ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長 ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長は、家業の紳士服店を世界的な衣料品企業に成長させた立志伝中の人物だ。しかし、自身を振り返り、「僕は内向的で、経営者に向いていなかった」「いつも心が折れそう」と意外な心のうちを吐露する。24歳で家業に入り、40年以上経営の第一線で走り続けた柳井氏のモチベーションとは何か。
■「経営者向きではなかった」
――柳井さんの持論は「失敗しても諦めずに挑戦する」です。心が折れそうになることはないですか。
「いつも折れそうだよ(笑)。僕は、もともと内向的で、経営者に向いてない性格だったしね。学生のときは、本ばかり読んでいた。商売人どころか仕事しないで一生暮らせる方法はないかな、と思ってた。でも、何度も経験するうちに免疫がついてくるんじゃないかな」
――いつ、経営者としての気持ちが芽生えたのでしょう。
「一番の転機は、実家のある山口県で父がやっていた紳士服専門店を手伝っていたとき、7人の男子従業員のうち、1人を残して6人がやめたんです。それまで、経営者なんて無理だと思ってた。でも、全部自分でやらなきゃいけなくなったんです。今考えれば、食わず嫌いだったね。失敗も多いけど、やればできることが分かった」
――6人の従業員がやめたのはなぜだったのですか。
「僕がいろいろ言いすぎたからだと思う。僕は、内向的なんだけど、いいたいことはズバッという性格で。最悪だよね。世間知らずの、しかも大学を卒業してジャスコ(現在のイオン)をわずか9カ月でやめて山口に帰ってきた、23~24歳の若造が何をいうんだ、と思ったんじゃないかな。残った1人は今、監査役をやっています。中学を卒業後に住み込みで働いていました。昔の店舗だから、1階が店で2階が住居なんです。その人だけが残ってくれました」
■経営、最終ページから本を読むのと同じ
――失敗を繰り返しながらも、なぜ経営者の仕事ができるようになったのですか。
「僕は本が好きだったから。特に、昔の実業家や経済人の伝記を読むのが好きなんです。松下幸之助や本田宗一郎とかね。ケーススタディといえるかわからないけど、疑似体験をして、この人たちが経験したことに通じるな、と思うこともある。米国のコングロマリットと呼ばれたITT(当時)の社長兼最高経営責任者だったハロルド・ジェニーンの『プロフェッショナルマネジャー』も何度も読みました」
「経営は、最終ページから本を読むのと同じです。つまり、結論が先というか、何をするのか決めて実行することなんです。非常に単純ですが、実際に自分がやっていなかったと気がついた。というのはね、日本人はほとんどそうだろうけど、毎日努力してたらある程度成功する、と思うでしょう。でもね、努力してても、努力の方向性が違ったらダメ。成功しないの(笑)。同じところを回っているだけ。結局、あなたは何がしたいのか、人生をかけて何がしたいのかが決まらない限り、ビジネスはうまくいかないと気付いた。それからです。ちょっと経営が分かってきたのは」
――目標を設定したわけですね。
「そうです。僕は米国文化、特に若い世代の文化が好きだったから、学生時代から同業を学ぶために米国や英国をよく訪ねていました。そのころ、婦人服や女性下着のビクトリアズ・シークレットなどを運営する米リミテッド(現エル・ブランズ)のレスリー・ウェクスナー氏という経営者が、最短で1兆円の売り上げを出したんです。彼は、僕が一番尊敬する『マーチャント(商売人)』なんです」
「英国では、ネクストというアパレルが8年間で年商20億円から2000億円までのばした。僕は毎シーズン見に行っていました。今、カタログで80年代後半のデザインを見ても、全然古くないんです。同じようなことが日本でもできるんじゃないかと思った」
「将来、欧米のあんな会社になりたいと思った。でも、現実は厳しい。人口17万人しかいない、地方都市の商店街の紳士服店です。当時の現実から考えたら、自分が一生かけても年商30億円、30店ほどの会社くらいになれればいいかなと思ってた」
■成功する起業家は注意深い
――柳井さんが考えるリーダーの条件は何ですか。
「多くの人が勘違いしているけど、起業家で本当に成功している人は非常に注意深いんです。(米マイクロソフト創業者の)ビル・ゲイツ氏が、『You must worry(悩みなさい)』といっているんです。すごく注意しないと持続的な成功はできない。大胆な人はいない、フォーカス(焦点を絞る)しないといけないと」
「もう1つは、誇大妄想狂って僕はいっているんだけど(笑)、アントレプレナーシップを持っていること。うちのステートメントは『服を変え、常識を変え、世界を変えていく』。自分でもよくいうなって思うんだけど、そういうことが本当に必要なんだと思うんです」
――ソフトバンクグループの社外取締役をやっていますよね。会長兼社長の孫(正義)さんも大胆に見られますが。
「でも、彼も計算はしている。まあ、してるけど、ちょっと勇気がありすぎるというか、大胆すぎるよねえ。特に最近は、『リスクヘッジを忘れないように』といつも言っている。僕はいつも、(大型投資などには)反対しています(笑)」
――柳井さんが思う自分の能力は何だと思いますか。
「僕が人より優れている能力があるとすれば、自分を客観的に見られる能力です。今はもういないんだけど、昔、沢田貴司くん(ファミリーマート社長)や玉塚元一くん(ハーツユナイテッドグループ社長)らと360度評価をやったことがあるんです」
「そうしたら、僕以外のみんなは自分の評価がとても高かったんだけど、僕だけ自分の評価と他人の評価がほとんど同じだったんです。おそらく、僕は自分が商売に向いてないと思っていたから、自分を客観視できるんだと思う。そのとき、これが僕の得意技だなと思った」
――柳井さんは、仕事でストレスを抱えると、眠れますか。
「寝られないね。だから、僕の機嫌が悪いときは寝られてないとき(笑)。でも、5~6時間は寝ているよ。僕の生活は毎日同じペースなんです。毎朝、5時から5時30分に起きて、朝食を食べて新聞を読む。そして、6時30分から45分にはオフィスにきています。オフィスは、7時から仕事しているので、だいたい7時30分からうち合わせなど仕事しています。そして、3時か4時には帰っちゃう。ほんとはもっと早く帰りたい。長くオフィスにいても仕事はできないと思う」
――朝型ですね。
「朝型のほうがいいよ。外から電話かかってこないしね。6時30分から7時30分までは、今日はどんなことをしようとか、考える時間です。経営者の仕事は考えることです。僕はいつもいうのですが、仕事は経営者がするのじゃない。社員がするんです。でも、経営者だけががんばっても意味がない。社員ががんばれる会社にしないといけない」
――それをいつも考えているのですか。
「ずっと考えているよ。たぶん孫さんも(日本電産会長兼社長の)永守重信さんもそうだと思うけど、24時間考えていると思うよ。寝ててもぐるぐる考えてしまう。寝る前に仕事のことを考えると頭がさえて寝付けなくなるから、できるだけ考えないようにしているけどね」
■金もうけが目的の起業家が多すぎる
――柳井さんのモチベーションはなぜ衰えないのでしょう。もう、日本トップクラスのお金持ちですよね。
「誤解ですよ。僕、金もうけしようと思って仕事したことなんて一度もないですよ。金もうけなんてどうでもいいもん。そんなこと考えたら終わりですよ。起業家でね、そういう人が多すぎる。僕、よくいってるんです。上場は引退興行だって。上場したら会社売って終わり、という人多いよね。でも、金なんてすぐになくなるし、何千億円稼いだとか、意味がないよ」
――では、柳井さんのモチベーションとは何ですか。
「夢とか目標とか、高尚なものじゃない。服屋として、行けるところまで行ってみたいんです。登山家と一緒。加えて、仕事は、団体競技なんです。今、当社には世界で約11万人の従業員がいるんだけど、その人たちと一緒にチームプレーできる。僕に100メートルを9秒9で走れる能力がなくても、誰かがその能力もってたら走れるんです。それが楽しい」
柳井正
1971年早稲田大学政経学部卒、ジャスコ(現イオン)入社。72年に小郡商事(現ファーストリテイリング)入社。84年社長、2002年会長。05年9月、社長に復帰
(松本千恵)
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