津川友介氏

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 2017年に世界で最も反響の大きかった学術論文ランキングの第3位に日本人医師の研究が入った。

 全米の急性期病院で働く女性医師の診察・治療の質の高さを、患者の死亡率や再入院率の低さから証明した内容。執筆したのは米カリフォルニア大ロサンゼルス校助教の医師、津川友介氏。2016年12月の発表時は米ハーバード大の研究員で、米倉涼子さん演じる女医が活躍する人気ドラマ「ドクターX」のセリフになぞらえ、「失敗しないので」と新聞の見出しで紹介された。働く女性を勇気づける論文として、新聞やテレビに加えて、フェイスブックなどのSNS(会員制交流サイト)でも拡散されし、多くの人に読まれたようだ。

オバマ氏の論文も

 ランキングを作成した英オルトメトリック社は、新聞などのメディアやインターネット上のブログ、SNSでの反響の大きさを独自の指標で集計し、毎年100位までを発表している。2016年のランキングの第1位には、当時のオバマ米大統領が書いた医療保険制度改革(オバマケア)に関する論文が輝いている。

 2017年のランキングは昨年12月12日に発表された。1位は5876ポイントを獲得した脂質や炭水化物の摂取と心臓血管系の病気の関係を分析した論文、2位は5060ポイントを集めた博士課程在籍中の大学院生の研究環境と精神疾患の関係を分析した論文で、いずれも外国人の執筆によるものだった。

世界3位の論文とは

 4715ポイントを獲得した津川氏の論文は、2011~2014年に全米の急性期病院に入院した65歳以上の高齢者約130万人分のデータを解析した統計研究で、米内科医学専門誌「JAMA Internal Medicine」に掲載された。女性医師が診察・治療した患者が入院から30日以内に死亡した確率は11・1%、退院から30日以内に再入院する確率は15%で、いずれも男性医師の患者より低く、その差は「30日死亡率」で0・4%、「30日再入院率」で0・6%だった。

 津川氏は、東北大医学部を卒業後、聖路加国際病院や世界銀行で医師として働いたのち、ハーバード大公衆衛生大学院で博士号(PhD)を取得した新進気鋭の医療政策学者。世界3位に輝いた女性医師に関する論文の他にも、外国人医師や若手医師の診察・治療の質の高さを示す統計研究を相次いで発表。世の中にありがちな先入観や思い込みを客観的なデータで覆す論文が全米で注目を集めている。

 昨年2月、米有力紙ウォールストリートジャーナルが速報したのが、津川氏が筆頭執筆者に名を連ねた米国で働く医師の25%を占める外国人医師の診療の質の高さを示した論文だった。トランプ大統領が就任直後に執行した中東・アフリカのイスラム圏7カ国からの入国一時禁止措置が物議を醸す中、ウォールストリートジャーナルは津川氏の論文を根拠に外国人医師の入国まで阻む措置が「医療崩壊を招きかねない」と警鐘を鳴らした。

 津川氏によると、反響の大きな論文を生み出す“秘訣”は、「社会を良くする研究」を基準にしたテーマ設定にある。東北大を卒業後、「患者さんを診ることが自分の天職だと思って働いていた」が、日々忙しく働くうちに「人手不足で医師や看護師が疲弊してしまう医療現場に対する疑問」が頭を離れなくなった。こうした思いが、渡米して学者の道に進む動機となり、今でも研究テーマを選ぶときの背景になっているという。

医療政策学はどんな学問?

 専門の医療政策学は、データを解析して医療政策の立案に必要な科学的な根拠(エビデンス)を提供する学問だ。エビデンスを政治家や官僚などの政策決定者に提供することで、限りある財源を有効活用し、目標を確実に達成できるような医療政策や医療制度の構築に役立ててもらうことを目指している。

 こうした科学的な根拠に基づく政策立案は英語「Evidence Based Policy Making」の頭文字を採って「EBPM」と呼ばれ、政策決定者の思い込みかもしれない主観的な判断や、政策決定過程に関与する人たちの利益誘導による悪影響を排除することを目指し、まず1990年代の米国で臨床医学、教育や、開発などの分野で普及していった。

 その後、1997年には貧困削減政策を始めたメキシコが「政権によって教育への取り組みが変わるのはよくない」とEBPMによる教育政策を導入。2001年には財政難を抱える米国で、当時のブッシュ大統領が施策に科学的な根拠がなければ教育予算をつけないと表明した。今では、データ解析から根拠を作るまでの作業の多くは研究者が担い、政策立案は行政が行うという役割分担が世界的な潮流となっている。

 日本でも、文部科学省が小学6年生と中学3年生を対象に実施した「全国学力・学習状況調査」(全国学力テスト)の集計データの研究利用を今年度から解禁、研究成果を教育施策に反映させようとしている。ほかの省庁でも、内閣府が「EBPM推進委員会」の初会合を昨年8月に開催、総務省や財務省などでも導入に向けた機運が高まっている。

 津川氏は「今後は日本の増加する社会保障費の問題解決にも取り組みたい」と次の研究目標に向かって走り出している。