ウェブページのアーカイブを保存しておくために欠かせない「ウェブ魚拓」は2005年にリリースされた老舗サービスだ。ユーザーからの切実なニーズに応え、有料課金で長いあいだ継続的に収益をあげている稀有な事例である。
そんなウェブ魚拓を運営する会社の創業者である新沼大樹さんはどんな人物なのか。前回は開発秘話やネット炎上について聞いたが、今回は新沼さん本人の知られざる一面に迫った。
スタートアップ経営者として成功していながら、なぜかネット業界よりも、“筋トレ業界”で有名のようだ。(取材場所は宮城県内にある新沼さん宅)
トランプを素手でやぶるのはトレーニングだった
–すごい…。このトランプはどういうことなんでしょうか?
トランプを破るのは“握力”における有名な技で、一時期流行ったんです。流行ったといっても、できるは人あまりいないかもしれませんが。
–新沼さんの場合はもう簡単に破けちゃうものなんですか。
まあ比較的簡単に。トレーニングの一環でもあります。トランプ自体もルールに則ったものでやります。100円ショップとかで売ってるものはすごく簡単なので。
ちゃんとプラスチックコーティングされているトランプで、アメリカのカジノで使われているのが最低条件というのがありますね。しっかりして、比較的安い。
これが「BICYCLE Bee」という種類のものになると難易度が上がってくるんですよ。Beeは殺人的に硬くて、私ももうちょっと時間かかります。
–なるほど。
在宅勤務は体に悪い、だから握力を鍛え始めた
–いろいろなものを極めてしまう性格なのでしょうか。
どうなんでしょうね(笑) 特に地方の在宅勤務って破壊的に体に悪いんです。家でずっとPCに向かって、出かける時は車ですからね。だから腰痛がひどくなったこともあって、握力のトレーニングを始めました。
握力を鍛えるのは目的があるんですよね。「#4」(ナンバーフォー)と呼ばれるものすごい強度のやつがありまして、カタログで166キロなんですよ。それを閉じるっていう目的のために記録を伸ばしていく。
僕はそれまで筋トレに目的を持ってなかったので、記録を伸ばしていくっていうことはどういうことなのかっていうのを真剣に考えるようになったんです。記録を狙っていくと、たとえばどうしても風邪とかの“ダウンタイム”を避けていかなくちゃいけなかったりします。だから総合力です。人間のほとんどの能力を要求されるんですよね。記録を伸ばすためには。
なので、例えば「こういう食事をとったら次の日の記録は伸びない」とか、「こういう仕事を何時間もやったら次の日は伸びない」とか、だんだんデータが溜まっていくんですよ。
海外で発表された論文とか、あるいは日本に流れてきた論文とかにも目を通して、これはこういう理屈で多分こういう結論になるだろうと、アブストラクティブに論文を想像するんです。
それで経験と照らしあわせて、「やっぱりそうなったな」っていうのもありますし、「え、そうなの?」っていうのもありましたけども。たいていはやっぱり経験から学んだことが一番ですね。
ウェブ魚拓を開発したCTOは近所の幼なじみ
–経営者でありプログラマー、そして握力でも有名…。ゲームもかなり得意だとか。
ウェブ魚拓を開発を担当したCTOが、もともと近所に住んでた幼なじみなんです。中学生の頃から一緒にゲーム作ってましたね。F-BASICという言語を使って簡単なテニスゲームとか作っていました。
その幼なじみ(現CTO)の家にはパソコンがあって、遊びに行ってはゲームを作っていました。なぜか僕は、彼が作ったゲームが殺人的に強くて。普通は製作者が一番強いはずじゃないですか。でもなぜか僕が異常に強くて160連勝くらいして、これはもうやめようと(笑)
–共同創業者は幼なじみだったんですか。
はい。特に彼はあまり人の下で働くのが好きじゃなかったみたいで。3年くらい働いて、「じゃあちょっと一緒にやってみようか」と。ずっと仲が良くて、普段から連絡はとっていました。
彼はエンジニアとしてはかなり優秀で、技術的には僕の遠く及ばないところにいます。昔、有名だった「ドコモカップ」というイベントで優勝してましたね。ドコモのガラケーのアプリを開発するんです。
すごく昔のハードですから、限られたリソースで、いまで言うメッセンジャーアプリみたいなものを作ってましたね。それで優勝したので、最適化が得意だったんだと思います。
プログラミングは一番最後に始めた
–新沼さんはいまもゲーマーとしても活動をされているんですか。
そうですね、まあささやかなんですけど。よく公式のゲームイベントとかに呼ばれて、そこでゲストプレイヤーとして参加してます。バーチャロンっていうSEGAの対戦ゲームをよくやっています。これはかなり強い人が多いですけど、僕もけっこう強いですよ。
順番をつけるなら、一番長くやってるのはゲーム。子供からやってますからね。次に筋力トレーニングで、プログラミングは仕事ではありますが最後なんですよね。大学院になってから本格的に始めたので。
もともと中卒で大工になりたかったんですよ。でも高校に行けって言われて、「しかたないな」って高校に行って。そうしたら今度は「大学に行け」って言われて行って、さらに「大学院に行け」って言われて大学院に(笑)
親は勉強させたかったんでしょうが、僕あまり勉強は好きじゃなくて、結局プログラムを学んでました。大学はそんなに本格的にコードを書けるほどやってなかったんですけど、大学院からは本格的にコードを書き始めました。
–どんなきっかけで筋力トレーニングを始めたんですか。
僕の家、夜ご飯の量が多くて(笑) だんだんと小太りになってきておかしいな、これはまずいなと。15歳のときですね。
「たぶん鍛えればどうにかなるだろう」と思ってトレーニングを始めました。結局、成長期が遅かっただけで、筋トレに関係なくいつの間にか身長も伸びて、シュッとしてきました。でも筋トレにはハマっていきましたね。
超難関の「#4」を閉じた証拠を持つ唯一の日本人
–何をやっても成功されているイメージですが、挫折とかもあるんですか。
たくさんありましたよ。本当に生きているうちに「#4」を閉じれるのかって思いましたね。166キロを達成した人は世界で公式に認定されているのは5人ですけど、ルールが変わってからは1人もいないんです。ものすごく難しくなった。
僕は日本人で“閉じた”っていう証拠を持ってるただ1人です。「IRONMAN」っていう雑誌(2014年8月号)に載っています。閉じたという話はぼちぼち聞くんですけど、少なくとも閉じた証拠が残っている人は他にいないです。
今でこそノウハウがたまってきましたけど。本当に先がまったく見えない壁を切り崩してきました。当時は握力は、他の筋肉とまったく構造が違って、トレーニングの仕方も全然違うものだと信じられていて、そういう特殊なトレーニングをしなくちゃいけないんだろうと、みんないろいろなトレーニングをやっていたんですけど。
まあ大怪我して脱落していったり、飽きて脱落していったりで随分と人が入れ替わりました。今は2世代目ですよね。僕は1世代目で残ってる数少ない人間ですけど、そんなに多くはないです。
–プログラミング仕事に何か良い影響はあったんでしょうか。タイピングが速くなるとか、エンターキーがターン!って響くとか。
タイピングには一切関係ないですね。エンターキーを押すときは、ちょっとやかましい時はありますけど、基本は優しくやっています。
–マウス壊しちゃった、みたいなことも…?
ないですね。
「気絶するまで握力を鍛えるんですけど」
–ウェブ魚拓の開発をされている方が握力日本一であることを知ってる人って、あまりいないですよね。結びついていないというか。
そうですね、隠してるわけではないんですけど、あまりプログラマーと筋力トレーニングって印象として繋がらないですよね。でもそこは繋げたいですね。
この年齢になると知り合いが1人か2人は過労死してるんですよ。トレーニングが継続可能であるように意識しながら仕事をしていくと、運動や食事、あとは生活習慣というものの重要性に気づくことができると思います。
やっぱり30代を超えたら、ある程度は衰えを実感しないといけない。若いうちにわけのわからないまま「俺はこれで問題ないから大丈夫」って言っても、あまり意味のあるものではないですよね。
–例えばプログラマーの方が手軽にできるエクササイズとかはありますか。
なんとなくスポーツジムに行くのではなく、ちゃんと目的を持つこと。記録を伸ばすようにやらないと効果がないように思うんです。記録を伸ばしたいと思えるかどうかって、“好きのバロメーター”の1つです。「俺はこれを伸ばすぞ」とか、「これをやってみたい」とか。好奇心がないと疲れるだけ。
だから私は“気絶するまで”握力を鍛えられるんですけど、あまり握力だけで気絶するのってイメージしづらいですよね。
–ちょっとわからないです(笑)
気絶してること自体は実感できないのであれですけど、意識が飛んだなっていうことがけっこうあって。視界がまず真っ白になるんですよ。目は見開いてるはずなのに。
こんなふうに厳しく聞こえることもしてますけど、好きなことなので実態はリラックスなんです。トレーニングでリラックスしつつ記録を伸ばせるっていう考え方がすごく大事で。力んでるように見えますけど、実は力むことによるリラックスを得ている。すごく強力なストレス解消法になります。
あとは体を動かすことによって、うつ病に関わる物質が減っていくっていう研究結果もありますね。
アームレスリングの翌日は仕事にならない
–なかなか参考にしづらいような…。握力のトレーニング以外に運動はされるんですか。
最近はアームレスリング。でも腕には悪いですね。知ってる限りアームレスリングほど体に悪いスポーツはないです。トレーニングをハードにやった次の日はちょっと仕事ができない。残念ながら。
–それは社員の方から怒られそうですが。
大丈夫です。在宅なのでわからないですから(笑)
–単にバレてないだけですね。
たぶん社員もみんなやってますから。当社は運動を労働時間の一部に組み込むことが出来ます。実は法律で「会社(が属する市区町村や健保組合)は社員に運動などをさせないといけない」みたいなことが決まってるのを知ってますか。
運動をさせないと違反なんです。厚生労働省が確か平成20年くらいに、「社員の健康に運動や食事両面で指導を行わない市区町村や健保組合には軽くないペナルティを与えますよ」っていう法律を作ったんですよ。
たとえば健康診断はほとんど義務じゃないですか。その次の段階として、社員の体重とかを考えて運動を奨励していくっていうことですね。
幼なじみのCTOをムキムキの体に仕立てあげる
–じゃあその一環としてみんなトレーニングを勧めている。
それもありますし。指導して記録が伸びてくるとやっぱりハマる人が多いですね。最初はCTOに指導して、いまや体つきがまったく違います。
–社員のみなさんが集まったら、たぶん全員プログラマーに見えないんじゃないですか。
いや、そんなことないですよ(笑)ただ、どうしてもIT業界って運動から離れるじゃないですか。特にエンジニアという職種にフィットした運動の仕方を教えるのがとても大事だと思います。だから全国を回って、そういうことをいろいろな人に教えられたらいいなと思ってますけれど。
ストレッチひとつでも健康にやるコツがあるんです。たとえば腰痛持ちのプログラマーは、座りっぱなしの時間が異常に長い性質から、ストレッチは物足りないくらいのところでやめないといけないですね。筋肉を伸ばしたところが翌日に痛くなったりしたら、それはもう切れてるってことですから、怪我ですね。そうならない絶妙なバランスが大事です。
伸ばし過ぎてるつもりがなくてもそこでストップ。そういうさじ加減があるんですよね。僕も最初、なんでこんなに痛いんだろうなと思ってました。腰痛を回復していくストレッチとかはある程度のところで止めないとアウトなんですよね。
–ウェブ魚拓の社長にストレッチ術を教わるとは。まずは興味のある運動をすることからですね。
とっかかりとしては会社でチームを組んで運動するとか。フットサルとか最高ですね。1人でやるなら会社や自宅から近いジムを探しましょう。そうじゃないと続かないですから。遠いのは全然駄目です。すぐ行けるところに通って、あとは身を委ねて楽しむ。
–自分が楽しめることをやるっていうのが大事。
はい。何日かかけて一通りのマシンを触って、「これ楽しいな」って思うものをどんどん探していって、ぜひ記録を伸ばしてほしいです。
–やっぱり記録も狙うんですね。