蹴球探訪
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【スポーツ】[自転車]愛しのツール、愛しのフルーム様 カリスマ作曲家・梶浦由記の“輪活”2018年1月16日 紙面から
作詞・作曲・音楽プロデューサーとしてアニメやゲームの劇中伴奏音楽からNHK看板番組のテーマ曲まで担当する梶浦由記さん。音楽界のカリスマ的存在は、プライベートで自転車ロードレースのクリストファー・フルーム(32、英国)の大ファン。そんな梶浦さんを訪ね、ツール・ド・フランスへの熱き思い、仕事の合間に気分転換として乗るサイクリングのことを聞いた。 (ペン=山口和幸) 「鉄の精神力と鉄の自制心。負けず嫌いで悔しいはずなのに、負けたときは言い訳もせずに勝者をたたえる。ジェントルマンのふりをしたオオカミ。わりと日本人好みで、そんなところがカッコいい!」と、梶浦さんがフルームの魅力を語り始めたら止まらない。 2017年はツール・ド・フランスで4度目の総合優勝、ブエルタ・ア・エスパーニャ初制覇を達成した最強レーサー。機材故障時に自転車を投げつける選手は多いが、フルームは愛車をキズつけることなく路面に横たえる。「自分の道具を大事にするところも私好みですね」 1990年の前後、音楽をやっている仲間うちで、「ツール・ド・フランスって面白いんだよ」と話題になったことがそもそもの始まりだ。真夜中に音楽作りをしながら、テレビ中継の音を消して見ていた。当時はだれが好きかというよりはフランスの景色を含めて映像を楽しんでいた。 それからしばらくすると興味は薄れてしまったが、自転車連載マンガ『弱虫ペダル』を家族から「面白いよ」と勧められて再燃した。2013年に生中継を見てみると、「こんなにジャージーがピタピタになったんだ!」と時代の変遷にビックリ。その大会で初優勝したのがフルームだった。 スポーツは得意ではないという梶浦さんだが、見るスポーツは大好きだ。幼少期に住んでいたドイツはベッケンバウアーの全盛期で、サッカースタジアムに駆け付けて応援した。中学生のときに日本に帰ってきてからは読売ジャイアンツのファン。『月刊ジャイアンツ』を毎月買って「篠塚選手の奥さんは7歳年上か」などとマニアぶりに磨きをかけた。大相撲の千代の富士がマイブームだった時代もあったという。 「ツール・ド・フランスは、サッカーや野球のように得点シーンを見逃したと残念がることがない。音声を消して美しい映像をときおり見ながら仕事することもできる。レース展開に動きがあったら『どうしたの?』と大急ぎで音量を上げたりして(笑)。最近はツイッターで他の視聴者さんが大騒ぎして書き込んでくれるのでレース展開が把握できます」 梶浦さん自身もツイッターに書き込んだりするが、1人で見ているとハラハラしてしまうので、ツイッターで「だれか聞いて!」とばかりに書き込むことで自分の気持ちを落ち着かせるのだという。それだけのめり込んでいる証拠である。 日本で秋に開催されている「ツール・ド・フランスさいたま クリテリウム」は3年連続で観戦に行っている。そして2017年、初めてツール・ド・フランスの現地へ足を運んだ。 「私が6年住んでいたデュッセルドルフが開幕地だったので、懐かしい街を再訪するのと同時に、これはツール・ド・フランスを一生に一度ナマで見るチャンスかなと現地を訪問しました」 到着すると滞在ホテルはBMCとロット・ユンボと同宿で、「うおおおお!」といきなり興奮の頂点へ。写真を撮りまくり、リッチー・ポート(BMC)を出待ちしたが残念ながら会えなかったという。 チームプレゼンテーションは3時間くらい前に行ったので最前列を確保。同じく自転車レース好きの妹と「私たち日の丸を持ってきてないね」という会話になり、「これは失礼だ」と、近くのスーパーマーケットで紙と赤ペンを買ってきて、丸く塗って『YUKIYA』と書いた。そんな即席応援旗を振ったら日本から唯一参加していた新城幸也が気づいてくれた。 「こっち見た!とかファン心理ですね、もう」 「自転車はなるべくゆっくり走りたいから」という理由で、ブロンプトンという赤色の折りたたみ小径車を所有している。ロードバイクはその形状にこそ憧れるものの、「転ぶと思うし、私には無用の長物ですね」と笑う。3段変速のモデルだが、「景色のいいところを走りたいな」という気持ちはある。現在は自宅から荒川までを往復するくらいだが、輪行袋を手に入れて「しまなみ海道」を走るのが夢だ。 「自転車があると外に出るきっかけになるのがいいですね。買い物や用事がないのに仕事中に外に出るのはサボる感じになるけど、ちょっと自転車乗ってこようと息抜きのために使っています」 歩くよりも少し速いスピードで風も感じることができる。クルマは速いけど外気を感じることはない。歩きだとそんなに遠くも行けない。 「自転車ってちょうどいい感じで、風に当たって景色を見られる道具。私にとっては“動くイス”なんですよ」 もともと部屋の中でせっけんやアクセサリーを作ったりするのが大好きだという。「音楽もそうなんですが部屋でなにかを作っているのが好きなんです。だから周囲には『自転車って珍しいね』と言われました。購入時はなにも持っていなかったので、サイクリングウエア一式を買いに行きました。スニーカーさえなかったですから(笑)」 2018年の関心事はフルームがツール・ド・フランス最多記録となる5勝に挑むことだ。 「私は運動ができないので、なんでこんなことやってくれちゃうのという選手はやっぱりカッコいいですよね。頑張っている人には結果を残してほしいなと思ってしまって、平静に見られないと思う。その直前にジロ・デ・イタリアに挑戦すると表明しているので心配です。でもどうせ出るなら優勝してほしい。2つ取ったらフルームはダメモトでも秋のブエルタ・ア・エスパーニャにも出るでしょうね」 梶浦さんがもうひとつ注目しているのはフルームの人間性だ。英国人の両親がケニアに住んでいた時に生まれ、南アフリカで幼少期を過ごした。 「(生粋の英国人である)ブラッドリー・ウィギンスが母国で人気のある裏で、そんなに支持してもらえないという複雑な気持ちはあるんでしょう。愛され男のような傍若無人な振る舞いは彼にはできないから、パニックを起こしても人にあたったり、ものにあたったりしない。彼の実績からするともっと世界中から愛されてもいいと思うけど、ちょっと根無し草的なところがある」 ちょっと堅苦しい性格のせいかフルームを支持するファンは全体的に静かだ。涙を流して熱狂的に応援するコンタドールやカンチェラーラのファンとはそのあたりが異なる。「おとな的な見方をすると、人々の支持を得るためにジェントルマンを脱げないのかな。そんなところに親近感を感じます。日本人もきちんとすることで好感度を上げようとする。とても共感できるのでそんな部分も彼が好きなところです」
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