「筋トレをはじめて3週間、鏡にうつる僕のカラダは明らかに大きくなっていた」
筋肉の本当の特性は、身体を動かすことに起因するストレスに対して迅速に適応し、将来のストレスに耐えうることができることです。
運動生理学では、この特性について半世紀以上前から認知されており、繰り返しによる運動効果(RBE)と呼ばれています。トレーニングによる筋肥大は、繰り返しのストレスに筋肉が適応した結果であり、さらなるストレスに耐えるための成長なのです。
現代の運動生理学は、筋肥大が生じるメカニズムの解明を進めており、筋肥大は筋肉のもとである筋タンパク質の合成によって生じることがわかっています。
しかしながら、トレーニングによってどのくらいの時間で筋肥大が生じるのか?という時間的な観点からの解明は明らかになっていませでした。
この問いにチャレンジしたのが、サンパウロ大学のDamasらです。Damasらは多くの知見をレビューした結果、こう結論づけています。
「筋トレをしてすぐの筋肥大は、真の筋肥大ではない」
「それはただの浮腫(むくみ)である」
今回は、最近に報告されたDamasらのレビューをもとに、筋トレによる筋肥大の時間的経過について考察していきましょう。
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◆ 筋トレして短期間で筋肉は大きくなる
これまで筋トレによって筋肥大が生じるためには、おおよそ6〜7週はかかるとされていました(Phillips SM, 2000)。しかし、近年では1〜3週間という短期間で筋肥大が生じることが示されています。
2007年、イギリス・マンチェスターメトロポリタン大学のSeynnesらは、筋トレして3週間で筋肥大が生じることを報告しています。
トレーニング経験がある被験者を対象に、35日間のトレーニングによる筋肥大の効果が検証されました。被験者はレッグエクステンションを7RMで4セット、週3回、35日間行いまいした。
大腿四頭筋の筋肥大の効果は、トレーニング開始から10日、20日、35日にMRIを用いて計測され、その結果、トレーニング開始から20日(3週間)で有意な筋肥大が生じることが示されました(Seynnes OR, 2007)。
Fig.1:Seynnes OR, 2007より筆者作成
また2010年、カナダ・サスカチュワン大学のKrentzらは、さらに1〜2週間という短期間でも筋肉が肥大することを報告しています。
筋トレ経験のない被験者を対象に、20日間のトレーニングによる筋肥大の効果が検証されました。被験者はアームカールによる上腕二頭筋の等速性トレーニングを8回6セット行い、これを2日おきに20日間実施しました。
上腕二頭筋の筋肥大は超音波を用いて測定され、トレーニング開始から実験終了までに8回計測されました。その結果、トレーニング開始から8日目に有意な筋肥大を認め、実験終了となる20日目まで筋肥大は維持されることが示されました(Krentz JR, 2010)。
Fig.2:Krentz JR, 2010より筆者作成
これらの報告により、筋トレによる筋肥大はこれまでよりもずっと早く、1〜3週間という短期間で生じることが示唆されたのです。
しかし、この報告に疑問をもつひとりの研究者がいました。それがサンパウロ大学のDamasです。
Damasらは筋肥大が短期間に生じるというこれらの研究結果にある矛盾を感じていました。Krentzらの報告では、トレーニングによる筋肥大だけでなく、筋力も計測しており、筋肥大とは逆に、筋力は減少していたのです。
Fig.3:Krentz JR, 2010より筆者作成
筋肉の大きさと筋力は高い正の相関があります(Fukunaga T, 2001)。筋肉が大きければ、筋力も大きくなるはずです。しかし、Krentzらの結果は短期間で筋肥大が生じたにもかかわらず、筋力は減少していたのです。
「なぜ、筋肥大しているのに筋力は減少するのか?」
Damasらはこの矛盾の解明に取り組み、ひとつの答えを見出しました。
◆ 短期間の筋肥大は真の筋肥大ではない
高負荷トレーニングは、トレーニング中やその後に筋肉の浮腫を誘発します(Fleckenstein JL, 1988)。これはトレーニングによる筋損傷が筋肉細胞の間質液の増加させることによって生じます(Fujikake T, 2009)。
Damasらは、トレーニング後に短期間で筋肥大を示したのは、筋損傷によって生じた浮腫によるものであり、筋力は筋損傷によって減少したという仮説を立て検証を行いました。
トレーニング経験のない男性が被験者として集められました。被験者はレッグプレスとレッグエクステンションをそれぞれ9-12RMで3セット行い、週2回、10週間実施しました。
トレーニング初日、3週、10週で外側広筋の筋断面積を超音波により計測し、あわせて筋力、筋損傷マーカー(ミオグロビン、インターロイキン6)を計測しました。
その結果、トレーニング初日に比べて3週で有意な外側広筋の筋肥大を認め、10週でさらなる筋肥大を示しました。しかし、筋力は初日に比べて3週では有意な差はなく、10週で増強が認められました。
Fig.4:Damas F, 2016より筆者作成
この結果はKrentzらの報告と同様であり、トレーニング開始から3週で筋肥大が生じましたが、筋力の増強は認められなかったのです。
次にDamasらは、超音波を用いて浮腫によって誘発された筋肉の腫れを計測してみると、トレーニング初日と比べて3週、10週で有意な増加を認めました。
Fig.5:Damas F, 2016より筆者作成
さらに実質的な浮腫の程度を計測するために、筋肉全体の大きさで標準化してみると、トレーニング初日に対して3週のみが有意な増大を示しました。
Fig.6:Damas F, 2016より筆者作成
これらの結果はトレーニング開始から3週でもっとも浮腫による筋肉の腫れが大きいことを示しています。つまり、3週で生じた筋肥大は浮腫によって説明できるのです。
そして、浮腫が筋損傷によって生じたことを裏付けるように、筋損傷マーカーであるミオグロビン、インターロイキン6の値もトレーニング初日と比べて3週でもっとも上昇していました。
Fig.7:Damas F, 2016より筆者作成
これら一連の結果はDamasらの目論見どおりであり、トレーニングによって短期間で生じた筋肥大が筋損傷による浮腫であることを裏付けるものだったのです。
Damasらの研究結果が報告されると、運動生理学の界隈で多くの議論が巻き起こりました。
しかし、2017年にはDamasらの報告を肯定する研究結果が示されるようになり(Buckner SL, 2017、Stock MS, 2017)、現在ではトレーニングによる短期的な筋肥大は浮腫である可能性が認められつつあるのです。
さらにDamasらは2017年12月、これまでに報告された筋肥大に関する研究のレビューを発表し、その中でトレーニングによる浮腫と筋肥大の関係について以下のように結論づけています(Damas F, 2017)。
「トレーニング経験がなく、週2回のトレーニングを行った場合、短期間で生じた筋肥大は浮腫によるものであり、真の筋肥大は6週〜10週間で生じる」
Fig.8:Damas F, 2017より筆者作成
最後に、Damasらは僕らにこういいます。
「筋トレをはじめて短期間で身体が大きくなっても、そこで満足をしてはいけない」
「それは浮腫(むくみ)であり、真の筋肥大はそこから始まるのだから」
◆ 読んでおきたい記事
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References
Damas F, et al. Early resistance training-induced increases in muscle cross-sectional area are concomitant with edema-induced muscle swelling. Eur J Appl Physiol. 2016 Jan;116(1):49-56.
Phillips SM. Short-term training: when do repeated bouts of resistance exercise become training? Can J Appl Physiol. 2000 Jun;25(3):185-93.
Seynnes OR, et al. Early skeletal muscle hypertrophy and architectural changes in response to high-intensity resistance training. J Appl Physiol (1985). 2007 Jan;102(1):368-73.
Krentz JR, et al. Neural and morphological changes in response to a 20-day intense eccentric training protocol. Eur J Appl Physiol. 2010 Sep;110(2):333-40.
Fukunaga T, et al. Muscle volume is a major determinant of joint torque in humans. Acta Physiol Scand. 2001 Aug;172(4):249-55.
Fleckenstein JL, et al. Acute effects of exercise on MR imaging of skeletal muscle in normal volunteers. AJR Am J Roentgenol. 1988 Aug;151(2):231-7.
Fujikake T, et al. Changes in B-mode ultrasound echo intensity following injection of bupivacaine hydrochloride to rat hind limb muscles in relation to histologic changes. Ultrasound Med Biol. 2009 Apr;35(4):687-96.
Buckner SL, et al. Differentiating swelling and hypertrophy through indirect assessment of muscle damage in untrained men following repeated bouts of resistance exercise. Eur J Appl Physiol. 2017 Jan;117(1):213-224.
Stock MS, et al. The time course of short-term hypertrophy in the absence of eccentric muscle damage. Eur J Appl Physiol. 2017 May;117(5):989-1004.
Damas F, et al. The development of skeletal muscle hypertrophy through resistance training: the role of muscle damage and muscle protein synthesis. Eur J Appl Physiol. 2017 Dec 27.