モモンガは狂気に嗤う   作:シベリアン
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一先ず無難に転移。


2話 胎動

輝かしいはずだった思い出は自らの手で黒く染まった。

記憶の中にあった、どうという事も無い一つ一つの出来事。

それらが実は自分が嫌われていたからこその事だったのだとの思いが止まらなくなる。

その疑念があっという間に黄金の宝物をどす黒い汚らしい物へと貶めていく。

そして大切な仲間が作った大切なNPC達すら信用できず。

本来なら最も自分が嫌った独断というNPC設定の改変をもって漸く彼らの前に在る事が出来る。

現在時刻23:59:59:99

モモンガは静かに目を閉じた。






馴染んだログアウトの感覚が伝わってこない。

違和感を覚えつつ目を開けば、そこは変わらずナザリック玉座の間だ。
先ほどの命令に従って無数のNPC達がひれ伏している。


「サービス終了が延期になったのか……?」


或いはシステム側で終了シークエンスに手違いが出たのか。

だが、そんな事はどうでもいい。

この最後の時にあってすらケチがつく。
それは、お前が迎える最後なんてその程度のものだという運営からのメッセージにも思えた。

「ははっ、どこまで俺を虚仮にすれば気が済むんだ……」

ギルドメンバーに捨てられ、もうこれ以上落ちる先は無いと思っていたが、どうやらユグドラシルという世界にすら馬鹿にされるとは。

大きくは無く、しかし大火を育む種火の如く苛立ちが静かに胸を焦がす。

そこに鈴の音の如く澄み渡った静謐な声が鳴り響いた。


「恐れながらモモンガ様。至高の唯一の御方に対して刃向かう不届き者がいるのでしたらば、このナザリックの総力を挙げて討ち滅ぼしてご覧にいれます」


アルベド。
守護者統括であり、この玉座の間を守護する最上位NPC。
絶世の美女だがその頭部には歪な角が、腰からは漆黒の羽が生えている。
それが今。
まるで一個の生命の如くモモンガに語り掛けていた。

そしてアルベドだけでは無い。
モモンガを不快にさせる何者かがある、それに反応した他のNPC達からも目に見える程の圧力を伴って殺気が漲っている。

第1から第3階層守護者シャルティアの目は血走り、口元から牙を覗かせている。

第5階層守護者コキュートスは怒りの余りにガチガチと大顎が打ち震え、その甲殻にまで伝わる程。

第6階層守護者のアウラは、その幼い顔からは想像もつかない程に目を吊り上げ口元は怒りに歪む。

同じく第6階層守護者マーレは顔色こそ変わらないものの、その目は漆黒ですら輝かしい光と思える程に闇に沈んでいるのが恐ろしい。

他のNPC達も多少の違いこそあれど皆憤怒の色を隠さない。

唯一第7階層守護者デミウルゴスだけが見た目だけは平静を装っているが、時折頬がピクピクと引き攣っている。


「……何故、喋っている。私に話しかけている」


単純にモモンガは疑問を口に出す。
しかしNPC達はそうは捉えなかった。

許可なく敬愛する我らが至高の唯一の御方に話しかけ不快にさせてしまった。
そう捉えたアルベドは、主の前で犯した失態のあまりの重さに、その恥辱に自害したくなる。


「お怒りは御尤もです!この無能で愚かな下僕に然るべき罰をお与えください!」


必至の懇願で罰を乞うアルベド。
自分達NPCは、このナザリックに住まう者は、其の全てがモモンガ様の為にあるのだ。
それなのに、モモンガ様を不快にさせるような者がこのナザリックにいて良いはずがない。
命じられれば即座に自分の首を切り落とす覚悟だ。

そんなアルベドを見ながらもモモンガは何も発さない。
ただアルベドを、そしてその背後にひれ伏すNPC達をゆっくりと見回す。

何時までも訪れない懲罰の言に、堪り兼ねたアルベドが頭を上げ再度の罰を願おうとした時にようやくモモンガは口を開いた。


「……お前たちにとって私は何だ?」


一瞬の間もおかず、まるで示し合わされていたかのように全NPCの口から同じ答えが合唱となって玉座の間に響き渡る。


「「御身は至高にして唯一の御方!我らが絶対の主にしてナザリックの支配者!この身の全てはモモンガ様の為に!そして永遠にモモンガ様と共に!」」


淀み無く、祝福の誓言のように彼らは声高に叫ぶ。





それを見て。
その心からの忠誠を感じ取って。
モモンガは、鈴木悟は歓喜に打ち震えた。

何故、アルベド達が喋れるようになったのか。

そんな事は最早どうでも良かった。

もしこれが夢ならば永遠に醒めないままで良い。

自分の為に、そして自分と共に在らんとする仲間。
恋い焦がれ、捨てられ、二度と自分には届かないと諦めた者達が今、目前にいる。

感極まったその瞬間、突然心の猛りが水を浴びたように沈静化した。

そうしてようやく気付く。
その身が既に人を止めてている事に。

ゲーム時代とは違う、完全な五感を感じられる。
恐らくこの奇怪な現象と共に、この体もユグドラシルの如きオーバーロードと化してしまったのだろう。
とすれば先ほどの沈静化はアンデッドの種族特性によるものだろうか。

モモンガは冷静にそれらを思考し、そして意外にもすんなりと受け入れていた。

元よりリアルの世界に思い入れがある訳でもない。
彼の世界ではギルメンを除けば親しい人間もいなかった。
ペットもいない。

それに比べれば、この自分を受け入れてくれているNPC達と、このナザリックで過ごす事のどちらが大事かなど考えるまでも無かった。

そこに至りモモンガはアルベドに近づき手を差し伸べる。


「モモンガ、様?」


先程の失態について咎を受けるのだろうか。
未だ下されていない罰に身を固くしながらもアルベドはその手を恐る恐る掴む。

アルベドが手を取ると、モモンガはアルベドの美しくも華奢な体を抱き寄せる。


「良い、良いのだ。アルベドよ。私はお前の全てを許そう。そして皆よ、これからも私に良く仕えてくれ。それこそが私の望みであり願いである」


静かに、しかし力強くアルベドを抱きしめる。
スキル・ネガティブタッチが発動したままであり、アルベドにダメージが入るが、そんな事はアルベドにはどうでも良かった。

敬愛する最愛のモモンガ様が自分を抱きしめてくださっている。
そして、あろうことか自分達下僕に良く仕えよと、それが望みであり願いであると仰ってくださったのだ!

それはつまり、今この瞬間にアルベドを含めたナザリックの全ての者が「在って良い」と、その生を、存在を認められたに等しい。
彼らの神であるモモンガから自らを肯定される。
それに勝る喜びがこの世のどこにあるというのか。

アルベドの体を歓喜が包み込み、その目からとめどなく涙があふれ出る。

それは他のNPC達も同様であった。
自分達の主が自分達を必要としてくれる。
守護者統括たるアルベドはつまり彼らの代表だ。
先の言葉を考えれば、アルベドを通じて自らが抱かれているに等しい。
皆、一様に涙に溢れ、その身を喜びに打ち震わせ、しかしその表情は歓喜に満ち溢れている。

次第にそれはモモンガ様!と主を讃える大合唱となっていった。






玉座の間での騒動は一先ず収まり、モモンガはアルベドに命じてNPC達をそれぞれの持ち場に戻した。

このナザリックのNPC達はモモンガを絶対の主として認めている。
それを先程の事から十分に感じられた。

もう自分は捨てられる事は無い。
彼らとここで静かに暮らせればそれでいいのではないか。
そんな思いがこみ上げてくる。

しかし一つ懸念があった。

突然のNPC達の自立化。
最早彼らが単なるデータではなく、独立して自意識を持った一個の生命なのは明白だ。

だが、それらはこのナザリックだけで起こっている事なのだろうか?
そもそも本来ユグドラシルはサービス終了を迎え、全てが終わるはずだったのだ。

何か得体の知れない事が起きているのは明白。

モモンガは一先ず外の様子を探る事にした。

念の為、護衛にセバスと、プレアデスからナーベラル・ガンマを連れてきている。
ナザリック外部に広がるグレンベラ沼地は勝手知ったる庭のようなものだが、ユグドラシルでも屈指の難所の一つでもある。
それ故、最低限の護衛として前衛100レベルのセバスと魔法補助としてナーベラルを同行させていた。
少ない様にも感じるが、この周辺のモンスターのレベルを考えれば過剰と言ってもいいだろう。

第一階層から地上に通じる階段を上り霊廟の扉の前までたどり着く。
この扉の向こうが外界だ。
セバスに命じその扉を開けさせる。
そこにはいつも通り陰鬱な沼地が……存在しなかった。


「馬鹿、な……」


絶句するモモンガ。
そしてそれはセバスとナーベラルも同じだ。

6mにもなろうかという巨大な壁で囲まれているナザリック。
周囲は沼地の霧に囲まれ、昼であっても視界が悪いはずのそこ。
だが、あるべき霧などどこにもなく空には晴天が広がっている。

まさか、まさか!

心臓を鷲掴みにされたかのように、本来無いはずの心臓が早鐘を打つ音が聞こえる。

ナザリック地上部は壁に阻まれて見えない為、200m四方にもなろうという広大な墓地をモモンガは駆け、そして見てしまった。
周囲の広大な平野を。

在るべき物は無く、無いはずの物がどこまでも広がる。

どこだ、ここは。

こんな所は知らない。

そしてふと思い出してしまう。


『どうやらユグドラシルという世界にすら馬鹿にされるとは』


あの時何気なく思った事。
それは真実だった。


「ふざ、けるなよ……」


最早ここはモモンガが知るナザリックの地表では無い。
それを理解してしまったからこそ、わかってしまった。


「仲間達だけでは無く、お前までも、世界までもが、ユグドラシルまでもが!」


アンデッドの沈静化ですら収められない程の激情が迸る。


「俺を、ナザリックを捨てたというのか!」


世界は彼らを見捨てたのだった。



思ったより転移直後に時間を取られてしまいました。
次回こそ現地民の方々と心温まる接触が出来ると思います。







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