【疲れた・・】死にたい人、鬱な人が必ず見るべき7項目【消えたい】

人を傷つけられない人にとって「逃げる」と言う行動はとても生産的です。自愛と共に生きましょう。

更新日: 2017年05月20日

630 お気に入り 6870758 view
お気に入り追加

あぁ、死にたい ここから飛び降りても死ねない 包丁はちゃんと刺せるのだろうか 切れ味が悪い 研ごうかな でも、こんな出たお腹の死体だと恥ずかしい

久しぶりに大学の同期と話したけど市場で働いてるから朝は5時出勤で退勤は9時ぐらいになって辛いし辞めたいって話ててそれを聞いた俺はただヘラヘラしてたけど内心は死にたい気持ちでいっぱいだった

【悲報】 買い物の帰り道に大学生くらいのカップルが手をつないで前を歩いてたんだけど、細い道をあまりにイチャイチャしてゆっくり歩いてたから、「はい、すみませーん」って言って2人の間をわざと通ろうとしたら「はーい♪」って、手でアーチされた 泣きたい死にたい爆発したい

39歳肉体労働愛知住み。年収300。病気で苦しい。寂しい。医者行く金ない。神様、はやく俺を殺してくれ

23歳、男。

3年程引きこもりをしている、無職です。


僕は中学から今までの約8年間、
本来であれば全く苦しむ必要がなかったのに、
ずっとずっとずっと、精神的に苦しんで生きてきました。


原因は、中学で受けたいじめをひたすら引きずったことにあります。


ノイローゼになるぐらいまで考えた結果、
イジメの加害者達が潜在意識の中に入ってしまったからなのか、
今ではもう何をやっていても8年以上も前に関わった
憎い人間達のことが脳内に浮かんできます。


ここ8年間、ずっと満足に思考ができませんでした。
ずっと考えたいことを考えられませんでした。

自殺を止められた釈尊の譬え話

釈尊が、托鉢の道中でのことである。大きな橋の上で、辺りをはばかりながら一人の娘がたもとへ石を入れている。
 自殺の準備に違いない。
 娘のそばまで行かれた釈尊は、優しくその訳を尋ねられた。相手がお釈迦さまと分かった娘は、心を開いて苦しみのすべてを打ち明けた。

「お恥ずかしいことですが、私はある人を愛しましたが、捨てられてしまいました。世間の目は冷たく、やがて生まれてくるおなかの子供の将来などを考えますと、いっそ死んだほうがどんなにましだろうと苦しみます。
 こんな私を哀れに思われましたら、どうかこのまま死なせてくださいませ」

と、よよと泣き崩れた。

 釈尊は哀れに思われ、こう諭された。

「不憫なそなたには、例えをもって話そう。
 ある所に、毎日、荷物を満載した車を、朝から晩まで引かねばならぬ牛がいた。つくづくその牛は思ったのだ。
『なぜオレは、毎日こんなに苦しまねばならぬのか、一体自分を苦しめているものは何なのか』。
そして、
『そうだ。オレを苦しめているのは間違いなくこの車だ。この車さえなければ、オレは苦しまなくてもよいのだ。この車を壊そう』。
 牛はそう決意した。
 ある日、猛然と走って大きな石に車を打ち当て、木っ端微塵に壊してしまったのだ。

 それを知った飼い主は驚いた。
 こんな乱暴な牛には、余程頑丈な車でなければ、また壊される。
 やがて飼い主は、鋼鉄製の車を造ってきた。それは今までの車の何十倍の重さであった。

その車に満載した重荷を、今までのように毎日引かせられ、以前の何百倍も苦しむようになった牛は、今更壊すこともできず、深く後悔したが、後の祭りであった。

 牛は、自分を苦しめているのは車だと考え、この車さえ壊せば、自分は苦しまなくてもよいのだと思った。
 それと同じように、そなたはこの肉体さえ壊せば、苦しみから解放され、楽になれると思っているのだろう。
 そなたには分からないだろうが、死ねばもっと恐ろしい苦しみの世界へ入っていかねばならないのだよ。その苦しみは、この世のどんな苦しみよりも、大きくて深い苦しみである。そなたは、その一大事の後生を知らないのだ」

娘は、自分の愚かな考えを深く後悔し、釈尊の教えを真剣に聞くようになり、幸せな生涯を生き抜いたという。

生きることはめんどくさい

今、年金のなんたらを書きながら改めて思ったけどなんでこんなめんどくさいことして生きなきゃいけないのって。生きるために金を払わされるとか。

わかる。これすげーわかる。めんどくさいって思い始めると生きることすらめんどくさくなってくるんだよな。掃除をしたりご飯作ったり、生きる営みをしないと精神からやられていく感じ。

生きるってめんどくさい 人間ってめんどくさい もう全部めんどくさい でもそれが生きがい

かっこわるいとか ただしいとか よく分かんない 色々考えすぎたかな 生きるってめんどくさいな でも今から仕事にいくのだ 日課だから

12