1月10日、コロプラが任天堂から白猫プロジェクトの配信差し止めと損害賠償44億円の支払いを求めて提訴されたと発表した。(参照:コロプラ プレスリリース、白猫プロジェクト ニュース)
白猫プロジェクトはコロプラが2014年7月にリリースしたスマートフォン向けのゲームアプリである。サービス開始から3年以上が経過するが、今でも年間200億円近い売り上げを叩き出すコロプラのNo.1アプリだ。
そんなコロプラの収益の柱を「配信停止しろ」というのだから穏やかではない。44億円の損害賠償も大変な負担であるが、配信停止になってしまったら将来の飯の種を失ってしまう。コロプラにとってはまさに生きるか死ぬかだ。
だが私が気になったのは特許訴訟の行方ではない。「えっ。コロプラさん、絶体絶命のはずやろ。何でそんな強気なん?」である。
コロプラは特許侵害を指摘された機能を修正もせず、それどころか他のゲームにも展開して絶賛使用中である。プレスリリースでも「当社のゲームが任天堂の特許権を侵害する事実は一切無いものと確信しており」と自信満々過ぎる。
何でコロプラはそんなに強気な態度を取れるんだろうか?パテントマスターとしてその真意を分析してみた。
白猫プロジェクトの「ぷにコン」がニンテンドーDSの特許に抵触した
任天堂による特許侵害訴訟は裁判資料も開示されておらず、任天堂も公式なアナウンスをしていない。そのため詳細な事実は明らかになっていない。
そこでニュースリリースやメディアの取材記事、任天堂・コロプラの特許公報から今わかっている事実を整理してみた。
<確実にわかっている事実>
・任天堂はコロプラのスマートフォン向けゲームアプリ「白猫プロジェクト」の配信差し止めと損害賠償44億円の支払いを求めている
・任天堂は2016年9月に特許侵害をコロプラに指摘。それから交渉を続けたがコロプラが特許侵害を認めないため、2017年12月22日に東京地裁に提訴
・任天堂は「タッチパネル上でジョイスティックを操作する際の技術の特許」を含む、5件の特許について侵害を主張
・コロプラは「当社のゲームが任天堂の特許権を侵害する事実は一切無いものと確信しており」と、特許侵害は全く無いと主張
以上が確実にわかっている事だ。任天堂とコロプラの主張は真っ向から対立しているが、特許番号もわからないのでどちらに利があるか全くはっきりしない。
しかし、任天堂の特許と白猫プロジェクトのゲーム仕様を調べればある程度の推測はつく。そこで特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)で任天堂の特許を検索してみた。
弁理士・栗原潔さんの記事を参考にさせていただき、私も「タッチパネル」「ジョイスティック」でキーワード検索した。すると199件の特許がヒットする。
これらを読んでみたが、やはり栗原潔さんが推理された特許3734820号がど本命だと思った。これはニンテンドーDSに用いられた技術であるが、画面の中にジョイスティックを登場させ、タッチパネルを用いてそのジョイスティックを操作する発明である。
スマホに置き換えれば、画面のスライドやフリックでゲーム内のオブジェクトを操作するイメージだ。
そして、これがまさに白猫プロジェクトに採用されている「ぷにコン」のベースとなる発明と言って良い。
「ぷにコン」はゲームのコントローラであり、スマホ画面内の「ぷにっとしたもの」をスライド、タップ、フリックで操作する。ジョイスティックと形状は異なるが、機能は特許3734820号と全く同じだ。
任天堂は「ぷにコン」が特許3734820号を侵害したと主張している、でほぼ間違い無いだろう。
「ぷにコン」の仕様を一切変更しないコロプラの強気に違和感
さて、任天堂の特許と「ぷにコン」の詳細が明らかになった所でこの特許訴訟の行方はほぼ見えたと言って良いだろう。
任天堂の特許3734820号は「ぷにコン」の基礎技術を完全に網羅した、大変強力な特許である。コロプラが敗訴し、賠償金44億円(+遅延金)の支払いと白猫プロジェクトの配信停止に追い込まれる可能性が非常に高い。
なのでわからないのは、コロプラの態度である。任天堂から特許侵害を通知されたのが2016年9月であるにも関わらず、1年3ヶ月も「ぷにコン」をそのまま放置している。仕様を変更して特許侵害を逃れようとしていない!
これが本当に不可解だ。特許侵害を最終的に決めるのは裁判所である。当然、任天堂勝訴の判決が出る可能性がある。ましてや最強と噂される任天堂法務部を相手にしているのだ。コロプラが特許侵害はしていないと確信していたとしても、できるだけリスクは避けたいはずだ。
通常このように特許侵害を通知された場合、表面上は「特許侵害していません」と言いつつ、指摘された機能を修正してより確実に特許を回避するものだ。
白猫プロジェクトはウェブで配信しているアプリであり、修正は不可能ではない。普通は最悪の事態を避けるべく、できるだけ早急に「ぷにコン」の仕様を変更するものだ。
しかしコロプラは変更するどころか、「バトルガール ハイスクール」、「ドラゴンプロジェクト」、「激突!! Jリーグぷにコンサッカー」と他のタイトルにまでどんどん「ぷにコン」を採用し続けている。
「ぷにコン」の仕様を変更したら、特許侵害の賠償は変更前までの金銭だけで済む。これからもコロプラの屋台骨を支えるキラーコンテンツの配信停止という最悪の事態は避けられる。
このコロプラの強気の理由はなんなのか?事務機器メーカーで10年以上、多数の特許侵害と向き合ってきた経験から推測してみたい。
実はコロプラは特許に熱心な会社。その真意はどこに?
推測1 本気で特許侵害していないと信じている
もしもこれならば、辻褄は合う。プレスリリースでも「任天堂の特許権を侵害する事実は一切無いものと確信」と主張しているし、矛盾は無い。
しかし、この可能性は非常に低いと考える。
実はコロプラはベンチャー企業としては異例な程に特許に熱心な会社である。2013年に佐竹さんという弁理士の方が入社されており、非常に特許出願を推進している。
特許の数は2013年・0件、2014年・3件、2015年・6件であったが、2016年・78件、2017年・124件とここ2年で飛躍的に伸ばしている。任天堂の2017年の特許件数が137件なので匹敵する勢いである。
2013年に入社した佐竹氏は「武器がなければ、そもそも話し合いのテーブルにすら入れない」「まず、特許を取得しまくるというステージが最初にあって」「ここ数年、どんどん特許を取っています」と述べており、2015年あたりからスマホゲームのシステム、VR技術などの特許をバンバン取っている。
2017年11月には、ついにカプコンとクロスライセンス契約を結ぶまでに至っている。
そこまで特許に熱心であり社内に弁理士がいる会社が、あの特許侵害を問題無いと判断したとは考え難い。
推測2 裁判で負けても仕方ないと考えている
あまり褒められた作戦では無いが、こういう事例は実際にも多い。特許侵害は外部からは簡単にはわからない事が多く、「バレる事は無い」と堂々と特許侵害をしている会社はある。
今回はとっくの昔に任天堂にバレてしまっているが、それでもライセンス契約を結ぶのも裁判で負けるのも同じという考えがある。
任天堂が提訴した賠償額は44億円である。「ぷにコン」のように一部機能の特許ライセンス契約の場合、売上げの5%前後が相場だ。白猫プロジェクトのこれまでの売上げが約1,000億円であるので、裁判で負けたとしても最初からライセンス契約を結んでいた場合の支払いと大差無い。
しかし、任天堂は賠償金44億円に加えて配信停止を求めている。これが致命的だ。
白猫プロジェクトはまだまだ人気であり、2018年も200億円近い売り上げを叩き出すだろう。コロプラの2018年の決算予想は、売上げ500億円、利益51億円である。賠償金を払えば利益が全て吹っ飛ぶし、配信停止ならば売り上げも半減だ。事実、1月11日の株価は225円安でストップ安寸前になり、年初来安値を更新した。
とても「仕方がない」で済まされるレベルの損害ではない。特許侵害訴訟で負けても良いと考えていた可能性も低そうだ。
もしかしたら、任天堂との交渉中は賠償金だけを話していたから「仕方がない」と考えていたが、交渉が決裂した後に配信停止を言い出されたという可能性はありそうだが。
推測3 強力な隠し球を持っている
特許侵害の争いでは、自分たちの製品が相手の特許を侵害していても、全く別の方法で「引き分け」を狙う事ができるのだ。そのための「隠し球」をコロプラが持っている可能性がある。
その1つが、「特許無効化」である。
任天堂の特許3734820号に対して特許無効審判を求めるのだ。実は、特許は一度登録されたらそれで権利が保証される訳ではない。
審査官が特許を審査するとき、すでに存在している似たような技術を見落としている可能性がある。そこで、特許出願前に似たような発明が既に存在している証拠(無効化資料)を掴み、それを特許庁に突きつけるのだ。
成功すると任天堂の特許が最初から無かった事になる。つまり特許侵害も無かった事になるのだ。
もっとも、コロプラが無効化資料を発見できる可能性は低そうだ。
実は、任天堂は2016年に特許3734820号の訂正を申請している。コロプラに特許侵害を通知する前の話だが、もしかしたら何らかの無効化資料を発見し、その対策をしたのかもしれない。流石の任天堂法務部である。
2つ目が、「クロスライセンスの締結」である。
コロプラが任天堂の特許を侵害している事を素直に認めながら、「任天堂もコロプラの特許を侵害していますよね」と逆に訴えるのだ。いわば、捨て身のカウンターパンチだ。
コロプラは近年の大量出願のおかげで312件もの特許を保有している。その中には特許6073432号「タッチパネルで、タッチ位置に応じて弾性オブジェクトを表示する」と言った、「ぷにコン」そのものの特許もある。
これらの特許のどれかを、任天堂のゲームが侵害しているかもしれない。そうなるとコロプラは「任天堂さん。我が社の特許を無料で使用してもOKです。その代わりに任天堂さんの特許も無料で使わせてください」と交渉する事ができる。
コロプラが「ぷにコン」を修正せずに強気で交渉していた理由がクロスライセンス交渉に自信があったからならば、色々と辻褄は合う。
しかしコロプラの真意に関わらず、大敗の可能性は高い
という訳で、コロプラが強気な理由は、
本命(2.0倍) 「クロスライセンスに自信がある」
対抗(4.0倍) 「賠償金は仕方ないと思っている(配信停止は想像外)」
大穴(10倍) 「マジで特許侵害してないと思っている」
といった所ではと推測している。
しかし、何れにしてもコロプラの致命的敗訴の可能性が高いと思う。
特許侵害の交渉中は「312件も特許があるんだ。クロスライセンスを結んでくれるはずだ」とか強気だったのかもしれない。しかし、最終的に任天堂が提訴に踏み切ったという事は「クロスライセンスする価値が無い」と判断したという事だ。
結果として、コロプラは強気の態度が完全に裏目になった。
訴訟で決着を着けることになった現在は「ぷにコン」の仕様を変更しなかった事やライセンス契約を結ばなかった事を後悔しているかも。
強気な態度が浅はかだったと安易には言うまい。敗訴を覚悟で仕様を温存したり、無効化資料を探したり、クロスライセンス交渉をするのも特許侵害におけるセオリーだからだ。ハイリスクだが、成功すればリターンは大きい。
しかし、白猫プロジェクトのように会社の命運を左右する製品にそんなハイリスク・ハイリターンの戦術は失敗だったのかなと思う。
もちろん、まだ裁判資料が出揃っていないの中の話なので、これまでに書いた事は私の憶測でしかない。今後事実が明らかになったら私の推測が当たっていたのか、この特許侵害訴訟の行方はどうなるのか、また解説したい。
参照:ITmedia ビジネスオンライン・1/10、日本経済新聞・1/11、ITmedia ビジネスオンライン・1/11、HUFFPOST・1/10、Wikipedia 白猫プロジェクト、IP Force・株式会社コロプラ、IP Force・任天堂株式会社、コロプラ・ニュースリリース、コロプラ・IR情報、コロプラ・株価