オーバーロード 活火山の流れ星《完結》   作:日々あとむ
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 前回のあらすじ。シューティングスターは糞AI。
 


Ⅲ 魔竜シューティングスター

 

 ナザリックへと帰還したアインズは、心配するNPC達に一言二言告げて、自室へとやって来た。

「一人にしてほしい」

 そう告げて、部下を全て追い払い一人寝室のベッドに寝転ぶ。いつも通り、アインズを落ち着かせるフローラルな香りがシーツから漂う。
 アインズは先程遭遇したシューティングスターについて考えた。

 ――魔竜シューティングスター。『ロードス島戦記』という日本のファンタジー小説に登場する火竜であり、人間と魔術師をひたすらに憎悪する邪竜。
 運営が過疎化するユグドラシルに再び人を寄せ集めようと開催した、コラボイベントのボスでありワールドエネミー。
 その強さは規格外であり、結局最盛期ではなく既に落ち目であったアインズ・ウール・ゴウンでは勝てなかったイベントボスだ。

「……シューティングスターが、この異世界に……」

 何故、どうしてという疑問はある。しかしアインズ達が転移した理由も不明なのだ。シューティングスターが転移してきた理由など分かるはずもない。
 アインズに分かる事は一つ。あのシューティングスターは、早々に始末しなくてはならないという事だけだ。

 シューティングスターには呪いがかけられている。世界級(ワールド)アイテム“支配の王錫”を守るために、“支配の王錫”から一定以上離れられないのだ。その呪いをかけたのは古代の人間の国の魔法詠唱者(マジック・キャスター)であり、シューティングスターは殊更人間と魔法詠唱者(マジック・キャスター)を憎んでいる――という設定だ。
 今もあの鉱山……いや、今は活火山か、そこから出られない様子から、おそらく未だその呪いは有効なのだろう。放っておいても、山一つの犠牲で済む。
 そう楽観的に判断出来ない理由が、アインズにはあった。

 ――生まれながらの異能(タレント)の存在である。

 この異世界にはユグドラシルには存在しない異能があり、ンフィーレアの異能を初め凄まじい効能の異能が多数存在する。中には、“あらゆる呪いを解呪出来る”という異能持ちがいてもおかしくはないだろう。

 その異能の存在が、アインズには恐ろしい。

 例えばアインズがこのままシューティングスターを放っておくとしよう。当然、最初はモモンが「アレは退治出来ないので放っておけ」とでも言う事になる。その際に、呪いの事も話す事になる可能性が高い。
 そうすると、いつまでも隠しておけないのでこの大陸中でシューティングスターの存在は知られる事になる。シューティングスターはワールドエネミーなので、シャルティアを洗脳した世界級(ワールド)アイテム持ちが名乗り出る事も無いだろう。
 我こそは――そう言う冒険者も出るだろうが、すぐに身の程を知る事になる。そうして次第に――表立って国を造ったアインズのもとにもシューティングスターの件は届くだろう。退治出来ないか、と。
 その場合、アインズはやはりモモンと同じように「勝てないから放っておけ」という事になる。
 さて、その場合――アインズが勝てないと明言した相手と、交渉しようとする人間が出ないとは言い切れない。アインズでも分かる。おそらく、ジルクニフ辺りが色々な話を仕入れて、ちょっかいをかける可能性が高い、と。
 そうして奇跡的に都合のいい異能を持つ人間がいたとする。そして、奇跡的に呪いを解けたとする。
 その後は――阿鼻叫喚の地獄絵図だ。シューティングスターは、国の一つや二つ壊滅させた程度では止まるまい。たとえ止まったとしても、その後は生贄を要求するだろう。奴の残虐な趣味故に。
 自由になったシューティングスターに、アインズは勝てる気がしない。今でさえ勝てる気がしないのだ。“支配の王錫”に縛られず、自由行動が可能なシューティングスターを殺し切るのは不可能と言える。

 ――だから、シューティングスターは今の内に仕留めなければならない。何がなんでも。

「――だが、勝てるメンバーがいないんだよ!!」

 アインズは瞬間的にキレて、怒鳴る。すぐに感情は沈静化されるが、それで不安が解消されるわけではない。

「当時のギルメンでも勝てなかったんだぞ? そりゃあ、たっちさんとかギルメンも半分以上いなかったし、決まった六人で行ってただけだけどさ。――それでも、どうやって勝つんだよ。今のところ、俺しかプレイヤーはいないってのに」

 法国に行けばいるかも知れないが、それが一〇〇レベルとはかぎらないし、更にアインズに協力的とはかぎらない。装備品だって、ナザリックほど揃えられているかどうか――。

「一人で勝てるか? ……いや、絶対無理だ。相手はワールドエネミーだぞ? 勝てるようなら、そもそもタブラさん達と参加してた時に勝ててる……」

 誰もいない。アインズとともに異世界に転移したプレイヤーは、アインズの近くにいない。息の合った連携の出来る仲間がいない。

「無理だ……」

 結論は、それだった。どんなにアインズが考えても、一人でどうにか出来る相手ではない。今の内に何とかしなくてはならなくても、今の内に何とか出来る方法が皆無だった。

「糞がぁ!!」

 もはや、シューティングスターに対しては後手に回るしかない。シューティングスターの危険性を理解出来て、かつアインズと同レベルの強者が都合よく現れるはずはなかった。

 アインズはシーツに蹲る。そして――寝室のドアが、控えめにノックされた。

「……誰だ?」

「アルベドです、アインズ様」

「――入ってもかまわんぞ」

 ベッドから身を起こし、座った後にアルベドにそう声をかける。普段なら自分から寝室を出るが、今はそんな気分になれなかった。

「――失礼いたします」

 アルベドが頭を下げ、入室する。そしてアインズの前に跪くと、口を開いた。

「……アインズ様、先程アウラとパンドラズ・アクターから話を聞いたのですが」

「ああ……シューティングスターの件だな」

 つい、気分が滅入る。主人の機敏を敏感に感じ取ったのか、アルベドが慌てたように口を開いた。

「ワールドエネミー討伐のための編成を用意致しました。その御許可をいただきたいのです」

「――ああ」

 詳しい説明は全くしていないが、アルベドは二人に多少教えておいた情報から、早急にアインズと同じようにシューティングスターを始末するべきだという結論に至ったらしい。
 だが、アインズとアルベドには明確な意識差がある。
 アルベドはシューティングスターに勝てると思っていて、アインズはシューティングスターには勝てないと知っている事だ。

「……アルベド、その編成は無意味だ。編成を解除し、もとの仕事に戻しておけ」

「ですがアインズ様、そのワールドエネミーは早急に始末するべきです」

「分かっている……!」

 少し語気を荒げてしまい、アルベドが慌てて頭を下げた。

「も、申し訳ございませんアインズ様! 差し出がましい真似を……!」

「いや……こちらこそすまなかった、アルベド。お前は悪くない」

 額に地面を擦りつけるアルベドを見て、アインズは慌てて立ち上がり、アルベドの傍にしゃがむとアルベドの頭を上げさせる。
 アルベドの頭を上げさせた後、アインズは溜息をついて再びベッドの上に座った。アルベドはそんなアインズの姿を見て、おずおずと話しかける。

「あの……アインズ様。何かお悩みがあれば、他の何を放っても、アルベドは御身の苦悩を解決する覚悟がございます」

「……いや、そうだな……」

 少し考えて……アインズは思い出を語るように、ぽつぽつと語った。

 シューティングスターがどのような存在か。そして、今の奴がどのような状況なのか。かつてタブラ・スマラグディナ達と共に火竜退治に赴いた事。その結果。

 アルベドはアインズからシューティングスターをついぞ退治出来なかった事を聞くと、驚きで目を見開いていた。

「至高の御方々が協力しても、討伐出来なかったのですか?」

「――意外か? そうでもないぞ。その時のメンバーは全盛期のメンバーではなかったからな。当時は既に半数以上がギルドを抜けていたから、最高のメンバーで挑めなかった。それが出来れば、もう少し違った結果になったと思う」

 そう――たっち・みーがいれば、ぶくぶく茶釜がいれば、やまいこが、ウルベルト・アレイン・オードルが、ブルー・プラネットが――彼らがいれば、初見は無理だろうがいつかは討伐成功出来たかもしれない。

 しかし、そんな“もしも”は存在しない。彼らは既にギルドを引退していた。ユグドラシルにログイン出来なかった。だから――そんな可能性は存在しないのだ。

 だからこそ――シューティングスターはアインズにとって苦い思い出なのだ。時間の無情さをまざまざと見せつけられた、憂鬱なイベント。

 しかしそれも単なる思い出であれば許容できた。だが――シューティングスターは思い出となってくれなかった。あの魔竜は、再びアインズにその威容を見せつけてきた。

 もはや誰もいない――モモンガだけのアインズ・ウール・ゴウンへと。

「…………」

 それが、アインズには許せない。癇癪のままに叩き潰してやりたいと願う。しかし感情は鎮静化され、理性がアインズに「勝てるわけがない」と告げてくる。それがもどかしかった。
 アルベドはアインズの話を聞き終えると、意を決したように口を開いた。

「アインズ様……あの火竜には、ナザリックでは勝てないのですか?」

「――私は、そう踏んでいる」

 アルベドの不安に揺れる瞳を見ながら、アインズは呟いた。ワールドエネミーには勝てない。シューティングスターは討伐出来ない。
 アルベドの不安に揺れる瞳に、アインズは出来るなら「否」と言ってやりたかった。だが、それは出来ない。そう言ってしまえば、アルベド達はアインズの言葉を信じ、シューティングスターと戦うだろう。
 これは、アインズが叡智ある支配者を演じるのとはわけが違う。その勘違いは即座に死に至る。かつての仲間達が残した子供達を殺す選択肢なぞ、アインズには選べなかった。

「――アインズ様。ルベドを起動させても、無理なのですか?」

「……まず無理だろうな。ルベドはたっちさんより強いが、それは相性差が大きい。そもそも、ワールドエネミーはレイドボスのようなもので、いくらシューティングスターが六人縛りのレイドボスと言っても…………」

 アインズは、そこでふと気づく。アルベドをじっと見た。

「? ア、アインズ様?」

 じっとアインズに見つめられて、アルベドが困惑する。困惑するアルベドを他所に、アインズは今気がついたと言わんばかりにアルベドを見た。

 ――アルベドは、防御特化のプレイヤー(NPC)だ。

「――待てよ。そうか……!」

 ナザリックのNPC達は外に出られるのだ。もはやこれはゲームではない。シューティングスターの脳にあるのは運営が作ったAIではなく、あの火竜自身の思考回路だ。
 そして、シューティングスターが今いるのはあの火竜山などではなく、つい最近まで人の手が加わっていた鉱山である。

「あるぞ――勝てる手段が……!」

 当時はどうしてもシステム上出来なかった戦法だが、今なら可能なはずだ。

「アルベド!」

「は、はい!」

 アインズに話しかけられ、アルベドは姿勢を正す。

「すぐにナーベラルとパンドラズ・アクターにリ・ブルムラシュールへ行き、鉱山の洞窟の地図をもらってくるように伝えろ。それと、コキュートスにあの緑竜(グリーンドラゴン)をナザリックまで連れてくるよう言え。知りたいことがある」

「かしこまりました」

「それと――」

 アインズは迷う。はたして、本当にいいのだろうか。おそらく、アルベド達はアインズに命令されれば、それがどのような命令でも聞き入れるであろう。
 だからこそ、それはとても伝え辛かった。

 だが、それでも言わなくてはならない。

「――アルベド」

「――はい」

 アインズの静かな声に、アルベドもまた静かに答える。

「――――私のために、お前達は盾になってくれ」

「無論です。アインズ様」

 アルベドは、優しくアインズに微笑んだ。







 ――その日、彼らは上機嫌だった。

 彼らは王国に拠点を置くワーカーチームの一つである。ワーカーは冒険者とは違い、冒険者組合などには所属していない。そのため依頼を受ける際には本来組合が安全の確認を取ってくれるが、ワーカー達の場合は自分達で判断して依頼を受けなくてはいけなかった。
 そして、今回彼らに依頼をしてきたのは王国の裏組織である八本指である。八本指はワーカーにとってはある意味でお得意様だ。犯罪を黙ってさえいれば、金払いのいい客だからである。
 金のために命を賭ける――ワーカーとはそのようなものだ。例えば、家族の借金を返すためだとか、孤児院の子供達の生活費のためだとか――そんな理由でワーカーになるのは極一部である。ワーカーのほとんどは、表舞台に出られないかあるいは――表舞台に出る気がない、そんな者達であった。

 今回八本指から依頼を受けたワーカーチームは、よく八本指から珍しい動物や魔物の密輸などを依頼されていた者達だ。
 彼らは思う。おそらく、八本指から依頼を受けたワーカーチームは自分達だけではないだろう、と。
 何故なら――彼らの依頼は、あのアダマンタイト級冒険者にして大英雄モモンとその相方ナーベの戦利品を、掠め盗る事なのだから。



 ――鉱山で漆黒の討伐した(ドラゴン)の遺骸を、盗み出して欲しい。



 これが、今回の依頼内容だ。最初に依頼内容を聞いた時は、馬鹿を言うなと思ったものである。

 あのモモンから、獲物を掠め盗る。

 これほど自殺志願としか思えない依頼は聞いた事がない。まず間違いなく、普通なら断るべき案件だろう。
 モモンの英雄譚は既にワーカー達は聞き及んでいる。あの悪魔事件の際、難度二〇〇という大悪魔ヤルダバオトを相手にして追い払ったという伝説は、既に王国では有名な話だ。幾らか誇張はしているだろうが、あのモモンが生きる伝説であるという事実は覆しようがない。
 そんな大英雄から、獲物を奪い取れ。冗談ではない。

 八本指は高額の報酬を出したが、最初は尻込みをした。しかし少し情報を集めれば――これが、実においしい依頼であると気がついたのである。
 最初に調べたのは、モモンがまず(ドラゴン)討伐などという依頼を受けているかどうか、だ。これは冒険者組合を探ったが、そんな依頼内容は無かった。
 しかし代わりに、モモンが組合から依頼を受けてリ・ブルムラシュールに向かっていた事。鉱山は現在噴火の危険性があるため立ち入り禁止になっていた事を突き止めた。
 そして、モモンの動向だが――相方のナーベや騎乗魔獣の森の賢王と共に、リ・ブルムラシュールで貴族の館に招待され、既にモモンは依頼を完了しているような様子が窺える事。そのモモンが、何か大きなモノを運ぶための台車を複数手配している事を突き止めたのだ。

 ……以上の事から、彼らはこれが好機であると踏んだ。今なら、楽に八本指の依頼を完遂出来る、と。
 そして彼らは、喜び勇んで鉱山へと侵入した。

 彼らは知らない。八本指が既にとある別の組織に既に完全に掌握されている事を。
 彼らは知らない。大英雄モモンの正体を。
 彼らは知らないのだ。依頼内容は偽物で、掴まされた情報も偽物であるという事を。

 ――雷鳴が轟いている。
 その日珍しく、冬の鉱山は大雨だった。







「――あの、次はこっちです偉大なる御方、ハイ」

「――よしよし、いい子だな」

 アインズは自分達の先を歩く、パッチという緑竜(グリーンドラゴン)へ満足そうに声をかけた。
 パッチはコキュートスが拾ってきた(ドラゴン)である。アインズが詳しい話を聞くためにコキュートスにナザリックへ連れてくるよう伝えていたのだ。
 アインズは守護者達が揃う玉座の間でパッチを出迎えたが、パッチは震えあがっていた。そんな怯えるパッチからアインズはどこから来たのか、どこに棲んでいたのか訊ね――洗いざらい吐いたパッチに、道案内を任せたのである。
 その際にまたデミウルゴスから「さすがアインズ様」事件を起こされたが――ここでは省略しておく。

(俺がコイツに道案内を頼んだのは、偶然なんだけどなー)

 デミウルゴスはアインズが全てを見透かして、パッチの正体も分かった上で今回の作戦を思いついたと思っているようだが、とんだ買い被りである。

(うーん。それにしても今回の作戦、デミウルゴスがまさかあんなに取り乱すとは……)

 作戦を伝え、アインズが直接出ると伝えた時のデミウルゴスの取り乱し様は凄かった。アインズは何度も、デミウルゴスにナザリックに残るように言われた。しかし――

(悪いな、デミウルゴス。それは出来ない)

 プレイヤーにしてギルド長のアインズが死ねば、ナザリックのNPC達も死んでも復活出来なくなるだろう。だが、それでもアインズ自身が出なくてはいけなかった。
 感傷ではない。シャルティアの時のような感傷などではなく――純粋に、アインズが出なくては勝率がゼロのためだ。
 ナザリックNPC達ははっきり言って、赤子同然である。かつて魔樹のザイトルクワエと討伐した時の連携は酷いものであった。正直に言えば、あまりな連携に頭を痛めたほどだ。
 そんなNPC達に作戦を任せれば――断言出来る。確実に、シューティングスターに殺されるだろう。
 そもそも、アインズがかつての仲間達とこの作戦で戦っても、勝てるかどうか分からないのに。

「――アインズ様」

「どうした、アルベド」

「その……本当にこのメンバーでよろしかったのですか? 正直に申し上げますと、アインズ様を回復する事が出来るシャルティアくらいは連れてくるべきだったのではないかと」

 完全武装したアルベドがアインズに訊ねる。今この場にいるのは案内役のパッチとアインズの他にアルベド、セバス、パンドラズ・アクター、マーレだけだ。他の守護者達はナザリックに留守番である。

「シャルティアは確かに強い。そして、私の体力を回復させられるヒーラーにもなれるだろう。だが、それならばパンドラズ・アクターがやまいこさんなどに変化すればいい。アンデッドというのは、私もそうだが炎に対してすこぶる弱いからな。はっきり言って、シャルティアは今回の作戦では役に立たない」

 さすがにアインズほど体力が低くないので、ブレス攻撃の一撃で蒸発はしないだろうが、それでもおそらく今連れている者達ほどはもたない。スポイトランスでちまちま回復しても、確実にそれ以上のダメージを負うだろう。

 ――なにより、シューティングスター戦は、レイドボス戦は連携が上手く取れなければ死ぬ。シャルティアやアウラ、コキュートスはかつてザイトルクワエ戦の時に単独で突っ走った過去があった。
 ……別に、それが自分達より弱い相手ならまだ許容出来る。だが今回それをされては困るのだ。
 アインズは分かっている。自分でも無茶な事を言っていると。ナザリックの者達はどれほどアインズが言おうと、ナザリック外部の者達を嘲笑し、下等生物だと見下す事をやめようとしない。
 ナザリックこそが至高で、他は下等。セバスやペストーニャのような善属性の者でさえその大前提で行動しているのだ。そんな者達に言葉で説得するのは不可能だ。きっと、一度痛い目に遭わなければ納得しない。
 ……アインズがこの場に連れてきたメンバーは、その中でもアインズの命令に従い、勝手な行動を起こさない者達だとアインズが思っている者達である。

 アルベド。
 セバス。
 パンドラズ・アクター。
 マーレ。

 ――おそらく、この四人ならば戦闘中勝手な行動を起こさない。NPC達の経験値不足は、アインズが補うしかないのだ。たとえどれほど些細であろうと、命令違反されては困る。

「しかしアインズ様、私達六名でよろしかったのですか? 他の守護者の者達やルベドを動かした方がよいのでは?」

「いや、駄目だ。ユグドラシルではシューティングスターは六人でなければ挑めないルールがあった。この異世界でもそれが有効である可能性はゼロではない」

 パンドラズ・アクターの言葉にアインズは告げる。そうして少しして――先頭を歩いていたパッチが振り返った。

「あの、偉大なる御方……着きました」

「……ア、アインズ様の言う通り、ほ、ほ、本当に無事に、着きました……ね……」

 マーレが目を丸くして呟く。アインズ達が目指していた場所――火口に一番近い鉱山の洞窟へ。

「――やはりな。囮を使えば何とかここまでは近づけると思ったぞ」

「あんな下等生物なんかより、明らかに私達の方が危険人物でしょうに。何故襲ってこなかったのでしょうか?」

 アルベドの疑問にアインズは答える。

「シューティングスターに秘宝の太守を命じ、奴隷にしていたのは人間の魔法詠唱者(マジック・キャスター)だからな。奴は基本的には人間に向かっていく。それに、そこの緑竜(グリーンドラゴン)には〈跡なき足取り〉があるからな。雨も降っていて匂いも消える以上、気づけないさ」

 〈跡なき足取り〉は自然環境下では追跡を不可能にする特殊技術(スキル)だ。一定以上のレベルの緑竜(グリーンドラゴン)が持つ生態であり、パッチは条件を満たしていた。アインズ達はそのパッチの影響下を歩く事で、発見を困難にしたのである。
 ……たとえ気づいても問題は無い。シューティングスターは、まず間違いなく囮に使ったワーカーを追う。わざわざワーカーを八本指を使って雇ったのはこのためだ。安全に、アインズ達が山頂の洞窟付近まで近寄るための。

「それでは、第一条件はクリアという事ですか?」

「そうだ、セバス。コイツがアゼルリシア山脈出身で助かったよ」

 アインズはパッチを指差す。パッチは正確には今いる鉱山の隣の山に生息しているのだが、よくこの鉱山にも遊びに来ていたらしい。そもそも、(ドラゴン)の縄張りは広い。そして彼らは、多少縄張りが被っていても気にしないのだ。その縄張りが被っているところは交渉なり何なりをするためにある。

「さて――よくやってくれたぞ、パッチ。トブの大森林に行くがいい」

「は、はい! ではお元気でー!!」

 パッチはアインズに促されると、急いで山を離れるために走り去っていった。その姿を尻目にアインズはアルベド達を促す。

「行くぞ、お前達。――魔竜退治だ」



「――――」

 シューティングスターは、ぐるりと顔を上げた。

「――――」

 忌々しい人間達を全て喰い殺し、怒りの咆哮を上げていた時であった。呼び声が聞こえてきているのだ。それはあの忌々しい“支配の王錫”からの警報であった。誰かが、あの秘宝へと近づいてきている。

「――――」

 シューティングスターは怒りの咆哮を再び響かせた。引き摺られる。引き摺り戻されていく。気がつけば、自らが巣穴と定めた洞窟内におり、目の前には美しく輝く秘宝の姿があった。

 下等生物共が――。シューティングスターは怒りで全身を震わせる。

 この巣穴に引き摺り戻された時点で、シューティングスターには五人の侵入者がいる事に気がついていた。彼がもっとも忌々しいと思う人間の匂いではなかったが、しかし濃い魔力の匂いがする。五人の中には、魔法詠唱者(マジック・キャスター)がいる。

 待った。待ち続けた。気配はどんどん近づいてきている。彼らは引き裂かれる事をお望みなのだろう。

 そして、姿を見せた彼らに、シューティングスターは怒りの咆哮を上げながら、洞窟内という逃げ場のない閉鎖空間で、炎の吐息(ファイヤーブレス)を吐き出した。



「……この辺りでいいか。お前達、バフをかけるぞ」

「? まだシューティングスターの姿は確認しておりませんが? それに、戻ってきている様子もありません」

「いや、アルベド。奴は既に戻ってきているだろう。おそらく、“支配の王錫”が呼び戻しているはずだ。そろそろ洞窟の終点――火口だよ。“支配の王錫”はそこにあり、シューティングスターはそこで待ち構えているだろう」

 アルベドの言葉にアインズは答えてやり、それぞれにバフをかけていく。パンドラズ・アクターも変化させて、二人で分け合って節約する。

 鉱山の洞窟の繋ぎ、シューティングスターの特徴。その全てから、おそらく本来の位置から“支配の王錫”の場所は変わっていないのではないかとアインズは予想した。シューティングスターの行動範囲が、それを証明している。

 そしてアインズは、アイテムボックスから目的の物を取り出した。

「これが合図だ。お前達――作戦は、取るべき行動は分かっているな?」

「勿論でございます」

 アルベドが代表して頭を下げながら、告げる。パンドラズ・アクターも既に予定の人物に姿を変えていた。そう、ペロロンチーノへと。
 セバスもまた既に竜人としての本来の姿に戻っており、マーレは杖をぎゅっと握った。

「いいか? 誰一人としてしくじるな。予定以外の行動を取る事も、私の命令に違反する事も許さん。たとえ、お前達がよかれと思おうと。私がダメージを負おうと、だ」

「――――」

「アルベド」

「――かしこまりました」

 アルベドの返答を待ち、アインズは他の者達も見回す。それぞれが、全員苦渋に満ちた表情で頷いた。

「よし。では――行くぞ!」

 アインズの言葉に、それぞれが持ち場へ着くために先へ向かう。洞窟の奥底へと。熱気に導かれるように。そして――

 その魔竜の姿を全員が視界に入れた瞬間――シューティングスターが、怒り狂った咆哮を上げながら炎を吐き出した。

「――――」

 アインズは、手に持っていたマジックアイテムを解放する。

「――やはり、な」

「――――」

 しかし、その炎の大海嘯はアインズにダメージを与えない。何故なら、これはゲームではなく現実だから。

「でかい障害物を置けば、必ず死角が出来る。基本だな」

 アインズの前に、十メートルはあろうかという巨大なゴーレムが現れた。それは跪くようにしゃがんでいるからであり、本来ならば三〇メートルはあろうかという巨体であった。――そう、ガルガンチュアである。

「いけ、お前達。各々の役目を果たせ」

「は!」

 そのガルガンチュアが塞いでいる洞窟の隙間からアルベド、セバスが飛び出す。その小うるさい蠅達にシューティングスターが咆哮を上げ、両前脚を振り上げて叩き潰そうとする。
 その隙間を縫うように、アインズと同じくガルガンチュアに隠れたままのマーレが杖を振り上げた。

「えい――!」

 杖を地面に突き立てる。すると局地的な地割れがおき、シューティングスターが唐突な地震に驚きたたらを踏んだ。アルベドとセバスは攻撃を受けず無事接近する。シューティングスターは反応出来ない。何故なら、地割れから逃れようと翼を拡げた瞬間、ガルガンチュアの隙間からパンドラズ・アクターが矢を放ち、片翼を撃ち抜いたからだ。たかがその程度でシューティングスターの飛行能力に支障はないが、それでも一瞬動きが止まる。
 アルベドとセバスは接近を果たすと、特殊技術(スキル)を使って攻撃を叩き込む。シューティングスターの意識が地面から逸れ、その地割れはシューティングスターの片後脚を引き摺り込み挟みこんだ。

 飛ばれたらまず勝てない。だからこそ、マーレは必要だった。だが当然、普通に地上でこういう事をしてもシューティングスターは平然と空に浮かび上がるだろう。
 だからこその洞窟内だ。この場なら上空から一方的に攻撃を叩き込まれる事はない。狭いからこそ障害物としてガルガンチュアが機能する。
 もっとも……ガルガンチュアは普通に連れてこようと思えば目立ち過ぎ、途中でシューティングスターに見つかる。そのためにわざわざ課金アイテムを使用したのだ。ガルガンチュアを小型化させ、閉じ込め、アインズがアイテムボックスに入れて持ち運んだ。

 これで、六人。アインズがシューティングスターを狩るために用意したパーティーである。

「パンドラズ・アクター。お前も行け。マーレ、私とともに攻撃魔法を叩き込むぞ。奴のブレス攻撃が来たらガルガンチュアを盾にしろ」

「――――」

「は、はい!」

 パンドラズ・アクターは即座にアインズの意を汲み、再び別のギルドメンバーに変身して前線に出る。マーレはアインズの言葉に頷き、アインズと共に攻撃魔法の準備に入る。

(――シューティングスター。本当のお前はさぞ強いのだろうな)

 ――――そうして、激闘が始まった。アルベドとセバスが攻撃を叩き込み、パンドラズ・アクターが二人のサポート。アインズとマーレが攻撃魔法を撃ち、ガルガンチュアが後衛の盾になる。

 ……本来、こんな拙い連携の戦法など通じないだろう。しかし通じる。通じてしまっている。
 それはやはり、どこまでいってもリアルとゲームの差なのだ。

 シューティングスターは強い。今のナザリックでは絶対に勝てない。このような狭苦しい洞窟内ではなく、地上で戦えばアインズ達に勝率は無いに等しくなるだろう。
 だが、ある特定条件下――このような狭苦しい場所で、飛行を封じてしまえばシューティングスターはユグドラシル時代より弱くなる。弱くなってしまう。

 何故なら、今のシューティングスターには痛みがある。自分で考える思考回路がある。
 かつてシューティングスターはその設定から、必ず魔力系優先の魔法詠唱者(マジック・キャスター)、あるいは人間を最初に狙うという縛りがあった。
 それが、今のシューティングスターには無いのだ。シューティングスターは当たり前に、痛みを与え、鬱陶しいと思う者から始末しようとする。即ち、本来のヘイト管理が機能するようになってしまった。
 ブレス攻撃とてそうだろう。全体貫通という本来の能力が損なわれている。このような狭苦しい場所でガルガンチュアのような巨大な壁を用意されると、どうしても炎の届かない死角が出来る。後衛はそこに逃げ込めばいい。

 何より――シューティングスターはナザリックのNPC達と同じだ。実際の戦闘経験値がほとんどない。ユグドラシル時代のAIで行動していた時の経験値は、NPC達を見るかぎりは溜まらない。プレイヤースキルが無いのだ。

 これは、ここまで状況を整えられた以上致命的だ。

「戦いは、始まる前に終わっている、か」

 アインズは寂しげに呟いた。その独り言はシューティングスターの絶叫にかき消され、隣のマーレにさえ届かない。
 ユグドラシル時代はナザリックのNPC達は拠点から出られなかった。そのため、アルベドといった防御専門前衛などが存在せず、後衛は物理攻撃で簡単に死亡した。
 道中平然とガルガンチュアを連れていける今は、障壁としてブレス攻撃をガルガンチュアに防がせる事が出来、尻尾の薙ぎ払い攻撃もガルガンチュアが防いでくれる。
 シューティングスター最大の利点であった、早々に後衛が脱落するという状況が今は作られにくい。

 そう、戦いは始まる前に終わっているのだ。ここまでうまく状況が機能した以上、シューティングスターは詰将棋のように徐々に追い詰められていくしかない。

 シューティングスターが両翼を無理矢理に広げ、絶叫を上げている。

 ――オレは逃げたいのだ!

「……知っているとも」

 シューティングスターは“支配の王錫”に興味は無い。あんな杖、好きに持っていけとさえ思っているだろう。
 だが、シューティングスターにそれは許されない。何故ならば、それがシューティングスターに刻まれた設定だからだ。あの魔竜は決して、あの秘宝を捨てて大空に飛び立つ事は叶わない。
 ナザリックのNPC達が、アインズ・ウール・ゴウンという創造主達の設定に縛られているように。

 ――オレは、逃げたいのだ!

 “支配の王錫”が光り輝いている。シューティングスターは翼を拡げるが、一向に飛び立つ気配は無い。ついにシューティングスターはアインズ達の攻撃も無視して、自らの後脚に噛みついた。そう、地割れに巻き込まれている片脚へ。
 そのまま、シューティングスターは自らの片脚を噛み千切る。その光景に、マーレは「ひっ」と悲鳴を上げ、アルベド達も思わず動きを止めた。片脚を失ったシューティングスターはしかし気にせず、洞窟の外へ飛び立とうとする。奥にある火口から、どこまでも広がる大空へと。

 しかし――“支配の王錫”は、決してそれをシューティングスターに許さなかった。

 ――オレは逃げたいのだ!

 シューティングスターは焦がれるように絶叫する。彼は、どこまでも広がる大空へ訴え続けていた。まるで、流れ星に願い事を告げるように。

「さらばだ、魔竜シューティングスター。活火山の流れ星よ。お前が逃げる(逝く)べき場所は、あの世(ヘルヘイム)しかもはや無いのだ」

 ――超位魔法。

 アインズは片手に砂時計の形をした課金アイテムを持つ。アインズの周囲に巨大な魔法陣が出現し、シューティングスターが絶叫を上げてアインズを睨み付けた。シューティングスターもまた、周囲に巨大な魔法陣を生み出し超位魔法の詠唱に入る。
 許さない。絶対に許さない。このような呪いを与えた魔法詠唱者(マジック・キャスター)を、シューティングスターは絶対に許さない。
 その憤怒に燃えるシューティングスターの両眼は、アインズにそう訴えているようで――

 ……アルベド達がアインズの魔法に巻き込まれまいと、身を引いていく。アインズは空に焦がれる傷だらけの魔竜に――課金アイテムを砕いて、その魔法をシューティングスターより早く叩き込んだ。

 ――〈失墜する天空(フォールンダウン)〉。

 シューティングスターを超位魔法が燃やし尽くす。その閃光はシューティングスターどころか、アインズも、アルベドも、セバスも、パンドラズ・アクターも、マーレも、ガルガンチュアも包み込むがバフによって魔法防御を極限まで高めた彼らにはそこまでのダメージは無い。死にかけのシューティングスターのみが、その閃光で燃やし尽くされていく。

「――ああ」

 シューティングスターが肉体を燃やし尽くされながらも、ポツリと呟いた。

「――オレは、空を自由に飛びたいのだ」

 その言葉を最後に、シューティングスターが頽れる。閃光と熱が収まり、アインズ達に視界が戻った時――魔竜の灰となった身体は砂絵のように空気へと溶けていった。




 



 
 さよなら、僕らのシューティングスター。
 







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