Amazonの医療分野進出が本格化しつつあるようだ。、自社サイト上でHIPAA(医療保険の相互運用性と説明責任に関する法律)のコンプライアンス専門家を募集 していることなどが分かった。

同様の動きはAppleやAlphabetでも加速している。様々なプロジェクトを立ち上げながら模索するAlphabet、アプリを通してiPhoneを「医療情報総合センター」に進化させることを目指すAppleなど、それぞれ戦略は異なるものの、事業多角化を目指すIT企業にとって、医療分野が継続的な高収益を期待できる巨大市場となることは間違いなさそうだ。

医療・保険分野の一流専門家引き抜きなど、着々に準備を進めるAmazon

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(画像=Thinkstock/GettyImages)

メディアがAmazonの医療分野参入を大々的に報じ始めたのは、Amazonが米国で医療用品や医療機器の販売を始めた昨年5月。「年次会議で医薬品分野への参入が議論されていた」「すでに専門家を雇いいれている」という関係者の証言をCNBCが報じた頃からだ 。

続いて8月、オンラインファイル共有・クラウドコンテント管理サービス起業ボックス(BOX) のマネージング・ディレクター兼ヴァイス・プレジデント、ミッシー・クラズナー氏 を雇い入れたことが、やはり関係者の証言から明るみにでた(CNBCより )。クラズナー氏はGoogleの医療・消費者マーケティング部門で5年経験を積んだ後、医療記録および健康管理サービスを提供していた「Google Health(2011年閉鎖)」の設立にたずさわった人物だ。ブッシュ政権下では米国保健福祉省の長官官房に勤務するなど、医療・保険分野の一流専門家として名高い。

Amazonやクラズナー氏から正式なコメントはなかったものの、クラズナー氏のような大物を引き抜く上で、Amazonに具体的な画策がないわけがないとは予想しがたい。

モルガン・スタンレーは9月に発表した70ページにおよぶ調査報告書の中 で 、Amazonの次なる動きを予測。専門家の物色をはじめとする「証拠」を挙げ、全貌が明らかになるのは時間の問題としていた。

Amazonの医薬品販売事業は250億~500億ドルに成長する?

Amazonはどのような戦略で医療分野への参入を企てているのかというと、現時点では医薬品の供給市場をターゲットにしているとの見方が強い。

米国での医療用品・医療機器の販売開始とともに、規制要件を満たすために専門家を雇い入れているほか、日本では「プライム ナウ(プライム会員向けスピード宅配サービス)」の対象商品に医薬品や化粧品を追加した 。Amazonが自国で新たなサービスの提供に向け、国外の市場でテスト運転を行うことは珍しくない。例えばドローンの実験にはカナダが選ばれていた。

Amazonにとって、医薬品販売・流通市場が新たに巨大な利益を生みだすチャンスとなることは疑う余地がなさそうだ。米国だけでも年間40億件以上の処方箋が発注されており、2015年に処方箋に投じられた金額は3000億ドルと見積もられている 。これまで様々な革新的サービスで急成長を遂げてきたAmazonが、収益性の高い市場に興味がないと考えるほうが不自然だ。

処方箋のオンライン価格比較アプリサービス、グッドRXの設立者スティーブン・バック氏は、Amazonの医薬品販売事業が250億~500億ドル市場に成長する潜在性を秘めていると予想。エクスプレス・スクリプツやCVSヘルスといった既存のPMB(薬剤給付管理)業者と、十分に競い合うことも可能だという。

中間業者不要の「総合薬局事業モデル」誕生か?

しかしすでに顧客を獲得したライバルと競合するうえで、Amazonには有利に立つ戦略が必須となる。予想される戦略は、昨年8月に買収が完了したスーパーマーケットチェーン、ホールフーズ・マーケットとプライムナウサービスの融合だ。

既存のホールフーズ・マーケット店内には、処方箋を取り扱う薬局が設置されていない。そこで自社の薬局をオープンさせ、処方箋を販売する。さらにはまたこの薬局を「プライム ナウ」の注文受取り所として活用することもできる。モルガン・スタンレー はこの戦略で、23億ドルの売上が期待できると推測している。

通常の医薬品販売には複数の業者が関わっている。大まかに分類すると、医薬品自体を開発するメーカー、商品を市場に流通する卸売業者、小売販売を担当する薬局などの小売業者、PMB業者だ。

世界規模の流通網を誇るAmazonが、独自の販売ネットワークや宅配ネットワークを医薬品販売に駆使するであろうことは容易に予想できるが、ホールフーズ・マーケットとプライムナウサービスを利用すれば中間業者を大幅に省くことが可能になる。

そこに加えて自社内でPMB業務もこなすシステムを構築し、薬剤流通網のマージンを劇的に圧縮するという手も考えられる。開発以外の全プロセスを集結させた、新たな「総合薬局事業モデル」の誕生となるかも知れない。

実はAmazonは1990年代にも医薬品販売に乗りだし、失敗に終わっている。これは「ドラッグストア・コム」という医薬品販売サイトでジェフ・ベゾスCEO自らディレクターとして率先していた。しかし後に薬局チェーン、ウォルグリーンに売却され、2016年2月に閉鎖となっている(RISより )。ベゾスCEOがこの教訓を新事業に活かすことは間違いないだろう。

Amazonはアクセンチュアによる高齢者在宅支援プロジェクトに、クラウドサービス「AWS」やAlexaも提供している。

Alphabet――早すぎた「Google Health」の失敗、「延命」を目指すカリコ

AppleやAphabetなどライバルIT企業も医療分野への進出を加速させている。

Alphabet(当時Google)は2008年、「Google Health」で医療市場に参入した。これは前述したクラズナー氏が立ち上げメンバーだったプロジェクトで、処方箋管理、投薬履歴、通院記録などをウェブ上で管理するサービスだった。いわば健康関連情報ハブのような役割を目指していたものの、「社会の関心を十分に集めることができず」、2011年に閉鎖を発表した。

提携ネットワークの構築が思うように進まなかったのが、失敗の要因として挙げられている。利用者の利便性を向上するうえで重要だった各種保険取り扱い企業、病院等健康関連業界などとの提携を結ぶのに、Google Healthは苦戦していた。

この敗北に屈することなく、2013年8月、老化に取り組む目的で新事業カリコ(Calico) を立ち上げ、世間を驚かせた。その後2017年3月、タンパク質の分解研究などを手掛けるC4セラピューティックス(C4 Therapeutics) との提携関係などを発表しているが、具体的な取り組みや研究成果については沈黙を守っている。

カリコの意図するところは「大幅な延命」であることを、ラリー・ペイジCEOが設立当初に受けたタイムズ紙の取材で明かしていたという。 ペイジCEOはIT的な頭脳をもって、「正しい見解と方法で取り組めば、がんは克服不可能な病ではない」という理論にたどり着いたようで、カリコのプロジェクトを通して「不老不死ではなく、寿命の延長」を実現させようとしている。

テクノロジーで健康と病気の真実を探求 手術用ロボットも共同開発

2014年9月には、BioTech(バイオテック)スタートアップLift Labs を買収。Lift Labsは2010年にカリフォルニアで設立され、パーキンソン病などが原因で手に震えがある患者向けの、振動を抑制する技術を搭載したハイテクスプーン などを開発・販売していた。

買収後は次世代技術の開発を担うGoogleのプロジェクト「Google X」に参加し、神経変性疾患の研究に取り組んでいると報じられていたが、「Google X」自体が極秘プロジェクトであるためか近状については情報が得られない。世間を驚かせるような開発が水面下で進行中といったところだろうか。

このGoogle Xのプロジェクトのひとつ「Google Life Sciences」では、テクノロジーと生命科学を融合させ、健康と病気の真実を探求していたが、2015年には「Verily Life Sciences」として独立させている。独立後はジョンソン・エンド・ジョンソンと提携し 、手術用ロボットの共同開発などに着手している。最終的には多くの人々が苦しむ慢性疾患の症状をやわらげる方法を、見つけることが目標だ。

また英国の国民保健サービス「NHS」には、深層学習Deep Mindの技術を提供している。

クックCEO「医療分野はAppleの将来にとって重要」

Appleは以前からHealth Techスタートアップの買収に関心を示しており、カリフォルニアのクロスオーバー・ヘルス(Crossover Health) と買収交渉を進めていたが合意には至らず(CNBCより )。グーグルのベンチャー部門GVが出資するワン・メディカル(One Medical)とも、協議をもったと報じられている。 この辺りの事情から、医療分野での勢力拡大を目指す野望が感じられる。

ティム・クックCEOはかねてからフォーチュン誌の取材 やイベント などで、「医療はハードウェア、ソフトウェア、サービスを融合させれる特別な分野」とし、「世界がかかえる重要な課題」と発言していた。しかし具体的にどのような医療戦略を視野にいれているのかは、最近まで明らかになっていなかった。

2017年9月、クックCEOは「医療分野はAppleの未来にとって重要だ」とコメント。健康管理アプリから医療アプリへとターゲットを広げ、ヘルス関連アプリ開発者向け「ケアキット」や医療専門家向け「リサーチキット」の提供で、iPhoneに「医療情報総合センター」の役割をもたせる戦略を打ちだした。将来的には病気を診断する「メディキット」の開発なども視野に入れているのではないだろうか。

Microsoft-AI医療部門設立 様々なプロジェクトで医療分野進出を狙う

Microsoftは昨年、医療部門強化を発表するとともに、新たなAI医療部門を設立 。ピッツバーグ大学医療センターと提携し、人々が健康に暮らせる支援を行う新プロジェクト「ヘルスケア・ネクスト」 も始動させた。

ほかにも患者の健康に関するアナリティクスの提供を目指す「ヘルスヴォルト」、 機械学習技術で放射能治療計画を立てる「プロジェクト・インナーアイ」、 医療用チャットボットなど多様なプロジェクトを手掛けている。

Microsoft Band3の開発は中止されたようだが、健康管理アプリ「Microsoft Health」 はサービスを継続している。フィットネスデバイスをターゲットとした戦略から、方向転換を図る可能性も考えられる。(アレン・琴子、英国在住フリーランスライター)