私は、今、世界中で広がりつつある「#metoo」に共鳴して、自身の枕営業に関する記事を書かせていただきました石川優実と申します。
まず、その記事を読んで下さった多くの方々に感謝します。ありがとうございます。
https://note.mu/ishikawa_yumi/n/n1e73ecf608d1
とても長い文章になってしまったのですが、最後まで読んで頂けていたらとても嬉しいです。
米国の女優アリッサ・ミラノさんがTwitterで呼びかけたこと、そして人気ブロガーのはあちゅうさんが電通時代に受けたセクハラ・パワハラを告発したことで 日本でも「#me too」の運動が活発になりました。
今回私も、この「#me too」をつけて自身の枕営業等について記事を書いたわけですが、「なぜいきなりこんなことを?」と、多くの方に尋ねられました。
中には、「こんなこと書いて、石川さんのメリットってある?お金が4000万とか貰えるんだったら分かるけど」 などとも言われました。
もちろん、あの記事を書いて私が誰かに4000万とか貰えるはずはありません。むしろ、アルバイト先は色々な経緯がありましたが辞める事になりましたし、芸能のお仕事は今後そうそう私に来ないでしょう。
なので今日は、なぜ私が今回話題に取り上げて下さった記事を突然投稿したのか、その経緯をお話しさせて下さい。
きっかけは、先述したはあちゅうさんの記事でした。
「#me too」自体は、なんとなくは知っていました。
なんとなーく、「セクハラや性的被害にあって苦しんでいる人たちが声を上げている…ぽい感じ?」くらいの認識でした。自分との関連性は全く無いと思っていました。
しかしはあちゅうさんの記事を読み、更にそこからTwitterでハッシュタグmetooを辿って行くと、そこには私の経験したものと同じような気持ちであろうものがたくさん溢れていました。
あれ。もしかしたら私の今まで抱えてきたモヤモヤ達は、これなのではないか。
あぁ。
私も。(Me Too.)
しかし、私のようなものが、本当にこの世界のみんなが苦しんでいるような内容と同じような事例と一緒にしていいのだろうか。
「だって私のは、どう考えても自業自得だし」
「私が悪いし」
今まで他人に相談しても、あんまりまともに取り合ってもらえなかったし。けれどここなら。ここなら共感してくれる人がいるのではないか。そして、私と同じような女性を少しでも減らすことができるのではないか。そう思い、とりあえず文章を書き始めてみようと思い、書き出したら止まらなくなりました。
私は今回、この「#metoo」の運動が始まる前に、グラビアで自分がやりたくないような露出をすること、好きではない人とセックスをすること、グラビアで成功しなければ自分には先の人生がないという勘違いからは抜け出していました。それは、この何年間での色々な経験から「自分を大切にする」ということを徹底してやっていたからです。
自分を大切にするというのは、自分自身が感じる、「これは好き・これは嫌い」を、大切に生きるということでした。
これは好きなのが普通だよな、とか、普通これはみんな嫌だよな、とかではなく、とにかく自分自身の感覚を一番に。そうすることによって、私は以前のように自分で自分を嫌いになってしまうような表現のグラビアの仕事を辞めたり、好きではない人とセックスをしなくても、毎日をとても幸せに過ごすことができています。
しかし、これを私は「頑張ってこうなれた」のではありません。むしろ、自分の感覚としては、昔の方が頑張っていました。とにかく我慢をして、嫌なことをして、それが努力だと思っていました。それが頑張るだと思っていました。なので頑張るのは辞めてみました。
とにかく自分に甘く甘く、全ては無理かもしれないけれど少しずつ、自分のやりたいことだけで生活できるような環境を作ってみよう。そう思い、嫌なことを辞めてみた結果、今の幸せな毎日があります。
そういった経験の中で、当時の自分のように、がんじがらめになっている人になんとか楽になって欲しいと思うようになりました。 あなたが今辛いのは、自分がだめな人間だからじゃない。頑張りが足りないからじゃない。自分に優しくしていないからだ。だからもっと、自分の本当の気持ちとちゃんと向き合って下さい。当時の自分が人から言われていたら、一度冷静に立ち止まって考えることができたんじゃないか。
そのような伝え方を自分で考え、ブログ等でも発信するようになりました。その中には、性について真面目に語るブログもあります。 今、確かに幸せに生活をしているけれど、当時のグラビアの画像がTwitterのタイムラインで流れてくると、その夜は眠れません。
ふと、何年か前にしてしまったあの枕営業のようなことを思い出すと、しばらく考え込んでしまいます。もう終わったことですので、どうすることもできません。心の中でもやもやした気持ちを持ったまま、日々過ごしていました。