東京都、調査に踏み出す

11買われた記事

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シリーズ「買われた記事」

  1. 011 東京都、調査に踏み出す
  2. 010 広告面指定
  3. 09 報酬を得た「記事」に医薬品名、「時間差」で広告
  4. 08 共同通信、「対価を伴う一般記事を廃止」
  5. 07 医学論文にも利用されていた
  6. 06 電通の「見直し」と消えた組織
  1. 05 20年前には始まっていた
  2. 04 共同通信からの「おわび」
  3. 03 命にかかわる記事は載りやすい
  4. 02 「国の看板」でビジネス
  5. 01 電通グループからの「成功報酬」

記事とは記者が客観的な立場で取材をして書くものだ。スポンサーがカネを払って載せる広告とは違う。

命にかかわる薬の記事をめぐってカネが動いていた。

記事がカネで買われていたことにならないのだろうか。

人の命をどう考えるのかーー。広告とは、PRの仕事とは何か。そして、ジャーナリズムとは。

このシリーズを通じ、患者やその家族の皆さんと一緒にこの問いを考えていきたい。

「買われた記事」シリーズの第9回「報酬を得た『記事』に医薬品名、『時間差』で広告」で私たちは、新聞の糖尿病特集に、特定の製薬会社の医薬品名が載り、それに製薬会社からのカネが動いていた実態を暴いた。

それには大手広告代理店・電通が関与していた。

電通の顧客である製薬会社MSDがカネを出し、報道機関・共同通信(一般社団法人共同通信社)の子会社である株式会社共同通信(KK共同)が作った2009年と2010年の糖尿病特集の記事を、地方紙が掲載した。地方紙には数日後にMSDの広告が掲載された。

第10回「広告面指定」では、掲載に至る経緯を暴いた。西日本新聞社の内部記録に、糖尿病特集が掲載される紙面は「広告面」と指定されていた。つまり、記事は広告扱いだったのだ。にもかかわらず、紙面に「広告」の表示は見当たらなかった。

しかも、紙面には当時九州大学の教授だった医師の談話が載っていた。医師はワセダクロニクルの取材に対して、MSDの九州大担当者からインタビューの依頼を受けたと証言している。

この西日本新聞社のケースでは、以下の点が明らかになった。

  • 1)製薬会社のカネが絡んでいる
  • 2)医師はインタビュー依頼を、記者ではなく、製薬会社の担当者から受けた
  • 3)新聞社の内部記録では、特集記事が掲載される紙面は「広告」に指定されていた
  • 4)実際の紙面は「広告」の表示がなかった

私たちは一つの疑問を持った。

医師の処方箋が必要な医薬品は、一般読者への広告が規制されている。記事のような体裁をとっていたのはその規制から逃れようとしたのではないか、と。

薬の効能についての新聞記事に、もし製薬会社からのカネが絡んでいたら。

読者のみなさんはそれを「記事」だと考えますか?

私たちはこのシリーズで一貫して患者やその家族の皆さんにその問いを投げかけている。

行政、動く

私たちの一連の報道を受けて、まず動いたのは福岡市だった。西日本新聞社の本社は福岡市にある。福岡市はすでに、掲載に至る過程の調査を進めている。

だが西日本新聞は、KK共同から配信を受けたカネ絡みの糖尿病特集を掲載した多くの地方紙のうちの一つに過ぎない。このケースでの主要なプレーヤーは、製薬会社のMSD、広告代理店の電通、記事を制作・配信する共同通信グループの三者だ。いずれも本社は東京にある。管轄するのは東京都だ。その東京都はシリーズ「買われた記事」で指摘された問題に対してどのように対応するのだろうか。

私たちは2017年12月4日午後、東京・新宿の東京都庁の21階に、健康安全部薬務課を訪ねた。仕切られたブースに通される。薬事監視担当の河野安昭課長と渡辺大介統括課長代理が対応した。

医師の処方箋が必要な医薬品は、厚生労働省の通知で一般消費者への広告が禁止されている。私たちはその点を尋ねた。河野課長が答えた。

「記事の形をとっているから例外かというと、昔はそうだったかもしれないが、今はそういう解釈をしていません」

それが東京都としての考え方の基本だという。新聞の糖尿病特集に「広告」の表示がなく、報道記事の体裁をとっていたとしても、それが広告かどうかを判断する上では関係ない、ということだ。

さらに河野課長は続ける。

「患者さんがパッと見た時に、(この記事は)メーカーがいってるんではなく、ジャーナリズムの方もいっているんで、(書かれている内容は)間違いないだろうという誤解を与えるような、そんなやり方だったらいかがなもんですかということになる」 [注1]

「一般の方が誤解するようなら、それはやめましょうという考え方で指導しています」

では紙面を外形的に判断しないのなら、どうやって広告か記事かを区別するのだろう。

河野課長「カネの流れがどうなっているかで判断します」

渡辺補佐「MSDから電通にどういう指示が出ているかということを調べないといけない」

広告であるかどうかの定義は次の3点だ。

  • 1)顧客を誘引する意図が明確であること
  • 2)特定の商品名が明らかにされていること
  • 3)一般人が認知できる状態であること

このうち2と3に関しては、当該の特集記事は明らかに要件を満たしている。糖尿病治療薬ジャヌビアという商品名が不特定多数の読者に届く新聞に載っているからだ。

規制に抵触しているかどうかのポイントは1の「顧客を誘引する意図が明確であること」だ。そこを判断するために、河野課長と渡辺補佐は「カネの動き」と「MSDから電通への指示」を調べるといっているのだ。都としては、まずは製薬会社のMSDから調査し、電通と共同通信側へと広げる方針だという。

「普段は末端から上に上がって行きますが、今回の場合は話が大きいので上から行かないとダメ。上が分かれば下まで行きます。上が分かって下はやらないということはありません」

取材中、河野課長は「患者本位」という言葉を強調した。たとえ広告だとはっきり認定できなかったとしても、製薬会社や新聞・テレビの業界団体に指導をしていくという。

「私どもとしては、はい分かりました、広告じゃないんですね、失礼しましたと帰ってくるかというと、そうではないですね。最終的に消費者の方がどう捉えるかなんで」

はっきりしているカネの流れ

東京都によると、カネの流れが広告かどうかを判断する重要な要素になるという。しかしそれは、これまで私たちが報じてきたことで明らかだ。整理してみよう。

まずは、私たちが入手した電通グループの内部資料からーー。

製薬会社のMSDをクライアントとし、2009年11月と2010年11月に経理処理されている。そこには、いずれも電通パブリックリレーションズ(電通PR)から、電通PRの親会社である電通への支払い金額が記載されている。2009年の経理処理の件名に製品名のジャヌビアを示す「JV」を意味する「JV共同通信企画特集掲載」が記載され、2010年の件名には「共同通信企画」と明記されている。

制作費用に関して2009年は450万円、2010年は570万円が計上されている。2010年は570万円の支払い内容が「共同通信配信料金・取材費用」などと具体的に書かれている。これだけではない。その内部資料には「7段モノクロ広告」が2009年には6紙、2010年には17紙に載ったことが記載されている。かかった料金も記されている。2009年が1392万円、2010年が2649万円だ。

次に、電通から共同通信側にカネが渡ったかどうかーー。

これは共同通信自身がすでにそう認めている。

共同通信労働組合の機関紙「共同労組ニュース」(No. 166、2017年2月9日)には、ワセダクロニクルが共同通信側に質問した事項について会社側が労組に説明した内容が書かれている。糖尿病特集でKK共同が電通から受け取った報酬額も具体的に開示したと記している。

「金額が明らかになると、企画特集を掲載してきた加盟社との信頼関係が損なわれ、『KKの経営に重大な影響を与える可能性がある』と社は説明」

さらに、その特集に製薬会社が関与していたかどうかという問題。

西日本新聞の事例では、井口登與志氏が談話を寄せた。糖尿病の専門家で、当時九州大学医学部教授だった。ジャヌビアを販売しているMSDの担当者からインタビューを頼まれた、と証言している。

ーー朝、新聞を広げる。糖尿病の薬の記事が特集されている。へえ、そんないい薬があるのか。次に病院に行ったとき先生に処方してもらおう……。読者の目を引いたそんな記事の背後で、カネが動いていたのである。読者は知らされないままできた。

MSDから電通への指示については、双方の担当者に加え、紙面を制作したKK共同の担当者から聴取すれば明らかになる。

写真 写真

共同通信労働組合の機関紙「共同労組ニュース」(No. 166、2017年2月9日)には、糖尿病の企画特集で金銭のやりとりがあったことが記載されている。加盟社との信頼関係を理由に金額は伏せられている

医師をオーストラリア旅行に招待、「不当な金銭提供」

MSDの糖尿病治療薬ジャヌビアの商品名を記載した糖尿病特集が地方紙に掲載された2009~2010年の時期、糖尿病治療薬マーケットは年間5000億円規模だった [注2] 。製薬会社の間で激しい販売競争があり、製薬関係者によると「レッドオーシャン」といわれていた。激しい競争で血が流れて赤く染まるほどの海域、という意味だという。

MSDはジャヌビアの営業活動で、製薬業界の自主規制団体「医療用医薬品製造販売業公正取引協議会」(公取協)から「厳重警告」を受けていた。公取協とは、消費者庁長官と公正取引委員会から認定を受け、営業活動の不正を防ぐために作られた組織だ [注3]

私たちは、その公取協の警告文書を入手した。日付は2011年5月20日になっている。表題は「MSD株式会社の公正競争規約違反について」。以下が概要だ。

  • 1)MSDはジャヌビアの使用実績が多いオーストラリアの研究・臨床施設で会議を開催し公務員を含む日本の医師を派遣した。
    ・第1回 2009年10月24日(土)~26日(月) 日本人医師16人参加
    ・第2回 2010年8月28日(土)~30日(月) 日本人医師16人参加
    ・第3回 2010年10月9日(土)~11日(月) 日本人医師16人参加

  • 2)会合の内容は毎回ほぼ同様。第2回はオーストラリアの研究者による発表と団長である日本人医師の発表などが行われたが、団長以外の日本人医師は最長で約14分発言しただけだった。

  • 3)MSDは、団長以外の日本人医師に対して、謝金5万円(税抜き)を支払うとともに、旅費や宿泊費など一人当たり計約65万円を負担した――。

公取協はこう結論している。

「参加した一般医師の会議での発表時間は短いものであり、また、帰国後の執筆・講演等の要請も具体的に特定されておらず、会議の議事録も作成されていないところから見ると、本件謝金の支払い及び旅費等の負担は、規約で認められている海外で開催される自社製品関係の調査研究に関する会合に派遣する際の報酬及び費用には該当せず、不当な金銭提供及び旅行招待であるといえる」

オーストラリアへの旅行に参加した医師の中には、公務員が含まれていたとある。公取協の文書で参加した医師について触れられている箇所に「若手糖尿病専門医(公務員、みなし公務員を含む)」と記載されている。官公庁の医師職員か、国公立病院の医師ということだろう。

当時、MSDのトニー・アルバレズ社長は記者会見し、「昨年(2010年)8月にも類似の案件で公取協から警告措置を受けていたにもかかわらず、社内の点検が不十分であり、結果として同様の規約違反行為が繰り返されていたことに重大な責任を感じ、深く反省しております」と [注4] 謝罪した [注5]

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ミクスOnlineのウェブページの一部。出典:ミクスOnlineのウェブページ(2017年12月19日取得、https://www.mixonline.jp/Article/tabid/55/artid/40790/Default.aspx)

巨大資本を持つ製薬会社の競争にメディアや医師までもがのみ込まれる時、行政は患者を守る「砦」となり得るのか。これからも行政の対応を明らかにしていく。

=つづく

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