『渡辺実のぶらり防災・危機管理』の連載が2012年9月10日に始まってはや5年。ついに記念すべき100回を迎えることができた。前編に続いて今回も東京消防庁が誇るエアハイパーレスキューの活動について”防災の鬼”渡辺実氏が突っ込む。2017年10月に日本列島を襲った台風21号。発災当時、エアハイパーレスキューはどのように活動したのか。多摩川での救出劇を例にお伝えする。
10月16日に発生した台風第21号は、21日から22日にかけて日本列島の南を北上し、各地に甚大な被害をもたらした。
「関東直撃の22日、勤務サイクルでいうと非番だったのですが招集がかかりました。この規模の台風であれば当然の招集です。経験的に分かっていたので心の準備をしていました」と語るのは東京消防庁 航空消防救助機動部隊 機動救助隊長 田端誠一郎氏だ。
各地で起こる大雨や風による被害が刻々と入電する。隊員たちは22日から翌23日にかけて自宅には戻らず本部(東京ヘリポート)に詰めた。
「台風の場合、空からの救助は、台風が過ぎ去ったあとが本番です。雨や風が吹き荒れている場所にヘリコプターで近づくことは実は難しい」(田端氏)
「でも、実際に飛ぶことはできるわけですよね」(渡辺氏)
「条件が整えば飛ぶことはできます、ただ救出する場合にはホバリングといって機体を空中停止させることが必要です。台風直下では強風等による厳しい気象条件によりこれを確保できません。そうした状況ではヘリコプターでの救出は困難を極めます」(田端氏)
22日の直撃から一夜明け、23日の朝。仮眠をとっただけの田端隊長は、大手町の東京消防庁総合指令室から入電する情報に目を凝らした。
「台風一過が我々の出番です。気持ちの準備を万全にして出場指令を待ちました。過去の経験から『台風一過は水難救助活動がある』ということが分かっていたからです」(田端氏)
そこで入電したのがニュースにもなった多摩川の中洲に取り残された要救助者の存在だった。
「大手町の総合指令室が水難救助の通報を『覚知』したのが午前7時過ぎです。多摩川の中洲に取り残された人がいる。当初の情報では救助を求める方が3人いらっしゃるということでした」(田端氏)
すぐに東京ヘリポート内で待機している「中型機『かもめ』で出場せよ」の「特命」が下った。
「かもめにはどういうメンバーが乗り込んだのですか」(渡辺氏)
「操縦士が2人、ホイストマンと呼ばれる整備士が1人。整備士はヘリコプターからワイヤーを吊り下げるウィンチを操作します。さらに救助した方に高度な救急処置を行う救急救命士が1人。そして救助の私の計5人です。中型機であればこれが基本的な人員ですね」(田端氏)
ちなみにかもめの定員は14人だ。
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