データ分析を「世界競技」にするサイトKaggle──その優勝者たちが企業から引く手あまたの理由
データ分析をある種のスポーツのような競争の場にするウェブサイト「Kaggle」が注目されている。100万ドルを越える賞金のコンペが実施され、上位入賞者はさまざまな大企業に雇用された。グーグルに買収されたいまも、優秀な人材の供給源として企業に重宝されているKaggleの可能性について、改めて考える。
TEXT BY TOM SIMONITE
TRANSLATION BY TOMOKO MUKAI/GALILEO
WIRED(US)
PHOTO: GETTY IMAGES
ジルベルト・チテリクスは、ブラジルの石油会社ペトロブラスの電気技師である。彼は7年にわたって石油プラントでセンサーなどのハードウェアのメンテナンスに従事してきた。
そんな彼が2015年の終わりごろ、上司に退職の意向を伝えた。それまで数百時間の余暇時間を「競争的データ分析」というあまり知られていない世界に没頭してきたチテリクスが、あるサイトで世界ランク1位のデータサイエンティストと評価された時期だった。シリコンヴァレーの各社が彼を採用したがっていたのだ。
「わたしが退職したいと伝えたときに初めて、彼らは世界第1位のデータサイエンティストを抱えていたと認識したのです」と、チテリクスは語る。
ペトロブラスは当面、チテリクスのデータスキルを活用できる地位に彼を異動させることで慰留しようとした。だが、世界ナンバーワンになってから、チテリクスのもとには世界中の人材スカウト業者から大量の電子メールが届くようになり、なかにはテスラやグーグルから届いたものもあった。
そして17年2月、ある有名なテック企業がチテリクスを雇用し、彼は同年の夏に家族とともにベイエリアに引っ越してきた。その雇用先とは、Airbnbだ。チテリクスは新たに働く本社ビルで、カラフルなナイジェリア料理を前にしながら、思いも寄らなかったこれまでの道のりについて語ってくれた。
データ分析の「腕試し」をする場
彼は「Kaggle」というウェブサイトで世界トップの地位を獲得し、いまもその座を保っている。同サイトは、データ分析をある種のスポーツのような競争の場にしており、参加者のなかには生活が一変した人たちもいる。
企業、政府機関、研究者たちが同プラットフォームにデータセットを投稿すると、Kaggleの100万人ものメンバーが、パターンの識別と問題の解決に取り組む。優勝者は栄光とポイントを獲得するほか、賞金が授与されることもある。ポイントがたまると、現在66,000人いる「データサイエンティスト」ランキングに入ることができる。
チテリクスやKaggleユーザーの見積りによると、同氏はKaggleのコンペで総額およそ10万ドルを獲得したという。そのコンペには、国立衛生研究所のために分析した脳波に基づく発作の予測、キャタピラーのために分析した金属チューブの価格、デロイトのために分析した賃貸不動産の価値などが含まれる。米国運輸保安局(TSA)やオンライン不動産データベース企業Zillowは、それぞれ100万ドルを越える賞金のコンペを実施している。
ヴェテランのKaggleユーザーによると、ランキング上位に入ると賞金だけでない利益につながるという。参加者たちは、新しいデータ分析や機械学習のスキルを習得できるのだ。
さらに、Kaggleの上位を占める95人の「グランドマスター」など最高のパフォーマーたちは、現在のデータ中心の経済において欠かせない才能である。キャリア情報サイト「Glassdoor」では過去2年間、米国で最高の職業としてデータサイエンティストを挙げている。数千もの欠員、高い給与、働きがいの高さに基づく評価だ。中小企業から大企業までが、問題解決の才能が集まるKaggleから人材を獲得している。
「学びたい」という衝動が人を動かす
グーグルは17年3月、Kaggleそのものを手に入れた。Kaggleは、グーグルのクラウドコンピューティング部門に組み込まれ、コンペのほかにも、人々や企業がデータやコードを共有したりテストしたりできる機能を打ち出している。グーグルは、機械学習に関する新しいプロジェクトに必要な人材やコード、データを求めてほかの企業がKaggleを利用し、グーグルのクラウドでそれらのプロジェクトを実施することを期待している。
Kaggleのグランドマスターによると、勝利することと同じくらい「学びたい」という衝動によって突き動かされているのだという。最高のパフォーマーはその両方にかなりの時間を費やす。
以前の1位で、現在は3位にランクインしているマリオ・ミカイリディスは、競馬における傾向の分析で大儲けした人物から起業家精神に関する話を聞き、データサイエンスに夢中になった。ただし同氏にとって、金銭は最も興味のある動機ではないという。
「未来を検討し予測できるということは、わたしにとってスーパーパワーのようなものです」と語るミカイリディスは、コードを独学で学び、Kaggleに参加した。そしてまもなく、同氏の概算で週に60時間をコンテストに費やすようになった。本業を営む一方で、である。「とても楽しかったです。多くのことが学べましたから」と、ミカイリディスは述べる。
ミカイリディスはその後、身体への負担を理由のひとつとして、Kaggleへの参加を週に約30時間へと短縮した。チテリクスは、2番目の娘が生まれたあとまもなくKaggleの上位へと上がっていったが、妻との関係にある程度の摩擦が生じたという。「わたしがコンピューターに触れるたび、妻は非常に怒りました」
Kaggleがもたらすさまざまな恩恵
起業家のシュリサティッシュ・アンバッティは、自らの新興企業H2Oの中核戦略にKaggleユーザーたちを据えている。H2Oは、eBayやCapital Oneなどの顧客企業向けにデータサイエンスツールを作成している企業だ。
アンバッティは、H2Oソフトウェアのダウンロード数が急上昇したことで、それがKaggleのコンテストで勝つために使用されていたのに気づいた。そして、ミカイリディスをはじめ、3人のグランドマスターたちを雇用したというわけだ(勝者たちは通常、多くのユーザーが集まる同サイトのフォーラムで自分たちのやり方を共有し、ほかの人たちの技術の向上を支援している)。
H2Oの著名なデータサイエンティストたちは同社製品の開発に取り組み、専門的技能を提供するとともに、マーケティング活動も行っている。それはまるで、スニーカーを宣伝するスポーツの花形選手のようだ。「グランドマスターを取引先の企業に派遣すると、データサイエンスチームの全員が参加したがるんです」と、アンバッティは言う。
「スティーブ・ジョブズは製品に対する直観をもっていましたが、グランドマスターたちはデータに対するそれをもっているのです」と説明するのは、H2Oと競合関係にあり、同じくグランドマスターを雇用している新興企業DataRobotの共同創設者ジェレミー・アチンだ。
彼によると、Kaggleの上位ランキングは、データ関連スキルの不足につけこもうとする目立ちたがり屋たちを除外するのに役立つという。「実際の仕事をこなす実力がないのに、自らをデータサイエンティストと名乗る輩が大勢いるのです」とアチンは語る。
アンバッティとアチンの競合によって、グランドマスターのランクを獲得することが、より多くの利益へとつながる仕組みができあがった。カリフォルニア州マウンテンヴューを拠点とするH2Oのためにロンドンの自宅で働くミカイリディスは、給料が3年間で3倍になったと述べる(彼はH2Oに入社する前は、スーパーマーケットTescoの子会社である顧客分析企業Dunnhumbyに勤めていた)。
大企業も、Kaggleの優勝者たちを好んでいる。インテルは10月、機械学習研究者を募集する広告を出したが、「Kaggleコンテストでの優勝経験」を要件として挙げている。
YelpやフェイスブックはKaggleでコンテストを実施し、優れた結果を出した場合の賞として就職面接のチャンスを提供している。この夏に行われたフェイスブックの直近のコンテストの優勝者は、ベルギーのEastman Chemicalでエンジニアを務め、転職先を探していたトム・ヴァン・デ・ウィールだった。半年後、彼はアルファベット傘下の人工知能(AI)新興企業のディープマインドで働き始めた。
「アート」としてのデータ分析
H2Oは現在、Kaggleのグランドマスターたちの才能の一部を、誰もが使えるものにしようとしている。データサイエンティストの作業の一部を自動化して、データセットを精査し、傾向を予測する「Driverless AI」というサーヴィスを構築しようとしているのだ。一部の選択された顧客がテストに参加しており、6,000以上の企業と個人がDriverlessのテストの順番待ちリストに名を連ねている。
アンバッティはこのような状況について、企業が分析するよりも急速に情報が蓄積されており、データサイエンススキルが求められていることを反映していると説明している。だが近い将来、H2OにおいてDriverlessが、チテリクスやほかのKaggleリーダーに勝ると考えている者はいない。コンピューターはデータ処理能力こそ高いものの、本物のグランドマスターに匹敵する独創的なひらめきに欠けているからだ。
「企業でデータの問題に取り組んでいるとしたら、マネジャーや顧客と話す必要があります。でもコンペは最高のモデルを構築することだけが目的です。純粋で、とても気に入っています」と語るのは、グランドマスターのひとりで、モスクワで1位を獲得し、現在は2位にランクされているスタニスラフ・セミョーノフだ。
彼はKaggleで勝利すると、上等なステーキで祝福するのだという。Kaggleにおいては、データ分析はスポーツであるだけではない。アートでもあるのだ。
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