「IoT」という言葉が誕生してから20年近くたつ。日本では次世代高速通信「5G」などを通じIoT社会の実現が近づくが、世界との開発競争は激しさを増している。1980年代にIoTの先駆けとなる国産基本ソフト「TRON」を開発した坂村健・東洋大学情報連携学部長にIoTの現状と日本が進むべき方向性を聞いた。
さかむら・けん 1979年慶応義塾大学大学院工学研究科博士課程修了、2000年東京大学情報学環教授。17年から現職。自動車や携帯電話などに幅広く採用されている基本ソフト「TRON」の提唱で国内外の注目を集めた。03年に紫綬褒章受章。
――IoTとは何か、改めて教えてください。
「直訳すればあらゆるものがインターネットにつながるということ。世界的にはインターネットのようにつながるというのが正しい認識だろう。つまり、インターネットはオープンで、TCP/IPという通信手順に乗せればパソコンもスマートフォン(スマホ)もつながる。このオープンというコンセプトが重要だ」
「ものをつなぐ研究は20~30年前からやっていた。『TRONプロジェクト』は80年代からで、2000年代になるとあらゆる人たちが『ユビキタス・コンピューティング』『パーベイシブ・コンピューティング』『M2M』などいろいろな名前で挑戦した。そうしたなかで方式を統一するのではなく、名前は同じほうがいいということでIoTという言葉が生まれた」
――IoTは日本と米国との差が広がっています。
「日本企業はインターネットへの対応を間違えたからだ。家電をつなぐ『ホームオートメーション』がはやったが事業的にはうまく立ち上がらなかった。一番大きな理由は自社製品しかつながらなかったからだ」
「世界の関心が(外部事業者がシステムに接続できるように仕様を公開する)『オープンAPI』に集まるなか、製品の性能がいくら良くても囲い込んだらダメだ。一番問題なのはインターネット時代の開発に対する理解が技術者にはあるだろうが、経営者にはないことだ。囲い込みによる過去の成功体験が頭にあるからだ」
――IoTに限らず、日本で生まれた技術の事業化で出遅れる例が多いです。
「米国は最先端の研究が受け入れられ、10年かけてやるしぶとさがある。日本はすぐにものにならないと納得せず、長期計画を立てるのがうまくない」
「日本は勉強しないのにものを言う人も多い。(人工知能が人間を上回る技術的特異点)『シンギュラリティ』について米国では哲学的な論争をしてきた時に、そんなことが起こるわけがないとバカにした。これではついていけない。全世界でクラウドで戦えるのはアマゾンやグーグル、マイクロソフト、IBMで日本企業は入っていない」
――IoTは中国との差も縮まってきています。
「中国はモバイル決済やシェアリング経済の新興企業がどんどん生まれている。アリペイとウィーチャットペイが台頭し、故宮博物院が現金でチケットを買えなくしたり、ホームレスがスマホでお金を受け取ったりしている。モバイクは全地球測位システム(GPS)を搭載したシェア自転車を開発し、好きな場所で乗り捨てできる。これこそまさにIoTだ」
――日本は今後どうすべきでしょうか。
「日本の法律は大陸法で、やっていいことが書かれているので変えるのに時間がかかる。インターネット時代に対応できていない。かなり厳しい環境だ。新たな技術を実証実験する戦略特区の重要度は高い。競争して成果を出した人に成功報酬を出す『Xプライズ方式』の開発も大事だ」
■記者の目 総務省がまとめた主要10カ国・地域のIoT製品・サービスのシェアなどから算出した「IoT国際競争力指標」(2016年実績)で日本は2位だった。首位の米国との差は開く一方、3位の中国とは僅差だった。日本は多くの製品・サービスでシェアが低下傾向だ。研究開発費の国別シェアも日本は20%と、中国の8%を上回るが、米国の44%との差は大きい。両国のIoTを巡る動きは、坂村氏の周辺を見ても活発だ。米電気電子学会(IEEE)はTRONを世界標準規格とすべく坂村氏と著作権譲渡契約を結び、中国政府は青島市で「TRON×IoTショールーム」を開設した。電子情報技術産業協会(JEITA)がIoTの世界市場規模は30年に404兆円と倍増すると予測するなか、IoTの先駆けとなる技術を生み出した日本が好機をとらえきれるか。現状は迫力不足が否めない。(科学技術部 浅沼直樹)
[日経産業新聞 2018年1月15日付]