認知症でしばられる!? ~急増・病院での身体拘束~
手足や体をベットなどに縛る「身体拘束」が、10年あまりでほぼ倍増している―厚労省が全国の精神科病院を対象に行った調査で、驚きの事実が明らかになっている。拘束されることで、認知症や精神疾患の患者が心身に大きなダメージを負うこともあるという。暴力が顕著だったり、放っておけば患者の命にまで危険をおよぼす場合などに限り、“必要最小限”認められているはずの手法がなぜ増えているのか―。2025年には、認知症の人の数が700万人に達するといわれる。もはや「身体拘束」は誰もが直面しうる問題だ。現状の問題点と改善への道筋を探る。
出演者
- 上野秀樹さん (精神科医/千葉大学病院地域医療連携部)
- 竹端寛さん (山梨学院大学教授)
- 武田真一・鎌倉千秋 (キャスター)
認知症でしばられる!? 身体拘束が病院で急増
認知症の親を見舞ったら、ベッドに手足を縛られていた。車いすに長時間固定され、体の自由が奪われた。今、医療現場で、患者が体の一部を縛られる、「身体拘束」が急増しています。
鎌倉:医療現場の中でも、精神科病院での身体拘束の件数は、この10年でほぼ倍増し、1日あたり1万件を超えています。その背景の1つには、精神科病院に入院する認知症の人たちが増えていることがあると言われています。
体の一部を縛られ、症状がかえって悪化する。そうした事態が、誰にでも起こる可能性があるのです。
認知症でしばられる!? 身体拘束が病院で急増
2年前、認知症を発症した70代の父親と、その息子です。父親は現在、自宅で過ごしていますが、一時は精神科病院に入院していました。
認知症の父親
「ちょっとトイレ行ってくる。」
息子
「流したか?違う、違う、ここじゃない。これ、これ。」
入院前、父親には、夜になると部屋で排尿したり、大声を上げる、「夜間せん妄」という症状が現れていました。息子は、介護施設への入所を考えましたが、ケアマネジャーから「せん妄があると断られる」と言われ、精神科病院に入院することになりました。6日後、病院から拘束すると連絡を受けます。重大な転倒事故を防ぐというのが、主な理由でした。見舞いに行くと、落ち着いて見えたため、医師に「昼間だけでも父親の拘束を外せないか?」と相談しました。しかし、「安全を守らなくていいのか」と、反対されたといいます。父親は4週間で退院。衰弱し、要介護2から5に悪化していました。
息子
「意思疎通はとれない状況でしたね。『今日天気いいね』って言っても、なにか違うことを返したり、自分の世界に入っちゃって、何を言われているのか分からないので。ものすごくショックを受けたというか、心がつらくなりましたね。」
退院後に父親を診察した医師です。症状に合わない薬が処方され、状態の悪化につながった可能性もある、と指摘します。
認知症が専門の医師
「『興奮する薬』を出して、『抑える薬』を出してというふうに、僕らはこういうのを“パニック処方”って呼んでるんですけど。間違った治療をした場合は、当然、患者の状態は悪くなるので。」
退院から1年。拘束を解かれた父親は、治療を受けながら、自宅で過ごしています。介護度は4まで回復しました。
「おうちがいいですか?」
認知症の父親
「それはやっぱり、どれだけうれしかったか。本当にうれしかったです。」
身体拘束の実態調査をしている、杏林大学の長谷川利夫さんです。長谷川さんは、これまで拘束を経験した患者や家族など、100人以上から話を聞いてきました。
「今まで生きてきた中で一番つらい。」
「なぜ、拘束されなければならなかったのか。」
退院後も悩み続けている人が多かったといいます。
杏林大学 教授 長谷川利夫さん
「身体拘束をされてしまっていること、そのことも大変苦しいし、身体拘束が終わったあとも、『されたこと』ということで、非常に深く傷ついているということがうかがわれることが多いです。」
認知症でしばられる!? 身体拘束が病院で急増
鎌倉:精神科病院での身体拘束は、法律でも、二次的な障害を生む可能性があるとして、一定の要件が課せられています。自殺や自傷行為が切迫している。多動・不穏が顕著である。そして、精神障害のために、そのまま放置すれば、患者の生命に危険が及ぶ恐れがある。指定医が、このいずれかの状態にあると認め、代替手段がない場合に限って行われます。また、拘束を行った場合でも、できる限り早期に他の方法に切り替えるよう定められています。
必要最小限とされる、身体拘束。どのような状況で行われているのでしょうか。拘束を減らそうと取り組んでいる精神科病院の1つが、実情を知ってほしいと、取材に応じてくれました。
認知症でしばられる!? 拘束をなくしたいけれど…
できるだけ縛らないという方針を掲げる精神科病院です。
それでも、症状が重い認知症の人などを拘束せざるを得ない場合があるといいます。
90代のアルツハイマー型認知症の女性。
看護師
「手をつながせてね。ごめんよ。」
暴れたり、歩き回って激しく転倒する危険があるため、胴と手足を拘束することがあるといいます。拘束が増えるのは、夜間です。この時間帯の看護師は2人。およそ60人の患者を診なければなりません。
看護師
「お部屋違うよ。お部屋間違ってるよ。」
患者
「んだか?どこだ?」
看護師
「どこだって隣の隣だ。」
今度は、廊下を歩き回る男性が。
看護師
「痛いところない?」
看護師
「大丈夫?」
看護師
「立てる?」
拘束をせずに、重大なけがなどを本当に防げるのか、難しい判断を迫られています。
実際、別のこの男性は以前転倒し、受け身が取れず、頭にけがをしました。
夜間、見守るスタッフが少ない中では、命に関わる事故が起きかねないとして、拘束が始まったといいます。
看護師
「夜間帯は少ない人数で対応しなければいけないというあたりでは、安全が優先されるので、(身体拘束を)やむをえずやる。」
この病院では、なるべく拘束をなくそうと努力してきた結果、5年間で3割以上削減しました。しかし今後、このままのやり方で患者の安全を守れるのか。人手不足が続く中、大きな不安を感じています。
院長 関谷修さん
「今後間違いなく、もっと多忙にさらされる、もっとたくさんの認知症の方が治療を求めて来られる。その時、今の私たちの体力で対応できるのかどうか。」
急増する身体拘束 苦悩する医療現場
精神科医として、訪問診療で認知症の治療に当たっている、上野さん。
自身もかつて、治療の一環として、拘束を行っていた経験があるということだが、精神科病院で身体拘束が増えているのは、なぜ?
上野さん:まず、社会の中で認知症の方がたくさん増えていて、残念ながら、社会の中で支える仕組みが今、不十分なので、そのために、認知症の方、精神症状が出てしまう方が多くなって、精神科病院に入院する方が増えているという現実があります。そして、転倒・転落の防止ということで拘束が増えている。そして、もう1つは、精神科の救急病棟の増加ですね。その中で、治療の一環として、身体拘束を有効に活用しようというような考え方があるということも影響の1つではないかというふうに思います。
高齢者や障害者を巡る政策が専門の竹端さん。
身体拘束によって、症状が悪くなる恐れがあるとすると、本来、あるべき姿なのかという疑問があるが?
竹端さん:まず、違和感の正体は悪循環だと思うんですね。つまり、本人は何らかの訴えがある、しんどい、ここにいたくない、帰りたい、縛られたくない、嫌だ、でも、それを聞いてもらえない、向き合ってもらえない、そこの中で、つらい、何とかしてほしいと思って暴言・暴力をする、その症状だけを見て、それを拘束してしまう。そこが大きな問題だと思っています。
(その悪循環を、身体拘束という手段では断ち切れない?)
症状だけを見て、その結果だけを見て、その原因を見てないというところがあると思います。
この身体拘束を巡って、病院と患者側の深刻なトラブルも起きています。精神疾患で入院した、ある女性のケースです。
病院でしばられる 身体拘束後に死亡!?
入院した家族が拘束され、その後死亡したと声を上げている遺族がいます。
都内に住んでいた、50代の女性。一昨年(2016年)1月、いわゆる「そう状態」になって入院しました。
入院後すぐに拘束された女性。1週間にわたった拘束が解かれた直後、突然、心肺停止。その1週間後、亡くなりました。死因は、血栓が血管に詰まる、いわゆる「エコノミークラス症候群」。解剖の結果、肺動脈や両足に血栓が見つかりました。入院当初、ほぼ基準値だった血栓の存在を示す値は、心肺停止後の計測では、大きく上昇していました。
亡くなった女性の妹
「これ全部がカルテ一式。」
カルテを請求し、家族は初めて、入院中の状況を詳しく知ります。女性は食事、洗面トイレの時間を除き、1週間、胴と両手を拘束されていました。
亡くなった女性の妹
「拘束していたという話を聞いた時は、イメージとしては2〜3時間かなって。『えーっ?』って驚いたんです。一週間まるまるやっているとは、夢にも思わなかったです。」
医師の記録では、女性の症状が落ち着かないため、拘束が続けられたことが書かれています。一方、看護の記録では、よくしゃべるときはあったものの、時間によっては落ち着いていた様子が記されています。遺族は、「拘束で長時間、体が動かしづらく血栓ができ、亡くなったのではないか?」と疑っています。
病院は、NHKの取材に対し、「医師は法律の基準に基づいて、身体拘束の必要性があると判断した。血栓は入院前から存在していた可能性もあり、拘束との因果関係は医学的に明らかではない」などとしています。
急増する身体拘束 病院と患者でトラブルも…
医療現場での身体拘束には基準が定められているが、何が問題でトラブルが起きてしまう?
上野さん:そもそも基準の中に、そのまま放置すれば、患者の生命に危険が及ぶ恐れというような、あいまいな文言が入っているんですね。この中に、医療者の恣意的な判断が入り込む余地があって、そして、医療者都合の拘束が継続されてしまうというような現実がある。そういった拘束の現状に、本人、家族が納得できないというところが、全てのトラブルの原因なのではないかというふうに考えます。
例えば、患者さんや家族がおかしいと思ったときに、それをきちんと伝えればいいのではという気もするが?
竹端さん:精神科病床では言えるはずがないという前提があると思っていただいた方がいいと思います。つまり、本人が言った場合、それが精神症状だと言われ、下手したら、また隔離・拘束がひどくなるかもしれないという恐れがあります。ご家族からすると、それを言ってしまうことによって、病状が大変な中でも「じゃあ、退院してください」となるという危険性があるわけです。本人も家族も言えない前提があるからこそ、実は第三者による訪問だとか、あるいは、そもそも身体拘束をすることに関しての情報公開、あるいは、例えば可視化としてビデオで撮るなどのようなことが必要とされています。
では、一体どうすれば、この身体拘束を減らすことができるんでしょうか。拘束の削減に取り組み、大きな成果を上げ始めている病院を取材しました。
病院での身体拘束 どうすれば減らせるか
都立松沢病院です。かつては、1日149人の患者を身体拘束していました。それが…。
「認知症(病棟)も全て今月は減っていまして、社会復帰病棟群はゼロでした。」
院長が拘束を減らす方針を打ち出し、拘束の数を6年間で9割減らしました。まず始めたのは、スタッフの意識改革。院長が、医師や看護師に読ませたのは、拘束された患者が記したアンケート。「トラウマになった」「拷問みたいだ」。拘束が患者の心を深く傷つけている事実に向き合いました。
院長 齋藤正彦さん
「われわれは、人の精神をケアするプロなんだから、力で患者さんを制圧するような治療手段を持たないほうがいい。患者さんを人として、きちんと対応するということですよね。」
日々の治療で大事にしたのは、患者と徹底的に向き合うことです。
こちらの認知症の男性。以前は、両手を拘束されていました。
食事を嫌がるため、鼻に栄養チューブをつけたところ、それを抜こうとしたからです。看護師たちは、拘束の原因だった栄養チューブ自体をなくしました。家族に好みを何度も聞き、口から食べさせることにしたのです。
認知症の男性
「何でもおいしい。」
こちらの病室は、スポンジやクッションが部屋中に敷き詰められています。
転倒のリスクが高く、けがをしやすい患者のために手を加え、拘束をなくしました。さらに、家族にも働きかけました。拘束しないことで、けがをするリスクがあることも説明。通常とは逆に、拘束しないという同意書にサインしてもらいます。
医師 今井淳司さん
「当院では極力、身体拘束をしない処置を行わせていただいています。」
けがをするリスクはあっても拘束しないことで、患者の尊厳や体調が守られる。これまで説明したほぼ全ての家族が同意しました。
患者の家族
「拘束するということは、われわれ家族から目に見えないところで、そういうふうな状態になるわけですから、(身体拘束しないことが)本人のためだと思いますし、腹くくってお任せしています。」
この病院では、より症状が重い人の拘束もなくせないか、挑戦が続いています。
自分を否定する気持ちが強く、入院後、自殺未遂を2回したこの女性。以前なら、すぐに拘束でしたが、今はその気持ちに粘り強く向き合います。
女性
「心の叫びですよ。私じゃないんだって。」
医師 今井淳司さん
「『自分じゃないから』ということを、周りに分かってほしかったということ?」
女性
「周りに分かってほしかったの。彼(夫)にとっても私にとっても(自傷行為は)嫌なことだから。」
いかに患者を縛らずに回復へと導くのか。模索は続きます。
医師 今井淳司さん
「普通に生活していたら(拘束は)絶対にありえないような行為ですから、拘束っていうのは、それの一番最たる、患者さんのトラウマ体験になりうる。減らしていかなければいけないなと思う。」
病院での身体拘束 どうすれば減らせるか
NHKには、医療関係者から「患者が暴れたら抑えられない」「看護師は常に命の危険を感じている」という厳しい声も寄せられている。
上野さん、こういった取り組みをほかの病院に広げていくにはどうしたらいい?
上野さん:私も病棟を担当していたときには、たくさんのかなり不安があって、たくさんの身体拘束をしていました。なので、その不安だとか必要性を主張される気持ちはすごくよく分かります。でも、この改革がうまくいったのは、そういった拘束はしかたがないとか、拘束を最小限にする、できない理由を探すということではなくて、明確なビジョンですね、拘束をなくすというビジョンを立てて、そしてできることから1つ1つやっていった。それがかなり大きな成果を生んだと思うんですね。
(できない理由を探すのではないということ?)
文化を変えたと思います。
竹端さんは、この取り組みをどう思われた?
竹端さん:すばらしいことでして、全国で広がってほしいと思うんです。ただ、精神病院の中だけが変わればいいということではないんですね。精神病院の中が変わる、それは事後救済の部分が変わるわけであって、あくまでも認知症になっても精神科病院に入らなくてもいいような仕組みを作っていくという事前予防が大事になってきます。
鎌倉:今、お話にありましたように、入院をせずに、自宅や地域で暮らし続けていくために、医療者が自宅などを訪問して、症状の悪化を防ごうという精神的な取り組みが始まっています。
どう減らす?身体拘束 認知症を地域で支える
福岡市で、地域の高齢者のもとを訪ね始めた精神科医や看護師などの医療チームです。
医師13人が訪問診療を行い、600人以上の体調を把握。休日や夜間でも、患者や介護者の相談に乗り、症状が悪化するのを防いでいます。
認知症の妻を介護する夫
「(妻の症状が悪化して)どうにもならない気持ちになっとったんですね。そうじゃなくなってしまったんです。ほんとありがたく思っています。」
高齢者の入院を最小限に抑え、地域で長く暮らしてもらおうという仕組みを作ろうという取り組みです。
精神科医 内田直樹さん
「環境の変化(入院)は、記憶の障害がある認知症の方にとてもダメージが大きい。生活を続けられるよう、私たちがサポートすることが大事だなと。」
どう減らす?身体拘束 認知症を地域で支える
入院になるべく頼らずに、認知症や精神疾患の人たちを、社会や地域全体で支える取り組みは、どうすればできる?
竹端さん:まず、日本の精神科病床は、諸外国に比べると4倍から5倍だと言われています。そうすると、その4倍から5倍の病床を、まず4分の1、5分の1に削減する必要があるんですね。じゃあ今、働いている人はどうしたらいいのか。人手の厚い病棟にするだけでなく、その人々が地域の中に出ていけばいいわけです。
(地域の中に出ていって、地域の医療を充実させれば、必ずできると。)
できるはずですね。やっぱり、それができない理由を探すのか、できる1つの方法論を探るのかというのが、大きく問われているんじゃないかと思われます。