はじめに
正直に記せば、この上記のエントリーは【前編】と謳っているものの、続きを書くべきか、かなりの葛藤があった。
それは、多くの読者諸賢がご周知のとおり、先日2018年1月12日に、「ももいろクローバーZ」の「有安杏果」氏が電撃引退・ももクロ卒業という発表がなされたからである。
記事の編纂にあたり、資料を集め、考察をめぐらしているところの大ニュースであったため、この【後編】を書くということ自体が「無意味」ではないかという気持ちに駆られた。
しかし、発表から数日が経ち、有安氏の決意や、百田夏菜子・玉井詩織・佐々木彩夏・高城れにの気持ちを汲むべきと判断し、私はここに、「5人でのももクロ」の「歌」の素晴らしさを改めて読者諸賢に伝えるべきだと判断した。
以下、記述していくデータや考察は、1月21日のラストライブをもって、あっという間に「過去」のものとなってしまうが、「有安杏果」のいた「ももいろクローバーZ」の奇跡を、多くの人々に刻みつけて頂きたい思いで、丁寧に綴っていくことにする。
ももクロの「歌」は本当に「下手」なのか?
以下、参考・引用させていただく番組は、前回の記事と同様、
「ももクロのMTV Unpluggedを科学する」/BS スカパー!
である。
前回は、
「全力で踊っているから歌が『下手』に聞こえるんじゃないか?」
「踊らないと歌えないのではないか?」
というあまりにも彼女たちに不利な仮説が生じてしまってもおかしくない内容となってしまった。
しかし、今回は番組内でも大きく取り上げられていた、その「歌声」について、彼女たちから得られたデータをもとに、考察を巡らせていきたいと思う。
(もちろん、以下のデータはももクロ「5人」でのデータであり、「有安杏果」氏のデータを含めた結果であることをご理解頂きたい)
音声解析によるももクロの歌声の特徴
番組内では、
日本音響研究所 鈴木創氏による音声解析が行われた。
ももクロ5人一人ひとりの音声解析とともに、5人全員で歌った際の周波数についてのデータも収集し、その特徴について解説されていたので、ここで詳しくご紹介する。
「青春賦」の冒頭の音声解析
【ももクロMV】青春賦 / ももいろクローバーZ(SEISHUNFU/MOMOIRO CLOVER Z)
この「青春賦」の冒頭は、原曲でもピアノ1本、この「Unplugged アレンジ」でもストリングス1本という、ほぼ彼女たちの「アカペラ」のような状態で歌っていることを想像して頂きたい。
ゆえに、最も彼女たちの「歌声」が解析しやすく、特徴が顕著に現れていた箇所といってもよいだろう。
逆に、彼女たちは一切踊っていない状態、最も「歌」に集中している状態であることも忘れずに記憶にとどめておいて頂きたい。
以下、メンバー各々の歌声の特徴についてまとめる。
【高城れに】
高城れにの場合、紫色の円で示した、縞模様(ギザギザ)の部分、つまり「倍音」と呼ばれる音が顕著に現れている。
この「倍音」とは、「元となる音の周波数を倍にした音」と定義され、高城の場合この「倍音」が高いところまで安定して出ている。
「元になる音の周波数を倍にした音」といわれても、余計に混乱するが、要するに、「弦楽器のようなあたたかみのある声、厚みのある声」であるという特徴があるそうだ。
【佐々木彩夏】
佐々木彩夏の場合、高城れにのような縞模様が現れる「倍音」というよりも、ピンクの円で囲んだ箇所、砂嵐のようなザアザアした周波数がみられる。
これは「非線形倍音」といい、「元となる音の周波数が不規則な音」と定義される。
この「非線形倍音」は、「さわやかな音」に聞こえる要素があり、「アイドルらしい歌声」を佐々木が担当しているといえる。
【有安杏果】
有安杏果は全体的に強い音が出ていることが一目でわかるが、特筆すべき点は、緑色の円で記したところ「ビブラート」が強く現れている。
青春賦の最初の歌詞、「生まれた朝に〜」の「〜」で、強く大きな振動が生じており、これは他のメンバーには全く現れていない現象だった。
「ビブラート」という言葉に聞き覚えのある方も多いと思うが、歌唱テクニックが相当高い人でなければ、このような発声法はできない。
彼女はももクロの「テクニック」担当といえるだろう。
【百田夏菜子】
百田夏菜子の場合は、全体的に出ている音が弱めで、全体的に周波数を表す色味も薄めである。
他メンバーと比較するとその差は明らかであろう。
彼女の場合、「か弱さ」「可愛さ」といった要素を担当しているものと思われるようだ。
【玉井詩織】
玉井詩織の場合、佐々木彩夏と同じように「ザラザラ」としたように見える周波数「非線形倍音」が高音部にみられる。
さらに彼女の場合は佐々木よりも強く出ているのも特筆すべき点だ。
「爽やか」で「アイドルらしい」声というのは、玉井と佐々木が主に担当しているといえそうだ。
【5人の声をミックスした音声解析】
高音の「爽やかさ」(佐々木・玉井)、厚みのある「倍音」(高城)、頭出しのところでは「可愛い」(百田)声が見え隠れし、伸ばしきるところでは「ビブラート」(有安)もしっかりと効いている。
5人の良いところがしっかりと現れており、且つ、個々人の足りないところを「補完」しているところが全体図を見ておわかりいただけることだろう。
さらに細かいことをいえば、今回は「Unplugged」という形式であったためか、彼女たちのボーカルの入りのタイミングが非常に合いやすかった。
今一度、詳しく上図(もしくは下図に同じものを添付してあるのでそちら)をご覧いただきたい。
紫色の線で囲って示した後半部分にぷっつりと黒く音が消えている箇所がある。
そのあとの明るくなっている箇所は、青春賦の冒頭「生まれた朝」のあとの「に〜」と伸ばすところであるが、この部分がまさに全体が「よーい、ドン!」でピッタリ5人同時スタートしていることがわかる。
このような周波数の整いは、ダンス中ではやはり見られないものなのだそうだ。
そして、この5人の声をミックスした音声には、驚くべき効果が出現していることがわかったのである。
それは、上図、右下のあたりから青い大きめの玉のようなものが表れ、高くなっていくにつれ、その玉(赤玉)が徐々に小さくなっている現象。(赤枠で囲ったあたり)
つまりこの現象は、いわゆる「1/f ゆらぎ」と呼ばれるものに限りなく近いという。
「1/f ゆらぎ」
規則正しい音とランダムで規則性がない音との中間の音で
人に快適感やヒーリング効果を与えると言われている
・周波数が低いものは大きく揺らぐ(上図、右下、青い玉の線)
・周波数が高いものは細かく揺らぐ(上図、右下、青い玉の線の上部の赤い小さな玉の線)
と定義され、
・自然界の音(小川の音や木の葉のかさばる音など)
・クラシック音楽
などに現れるものである。
人間はこのような音に触れると、
・リラックス効果
・脳波のα派が優位になる
など「ここちよい」気分になるといわれている。
つまり、以上の結果から、「ももクロ」5人の歌声がピタリとハマった時、
「1/f ゆらぎ」という科学的にも根拠のある「癒し」の音になるということが証明されたのである。
実際に、5人の歌声、バラードに関しては、特に語尾のあたりを注意して聴いてみると、なるほど、じんわりと心地よく耳に残るような歌声が印象的である。
そして特に、「Unplugged」のように、ダンスを削ぎ落とした舞台での「生歌」は安易に「下手」とは言い難い。
このような「静的」な歌声に関して言えば、ももクロの歌は絶妙なヒーリング効果があることが期待できる。
「ももクロ」の歌を最も聴いてきた人の証言
番組内では、メジャーデビュー以来、ほぼすべてのライブを担当してきた、ハウスエンジニアの佐藤純平氏の言葉も鮮烈なものがあったのでご紹介する。
「最初から驚いたのは、個性と一緒で、声もそれぞれの声があるんですけれども、特徴あるところが、5人とも違うんですよ」
佐藤氏が考える低高音域の担当メンバーは以下の通り。
高音 玉井詩織
百田夏菜子
↑ 佐々木彩夏
高城れに
低音 有安杏果
「5人歌っているから、5通りに聴こえて、なおかつ、特徴ある周波数がぶつかってないぶん、うるさくない」
「人数が多いと、ぶつかってしまって、誰が誰だかわからなかったりだとか、そのまま大きくなってしまうと、うるさいことになる」
「それぞれの個性が、それぞれを助け合って、5人重なったときのユニゾン感を出すので、TVとかで聴いていても、あの子達の声はすぐにわかると思う」
「耳障りじゃないユニゾンはポイントが高いと思う」
そして彼の受け答えの中で自然と出てきた言葉
「奇跡の5人」
この言葉には現場を共にしてきた者でこその重みすら感じられた。
それほど彼女たちの「ユニゾン」は音楽のプロからも評価され、大きな武器になっているとも言えそうだ。
「行くぜっ! 怪盗少女」の音声解析
今回のライブステージ「MTV Unplugged」で唯一「ダンス」をしながら歌った楽曲が「行くぜっ! 怪盗少女」だったそうだ。
【ももクロMV】行くぜっ!怪盗少女 / ももいろクローバーZ(MOMOIRO CLOVER/IKUZE! KAITOU SYOUJO)
上述した「青春賦」ではスツールに座りながらの「静的」な歌唱スタイルであったが、この「行くぜっ! 怪盗少女」ではダンスを取り入れた、いわば「動的」な歌唱スタイルを披露したことになる。
それぞれの歌唱スタイルにはどのような変化や違いがみられるのだろうか?
【高城れに】
踊っているがゆえに、マイクから口が離れたり、息が荒げたりする箇所が多々みられる。
しかし全体的な音はほとんどカバーしており、高城の声をベースとしてユニゾンが成立している可能性は高い。
【佐々木彩夏】
ところどころ発音が追いつかなくなって、歌えなくなる箇所もみられる。
(真ん中あたり、黒くなっている部分は「狙いうち!」のところだが、彼女はここで休んでいることがわかる)
しかし、佐々木の場合、拍の頭を強く、大きく出そうとする意識が高く、リズミカルな音が出せる。
個人的にも佐々木の声が聞き取りやすいのは、この頭の1拍目がしっかりと出せているからだと思う。
【有安杏果】
有安の場合は、上図、後半(「犯行予告です」あたり)はほぼ黒くなっており、かなり休んでいることがわかる。
実は彼女、このあとにソロが待ち構えているため、意図的に休んでいるのだ。
歌の構成上、意図的に休むことにより、そのあとの大切な歌パートにつながる。
ソロがあるので「あえて」休むという責任を果たしているともいえそうだ。
【百田夏菜子】
百田は高音が出し切れずにファルセット(裏声)になってしまったり、そもそも音程が上がり切れなかったり、リズムがうまくとれなかったりと、技術的な問題が多々聞き取れた。
これは個人的にもよく思うところで、彼女はソロパートでも高音が出し切れないと簡単に返そうとする(裏声を使おうとする)。そのわりに、リーダーでもあるせいかソロパートが多いので、全体的なももクロの「歌唱力」に関する評価は百田が背負わされているのかもしれない。
地声がとても良いので、もっと練習してほしいのが本音だ。
しかし、他の誰にもみられない、彼女の素晴らしい点が、この音声解析で発見された。
それは、彼女は「一言一句省くことなく、歌詞を歌っている」という点だ。
「あたりまえ」と言われれば「あたりまえ」だが、ももクロの場合は違う。
例えば、先ほどの結果のように、佐々木や有安が休んでいる間は、歌詞がまったく聞き手に届かないことになる。
しかし、百田のように「テキストにするとすべての文字を発声している」役割の歌い手がいると、歌が中断することはない。
「苦しくても苦しくても、発声はし続けるという責任感を、彼女自身が持っている」
この点に関しては、今回音声解析をしてくださった鈴木氏も驚いていた点だ。
さらに百田は、この「行くぜっ! 怪盗少女」に限らず、すべての曲で、頑張って、多少遅れようが音が外れようが、発声しようという努力をしていたことがわかった。
リーダーとしての「責任感」は「歌」以外のところだけでなく、彼女たちの重要なパフォーマンスである「歌」でもしっかり果たされていることが、今回の音声解析でわかったのである。
【玉井詩織】
玉井はやはり、「青春賦」のときと同じように、佐々木と似たような周波数になった。
しかし、今回大きく異なった点は、佐々木の場合、音の頭に高低差やリズム感をつくっていたが、 玉井の場合、発声した音をキープし続ける特徴がある。
最終的な音圧感、ボリューム感は玉井が担っているという。
つまり、「ずっと同じように音を出し続ける責任感」を玉井が背負っていることになる。
【5人の声をミックスした音声解析】
素人目に見ても圧倒的に明るく見える。
特に佐々木や有安が「休んでいた」黒い間の箇所は一切消え、最初から最後までしっかりと音が出ているのには驚きだ。
こうして全体として、ユニゾンとして聴いていると、誰かが「休んでいる」だなんてもちろん気がつかない。
全体的な音圧もキープできており、かつリズミカルさもある。
よって、ももクロは踊りながらも「互いを補い合って完璧なものに仕上げる」能力に長けているのだ。
それぞれの役割を、それぞれがしっかりと担当する……いわば、「バンドのような構成」を自然と作り上げているのが「ももクロ」の凄さだと鈴木氏は話す。
ももクロのこのシンクロ率の高さはどこからくるものなのか?
それでは、このような美しい「ユニゾン」は、計算してつくりあげてきたものなのだろうか。
ももクロは歌や踊りに関して多くの練習を費やし、綺麗なハーモニーを作り出す訓練をしてきたのであろうか。
この答えについては、彼女たちを身近に見てきていた、振付師・石川ゆみ氏の発言がキーになりそうだ。
「たまたま『ももクロ』は5人だけれど、できないところは隣の人ができるし、できるところは、隣の人をカバーしてあげよう……そういった気持ちが5人それぞれにある」
「5人の個性が宝物」
「(普段の振り付けは)すぐできちゃう。『こうするから、こうするね』というのが5人のなかであるんでしょうね」
「見えない力が強すぎる」
石川ゆみ氏の発言に「いまだからこそ」というものがあったが、10代の頃から培ってきた「見えない力」で彼女たちは、言葉に表さずとも、自然と互いを補い合う術を身につけてきたのかもしれない。
意図的に美しいハーモニーを創り出すアーティストはもちろん多く存在する。
しかし、ももクロのように、声色もタイミングもバラバラで、譜面におこしても他の人たちが真似できないような歌声こそ「奇跡の5人」と呼ばれる所以の一端であるのかもしれない。
そう、彼女たちの美しいユニゾンを真似することはデータを見る限りでも、実際に耳にするにしても、相当に困難なことであると思われる。
個性も歌声もバラバラであるからこそ、彼女たちの歌声はなぜか私たちの心に刺さるのだ。
ももクロは「踊らなくても歌える」のか?
一般的に考えれば「Unplugged」でのパフォーマンスは、ほとんど「踊らない」でいいぶん、表現が楽になると考えてもよい。
歌だけに集中し、気楽に、自由に表現すればよいわけだ。
しかし、ももクロのメンバーの一人、高城れには、この「踊らない」スタイルでの歌唱に対し、極度の緊張を示していた。
これに対し彼女たちの師とも呼べる、振付師・石川ゆみは、
「いつも踊りがある曲に踊りがないということは、なかなかなかった機会。手持ち無沙汰なんだろうなぁ……って」
「そういうときに、振り付けって良いけど良くないというか……」
「 踊りがないぶん、『歌い手』さんとしては本来の色が出るところでもある」
「もっと『自由でいいんだよ』『力を抜いて』って言っても緊張してて」
「踊る」という表現の片翼をもぎ取られた彼女たちが、歌声だけで楽曲を観客に伝えることは、果たして可能なのであろうか?
「サラバ、愛しき悲しみたちよ」の音声解析
このステージでの1曲目は彼女たちの代表曲ともいえる「サラバ、愛しき悲しみたちよ」。
布袋寅泰に楽曲提供されたこの曲は、 普段のライブステージでは、冒頭から非常に激しいダンスが特徴的なアップテンポな曲。
しかし、今回のステージ「MTV Unplugged」では、そのダンスは封印された状態でのパフォーマンス。
「踊らない」で歌うこと。
彼女たちからすれば、もしかすると「不利」に働いているかもしれない可能性があるこの場面で、ももクロの歌声はどのような状態に至っているのか。
ここで再び、日本音響研究所の鈴木創氏による音声解析をご覧いただきたい。
5人で歌っているにもかかわらず、冒頭部分(黄色の枠線で囲った部分)はあまり大きな波長が現れていない。(データ後半部分の振れ幅と比較していただきたい)
音声を聞く限りでも、冒頭部分は「ハァハァ」と息遣いが荒く、音もはっきり出ていないことがよくわかる。
これは明らかに彼女たちが「緊張」している証拠である。
「緊張」の原因はいくつか考えられる。
・「MTV Unplugged」というネームバリューに気圧されてしまった
・「歌」一本での勝負
・いつもとは異なる観客の控えめな反応
(普段のライブステージは、観客が演者を盛り上げる演出や曲が用意されていることが多い)
・踊ることがほとんどできない
これらの要因から、心拍数は一気に上昇し、今までにない経験を目の当たりにした「ももクロ」は、この静かな会場に呑まれてしまったのかもしれない。
一方で、圧倒的にボルテージが上がった状態でステージに立つことに慣れてしまっている彼女たちの強心臓も、驚くべきところである。
しかし、曲が開始されて約1分20秒あたり(オレンジ色の枠線)でサビを迎えるのだが、ここで一気に勢いが出てくる。
鈴木氏は
「ずっと歌っているので疲れているはず。音圧の振りも激しい」
「しかし、ここで『ハアハア』と息が乱れていないということは、ここまでくると、肝が座った、『こういう環境なんだ』、と安心したというとがここで伝わってくる」
と言う。
『こういう環境なんだ』というのは、観客の反応が普段より薄いこと(手拍子程度のもの)、厳粛な空気感といったことを指すのであろう。
彼女たちは、曲開始1分20秒あたりで、観客の反応や表情を見てとり、自分たちのおかれた状況を把握して、安心して歌える状態にまで持ってこられる力がある。
これが早いか遅いかは賛否が分かれるところではあるが、1曲まるまる「ど緊張」を貫き、全体的な曲の印象を破壊してしまうよりは、すこしばかり時間がかかっても、修正できる能力があることは素晴らしいことだ。
そして「サビ」という1曲の中で最も「聴かせどころ」である箇所で、5人全員の歌声が安定し、自然な呼吸で歌に集中できている点は、褒められるべきことであろう。
だが、その曲の冒頭部分で、なぜあそこまで息を荒げて「ハアハア」していたのか。
ここである仮説が立証される。
「ももクロは、普段踊っているときと同じタイミングで息継ぎ(ブレス)をしているのではないか」
だから、過剰に息を吸い込んだものを吐かなくてはならない状況が生まれてしまったのではないか?
これについては、現場をよく知るハウスエンジニアの佐藤氏の発言が説得力のあるものであった。
「どちらかといえば、緊張というよりも、普段通りにしかできないから、『踊っているときと同じ呼吸数でないとできない』ということが大きいかもしれない」
「もちろん、あの空気感と見たことがない光景もあったとは思うが、歌は普段と同じだった」
「歌が普段と同じに聞こえたということは、普段と同じ心拍数、呼吸法で歌い、さらに動かなかったから歌が丁寧に聞こえたのではないか」
データとしては荒げた息遣いで安定していないように見えても、それは彼女たちの「踊って歌う」という普段の歌唱スタイルの現れでもあり、誰よりも現場をよく知る人間が「歌が丁寧に聞こえた」という、今回のステージ。
ももクロは「歌って踊る」、「動的」な歌唱法を基本にしているため、「静的」な歌唱法に慣れていない。
ましてや、ステージによってその「動的」「静的」歌唱法を切り替える技術も持ち合わせていない。
少しわかりにくかもしれないが、彼女たちは、
「静的」歌唱法で歌うべきところも、「動的」歌唱法で歌っている。
つまり、あまり動かずに歌うとしても、息遣いは「踊っている」ときと同じもの。
必要以上に「力」の入った歌唱法になっている。
という可能性も示唆される。
もちろんこれは、このような厳粛なステージでの場数の少なさ、逆にいえば、大舞台でのステージに慣れすぎていることが原因の一つとして考えられる。
彼女たちがもっと「MTV Unplugged」のような、観客に「聴かせる」舞台を多く経験すれば、自ずと、彼女たちの歌唱力は格段にパワーアップすることだろう。
「下手」と言われながら、なぜ、ももクロの「歌」に魅了される人たちがいるのか
前回の記事でも紹介したように、「MTV Unplugged」という舞台に立てるということは、「一流」の証といっても過言ではない。
ボブ・ディランやポール・マッカートニー、宇多田ヒカルや平井堅、ももクロに楽曲提供した「KISS」もこのステージで演奏を披露している。
「歌」も「パフォーマンス」も一流でないと立てないこの神聖なるステージ。
最後に、彼女たちの歌がなぜ賞賛され、評価されているのかをまとめていこう。
【楽曲と彼女たちのキャラクターが合っている】
彼女たちの楽曲は、読者諸賢も容易に想像できるように、「人を元気付ける」「頑張ろうぜ」といった歌詞が多い。
それに伴って、アッパーで、ときには私たちのゆったりとした波長に合わせたサウンドが自然と提供される。
このような楽曲が自然と集まってくるのは、間違いなく彼女たちが中心となっていることであるということも、振付師の石川ゆみ氏も語っていた。
たしかに、彼女たちがドンヨリとした曲を歌っているイメージはない。
彼女たちのキャラクターに合わせた、ポジティブな楽曲を作ろうとするクリエイターの力添えは、ももクロの「歌」の魅力を大きなものにしていることは間違いないだろう。
【5人がバラバラだからこそ共感が得られる】
ももクロの歌を素直に好きな人、ももクロの歌が合わない人たちも、もちろんいる。
それでも、ももクロの「なんとなく楽しいじゃん」という輪が自然とできることは魅力の一つだ。
スタッフも含め、「中心となる5人がバラバラ」だからこそ引っ張られるという現象が、彼女たちの知らないところでごく自然に起こっていることも、石川ゆみ氏は語っていた。
【不足を補って超人的な「作品」を仕上げることができる】
実を言うと、ももクロの歌は、踊りながらの方が音圧が出ているという。
それほど、「踊り」による付加効果は彼女たちにとって大きなものであるのだろう。
そして、日本音響研究所・鈴木創氏は最後に彼女たちの「声」についてこう語った。
「みんな、超人ではないです」
「普通の女の子、歌とダンスが得意な女の子たちの集まりだと思います」
「お互いの役割をうまく補って、超人的な『作品』に仕上がっていると思います」
まとめ
前後編にわたってお送りしてきた「ももクロのMTV Unpluggedを科学する」についての考察。
非常に長いものとなってしまったので、ここでももクロの「歌」について端的にまとめておこう。
①ももクロは「歌って踊る」ことが前提のユニットである
②ももクロは身体的にも技術的にも「超人」ではない普通の女の子たちの集まり
③歌声の個性が全員バラバラ
百田夏菜子:可愛い声。すべての歌詞を発音しようと努力する。
玉井詩織:アイドル的な爽やかな声。最終的な音圧・ボリュームをキープする。
佐々木彩夏:アイドル的な爽やかな声。玉井との違いは、頭出しを強く発音する点。
有安杏果:ビブラートを使えるテクニシャン。重要なソロのためにあえて休むことがある。
高城れに:「倍音」と呼ばれる厚みのある声。全体のベースを担う。
④バラバラから生まれる奇跡的なユニゾン
今回の実験で、彼女たちの歌声は「1/f ゆらぎ」と呼ばれる、ヒーリング効果も実証された。
⑤個々の能力は決して高くないが、5人で短所を補い合って歌う秀逸な「作品」は超人的なレベル
きっと挙げればきりがないが、はっきりといえることは、
彼女たちが「MTV Unplugged」という一流アーティストのみ許されたステージで、
パフォーマンスを行ったという事実が、その実力を証明しているといえるだろう。
本放送と関連番組情報
「MTV:Unplugged:Momoiro Clover Z」
2018年1月21日(土) 20:00〜21:00
↑こちらが本放送↑
さらに、本エントリーで取り扱った番組も再放送が決定している。
「ももクロのMTV Unpluggedを科学する」
2018年1月20日(土)23:00〜0:30
「スカパー!」視聴環境がなければ、本放送や関連番組は観ることができないが、本ブログでも、本放送の様子をできる限りお伝えできればと思っている。
おわりに
しかし、ここで残念なお知らせをしなければならない。
冒頭でも記したように、ご周知の方も多いかと思うが、先日、2018年1月12日に、有安杏果がももいろクローバーZを卒業するという報告があった。
以下、興味があれば私の心境を綴ったものだ。
非常に残念ながら、今回ここで挙げた数々の科学的根拠は「5人」であることが前提でのお話。
ももいろクローバーZは解散ということにはならなかったものの、「歌」に関して相当なテクニックを披露していた有安杏果氏が抜けてしまうことは、彼女たちの真骨頂であるライブパフォーマンスで、大きな痛手となることは間違いないだろう。
2018年1月21日のラストライブによって、彼女はももいろクローバーZではなくなってしまい、ここで証明した5人の「ユニゾン」の素晴らしさを体感できる時間は少ない。
しかし、「ももいろクローバーZ」として闘い続けることを決意した百田夏菜子・玉井詩織・佐々木彩夏・高城れに(残された4人とは記さないこととする)が、新たな美しいハーモニーを作り上げてくれることに期待しよう。
ファン心理としては複雑な思いではあるが、彼女たち5人で作り上げてきた8年間の珠玉の名曲たちを聴ける最後の機会を逃したくないところだ。
「ももいろクローバーZ2018 OPENING~新しい青空へ~」
と名付けられた、有安氏のラストライブ。
ENDINGではない。
OPENINGだ。
どこまでもポジティブを貫く「チームももクロ」に感謝の意を表したい。
私は病ゆえにライブ参戦すら難しいが、多くの方々が応援やお別れに駆けつけてくれることを願いたい。
このエントリーを執筆中に彼女の卒業の報道が流れたため、幾度もこの【後編】を書くことを中止しようかとも考えた。
このような多くのエビデンスをもってしても、「だってもう有安は抜けるんでしょ?」「もう4人なんでしょ?」と一瞬にして過去の話になってしまうからだ。
しかし、「ももいろクローバーZは5人だったこと」「5人のももクロは最高だった」という過去だって、彼女たちにとってもファンであるモノノフにとっても、とても大切なことであると、私もポジティブに考えられるようになった(と思う)。
伝わりにくい点も多々あったかもしれないが、「奇跡の5人」が作り出した数々の伝説を忘れないでいてほしい。
今は、有安氏卒業間際のこの時期に、このようなエントリーを執筆できたことを嬉しく思う。
最後の「奇跡の5人 ももいろクローバーZ」を、各々のスタイルで楽しんでい頂きたい。
何を言われようが、私は「奇跡の5人」を信じてきてよかったと思う。
そしてこれからスタートする「奇跡の4人」の誕生を祝して……
現場で会おうZ!!!!!
たまいびび