Nintendo Laboは21世紀の「マリオペイント」である

「理解する喜び」が一生涯のブランドロイヤリティを創る

マリオカートではなくマリオペイントを選んだ人生

1992年、任天堂から2本のゲームソフトがほぼ同時期に発売された。一つは誰もがよく知る『マリオカート』。もう一つは『マリオペイント』だ。マリオペイントはコントローラーの代わりにマウスを使用して、画面上でお絵描きができるクリエイティブなゲームだ。ブラシツールで絵を描き、スタンプツールでドット絵を自作し、作曲し、簡単なアニメーションを作ることもできる。

私はこのゲーム史に名を残す2本のゲームを天秤にかけた結果、マリオペイントを親に買ってもらった。初代マリオカートの国内売上が382万本であることを考えると、私と同じ選択をした子どもたちは少数派だろう。

その結果、“おばけぬま” が一番苦手な小学生になった一方で、マリオペイントは私に大きな影響を与えてくれた。残念ながら絵が上手くなることは一切なかったが(ミニゲームのハエたたきが面白すぎた弊害でもある)、パソコンを触ったこともない小学生にとってここから得られた学びはあまりに大きかった。デジタル上の画像は小さな四角形(ピクセル)の集まりであることを知ったし、アニメーションは絵が高速で切り替わることで動いているようにみえること、ゲーム内の音楽はCDのような録音ではなく楽譜を再生することでならしていること。何より面白かったのはマウスの中にボールが入っており、ボールの転がりを内部のローラーが感知することで画面上のカーソルを動かすことができるという「原理」を知ったことだ。

「コンピューターの原理を、コンピューターを持たずに知った」私は、以後デジタル上でのクリエイティブな面白さを知り、Macを手に入れ、デザインを理解し、インタラクティブコンテンツを作成し、現在私はデジタルマーケティングの会社で「任天堂製品が大好きな」ディレクターとして働いている。私の人生にとってマリオペイントは大きな影響を与えたソフトなのだ(たとえプレイ時間のほとんどをハエたたきに費やしていたとしても)。

ダンボール+コントローラーで、作って、遊んで、理解する

今日2018年1月18日、任天堂はNintendo Switchを使った “新しい遊び” の提案として『Nintendo Labo』を発表した。組み立て式のダンボールキットにSwitchのJoy-Conを組み合わせることで、工作+新しいゲームの操作感を実現したプロジェクトだ。

ラインナップされているのはピアノや釣り、ハンドルや、自分自身がロボットになって遊べるもの、さらにコントローラーを車に見立てて遊ぶものも。任天堂らしい子どもたちに向けたプロダクト、デジタルなゲームとアナログなダンボールの組み合わせはそれだけでワクワクさせるし、ネット上が賞賛の声であふれているのもよく分かる。

実はアナログ&デジタル工作という視点で考えるとこれは目新しいものではない。スマホとダンボールを組み合わせたダンボッコや、ダンボールでカメラを作るDIY CAMERA KIT for OLYMPUS AIR、IoTブームの中で生まれた組み合わせて使うセンサーであるlittleBitsMESH、さらにArduinoやRaspberry Piを用いたMakeムーブメント…。

複雑なダンボールの組み立て方もソフトがサポートしてくれる

それでもNintendo Laboが輝きを持って見えるのは、わかりやすさであり、とっつきやすさであり、可能性を兼ね備えているからだ。気合の入ったダンボールキットのクオリティは目を引くものがあるし、それぞれの操作系とJoy-Conがどう連動しているのか大人でも簡単には理解できないほどの複雑さ、そして何より遊べるゲームが「任天堂製のゲームである」というソフトウェアのクオリティ!この敷居の低さだからこそ「作って」「遊んで」みたくなる理由が備わっている。

動作原理をハードとソフト、両面から理解できる

そして何よりこのプロジェクトが優れている点、それは遊びだけでなく「原理を知る」ことにも大きなフォーカスを当てていることだ。つまり「Nintendo Laboとは私にとってのマリオペイントだ」ということだ。私がマウスの原理を知ったように、Nintendo Laboを遊んだ子どもたちもジャイロセンサーや画像処理センサー(モーションIRセンサー)がどのような働きをしているのかを理解することができる。どのセンサーも使われ方は違えど、現代ではスマートフォンをはじめとした電子機器にごく普通に採用されているものばかりだ。彼ら・彼女らはその仕組みを理解した上で社会に飛び出していくだろう。

「生涯のファン」にはソフト1本の売上以上の価値がある

そしてもう一つNintendo Laboとマリオペイントが似ているところがある。おそらくNintendo Laboは直接任天堂の収益に大きく貢献することはない。“マリオカート” のような売れ方をしないことは自明だ。

では意味のないプロジェクトなのかといえばそれは違う。マリオペイントに触れ、「原理を理解し」、生き方に影響を受け任天堂の生涯顧客になった私のように、Nintendo Laboというかけがえのない体験を経て強固なロイヤリティを築いた人物が、彼ら・彼女らのなかから必ず現れるからだ。生涯寄り添うユーザーを作ることこそが真のブランディングであり、ライフタイムバリューこそがNintendo Laboが作り出す本当の利益である。2018年にNintendo Laboを遊んだ子どもたちが、20年後にまた私のように記事を書いている姿がありありと目に浮かぶ。その原動力は子どもの頃に体験した「原理を理解した喜び」に他ならない。