砂漠の蜃気楼のような町、不思議な寓話のような運命
火星の砂漠にぽつんと町ができる。最初はオアシスしかなかった。旅の途中、風力船を失って立ち往生したアリマンタンド博士がそこに居着く。犯罪帝国の総帥ジェリコ氏が身を隠すためトロッコを押してやってくる。嵐から逃れて軌道帆船を町に係留したのは、レイル・マンデラとその家族だ。大都会の駅下の空間を定宿としていた浮浪者ラジャンドラ・ダスはそこを強制退去させられ、たまたまこの町へやってきた。ミカル・マーゴリスは母バブーシュカの気まぐれな癇癪のおかげで寂しい停車場で途中下車するはめになった。出迎えた住民のなかにいたマンデラ家のハラン爺とバブーシュカが恋に落ちる。
町の名は〈荒涼街道〉。これがそのまま『火星夜想曲』の原題(Desolation Road)だ。
レイ・ブラッドベリ『火星年代記』同様、この作品の火星はリアルな天体ではなく夢見られた領域だ。
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〈荒涼街道〉はひとときの蜃気楼である。さまざまな像を結びながら、やがて消えることが決まっている。それは物語のなかでも早い段階で読者へ伝えられる。あらかじめ運命づけられた未来を織りこむ叙述は不思議な響きがあって、繰り返し語りつがれてきた民間伝承のようでもあり、エキゾチックな寓話のようでもある。
マクドナルドはガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』の影響を受けて、この作品を構想した。
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エピソードを無数に重ね、そのなかで卑近な日常ときらめく幻想とが同居する。テラフォーミングされた火星なので科学技術のガジェットがあるが、そのなかにひょっこりと天使が登場する。こんな具合だ。
「うひょ!」ラジャンドラ・ダスはいった。「あんたはいったいなにものなんです?」
「最初に訊かれるのはたいていそれだ」安物の天使は、とっくの昔に定められた決まりきった手順にうんざりしている雰囲気をにおわせながらいった。「わたしはアナエル。天軍第五隊の熾天使(セラフ)にして、タルシスの祝福の貴婦人のしもべ。さあ、おまえは自分のため、それともほかの人間のために我が主人に願いごとをしたいか? あるいは、死のとばりの向こうに消えた愛するものにメッセージを伝えたいのか? 二番目に訊かれるのはたいていそれだ」
緑の人も登場する。火星で緑の人といえば、SFファンはフレドリック・ブラウン『火星人ゴーホーム』を思いだすだろう。
「おはよう」緑の人はいった。「次の露営地で会いそこなったみたいだな……五年まえだったっけ?」
「あんたはわしの想像の産物なのか?」アリマンタンド博士は訊いた。「あんたはその類のものだと思う――アーキタイプ、ストレス下の心の産物――幻覚、それがあんただ――シンボルだ」
「おいおい、おまえは幻覚に襲われるような類の人間だと自分のことを思うような輩かね?」
引用した会話からもおわかりのとおり、塩梅の良いユーモアがこもっている。その呼吸を損なわない(むしろ引きだしている?)古沢嘉通さんの訳文がみごとだ。