唱など、殴ってくれと言っているような愚行だ。
 だが、アインズはあくまでも穏便に、とりあえず権力者に喧嘩を売るような真似をするなと命じてあった。だから、セバスは安全に穏便に、しかし人間の目には留まらない速さで貴族の杖を奪ったのだ。杖が無ければ魔法が使えないのならば、これで問題はないだろうと。
 しかし、セバスもアインズも知らないことだが、決闘において杖を奪われるとは敗北を示すのだ。そのいざこざは正式な決闘ではなかったが、貴族がセバスに、執事と言うメイジではない平民に負けたと周囲の人間はみなしたのだ。

(負けたんだからそれで矛を収めろよなぁ。何で人数を増やして闇討ちなんてことになるんだよ……)

 平民に負けた貴族。それは、ハルケギニアにおいて最悪に近い汚名だ。
 その貴族は自分の敗北を素直に受け入れるような度量も無かったらしく、しかも正面から改めて挑むような度胸も無く、数を増やしてセバスの首をとり、そしてナーベラルを誘拐しようと目論んだのだった。
 その結果は言うまでもないだろう。襲撃者の中にアインズが警戒するような強者はおらず、一名を除いて全てナザリックでデスナイトに就職することとなった。

 とまあ、そんな顛末があったわけだ。襲撃者の中にいたその貴族が失言をした為にナーベラルと、そして極善のはずのセバスの逆鱗に触れてアンデッド召喚の触媒にもできないくらいにバラバラにされたそうなのだが、何があったのかアインズは聞いていない。
 結果以外はどうでもよかったと言うのもあるし、詳しく聞いたアルベドも『そのような無礼極まりない発言をした下等生物以下のゴミクズに一切の慈悲は不要かと』と言う進言があったため、よくわからないがそうなんだろうと納得した。
 実際、ギルドメンバーの子供達と言ってもいいNPCを自分の欲望で汚そうとした愚か者に対し、アインズが欠片ほどの慈悲を抱くことも無い。

(とは言え、ほぼ向こうが悪いと言っても、やっぱり権力者である貴族殺しってのはいろいろまずいだろうからなぁ)

 この世界の情報系魔法に関しての、あるいは捜査技術に関しての知識が不十分な段階では、二人の行いがばれない保証がない。
 一応二人も周囲は確認して誰にもみられていないことは確認したらしいが、ユグドラシルの常識では考えられない手段で、そしてその辺の犯罪者には知らされない情報網がないとは限らないのだから。
 そんなわけで、あっさりと任務は終了したわけである。手に入ったのは一日二日で集めた情報と、人間の死体数個。
 成果が無かったわけではないが、もうちょっと欲しかったところである。

「ここは、デミウルゴスに期待するしかないか。できれば例の計画も進めたいところなのだが、何か丁度いいのがあればいいのだがな」

 アルベド、デミウルゴスを交えて立案された作戦は他にもまだまだある。その一環として、デミウルゴス自らが最大の仮想敵――宗教国家ロマリアに出向いている。

 ナザリックの構成的にブリミル教は敵にしかなりえず、至高の英雄アインズ・ウール・ゴウンを作るためには始祖ブリミルが一番の邪魔者だ。
 また、思想的な意味合いを取り除いても、アインズはブリミルを強く警戒している。この世界に魔法を与えたなんて規格外の存在を、アインズは自分と同じような境遇だったユグドラシルのプレイヤーではないかと疑っているのだ。
 伝えたのが位階魔法ではなく系統魔法であることから考えると違うかもしれないが、魔法関連のワールドアイテムでも持っていたプレイヤーがオリジナルの魔法を作ったとか、あるいはこの世界の住民には使えなかった位階魔法を改造して系統魔法にしたとか、降臨から6000年の間に変質したのだとか、考え方はいくらでもある。
 そして、トリステイン、アルビオン、ガリアの三王家は全てブリミルの子孫であるとのこと。また、ロマリアとはブリミルの弟子が起こした国であるとの情報を得ている。
 ならば、各王家やブリミル教教皇の手の中にはあるかもしれない。守護者やアインズすらも完全に殺しつくすような、ワールドアイテム級の切り札が。

 だからこそ、それらの確認が取れるまではナザリックの存在を公にしたくない。
 デミウルゴス自身にも、ナザリックの存在が決して表に出ないように言ってある。アインズよりも優れた頭脳を持つデミウルゴスなら心配する必要もないだろうが、やはり一番怪しい宗教国家ロマリアを調べる役を任せている以上心配は尽きないのだ。

(俺自身が外に出て活動できれば一番いいんだけど、今のところ作戦も思いつかないしなー)

 アインズは、できれば自分で外に出たいと思っている。元々支配者なんて柄ではないアインズは部下からの報告だけで全体を把握することなど端から諦めているため、自分の目でこの世界を観察したいのだ。
 一応、短い期間ながらもこの世界を観察したセバスによれば、街を歩く人間や貴族に強者はいないと感じたらしい。ユグドラシルとは全く違う能力形態を持つこの世界の住民に対し、ユグドラシルの存在であるセバスの観察眼がどこまで有効なのかも不安だが、とりあえず表に見える分には敵はいないとのこと。
 ならば、自分が出てもいいんじゃないか? 表だって人類の敵をやるのではなく、英雄としての身分を作るつもりで正体を隠せばとりあえず問題ないんじゃないか?
 そんな思いが、アインズの脳内を駆け巡っているのだった。だが――

「英雄……口で言うのは簡単だが、具体的にどんな奴のことを言うのだろうな」

 それこそが、アインズの目下の悩みであった。ぶっちゃけ、英雄って何をする人なの? と言う疑問である。
 ファンタジーによくある戦闘を専門にする職業でもあれば話は早かった。とりあえずその辺の犯罪者よりも自分が上なのは確定しているため、きちんと真正面からのし上がればいいのだから。
 だが、この世界にそんなわかりやすい身分はない。一番近いので傭兵があるが、半分犯罪者のような連中も多いらしいので、風評被害を考えると傭兵と名乗るのも気乗りしない。
 何かこう、わかりやすい敵はいないだろうか。そいつを倒したと言う事実だけで、英雄強者としての名声が手に入るような、そんな敵が――

「……アインズ様、シャドウデーモンからの報告書が届きました」
「む? そうか、ご苦労」

 などなど、支配者の威厳を保つポーズで考えていたところ、最近ちょっとだけ慣れてきた、部屋に常駐しているメイドから報告がきた。
 守護者クラスからの報告ならば玉座の間を使うが、シモベからの報告はアルベドに纏めさせて書類にしてもらっている。一々支配者やるのも大変だし、考える時間を取れるのにも有効なのだ。

「なになに……ほぉ」

 陰に潜むと言う能力を使い、人間の町のあちこちに入り込んでいるシャドウデーモン。正面から交流を持つのに失敗したため、今はこういった諜報をメインにしているのだ。
 そして、そこに書かれていた情報はアインズの興味を引くものであった。英雄と言う身分を作り出すのに丁度よさそうな、そんな情報が書かれていたのだ。

「貴族専門の盗賊、土くれのフーケか。一応支配者であるはずの貴族に敵対しているにも関わらず平民からの評判がいいと言うのはいろいろまずい気もするが、狙うには丁度いいか……」

 この国の貴族は平民達から全く尊敬も信頼もされていない。それを端的に示す証拠のような義賊、土くれのフーケ。
 この国の貴族全員がそんな嫌われ者なのだとはアインズも思いたくないが、今はどうでもいい。それよりも、この盗賊を倒せれば、貴族との友好的なパイプが作れるだろうと言う事実の方が重要だ。

「名前的にも弱そうだし、こいつにするか。英雄モモン計画の、最初の生贄はな……」

 こうして、アインズ自らが最初の一歩を踏み出すことになったのだった。
 最初の獲物、土くれのフーケに空虚な眼窩に点る光を向けて……。







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