日本維新の会は「自立する日本人」を日本の目標像の一つに掲げている。
かねてから私が「日本維新の会にこだわる必要はないが、維新の提唱する日本像を目指さなければ未来の日本は沈む」と断言している所以がここにある。
日本の最大のテーマの一つは「自立」だと思う。
こういうと、すぐに脊髄反射して「自立できない人間も中に入るのだぁぁぁぁ、このレイシスト(←左翼洗脳軍団が大好きな『差別主義者』という意味の言葉)がぁぁぁ」と叫び始める人たちがいるが、完全に間違い。
「自立できるのに歩こうともしないで守ってもらってるだけ」「守ってもらっているだけなのに文句しか言っていない」人間たちは、そもそも世界では切り捨てられている。当たり前だ。世界では「怠け者は苦労する」という当たり前の世界基準が出来ているからだ。日本はここにシフトしていかなければもう社会保障などは持たない。計算すれば誰でも分かることだ。
そんな前提を持ってニュースを見ていると、こんな記事にはどうしても反応してしまう。
◆テレビ局の「働き方改革」は進んでいるのか(東洋経済オンライン)
色々と取材して書いているが、そもそもテレビ局に限らず「働き方」などは自分で見つけ自分で選択するものであって、国が主導するようなものでは全くない。
そして、テレビ局での仕事というものは『趣味』なのか「仕事」なのか曖昧なものがほとんどであったりする。
例えば「とくダネ!」でディレクターをしていたとしよう。
そのディレクターが昔から「待機児童問題」に関心を持っていたとしよう。
ディレクターは必死にデスク(←日々のネタなどを決める権限を持っている人間)に訴え、なんと15分の枠を与えられ、待機児童問題を特集していい許可を得た!
ディレクターは必死に取材。
会社の中でも出来るが、会社の外に出て待機児童問題を抱えるご夫婦に密着などをしなければいけない。
朝起きてから夜寝るまで密着。
朝5時に起きて子供たちのお弁当を作っている奥さんの取材をするとしよう。
取材スタッフが起きるのは間違いなく2時だ。
2時に起きて会社に向かい機材の準備をする。
3時半には会社を出発する必要がある。
奥さんの起床から弁当作り、仕事までを密着して旦那さんの方も取材しなければいけない。
保育園の迎えからそのご夫婦の就寝を撮影しなければ意味がない。これで深夜となる。
会社に帰ってそれで撮影スタッフは当然バレ(←解散)になる。が、ディレクターはそこから「起こし」作業に入る。「起こし」とは、撮影した撮れ高のインタビュー内容や映像を文字にして書き起こす作業だ。
そんな毎日が放送までずっと続く。
放送前にはデスク会議や打ち合わせ、さらには直前には編集作業や出演者との打ち合わせ。
放送までの2週間か3週間は家になどほとんど帰れない。
ブラックかと言われれば議論の余地なくブラックだが、そんなことを気にしている人間はテレビマンには皆無だ。ハッキリ言ってブラックだのどうの、など外野に言われるのは迷惑なだけである。
テレビマンはみんな「好きでやってる」のであって、人にとやかく言われても知らないし、知ってもらおう、理解してもらおうとも思っていない。
が、分かって欲しいのは例えば「とくダネ!」の場合はディレクターの作品ともいえる特集コーナーを視聴率5%の方が見てくださった場合、およそ600万人の日本人が見てくださっている計算になる。ネットで600万PVってなかなかいかないはずだ。テレビは無責任なネット記事とはリーチ出来る対象の数が違い過ぎる。
みんな死ぬ気で作っているし、それが嫌な奴は辞めればいいだけだ。それがテレビの現場。ネットでコチョコチョと悪口を書いて「このマスゴミが」とか言ってれば満足する連中は多いのかも知れないが、テレビマンたちは本当に命を削って作っていることだけは忘れないでほしい。
じゃあこれが「仕事」なのか?
いや…仕事なのだが、そもそも自分が興味を持ってる分野の特集をしているのだ。家に帰ってもリサーチもしているが、それは会社にいないので仕事にカウントしなくていいのか?
我々のように取材者として何かあったらすぐに現地に飛ばなければいけない人間などは、ずっとプライベートでもスーツを着用しなければいけなかった。これって仕事なのか?プライベートなのか?
現実的なことを言うと、テレビ局に「働き方改革」とか言うのはそもそもナンセンスであり、議論なんて不可能なことであることを理解してほしい。
電通がどうのこうの、と言われているが、最近は電通マンのほとんどは四の五の言われて面倒なので「家に持ち帰って仕事している」。残業代がつかなくなっただけだ。可哀想に。
だって今までだってそこに働かなければいけない仕事があるので、残業していただけなのだから。
それに耐えられない人間がいるのであれば、それは「自分の責任の下に辞めればいい」だけである。電通に入社してるんだろ?絶対に次の就職先はある。コネであろうが実力であろうが。
忘れてはいけない。
先進諸国の人間たちは「自分の責任と考えのもと」で生きなければいけない。
行動の責任は自分に帰属している。
子供のうちは個人差がありすぎるので、教育費は国(=みんな)で負担するのは当然。なので教育費を無償化することなど、そもそも議論の余地なく当たり前。
が、成人したら自己責任だ。
日本は世界的に見てもこれが完全に忘れ去られている国家だ。
全部国のせい。
政府のせい。
安倍さんのせい。
地方自治体のせい。
テレビのせい。
ネットのせい。
マスゴミのせい。
金をくれないのは人のせい。
全部お前の責任だよ。
私が選挙に落選したのも自分の責任。
ネットで脅迫や殺害予告が殺到して番組を降板になったのも、逆にもちろん、フジの一部とケンカした後に復活をして多くの番組に出演でき、1年半でフジの生涯年収の半分を稼ぎ出したのも全部自分の責任の下で行ったことでしかない。
社会は残酷だ。
でもそんな中でみんな生きてる。
「働き方改革」が聞いてあきれる。
そんなもん、自分でやれ。
国がすることじゃないだろ。
会議の時間があまりに無駄が多いのであれば一言言ってみたらどうだ?
「この会議、時間の無駄ではないですか?」
正しければきっと響く。
響かないのであれば、周囲が絶望的バカか…それともあなたの考え方が間違ってるだけかのどちらかだと思う。
かねてから私が「日本維新の会にこだわる必要はないが、維新の提唱する日本像を目指さなければ未来の日本は沈む」と断言している所以がここにある。
日本の最大のテーマの一つは「自立」だと思う。
こういうと、すぐに脊髄反射して「自立できない人間も中に入るのだぁぁぁぁ、このレイシスト(←左翼洗脳軍団が大好きな『差別主義者』という意味の言葉)がぁぁぁ」と叫び始める人たちがいるが、完全に間違い。
「自立できるのに歩こうともしないで守ってもらってるだけ」「守ってもらっているだけなのに文句しか言っていない」人間たちは、そもそも世界では切り捨てられている。当たり前だ。世界では「怠け者は苦労する」という当たり前の世界基準が出来ているからだ。日本はここにシフトしていかなければもう社会保障などは持たない。計算すれば誰でも分かることだ。
そんな前提を持ってニュースを見ていると、こんな記事にはどうしても反応してしまう。
◆テレビ局の「働き方改革」は進んでいるのか(東洋経済オンライン)
色々と取材して書いているが、そもそもテレビ局に限らず「働き方」などは自分で見つけ自分で選択するものであって、国が主導するようなものでは全くない。
そして、テレビ局での仕事というものは『趣味』なのか「仕事」なのか曖昧なものがほとんどであったりする。
例えば「とくダネ!」でディレクターをしていたとしよう。
そのディレクターが昔から「待機児童問題」に関心を持っていたとしよう。
ディレクターは必死にデスク(←日々のネタなどを決める権限を持っている人間)に訴え、なんと15分の枠を与えられ、待機児童問題を特集していい許可を得た!
ディレクターは必死に取材。
会社の中でも出来るが、会社の外に出て待機児童問題を抱えるご夫婦に密着などをしなければいけない。
朝起きてから夜寝るまで密着。
朝5時に起きて子供たちのお弁当を作っている奥さんの取材をするとしよう。
取材スタッフが起きるのは間違いなく2時だ。
2時に起きて会社に向かい機材の準備をする。
3時半には会社を出発する必要がある。
奥さんの起床から弁当作り、仕事までを密着して旦那さんの方も取材しなければいけない。
保育園の迎えからそのご夫婦の就寝を撮影しなければ意味がない。これで深夜となる。
会社に帰ってそれで撮影スタッフは当然バレ(←解散)になる。が、ディレクターはそこから「起こし」作業に入る。「起こし」とは、撮影した撮れ高のインタビュー内容や映像を文字にして書き起こす作業だ。
そんな毎日が放送までずっと続く。
放送前にはデスク会議や打ち合わせ、さらには直前には編集作業や出演者との打ち合わせ。
放送までの2週間か3週間は家になどほとんど帰れない。
ブラックかと言われれば議論の余地なくブラックだが、そんなことを気にしている人間はテレビマンには皆無だ。ハッキリ言ってブラックだのどうの、など外野に言われるのは迷惑なだけである。
テレビマンはみんな「好きでやってる」のであって、人にとやかく言われても知らないし、知ってもらおう、理解してもらおうとも思っていない。
が、分かって欲しいのは例えば「とくダネ!」の場合はディレクターの作品ともいえる特集コーナーを視聴率5%の方が見てくださった場合、およそ600万人の日本人が見てくださっている計算になる。ネットで600万PVってなかなかいかないはずだ。テレビは無責任なネット記事とはリーチ出来る対象の数が違い過ぎる。
みんな死ぬ気で作っているし、それが嫌な奴は辞めればいいだけだ。それがテレビの現場。ネットでコチョコチョと悪口を書いて「このマスゴミが」とか言ってれば満足する連中は多いのかも知れないが、テレビマンたちは本当に命を削って作っていることだけは忘れないでほしい。
じゃあこれが「仕事」なのか?
いや…仕事なのだが、そもそも自分が興味を持ってる分野の特集をしているのだ。家に帰ってもリサーチもしているが、それは会社にいないので仕事にカウントしなくていいのか?
我々のように取材者として何かあったらすぐに現地に飛ばなければいけない人間などは、ずっとプライベートでもスーツを着用しなければいけなかった。これって仕事なのか?プライベートなのか?
現実的なことを言うと、テレビ局に「働き方改革」とか言うのはそもそもナンセンスであり、議論なんて不可能なことであることを理解してほしい。
電通がどうのこうの、と言われているが、最近は電通マンのほとんどは四の五の言われて面倒なので「家に持ち帰って仕事している」。残業代がつかなくなっただけだ。可哀想に。
だって今までだってそこに働かなければいけない仕事があるので、残業していただけなのだから。
それに耐えられない人間がいるのであれば、それは「自分の責任の下に辞めればいい」だけである。電通に入社してるんだろ?絶対に次の就職先はある。コネであろうが実力であろうが。
忘れてはいけない。
先進諸国の人間たちは「自分の責任と考えのもと」で生きなければいけない。
行動の責任は自分に帰属している。
子供のうちは個人差がありすぎるので、教育費は国(=みんな)で負担するのは当然。なので教育費を無償化することなど、そもそも議論の余地なく当たり前。
が、成人したら自己責任だ。
日本は世界的に見てもこれが完全に忘れ去られている国家だ。
全部国のせい。
政府のせい。
安倍さんのせい。
地方自治体のせい。
テレビのせい。
ネットのせい。
マスゴミのせい。
金をくれないのは人のせい。
全部お前の責任だよ。
私が選挙に落選したのも自分の責任。
ネットで脅迫や殺害予告が殺到して番組を降板になったのも、逆にもちろん、フジの一部とケンカした後に復活をして多くの番組に出演でき、1年半でフジの生涯年収の半分を稼ぎ出したのも全部自分の責任の下で行ったことでしかない。
社会は残酷だ。
でもそんな中でみんな生きてる。
「働き方改革」が聞いてあきれる。
そんなもん、自分でやれ。
国がすることじゃないだろ。
会議の時間があまりに無駄が多いのであれば一言言ってみたらどうだ?
「この会議、時間の無駄ではないですか?」
正しければきっと響く。
響かないのであれば、周囲が絶望的バカか…それともあなたの考え方が間違ってるだけかのどちらかだと思う。
コメント
コメント一覧
やりがいある仕事をしているとき、四六時中そのことを考えます。
お茶を飲みながらアイディアをメモし、本を読みながら何かをひらめき…
それは組織人であっても同じこと。
自律的に仕事を選び、こなし、社会に貢献できる「社会人」でありたいです。
理不尽なことがあるなら、戦って是正するか見放せばいい。
家族のために働いて、定時で上がりた人とと
仕事が趣味で、家に帰りたくない人が同じ契約内容を結ぶこと自体がおかしい。
ただ、TVなどのメディア企業がが時代から取り残されつつある事は間違いないと思う。
1番目のコメント、父親二年目さんは自分でやれは間違いだと言ってるが、他力本願すぎ。
私はどこの国の制度がいいとかは思いません。フランスや北欧が成功事例だとしても、日本に当てはまるかといえば大間違い。
ただ、ヨーロッパやアジアでいえば大韓民国の国民性が優れてるから上手く行くのだと感じますね。
(橘玲さんのご本の中で大韓民国は欧米と同じ脳や性格を持ち、日本はマレーシアやフィリピンと同じ特徴だと記載)
私の知人友人でヨーロッパや大韓民国の人たちは、自立してる方たちが多いと思いますね!他力本願じゃないんですよ!
自分の個を大事にしたいなら、他人の個も大事にしないといけませんからね。日本人は自分の個を認めろというくせに、他人の個は認めようとしない人が多いですからね。だからダメなんです。
自分がゆとりある生活したいなら、他人が好きにするのも認めなきゃいけませんから。
日本と日本人がダメなのは、自分勝手だからです。
そうではなくて例えばテレビ局で製作に従事してる人達や週刊誌の記者の人達は目の前に次に日にまわす事ができない仕事があるから遅くまで働いているわけで別に嫌々仕事してるわけでもないわけで。
そんな本人達が好きでやってることにまでとやかく言われたらやってやんねーよ
じゃあ、それを言うなら芸能人も働き方改革のメスがはいるのか?
国の働き方改革だかなんだかは次の日にまわしてもいいようなことなのに無理矢理仕事をさせて遅くまで時間を拘束するその仕事のやり方にメスを入れようとしてるんじゃないのかね?
少なくとも自分にはそう思うのだが。
それと自己責任についてはまさしく長谷川さんの仰る通りだと思う。
やれ国が悪いだの、社会が悪いだの、会社が悪いだのってね、何でもかんでも人のせいにするのは自分もどうかと思う。
それはさておき
国だって、そんなの自分でやれよというのが本音でしょう。
ただ、過労死がセンセーショナルに報道され、社会問題化し、動かざるを得なくなったのでしょう。
レバ刺しの食中毒事件と同じ構図。問題解決で行政が動き、現場では頓珍漢な対応を強制される。
命を懸けて番組作りをするのは誰も止めないんで、こっそりやってほしいのと、あとは過労死とか、鬱病とか出さない(増やさない)ようにやってね、というのが落としどころじゃないでしょうか。喜ぶ人皆無みたいな。
でも昔みたいに、がむしゃら社員が減ったのは事実。働き方を変えるのは良いですが、成果物の品質がどうなるのか、常日頃から懸念してます。
クニがすべきか、ということに対しては、指針を出すこと自体は別にダメじゃないでしょう。
それで会社がマネジメントをちゃんとするようになれば、個人でもセルフマネジメントしやすくなる。
ただ先述のとおり、説得力はないですね。
お前のせい、のくだりは賛同しますが、
序盤の記述はおかしいですよ。
①テレビの仕事は特別、ではない。
私はシステムエンジニアですが、システムのカットオーバー直後の2週間はホテル住まいになって、トラブルや問い合わせの度に出社するため、睡眠時間は平均3時間(まとまってではなく、1時間×3、とか)というのは良くあります。
ただ、ちゃんと残業代は貰えますし、それが365日続く訳ではないので、別にブラックだとは思ってません。
長谷川さんの記述の内容から、テレビの仕事がメリハリがある中での、とある期間の話なのか、それが年中続くのか分かりませんでしたが、後者であれば、単にマネジメントが出来てないだけのバカ会社(バカ社員?バカ業界?)でしかない、と思います。
一つの取材をシェア出来ないから一時的に稼働が上がる、というのは分かります。が、正社員で非定型業務をしている人はそんなのどの仕事も一緒です。
(国会議員に対しても同じことを感じます。定員削減ばかりが言われていますが、むしろ増員して報酬を減らすたら?とか)
だから報道に説得力が無いんです。
②やりたくて(趣味で)その仕事してるんだから…は低俗ブラック企業の定番文句
ですよ。
おっしゃるとおり、任された仕事に対して責任を持ち、目の前の仕事が終わらなかったら稼働を上げて責任を持って対応するのは当たり前です。
ですが、仕事を任せられる以上はその道のプロな訳であり、上がった稼働に対して対価報酬を支払うのは当たり前ですよね。また、成人していようが、その教育に会社が責任を持つのは当たり前です(仕事が遅いからと言って、対価を支払わないのは論外。上司の見積が甘いだけでしょう。)。
違いますか?
いいね。
この記事。
数年前は年に一度も家に帰れないのが当たり前だったのに、今はそれが異常であるかの様に言われるのが窮屈でならんのだ。
風呂も職場で入って、職場の椅子で仮眠とって、年間365日、毎日の実働時間が20時間を越えてた職場は何処へ消えたのか。
またそれが当たり前の世の中になってほしいものです。
そうしないと、経験がね、積めないのですよ。
医療現場じゃそういう経験を積んでこないと、やっぱ残念なプロになっちゃうんだよね。
書いておられることはその通りだと思います。
ただ、たとえば自殺にまで及んでしまう場合
これはたとえるなら病気のような状況なので
健康な立場からいろいろ意見すること自体に意味がありません。
そして自殺するというのは、社会から見たときに、
それまでその人に投資してきたものをすべておじゃんにする
社会的にみてもたいへん勿体ない、避けられるべき損失なのです。
周囲の人たちだけの悲劇ではないのです。
これは何としても減らす努力をすべきですよね。
そういう点で、国がすべき部分もやはりあると思いますよ。
交通事故と一桁違う数の人が亡くなっているのです。
そして安倍さんはよくやってると思います。
さて、それを踏まえたような書き方をすべきです。
すこし、危うさを感じますよ。言葉に。
あなたには頑張ってほしい、慎重にね。
ところで、ぜひ、元旦から話題の、浜ちゃんの
エディー・マーフィーのコスプレについて
コラムをお願いしたいです。
これもまた微妙な部分があります。
でも答えは明らかでしょう。
ぜひうまく?立ち位置を示してほしいです。
繰り返しになりますが、あなたを応援してます。
千葉県民です。笑
政府は制度をいじって経営者や労働者の後押しをしようとしてるだけ。
あくまで働き方改革の主人公は民間です。
また、様々な仕事でキーポイントでは長時間残業してでも仕上げなきゃいけない場面ってあるでしょう。
働き方改革はそこをターゲットにしてないと思うんですよ。
今の硬直化した組織の中で、自分で働き方改革なんて出来る訳がない。
出来るのは、何度も提案して、でも却下されて、の繰り返しだけ。たまには薮蛇になって余計に締め付けられたりね。
私はこれからも提案~却下を繰り返しますけど、政府の後押しがあれば多少は成果が出せるかも知れない。そんな淡い期待を持って眺めています。
日本の場合、高度成長~バブル期の成功体験が大きすぎるんですよ。
没個性の労働者を統制して働かせるスタイル。
そんなのはとっくに時代に合わないんだけど、世代が代わっても怨霊に憑かれたように毒されてる。
バブル以降の世代でも管理職になると何故か守旧的な思考に嵌ってしまう。
率直に言って、政府の後押し程度で一気に改革が進むとは思えない。
でもフットワークの軽い企業が改革を進めた上で業績を伸ばしたら、守旧的経営者も「ウチもやらないと取り残される」ってなるかもしれませんね。
どこか、村本さんに影響を受けている記事のように読めます、
炎上策は、下地の努力があってこそ、
世論に訴える効果が得られます。
しかし失敗した場合の代償もまた大きく、それを知った上で参加をするべきだと思います。
同じ視点があったとしても、
長谷川さんは、村本さんとは違うコースを進んだ方がいいと思います。
その方が、後で彼と良い話し合いができるのではないでしょうか。
誰かのコメントの長谷川さんが恵まれてるってのも長谷川さんが頑張って得た結果ですよね。
※生まれた家柄とかでスタート地点が違うこともモチロンありますが…
けど、今自分が置かれている状況っていうのは今までの自分が積み重ねてきたもので、それを受け入れるっていうのは当たり前だと思うんだけど、そういうのは冷たいって言われる時代なのか。。。
考え方の違いってどうにもならないから、お互い歩み寄れない場合ってどうすれば良いんでしょうね。
やっぱり多数派が正しいってことになるのかなぁ(*_*)
私自身はテレビ業界の中のことは全く体験したことがありません。
完全に外野の立場ですが、だからこそ長谷川さんの話を読んで強く思いました。
「なんという非効率的な職場だろう」
と。
そもそも仕事の進め方がおかしい。
それが率直な感想ですね。
時間的なことについては、それは当然職種柄不定期になることでしょう。
それならなぜそれに対応できる体制を取らないのか?
...と、外から見ればそれ以外の感想など出てきません。
しかし、往々にしてそういう業界は、
「仕事とはこういうもの」
と受け入れ切ってしまっているので、内部から「いや、こうした方が良くない?」といった意見が出てこなくなっているものです。
普通に考えても、仕事の属人性が高すぎます。
その人が倒れでもしたらどうなるのでしょう?
逆に、倒れても大丈夫なのだとしたら、なぜ最初から倒れずに済むような体制になってないのでしょう?
こういうケースにこそ、仕事の進め方を見直す契機として行政が最初の一押しをしてあげるべきなんだろうな、とも思いますね。
テレビマンの人々が全員そう思ってるのかどうかは私には判断つきませんが、傾向としてそういうことはあるのかもしれませんね。
しかし、一方で「迷惑ではない」業界も多数あることも事実でしょう。
そして、そういう業界にとってブラックであることは紛れもなく「行政からも手を打ってもらいたい」テーマでしょうね。何しろ露骨に労働基準法違反ですから。
そして、テレビ界のような業界と、そうではない業界のどちらも満足させるような対応は、極めて難しいであろうことは容易に想像できます。
結果、どちらかに寄せねばならない状況が生じ、最終的には「現実に被害を受けてる」と認識されてる側に寄せることになるのも明らかでしょうね。
その上で、できる限りテレビ界のような業界にも対応しようと努力した結果が、「ホワイトカラー・エグゼンプション」だったのではないかな、と思う次第でした。
密着取材も、「起こし」作業も何人かで分担してシフト勤務すれば一日8時間労働でも対応可能でしょう。
取材者として現地へ飛ぶのも担当を決めてちゃんと業務時間に待機させればいいだけだと思います。
夏の時期、ネクタイなしで軽装でとか若手は言いにくいから民間の上層部で決めればいいわけですけど、公務員は仕方なくても。
むしろ逆に民間主導で総理のネクタイ外させろくらいやればですね。
個人的に私は夏でも軽装しませんが。
朝日新聞の記者が米支局に飛んで大統領含め政権中枢に取材したいと申し込むと「その前にネクタイしめて来い」と言われた。11月だったそうですが。
記者は、なるほどシリコンバレーはラフな服装主体でもホワトハウスやウォール街はキッチリするんだなという話がありますね。
だからホリエモンが球団買収や政界進出を狙った際に、スーツ?ネクタイ?何でですか?何の問題がありますか?とかいうのはシリコンバレーと勘違いしたのかなと。
服装でも残業等でも業種別、さらに個々の職場に暗黙ルールがあって、何でですか?っていう人は、その時点で資質がないのかも。
ただ電通の「まつりさん事件」は長谷川さんの「フジの一部」と同じで「電通の一部」だった可能性が高く、全体論にするとかえって責任の所在が曖昧化してしまう懸念があります。
意外とそういう指摘が少ないのも残念に思いますね。
まだ、好きなことを仕事に出来れば良いが、食べる為に仕事をしている場合はどうなのか?
同じ事を過労死や過労自殺をした家族の前で同じ事を言えるのだろうか?
温野菜のブラックバイトはどうなのだろうか?
企業の求人募集の内容詐欺も自己責任だろうか?
よく聞く話・よく見るのは、給与や内容が違うことはざら。
かわいそうなのは、外国人研修生と言う名の低賃金労働者だ。
電気の配線の仕事が出来ると良いながら、実際は日本人がやりたがらない労働をさせている。
これが現実だ。
これらも、そういうのを見抜けなかった自分たちの自己責任だとも言おうと思えば言える。
でも、それで良いの?
義務を果たさず、権利だけ主張する、口先だけの手を動かさない、自称賢い人間がいるので長谷川さんの言うようなことも分かる。
本当に、全て自己責任だ自立できていないからだと行っても良いのだろうか?
弱者を守るためにある程度の強制的な罰則のある決まりやルールを作らないと、強者が自分勝手な考えで、弱者に対してひどい方向に行くのが今までの事件・事故・歴史で証明されている。
同じ事を、本当に過労死した人の家族の目の前で言えますか?
仕事のために犠牲になった家族の目の前で、本当に言えますか?
両親が学校の先生で、親であることより先生を優先された子供の前でも言えますか?
長谷川さん思わずコメントしちゃいましたが、このブログの流れ、前回の人工透析の時と同じような…
ひとまず気になったのは、
「自己責任」
「そのくらいの仕事やって当然」
と感じたのですが間違ってるでしょうか?
仮にそうだとするならば、働き方改革の重要性はまさにそこがドンピシャだと思うのですが…
えぇとですね、その働き方が異常に辛いのが当然ならばそれは異常ではないのですか?
上記に共通するのは、「自分はやれた!だからやれらいはずはない!」ということだと思うのです。
そして末尾の言葉を、例えば中間管理職の人間が皆言えますか?
私はとても言えません。
働いているのが辛い人は皆が皆、全て自己責任で片付けられたら、あまりにも残酷な言葉だと思うのです。
小室さんの人口ボーナス期とオーナス期の説明には納得したものの、働き方が変わることは一長一短な気がします。
休暇が取りやすい風が吹いたことは事実ですし、残業代が大きく減ったことで、時間あたりの業績は改善しましたが、全体の業績を見ると悪化しています。
何のために働き方改革をするのかで、大きく味が変わりますよね。
社会制度が作り出しているものもあると思うけどなあ。
自己責任と言うのは詭弁に聞こえるけどなあ。
(その他のところは雑多なので斜め読みしました。)
ちなみに、「父親二年目」さんが書かれたとおり、「働き方改革」はプラスもあります。
全部が全部「ダメ~」、維新「マンセ~」ではありません。
そんなこともわからないのですか?
今の日本だと1円も税金払いたくないよね。
離婚した→相手のせい
リストラされた→会社のせい
貧困→社会のせい
結婚できない→国のせい
「全部おまえのせいだろ」って今の日本では言えないんだよね。
支援、援助、施しが当たり前だと思ってる人って、成長の余地が1ミリもないよね。
ただ、電通の問題然り、働き方改革が起こった原因の一つには、「強制された理不尽な量の仕事」とか「上司より早く帰れない悪しき慣習」などもあるはずです。そこに目をつむった長谷川さんの言い分には賛同しかねます。
それも含めたうえで、「自分でやれ」「おかしいと思ったら声を上げろ」などとおっしゃっているのであれば、日本の社会はそこまで成長してないのではないか・・・と個人的に思うものであります。
働き方改革は、残業時間の抑制だけではないはす。
私が勤めてる会社では、
・9-5時は会社で仕事をしなければならないというルールがあり
・上司からの命令で、残業時間をつけられないという暗黙的ルールがあり
・子供のために早退するなんて言い出しづらい文化がありました
しかし、この働き方改革により
・家やサテライトオフィスでも
・9-5時以外の時間でも
仕事として会社が認めてくれるようになりました。
その結果、子供の保育園お迎えなど子供と過ごす時間を確保しつつ、子供が寝てる間に仕事をすることで今まで通りのパフォーマンスを出すことができるようになりました。