温泉へ行くことが趣味だ。 いや、趣味というかもはや生きがいで、24歳現在400湯ほど巡ってきた。でも、日本の温泉地の数は3,084件、温泉施設の数は20,972件。全件を制覇できる兆しはまったくない。
そもそもこの趣味は、2万ある全国の温泉を制覇したくて始めたわけじゃない。映画が趣味な人が「世の中のすべての映画を見たい」わけでも、読書が趣味な人が「世の中のすべての本を読みたい」わけでもないのと同じ。SFが好きであればSFを、ミステリーが好きであればミステリーを漁るように、温泉にもハマるカテゴリーがある。
「沼」というインターネットスラングをご存知だろうか。
主にオタク界隈で使われるインターネットスラングで、「あるジャンルにハマって抜け出せなくなる様子」を指す。たとえば、一眼レフのカメラレンズを買い続けてしまう「レンズ沼」はよく言われる表現だ。
「大好きなものを沼と表現するなんて!」と主張する人もいるかもしれない。でも私は、この表現はとても愛にあふれていると思う。お金も時間もものすごい費やしてハマっちゃったことへの背徳感というか。そういう没頭の素晴らしさが出ている気がする。
温泉は沼だ。広くて深くて、楽しみ方は無限大。本記事では、そんな温泉のハマるポイントを書いていく。「温泉は好きだけど趣味とまでは言いにくい」と考えている人がもしいたら、この記事でちょっとハマり方を覚えてもらえると最高にうれしい。
はじめに:「源泉かけ流し」は、沼に足を踏み入れるための長靴みたいなもの
ある程度の数の温泉へ行くと、「源泉かけ流し」のありがたさと素晴らしさに気づく。におい、色、浴感、湯上がりはもう至高、かけ流しでないそれとは全く比べられない体験だ。これまで入ってきた温泉はなんだったんだとやや憤りもする。
もちろん源泉かけ流しが全てじゃない。かけ流しでなくても興奮する温泉はある(絶景露天とか、超広い湯船とか)。だけど、温泉探求を続けていると自然「源泉かけ流しはデフォルト」という感じになってくる。
かけ流しなのはわかった、じゃあ一体どんな源泉かかけ流されているんだ、と。かけ流しを前提に話がしたいのだ。
まずは「足元湧出」の素晴らしさについて
この世には源泉かけ流しというか、湧き上がりからの溢れ出し、みたいな温泉がある。「足元湧出」は、文字そのまま湯船の底(=足元)から温泉が湧いている(=湧出)という意味。以前、いい温泉とは「温泉の鮮度が良い」「源泉に近い状態である」と書いたが、個人的に足元湧出は最もいい状態の温泉だと思う。
足元湧出の温泉は、無色透明であることが多い(火山性の白濁湯は源泉が熱すぎたりする)。無色透明の温泉にまだ感動したことがない方はぜひ足元湧出をおすすめしたい。全くもって感触もにおいも別物。湯底からぷくりと湧く生まれたての源泉、たまらないんだ本当に。何より「今ここで湧いた湯を頂く」感動ったらない。パワーとありがたさを感じること必至。
足元湧出の主な温泉
温度調節もありがたいけど、できれば生のまま浸からせてくれ
あっっっつい源泉にザバーッて入ってビリビリビリビリッッてなるのも最高だし、ぬるい源泉に何時間も浸かっているのも天国。20℃以下の冷たい源泉でパリッパリになるのもマジでヤバい。生のままの温度に浸かるのはめちゃくちゃにワンダフルな体験だと思う。
もちろん60℃とか100℃近い源泉もあるので、温度調節をしてもらえるのはすごくありがたい(温泉の管をわざと長くしてゆっくり外気で冷ましてる、とか見るとありがたすぎて涙が出てくる)。
アミューズメント的な入浴法はとてつもなく楽しい
浸かるだけじゃない入浴法があると、温泉はたちまちアミューズメント化する。
たとえば、決まった手順で高温の温泉に浸かる草津温泉の「時間湯」。参拝→湯もみ→かぶり湯→入浴…と体験できる。
指宿温泉や別府温泉などの砂蒸しや、秋田県・後生掛温泉の箱蒸しも面白い。温泉ミストサウナは気持ちよすぎるし、蒸せるほど源泉温度が高いのにも萌える。
各地にある「立ち湯」ができる湯船もめちゃくちゃテンション上がる。黒川温泉・いこい旅館とか。岩手県・鉛温泉にも早くいかねばと思っている。
青森県・古遠部温泉の「トド寝(=ざっくり言うと天然の寝湯)」は人生で1回は体験したい極楽だ。
腰まで浸かるだけが温泉じゃない、癒やしだけが温泉じゃない。もっとエンターテイメントな感じでもいいと思う。
公衆浴場・公共浴場に湧く名湯、完全に尊い
各温泉地で元湯(総湯・大湯)と呼ばれるケースが多く、地元住民に愛される「公衆浴場・公共浴場」は趣きがあってすごくいい。
ロッカーに積み上げられた地元客のお風呂セット、水垢がついた鏡、使い古されたプラスチックの桶、タイルのはげた湯場。それらが醸す生活感にキュンキュンするし、温泉が特別なんかじゃない日常のワンシーンに感動する。露天風呂はないことがほとんどだけど、そこでの湯浴みの贅沢さったらない。
公衆浴場・公共浴場は、地元客の「普段使い」にお邪魔するもの。観光客はそっと湯をいただいていることを忘れないようにすべし。
変な色の温泉に萌え始める
なにも温泉の色は白濁だけじゃない。
たとえばみそ汁のように濁った茶色は鉄泉の場合もあるし、炭酸水素塩泉の場合もある。黒湯や薄茶の湯はモール泉といって植物系のさっぱりつるつる、青白い湯はメタけい酸が豊富な温泉だ。硫黄のにおいがする鮮やかなグリーンの湯なんてうっとりしてしまう。
やっぱり色湯はテンションが上がるし、浴感も個性的なものが多い。色湯を目的にするのは温泉めぐりの醍醐味だし、王道だと思う。体験した色湯が増える度に「うおお…この色はこんな感じなんですね…」ってなる。目で見てももちろん美しい。大好き。
温泉成分でトロットロに溶けた床や湯船を拝みだす
成分の濃い炭酸水素塩泉や硫黄泉はしばしば床や蛇口や壁や天井を変色させる。火事が起きたような焦げた黒、トロットロにとろけた茶、一見藻でも生えているような緑、湯船の輪郭をぼやけさせる白。どれもこれも新鮮で劇的な温泉の仕業だと思うと感動が止まらないのだ。
うわーーーこの温泉くさい、めっちゃくさい(褒めてる)
鉄臭や硫黄臭はもちろん最高だけど、アブラっぽいにおいとか芒硝泉らしいにおいに出会えるともう気分は上ッッッッ々。においよ個性的であってくれ。くさいは褒め言葉である。
そして「野湯(のゆ)」の世界へ
野湯は「商業的に管理されていない温泉」の意。多くは地元の方が掃除などのケアをしてくれているものの、番台がなかったり、脱衣所がなかったり、混浴だったりと女性にとってハードルがものすごく高い温泉だ。
その分野湯は解放感に溢れ景観は最高、状態のいい温泉がとうとうと注がれていることもままある。海が目の前だったり、紅葉絶景を間近で見られたり、野湯を眺めていると女じゃなかったらな~~と思うことばかり。もちろん女性で好む方もおられる。
有名なので初心者でも入りやすそうな野湯
「歩いてしかいけない温泉」、ロマンすぎるわ
温泉好きな人の中には「辿り着くことの困難さ」にグッとくる方もいる。私は体験したことがないのだけど、この世には数時間歩いた先でしか到達できない温泉がいくつもあるらしい。たとえば新潟県・赤湯温泉 山口館とか、大分県・法華院温泉とか。そのわざわざ感が冒険心をくすぐるとのこと。体を動かすことが好きな方にはおすすめ。
「島温泉」に1カ月ぐらい浸かりたい
「わざわざ感」の方向性を変えると、島の温泉にグッときたりする。島旅の延長線上にある島の温泉たちは、どれもダイナミックで、特別感があると思う。そういえば旅の手帖MOOK「一度は入りたい秘湯・古湯100選」でも、巻頭は硫黄島・東温泉だった。東京から行ける島の温泉といえば、式根島・地鉈(じなた)温泉もよく挙げられる。
「別府八湯温泉道」のために別府移住を真剣に考える
温泉好きが集まると、だいたいひとりはこの沼にハマっている。「別府八湯温泉道」とはつまり、別府温泉でのスタンプラリーのこと。国内屈指の温泉地・別府にはとてつもない量の温泉施設があるので、正直ここだけに通っていても全然飽きないのだ。
別府八湯温泉道では、指定された144湯のうち88湯をめぐると「温泉道名人」に認定され、その88湯を11巡すると晴れて「永世名人」になれるのだ。最高峰は88湯の88巡で「泉聖」。とてつもない道のりだし、ちょっとヤバいと思う。でも別府に住んだらやる絶対。むしろやりたくて別府住みたいわ。
さらに「温泉宿」にこだわり出すとヤバい
温泉が好き=温泉宿が好き、であることも少なくないはず。しかしこれまで書いたような温泉自体のハマり方に加えて、「温泉宿」の沼に足を踏み入れると大変なことになってしまう。露付とかジビエとかはもちろんだけど、そう、たとえばこんな沼。
いやはや建築愛が止まらない
重要文化財指定の宿、隈研吾氏や安藤忠雄氏がデザインした旅館、星のやの美しい湯場、美術館や寺社仏閣に湧く温泉……。温泉は建築物のひとつなので、デザイン目当てにめぐるのも最高の体験だ。時間をかけてゆっくりと深みを出した木造の湯場なんて誰が見てもうっとりする。
建築美でピックアップされがちな有名宿
湯治したいけどマジで有給足りない
昔からある自炊宿の湯治で1週間ぐらい沈没したいし、箱根温泉の「養生館 はるのひかり」のようなおしゃれな現代湯治の宿にも興味が湧いてくる。何日有給とればいいのだろうと考え始めると、冷静に全然足りないことに気づく。仕事するにしても電波まで足りない。
「オーベルジュ」の沼に足を踏み入れそう
いわゆる旅館メシである懐石料理も幸せな気分になるが、温泉に加えて宿の食にこだわり出すと、この沼の深さにもれなく絶望する。
オーベルジュとは「宿泊できるレストラン」の意。たとえば静岡県・ザ・ひらまつ ホテルズ&リゾーツ 熱海はよく取り上げられる旅館だ。
新潟県・里山十帖とか、山形県・瀧波のような、いわゆる雑誌・自遊人にあるような楽しみ方を知ってしまうと、元に戻れなさそうな気がする。
旅館メシの概念を覆すさまざまな情報を見ていると、旅館選びに本当に迷う。
温泉沼へようこそ
ここに書いたのはまだ一例。「飲泉」とか「海外の温泉」とか手を広げだしたらきりがない。もちろん絶景露天ハンターだという人もいるだろう。
2万も温泉施設があるからこそ、それぞれに特徴があって、ハマるカテゴリーがあるのだと思う。温泉を趣味にした世界へようこそ。本当にお金と時間がかかる面倒な沼だけど、最高なのでぜひ。