オーバーロード 活火山の流れ星《完結》   作:日々あとむ
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↓期間限定イベント中に某大型掲示板にたったスレ
【シューティングスターが】お客様の中にアシュラム様とカシュー王はいませんか(震え声)【倒せない】
 


Ⅱ 遠い日の思い出

 

 ――これは、かつてアインズがまだモモンガと名乗っていた頃。ユグドラシルでギルドの皆と遊んでいた頃の話である。

「モモンガさん」

「? どうしましたかタブラさん」

 ユグドラシルは過疎化が進み、アインズ・ウール・ゴウンも空席が目立ち始めた頃だ。円卓で数人ほどで雑談していたところ、ログインしてきたタブラ・スマラグディナがモモンガに話しかけてきた。

「今のイベント、一緒に参加しませんか?」

「今のイベントって言うと……あのコラボボスですか?」

 過疎化が進んでいる事に悩んだ運営が企画したコラボイベントをモモンガは思い出し、タブラ・スマラグディナに訊ねる。タブラ・スマラグディナは興奮したような声色で答えた。

「そうです。そのコラボボスです。どうしても挑みたいんです」

「……今のコラボイベントってなに?」

 同じく円卓の間にいたペロロンチーノがモモンガ達の会話を聞いていたのか、訊ねる。それにはぷにっと萌えが答えた。

「『ロードス島戦記』っていう昔のファンタジー小説で出てきた火竜退治ですよ。なんでも、見事倒したチームには世界級(ワールド)アイテムがもらえるとか」

「え? それマジ?」

「あー……俺も聞きましたね、それ」

 モモンガと先程まで会話していた弐式炎雷が答えた。

 ……一昔前まではイベントがあれば必ず調べて参加していたが、今はリアルが忙しいたっち・みーやぶくぶく茶釜、やまいこ、ウルベルト・アレイン・オードルなど半数以上が既にギルドを引退しているため、ほとんどイベントに参加していなくなっていた。ヘロヘロのように、忙しくとも現実から逃げるように時折顔を出す者もいるが、大半は忙しくなればギルドを抜ける。あるいはゲーム自体がマンネリ化して楽しみを見出せなくなり、ギルドを抜ける者もいた。
 幸い、アインズ・ウール・ゴウンは「飽きたからやめる」という気分を削ぐような理由で引退するメンバーは明確にはいなかったが、それはアインズ・ウール・ゴウンは社会人のギルドだからだろう。他のギルドは、ギルド長にとってはもっと悲惨な理由でやめているのをモモンガは聞いた事がある。

 現在ギルドメンバーでログインしているのはこの場にいる五人だけだが、十分多い日と言えた。

「その『ロードス島戦記』ってなに?」

 ペロロンチーノの疑問に、タブラ・スマラグディナが興奮したような声色で答える。声がかなり上擦っていた。

「『ロードス島戦記』というのは、二十世紀頃に流行った日本のファンタジー小説ですよ。もともとはTRPGがネタだったそうですが、その世界観で小説が書かれたんです。確か、このユグドラシルのゲームデータの元ネタと同じTRPGだったはずですよ」

「へー」

「それでですね――」

「へー」

 もはや、タブラ・スマラグディナの言葉は止まらない。ペロロンチーノは棒読みで何度も相槌を返していた。そんな二人を放って、モモンガはぷにっと萌えと弐式炎雷に話しかける。

「確か、シューティングスターって言いましたっけ。その火竜」

「そのはずです。なんでも、勝利したチームには使い捨てタイプの世界級(ワールド)アイテムを配るとか」

「使い捨て? 二十でもないのに、一回しか使えないんですか?」

「その代わり、チームに一つだからギルド単位で考えると複数所持出来るよ。十分凄くないモモンガさん?」

「あー、確かに」

 三人でそれぞれ糞みたいな運営に思いを馳せる。そして、アバターの表情は変わらないが今までの付き合いで揃って苦笑いしたのが分かった。

「絶対、まともなモンスターじゃないですよね?」

「そりゃあの糞運営ですから。……バランスなんて考えてないでしょうね」

「今までのイベントから考えても、絶対頭おかしい」

 それぞれ好き勝手に運営を罵倒する。愛もあるが、当然憎しみも宿っていた。プレイヤーのユグドラシル運営に対する感情は複雑だ。まさに愛憎溢れるという言葉が正しい。

「確か、分類はワールドエネミーでしたっけ?」

「そのはずですよ。今までもコラボボス出した時は、確かワールドエネミーに分類されていたでしょ?」

「“一つの世界観を代表するのだから、この扱いは当然”って言われても――間抜けな顔のスライムがワールドエネミーだったり、不意打ち過ぎるわ」

 コラボイベント自体は初めてではない。他にも過去の有名な作品では『ドラゴンクエスト』や『ファイナルファンタジー』などがあった。脆弱モンスター代表と今でも言われている間抜け面のスライムが、いきなり超位魔法を使ってきた時には仰天したものである。

「タブラさん、シューティングスターってどんな火竜なんです?」

 モモンガが未だペロロンチーノに『ロードス島戦記』の事を熱く語っているタブラ・スマラグディナに訊ねると、タブラ・スマラグディナは話を中断しモモンガに答える。ペロロンチーノはタブラ・スマラグディナの背後で「モモンガさんありがとー」という意味で、申し訳なさそうなアイコンをモモンガに出していた。

「シューティングスターはかなり長生きしている火竜ですね。火属性なのは間違いないです。魔法も使えますよ。見た目や戦闘面は(ドラゴン)らしいと言えばらしいですけど、アイツ性格が邪竜そのものですね」

「そうなんですか?」

「ええ。小説だとわざわざ飲食する必要もないくせに、人間に生贄を必ず一定周期で求めて、その理由が獲物が食べられる瞬間恐怖に怯えるので、その姿を見るのが何よりも楽しみ、と言っていますから」

「完全に邪竜じゃないですか」

 むしろ邪竜以外の何物でもなかった。

「それと、宝物にはまったく興味ないみたいですね。金銀財宝を集める趣味は全然無いみたいです」

「? (ドラゴン)なんですよね?」

「ええ。でも、そういう趣味は無いみたいです。人間の魔術師に呪いをかけられて、特殊なマジックアイテムを守るよう命令されていまして、それが煩わしくて仕方ないという設定です」

「唯一の趣味が獲物の恐怖に怯える顔を眺めることとか、どんな設定の(ドラゴン)だよ……」

 ひでぇ設定のキャラがいたものである。

「ただ、そのおかげで行動範囲は狭いですよ。そのマジックアイテムに縛られているので、基本的に遠出が出来ないらしいですから。調べたら、今回のイベントでは山一つから出られないみたいですね」

「それで、勝ったら世界級(ワールド)アイテムがもらえるわけか」

 ぷにっと萌えが納得したように、タブラ・スマラグディナの話に相槌を打つ。タブラ・スマラグディナは他にも既に情報を調べていたようで、今回のイベントについて説明してくれた。

「掲示板とか覗いてみましたけど、どうも今回はパーティー縛りがあるみたいですね。最大で六人までしか一度に挑めないみたいです。六人以上で行くと、ランダムで強制的にエリア移動させられるみたいですよ」

「……それって、もしかして残った六人が全員鍛冶師とか糞パーティーになる可能性もあり?」

「ですね」

 溜息を全員でついた。

「マジか。ワールドエネミーなのに、挑めるパーティーは一つだけとか。絶対運営頭おかしいわ」

「あの糞運営、人を呼び戻す気があるんですかね……?」

「あいつらバランス調整って言葉を母親のお腹の中に置き忘れてきたんじゃ……」

「知ってる」

 タブラ・スマラグディナが申し訳なさそうな声でモモンガに訊ねた。

「それで、そのぉ……モモンガさん。出来れば記念に挑みに行きたいんですけど。私、『ロードス島戦記』のファンなんで、是非シューティングスターに会いたいというか……」

「えー……ちょっと待って下さいね。皆さん、どうですか?」

 モモンガはその場にいる弐式炎雷、ぷにっと萌え、ペロロンチーノに訊ねる。彼らは三人とも、快く了承してくれた。

「じゃあ、この五人で今から行きますか」

「あー、でも、この五人ヘイト管理出来る前衛がいなくないですか? ぷにっと萌えさんも、タブラさんも、モモンガさんも後衛でしょ? 俺は前衛でもアタッカータイプですし、ペロロンチーノさんもどちらかと言うと後衛タイプですから、防御無理ですよ?」

「弐式炎雷さん、紙装甲ですもんね……」

「俺も防御力心許無いなー……火竜なら、火属性完全無効の特殊技術(スキル)だけつけてりゃ、あとは飛行で何とかなりますかね?」

「いや、五色如来とかいましたし。貫通してくるかも……」

 五色如来はワールドエネミーの一種だ。この五色如来は、本来なら状態異常が一切効かないはずのアンデッドにさえ状態異常にする技を持っていた。その例があるため、完全無効系の特殊技術(スキル)はワールドエネミーが相手の場合あまり役に立たないというのが通説だ。

 五人で云々と唸っていると、更に一人ログインしてきた。ヘロヘロである。

「ちはー。お久しぶりです、皆さん……」

 声に覇気がない。名前の通り、実にヘロヘロであった。自虐的にもほどがある。しかし、同時にちょうどいいタイミングで来てくれた。

「こんにちは、ヘロヘロさん。お久しぶりです。ちょっといきなりですけど大丈夫ですか?」

 モモンガはそう言い、ヘロヘロにコラボイベントの事を訊ねた。ヘロヘロは話を聞き終えると、疲れてはいるが明るい声で了承した。

「全然かまいませんよー。じゃあ、私も入れて今からイベントに挑みに行きますか」

「大丈夫ですか? 疲れているなら休んだ方がいいんじゃ……」

 ペロロンチーノが心配そうにヘロヘロに声をかけるが、ヘロヘロは朗らかに答えてくれる。

「いえいえ。むしろ、じっとしているのは気分が滅入るのでちょうどよかったです。皆でイベントボスに挑みに行きましょうよ」

 ヘロヘロに促され、それでヘロヘロに対する遠慮は終わりだ。早速、モモンガ達は今度のコラボイベントボスであるシューティングスターについて知っている情報を共有し、このメンバーで出来そうな作戦を立てる。

「どこで遭遇するんですか?」

「ミズガルズに今の期間だけ、ロードス島が出現しているんですよ。そこの火竜山に行くと遭遇出来るらしいです。火竜山の中でランダム遭遇らしくて、事前にバフかけるのは難しいですね」

「はあ? なにそれ? ふざけてるわあの糞運営。ワールドエネミーと戦うのに事前バフ無し状態で行けとか、絶対勝たせる気無いわ」

「どうせ今までのコラボボスと同じように、ユグドラシル用に魔改造されてるんだろうけど……今回のキャッチコピーなんだっけ?」

「確か“当時のパーンの気分を味わおう”だったはずですよ。パーンっていうのは、『ロードス島戦記』の主人公の名前です」

「他にも何か情報無いんですか?」

 おそらく事前にしっかり調べたはずであろうタブラ・スマラグディナにモモンガは訊ねるが、タブラ・スマラグディナは首を横に振った。

「いえ。残念ながら……やっぱり、あまり人がいないので挑んでいるプレイヤー自体が少ないようで。挑んでいるプレイヤーもほとんど情報を漏らしてないんで……精々、まだ倒したプレイヤーはゼロだってことしか分からないですね」

「まだ誰も倒したことないんですか……」

 それなら、情報が出揃わないのも納得だ。ただでさえユグドラシルは情報に莫大な価値のあるゲームである。イベントボスの攻略法なんて、ほとんど漏れた事はない。

「とりあえず、私達じゃあ高レベル(ドラゴン)を索敵するのは難しいから、遭遇した場合の対処法だけ考えよう」

 ぷにっと萌えの言葉に、全員が耳を静かに傾ける。

「まず、火属性に対する防御力が上がるマジックアイテムは全員持っておくこと。特にモモンガさんは火属性が刺さるんだから、忘れずにね。遭遇した場合はヘロヘロさんと弐式炎雷さん、ペロロンチーノさんの三人でヘイト管理して私達に攻撃が飛ばないようにして。モモンガさんと私はバフ要因、タブラさんは火力よろしく」

「了解でーす」

「最初は翼狙いで行きましょう。飛ばれるとヘロヘロさんと弐式炎雷さんの攻撃がほとんど届かなくなるから、なるべく飛行させないように」

 そう、幾つか注意する事項を確認していく。ほとんど通常の(ドラゴン)系モンスターを狩るのと変わらないが、ワールドエネミーが相手だと石橋を叩き過ぎるという事はないので、気を引き締める意味でも必要だった。

「それじゃあ、モモンガさん」

 ぷにっと萌えに促され、モモンガは宣言する。

「はい。では今から、コラボイベント『火竜山の魔竜退治』に向かいましょう」

「おー!」

 ユグドラシルから人は少なくなり、アインズ・ウール・ゴウンもギルドメンバーが減って少なくなった。しかしモモンガ達は気にせず、久々のイベント参加を楽しもうとナザリックを出た。



 ――モモンガ達はDQNギルドとして有名であり、嫌われ者であるため外を歩くのにも注意が必要だ。普通にモンスターに遭遇してリソースを割くのも嫌だが、他のプレイヤーに遭遇すればまず間違いなくPKに遭う。
 そのため、細心の注意をしてヘルヘイムから出てミズガルズに向かわなければならなかった。
 しかしモモンガ達も慣れたもので、プレイヤーの総数自体が減っている事もあり無事ミズガルズのイベント舞台ロードス島へと到着した。
 ロードス島は無駄に凝っており、タブラ・スマラグディナが大喜びでモモンガ達にNPCや町の事などを説明していく。……もっとも、モモンガ達は異形種なので、人間の都市や城などにはペナルティがあり入れないのであるが。
 タブラ・スマラグディナによるロードス島ツアーが終わり、いよいよシューティングスターがいる火竜山だ。当然、全員復活ペナルティを緩和する指輪を装備している。ユグドラシルにおいて初見クリアが可能なボスはほぼゼロに等しく、モモンガ達もナザリック攻略時を初め、数えるほどしか初見ボス攻略を成功させた事はない。

 火竜山を登り始めたら、誰もがそれぞれの役割分担でもって周囲を探りながらシューティングスターを探す。通常のレイドボスは決まった場所でしか遭遇しないものだが、シューティングスターは特殊なレイドボスで火竜山をぐるぐると無軌道に飛び回っているらしい。
 そのため、いつ遭遇するか分からないためにバフ効果のある魔法を先にかけておく事前準備は不可能だった。遭遇した時にはバフ効果が切れるかもしれないためだ。その場合、無駄にリソースが減ってしまう。

「うーん、いませんねぇ」

 中々遭遇せず、モモンガはポロリと告げる。弐式炎雷が相槌を打った。

「確かに。どっかで別のプレイヤーパーティーと戦ってるのか?」

「ありえるかもしれない。ちょっとタイミング悪かったかな」

 ぷにっと萌えが肯定し、少し弛緩した空気が流れる。アクティブ系のレイドボスでは稀によくある現象で、タイミング悪く遭遇しないプレイヤーは、本当に遭遇しない。

 しかし――――

 ――――轟音。機械音で作成された咆吼が響き渡り、モモンガ達の索敵範囲に巨大なモンスターが引っかかった。

「おっしゃー! きたー!」

「準備! ちょ、モモンガさんバフ早く!」

「はいはーい。ちょっと待ってくださいねー」

 弐式炎雷が喜び、ペロロンチーノがモモンガに慌てて声をかける。モモンガはバフ効果のある魔法を全員に重ね掛けていった。そして、巨大な赤い影が空から舞い降りて地上に立つ。

『忌々しい有象無象共め!』

「あ、イベント会話か」

「これ、ヘルヘイムの城主の声じゃね?」

「まーたあの親父、ここまで出張してんのか。声優の使い回しやめろや」

「こんなに凝っているのだから、運営はもう少し声優にも気を配った方がいいと思いますねぇ」

 タブラ・スマラグディナが最後にポツリと呟いて、そのままシューティングスターの話を聞く。当然、その間に距離を取って初期位置を決めるのも忘れない。

『再びオレの偉大さを冒涜しようなどと思わぬよう知らしめてくれよう!』

 シューティングスターはそう言うと、戦闘態勢を取った。モモンガ達もそれぞれ行動を開始する。そして――シューティングスターの口から、巨大な炎の大海が吐き出された。

「は!?」

「え、ちょ」

「は、範囲ひろ」

 一つのエリアを覆うほどの巨大な炎の大海嘯。初撃でシューティングスターは全体攻撃らしい〈炎の吐息(ファイヤーブレス)〉を吐き出した。

「あ」

 それは凄まじい攻撃力であり、アンデッドであるため弱点属性による攻撃でもあったモモンガは、その一撃で体力を根こそぎ持っていかれ死亡する。一応、火属性への耐性と共に完全耐性用マジックアイテムも持って行っていたのだが、やはり貫通攻撃であったようで文字通りモモンガは灰になった。

「ぎゃー! モモンガさんが溶けたぁああああ!」

 残され、何とか上空へと回避が間に合ったペロロンチーノが一番にモモンガの死亡に気づき、悲鳴を上げる。地上に残された他の四人はなんとか生きていた。

「ヘロヘロさん、防御! 弐式炎雷さん、ヘイト!」

「りょう!」

「りょう!」

 ぷにっと萌えがごっそり減った体力を回復させるために魔法を唱え、その間の防御を体力が残っているヘロヘロが前に出る。弐式炎雷はぷにっと萌えに攻撃が向かないよう、ヘイトを稼ぐため前に出てシューティングスターを攻撃しようとする。
 ペロロンチーノとタブラ・スマラグディナは待機だ。まずは全員の体力を回復させなければ、もう一度あの全体攻撃の〈炎の吐息(ファイヤーブレス)〉が来たら完全に詰む。弐式炎雷の敏捷性と回避性能なら物理攻撃は避けられる確率が高いため、ヘイト稼ぎにこのメンバーならばちょうどいい。ペロロンチーノにヘイトを稼がれるとシューティングスターが飛行する可能性があるし、タブラ・スマラグディナだと攻撃を避けられない。
 そして、弐式炎雷が攻撃を仕掛けたのを確認した後、ぷにっと萌えが信仰系魔法を唱え体力を回復させようとした時――

「――はい?」

 全員が、思わず素っ頓狂な声を上げた。シューティングスターが片方の前脚を振り上げ、拳を叩き込む。しかしその先にいるのは、ヘイトを稼いだはずの弐式炎雷ではなく――タブラ・スマラグディナだったのである。

「ちょ」

 予想外の行動によって、タブラ・スマラグディナに完璧な右ストレートが決まり、タブラ・スマラグディナが昇天する。後衛の錬金術師であるタブラ・スマラグディナは、魔法で回復もされていない状態で物理攻撃を受けて生きていられるほど頑強ではない。

「――ま」

 シューティングスターには複数回連続攻撃可能な特殊技術(スキル)がついているのか、タブラ・スマラグディナに右ストレートが叩き込まれた後、続いて左ストレートがぷにっと萌えに飛んでくる。

「う、うおぉぉおおおお!」

 ヘロヘロがそれを何とか防ぎ、ぷにっと萌えを守るがそのままシューティングスターは尻尾を振り回し薙ぎ払う。

「あ」

 ――それで、ぷにっと萌えも無事逝った。後には、尻尾の薙ぎ払い攻撃にも生き残ったヘロヘロと、その攻撃を回避した弐式炎雷、飛行していたため攻撃を食らわなかったペロロンチーノが残される。

「…………」

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)系が全滅し、残された三人は「あ、これ詰みましたわ」と静かに微笑んだ。



「あ、おかえりなさい」

 モモンガ、タブラ・スマラグディナ、ぷにっと萌えの三人で円卓で会話していると、少しして残りの三人――ヘロヘロ、弐式炎雷、ペロロンチーノの順番でデスルーラをしてきたようで円卓の間に帰ってきた。

「えっと、三人ともどうでした?」

 無言の三人に、モモンガは訊ねる。するとヘロヘロがまず最初に口を切った。

「……あの後、空に飛び上ってからの魔法攻撃に移行されました」

 それで、ヘロヘロの耐久力でも耐えきれず死亡したらしい。続いて、弐式炎雷が口を開く。

「ヘロヘロさんが死亡してすぐあとに、また全体攻撃の〈炎の吐息(ファイヤーブレス)〉が来て死んだわ」

 全体攻撃は回避出来ない仕様のものが多く、シューティングスターは攻撃力にかなりステータスを振っているのかそれで弐式炎雷も死亡したようだ。

「それは、むごい……で、ペロロンチーノさんはどうなったんです?」

「…………」

 ペロロンチーノは無言だ。最後に残されたペロロンチーノは、どのような死に様を迎えたのであろうか。
 ペロロンチーノは、ポツリと呟いた。

「……超位魔法を食らいました」

「え」

「高速詠唱化で詠唱が三分の一まで短縮されたっぽい超位魔法をくらって、乙しました」

「…………うわぁ」

 散々たる結果であった。アインズ・ウール・ゴウンの『火竜山の魔竜退治』初戦は、完全な惨敗で終わってしまったのである。

「っていうかさ、なんなのアイツ? ヘイトガン無視でなんで後衛狙うの? 意味わかんない!」

 ペロロンチーノが怒りアイコンを出して、地団駄を踏む。全ての発端はそこだ。モモンガは最初の全体攻撃で死亡したのでどうしようもないが、その後はまだ何とかなる余地があったはずである。しかし、シューティングスターが前衛を完全に無視してヘイトを稼いでいないはずの後衛を狙ったので、一気に総崩れとなった。ゲームのシステムを無視している、と言えなくもない。

 だが、その原因は先に後衛三人で会話していた時に、推察された。ぷにっと萌えが告げる。

「あー、うん。タブラさんから話を聞いたんだけど、あのシューティングスターは人間と魔術師嫌いの設定があるみたいで。どうも運営はその設定を再現してたぶんだけど、シューティングスターのシステム周囲を弄って本来のヘイトを無視して、魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)を狙うみたい」

「……それって、つまりヘイト稼ぎがうまく機能しないってこと?」

「たぶん」

 全員で溜息をつく。

「く、糞運営! 糞制作! そんなところの設定は忠実に再現せんでええっちゅうに!」

「シューティングスター戦になると、前衛がヘイト稼ぎ無意味になるくらい魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)にヘイト積まれるのか……。これは、前衛にガーディアン系がいないと厳しいぞ……」

「前衛だけの脳筋パーティーでも、後衛だけのインテリパーティーでも(ドラゴン)系ボスの相手は無理ですね……」

「いや、しかし攻撃力も頭おかしいレベルで高いし。後衛だと物理攻撃はほぼ一撃じゃん」

「これ……今のギルメンで倒せなくない……?」

 現在、アインズ・ウール・ゴウンは半数以上が引退しているのだ。特に前衛として優れているたっち・みーやぶくぶく茶釜などがいないのが厳しい。ぶくぶく茶釜なら位置の入れ替えでタブラ・スマラグディナを守れたし、たっち・みーならばそもそも、モモンガが死ぬ事になった初撃の全体攻撃も〈次元断層〉で防ぎきれたはずだ。

「うーん、このイベント諦めちゃいます?」

 モモンガがそう言うと、タブラ・スマラグディナがモモンガに頼み込んだ。

「モモンガさん、そんなことおっしゃらずに! デスペナ緩和の指輪渡しますから! お願いします!」

 タブラ・スマラグディナの頼みにモモンガは困惑する。よっぽどのファンらしく、どうしても挑みたいらしい。
 モモンガは周囲を見回して、他の四人に訊ねた。

「えーっと、私は行ってもいいと思ってるんですけど。他の皆さんはどうですか?」

「うーん。別にいいんじゃない? 今度はいつ、皆でイベント行けるか分からないし。ちょうどいいんじゃないかな」

 ぷにっと萌えの言葉に、その場の全員が頷いた。快く引き受けてくれたギルドメンバーに、タブラ・スマラグディナは礼を言って回る。

 ……デスペナルティを気にせず挑むのには、当然理由がある。もはやユグドラシルは過疎っており、いつサービス終了してもおかしくないからだ。サービスが終了すれば集めたアイテムは所詮データ。消える運命である。
 それならば、せっかく集めたのだからこのイベントで放出しようと思ったのだ。もはや皆、こうやってイベントに楽しく参加する可能性がほとんどない事に気がついている。

 だから――せめて最後くらい、パーッと散財しようと思ったのだ。奇しくも、今この場にいた六人はナザリックを攻略した時にいたアインズ・ウール・ゴウンの初期メンバーである。

 ――それから、六人はイベント期間中何度もシューティングスターに挑んだ。ヘロヘロも疲れているだろうに、イベント期間中はずっと参加していた。
 けれど、悲しいかな。彼らは結局、一度もこのイベントをクリアする事無くイベントは終了した。もはやアインズ・ウール・ゴウンには、イベントボスを倒すような力は無かったのである。

 ……後は、それぞれ再び気の向くままにログインする日々に戻った。やがて彼らも引退し、最後にモモンガだけが残されたのである。







 ――シューティングスターとは、モモンガ……アインズにとっては、そのような苦い記憶であった。
 そして今、あの活火山の流れ星は異世界の空を飛んでいる。

(まさかシューティングスターまで転移してくるとは……!)

 アインズはアウラと共にフェンリルに騎乗し、山を下りながら内心で舌打ちする。明らかに、この三人で挑めば死ぬだろう。あの〈炎の吐息(ファイヤーブレス)〉だけで、一発だ。
 今、シューティングスターは囮のアンデッドに夢中であるが、いつアインズに向かって攻撃が向かってくるか分からない。気の抜けない逃走劇の始まりであった。
 いや、そもそも――あの魔竜から逃げる事は可能なのだろうか。

(……大丈夫だ! おそらく、シューティングスターは山から出られないはず……! 出られるのなら、もうとっくに山から離れているだろう。今まで目撃情報が無いのはおかしい!)

 アインズはあのイベント期間中、タブラ・スマラグディナに促されて原作の小説を読んだ事がある。その時のシューティングスターのキャラ設定ならば、自由に大空を飛び回っていないのはおかしい。数日前からいると言うならば、既に人間の国の一つや二つ、火の海と化していなければおかしいのだ。
 だが、その様子は無い。目撃情報は山の中に留まっている。
 ならば答えは一つ。――シューティングスターは設定通り、未だ“支配の王錫”に囚われ、一定領域から離れられないとみるべきだ。

 ならば、アインズ達は山から何が何でも出なくてはならない。それさえ成功すれば、無事にナザリックへ帰還出来るだろう。

 アンデッド達を蹴散らし、シューティングスターが烈火のごとく怒り狂いながら、アインズ達を探す。限界までアンデッドを囮に作成したので、アインズ達はかなり山から下りたがしかし未だ出てはいない。

 青い空を、赤い流星のような巨影が舞う。そのスピードは風を斬り、明らかにアインズ達の速度を抜いていた。

「アウラ! 周囲のモンスターや動物を適当にテイムして、あの火竜の囮にしろ! こちらに近づけるな!」

「は、はい!」

 シューティングスターは残虐な性質でプライドが高いため、向かってくる獲物は容赦なく叩き潰す。そうして段々と距離を稼ぎ――

「アインズ様」

 パンドラズ・アクターがアインズに声をかけた。

「――なんだ」

 おそらく、パンドラズ・アクターが言いたい事は分かっている。しかしそれを無視して、アインズは気づいていないかのようにパンドラズ・アクターに訊ねた。

「このままでは追いつかれます。私が囮役として最適でしょう。私が残ります」

「駄目だ!」

 大声だった。間髪入れずに、アインズはそうパンドラズ・アクターの提案を却下する。アウラが頭上の大声に驚いて身を強張らせた。

「山さえ下りれば、おそらく何とかなる! お前の囮役は許さん……! 絶対に……、絶対にお前達NPCを囮にする行為は許さん……!」

「……差し出がましい真似をいたしました」

 アインズの言葉に、パンドラズ・アクターは沈黙し再び無言で並走する。アインズの自分達を大切にする言葉に、アウラが涙ぐんだ。

 ……アウラもパンドラズ・アクターも、アインズがどうして逃亡を選んだのか未だ理由は分かっていない。しかし、今のメンバーで勝てないと言うのなら、アインズの言う通りなのかもしれない。実際、アウラもパンドラズ・アクターも守護者の中でトリッキーではあるが真正面からの戦闘は得意ではない。
 だから、必死になって山を下りる。しかし、アインズは気づかなかったがアウラとパンドラズ・アクターは既にこっそりとアイコンタクトを終えていた。

 ――いざという時には、自分達がアインズの盾になるという事を。

「――――」

 必死になって山を下っていく。風を切る音が近づいてくる。灼熱のような熱気が、もうすぐそこまで迫って来ている。
 チリチリと、空気が燃える音。火打石が鳴るように、何か鋭い――牙のようなものが擦られる音がアインズ達の背後から響いて。

 アインズ達の視界に、ナーベラルとハムスケの驚愕したような姿が目に入った。山の森を抜ける。

「アインズ様! ――きゃ」

 ナーベラルが叫び、前に出ようとする。それに転がり落ちるようにしてアインズ達が激突し、パンドラズ・アクターは背後を振り返ってぶくぶく茶釜へと姿を変える。
 空気が叩きつけられ、パンドラズ・アクターを除いてアウラ達がその叩きつけられた空気で数メートルほど吹き飛んだ。

「ぐ――」

 アインズは急いで身を起こす。パンドラズ・アクターがアインズを守るように目の前に立っていた。そして――忌々しげに咆哮しながら、赤い鱗の巨大な(ドラゴン)が空中で旋回し、山の頂上へ上がっていく姿を見る。

「――――」

 その姿を見て、アインズはほっと息をつく。やはり、予想した通りシューティングスターは山から出られない決まりのようであった。

「アインズ様! ご無事ですか!?」

 アウラが急いでアインズに近寄る。パンドラズ・アクターは未だシューティングスターを警戒しており、山の方を見つめているためだ。

「大丈夫だ。すまんな。ナーベラルとハムスケ、フェンリルは大丈夫か?」

「う……大丈夫、です……」

「うぅ……ちょっと痛いでござるが、大丈夫でござる」

 フェンリルも鳴いて、無事な事を示した。

「あの、アインズ様……あの赤いの、一体何なんです?」

「…………」

 アウラの言葉に、アインズが口篭もる。はっきり言っていいものか悩んだためだ。しかし……少し悩んだ後、隠しておいてもしょうがないのだから、告げる。

「アレは……ワールドエネミーだ」

「――――」

 さすがのアウラも絶句した。ナザリックの者達は自分達こそが至高であり、最強であると信じているが何事にも例外はある。
 一つは、アインズ達と同じくプレイヤーと呼ばれる類の者達。さすがのナザリックの守護者でも、一対一でプレイヤーに負ける可能性くらいはある、と考えている。……実際は、PVPになればほぼ確実に負けるのだが、NPC達の設定や認識ではこれは仕方ない事と言えた。
 そしてもう一つはワールドエネミー。存在そのものが世界一つと同等、あのシャルティアを問答無用で洗脳したマジックアイテムと同格の、特殊個体である。

「名前は、シューティングスター。……ロードス島という一つの世界からやって来た、活火山の流れ星だよ」

 アインズはそう言うと、立ち上がる。

「ナザリックに帰るぞ、お前達。これから奴に対する対策を立てねばならない」

「は、はい!」

 アインズの宣言に、アウラ達は頷いてアインズに続く。アインズはナザリックに帰る前に、ふと振り返った。

 赤い流れ星が、青空を切り裂いてその活火山の上を舞っていた。




 



 
↓シューティングスターの糞AI
1.全体貫通ブレス攻撃→モモンガ乙
2.複数回連続攻撃(人間の魔力系魔法詠唱者狙い。いなければ人間。それもいなければ魔力系優先の魔法詠唱者狙い)
右ストレート→タブラ乙
左ストレート
尻尾薙ぎ払い→ぷにっと萌え乙
3.飛行
4.魔法攻撃の集中砲火→ヘロヘロ乙
5.全体貫通ブレス攻撃→弐式炎雷乙
6.詠唱短縮の超位魔法→ペロロン乙

以下ローテーションという糞使用。
 







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