モモンガ様ひとり旅《完結》   作:日々あとむ
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天国はこちらになります( *´∀`)     (^o^ )……

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思想/対立

 

 リ・エスティーゼ王国はアゼルリシア山脈の西側を支配する、人間種の大国である。
 封建国家であり、政治は王と貴族の会議で行われていたが――現在は、王派閥と貴族派閥に分かれて対立しており、どちらもが互いの足を引っ張って、スレイン法国やバハルス帝国のように統治は上手くいっていない。
 更に、年に一度帝国が畑の実りの時期に戦争を仕掛け、徐々に国力を削られていっていた。
 だが、その現状を真に理解している貴族達は少ない。

 ……大貴族の一人は裏切り、帝国や法国に金銭を要求する代わりに内部の情報を流している。他の貴族達は王派閥と貴族派閥に分かれて、よりどちらが権力を握るか、美味しい蜜を吸えるかと権力闘争に明け暮れている。後継者として名を挙げられる二人の王子は、王の後継を狙って互いに足を引っ張り合う。
 そして、その隙を縫うように、徐々に内部崩壊させるように帝国が毎年国力を削ってくる。

 破綻は見えていた。王国の現状はほぼ詰んでいる。もはや、どうしようもないほどに。
 しかしそれでも――彼らは互いの身を喰らい合う事を止めないのだ。

 それこそが、まさに人間の欲望。法国が絶望と軽蔑を宿して自分達を見ている事に、彼らは全く気づいていない。

 人間の住まう土地など、ほんの一部だ。亜人種も、異形種も、その気になれば人の世界など容易く崩壊させるだろう。
 竜王国が、ビーストマンの侵略を受けて民衆がただの食事になっているように。
 かつて八欲王達と戦争をして、結局生き残った竜の王達がいるように。

 人間は弱い。だから協力して生き残らなければならない。同じ種族同士で争い合う暇など、自分達には全く無いのだ。

 それでも――――人間は争いを続けている。互いの足を引っ張っている。
 王国は、今もその先に見える破滅に気づかずに、互いを喰い合っていた。







「――それで、村のことだけれど……ねぇ、ラキュース。本当にイビルアイ以上の魔法詠唱者(マジック・キャスター)に遭遇したの?」

 自らの仕える主人――王女ラナーの言葉に、クライムは表情を更に引き締めた。

 ここは王女の私室とも言うべき場所であり、現在『蒼の薔薇』のリーダーであり貴族のラキュースと、仲間のティナが訪れていた。彼女達は先日、王国の裏社会を牛耳る『八本指』の麻薬部門……その麻薬の原料である植物を育てている三つの村を壊滅させるために、ラナーに頼まれ秘密裏に動いていたのだ。そしてそこから指令書らしきものが見つかったので、それを含めて話し合っていたのだが……ラナーは最後に、そう不安そうに訊ねた。

 クライムには、ラナーが不安になる気持ちも分かった。自分だって不安になる。あのアダマンタイト級冒険者のイビルアイより強い魔法詠唱者(マジック・キャスター)の登場に。

 その魔法詠唱者(マジック・キャスター)はどうやら通りすがりだと言っていたらしく、実際通りすがりなのだろうと思われている。何故なら、イビルアイに対して敵意を持っておらず、むしろ自分達の代わりに村の畑を焼いてもらった節さえあったからだ。焼き損ねた村を焼こうと再び訪れた時、彼女達が見たのは、ほとんど壊滅状態の村と、怯える村人達だったと言う。

 そして、その生き残っていた村人達は言ったのだ。何もせずとも火が点き、周囲は一瞬で炎に包まれていたと。そして自分達はいつの間にか、こうして村の外れに投げ出されていたのだと。

 ラキュースはその時の事を思い出したのか、苦々しそうに語った。

「ええ。魔法って言うのは実力差があれば無効化されることがあるらしいの。イビルアイははっきり言って、下級冒険者に属する魔法詠唱者(マジック・キャスター)程度の魔法なら無効化出来るわ。でも、そのイビルアイの魔法を無効化したってことは、その魔法詠唱者(マジック・キャスター)はイビルアイとそれだけ実力が離れているっていうことね」

「イビルアイ、名前聞き忘れてた。後で探したけど見つからない」

「そう……『六腕』の“不死王”――のはずがないわね。村を焼く理由が無いし」

「ええ。だから正体不明ね」

 ラキュースの言葉に、ラナーは考え込む。その姿は、まるで何か知っている事があるような素振りだった。
 当然、気になったラキュースがラナーに訊ねる。

「ラナー、何か知っているの?」

 それはどんな些細な事でも教えて欲しい、という懇願だ。アダマンタイト級の魔法詠唱者(マジック・キャスター)よりも強い魔法詠唱者(マジック・キャスター)だという時点で、その仮面の魔法詠唱者(マジック・キャスター)は危険人物だろう。
 ラナーはその言葉に少し苦笑気味に答えた。

「もしかして……といったところだわ。それほどの魔法の使い手は、そう何人もいないでしょうし……一応聞くけれど、帝国のパラダインじゃないのよね?」

「ええ。それだけは無いと思うけど……」

「だったら、その人はたぶん戦士長様がおっしゃっていた魔法詠唱者(マジック・キャスター)だと思います。特徴も一致していますから」

「え?」

 クライムも初耳だ。ラナー曰く、貴族達が話をもみ消し、ガゼフも自分から語る事ではないという事で出回っていないのだと言う。

 ……少し前、王直轄領であるエ・ランテル近郊の開拓村が何者かに焼き討ちされていたのは、王城では有名な話だ。その際に出撃するよう命じられたのが、ガゼフが率いる王国戦士達である。
 だが、その際に貴族派閥の人間達が言いがかりじみた適当な理由から、ガゼフの武装を剥ぎ取り、ガゼフは普通の剣と鎧で出立する事になった。しかし、無事に城に帰り、かつそれ以降村が焼き討ちされる事も無くなったため任務を果たしたのだと思われていた。
 ――実際は、村を囮にガゼフは法国の特殊部隊に襲われ、その際にガゼフ達や一つの村を助けたのが、その仮面をつけた魔法詠唱者(マジック・キャスター)なのだという。

「そうだったの……」

 話を聞いたラキュースは、心底驚いたらしく瞳を丸くしている。クライムも同じ気持ちだ。あのガゼフですら殺されそうになった法国の特殊部隊に、たった一人で戦い勝利した魔法詠唱者(マジック・キャスター)となると、それは尋常な魔法の使い手では無いだろう。

「貴族達は自分を売り込むために襲撃をお膳立てしたんじゃないかって勘ぐって色々言っているけれど、戦士長様の言葉なら嘘ではないと思うわ。たぶん、その方じゃないかしら?」

「そう、そうね……仮面に黒いローブ……イビルアイに聞いた特徴と一致するわ。通りすがりの村を助けたって言うなら、今回もその可能性はあるわね。傍から見れば、私達のしていたことは眉を顰めるようなものだったでしょうし」

「……でも、今回はその後村を焼いてる」

 ティナの言葉に、ラナーが少し考えて答えた。

「それはおそらくでしょうけど、村がどういう村か後で分かったから、イビルアイの後始末をしてくれたんだと思うわ。それに、村の畑は焼いても村人に被害は一切無いみたいですし」

 ようは、義理人情に篤い人間なのだろう。クライムはその人間性に、とても好感を持った。ラキュースも同じらしく、柔らかく微笑んでいる。ラナーもまた、無邪気で、しかし慈愛に満ちた微笑みを浮かべていた。

「この近くにいた、ということはもしかしたら戦士長様に会いに来られたのかもしれないわ。戦士長様は王都でぜひお礼をしたいって誘ったことがあったそうだから」

「そう……なら、また会えるかもしれないわね。出来れば、冒険者組合の方にも顔を出して欲しいけれど」

 法国の特殊部隊を追い払うほどの腕を持つ魔法詠唱者(マジック・キャスター)ならば、確かに王国の味方になって欲しいだろう。こうして損得抜きに人を助けてくれる姿を見れば、とても信頼の出来る人間とも言えた。今の王国の現状を思えば、喉から手が出るほど欲しい人材である。

「うーん。一応、まだ確定じゃないから何とも言えないわ。でも、もし本当にその方だったら、ラキュース達が会えるようにお父様から戦士長様に言っておいてもらうから」

「ありがとう、ラナー。――それじゃあ話は戻るけど、クライムを貸してもらえるかしら? ガガーラン達に――――」







 クライムとラキュース達が去った部屋で、ラナーは新たに呼んだ客人が訪れるのを部屋で待つ。ただ、その客人は多忙な人間なので、来るのはさすがに少し遅くなるだろうとも思っていた。特に何の用件も告げずに呼んだのだから、王族ではあってもそこまでの権力を持たないラナーでは早々客人の予定は変えられないだろう。
 ……いや、それとも自分が呼ぶからこそ、大急ぎで来るか。
 おそらく後者だろうな、とラナーは思う。
 そして紅茶の香りと味を楽しんでいると、メイドが客人が訪れた事を告げた。

 予想より、早い。となれば、もう一人連れがいるか。

 ラナーは即座に立ち上がり、訪れた客人の数に予想が正しかった事を悟る。そして頭の中の計画を更に修正した。

「お兄様」

「よう、腹違いの妹。元気そうじゃないか。面白そうな話になりそうだと思って、来てやったぞ」

「お呼びになったとのことで参りました。ラナー殿下」

 腹違いの兄――第二位の王位継承権を持つザナックである。ラナーはメイドを下げさせ、誰にも話が漏れない状況にさせてから、二人をテーブルに招いた。
ザナックは行儀悪くどかりと、そして本来の客人――レェブン侯は品よく静かに着席する。ラナーはレェブン侯の前に紅茶を注ぎ、差し出した。
 その際に兄と少しばかり言葉の受け渡しを楽しんで、兄にも紅茶を差し出す。

「ところで殿下、一体何事でしょうか。勿論、お呼びともなればいついかなる時でも馳せ参じる気持ちではありますが」

「ありがとうございます。それでは単刀直入に言わせてもらいますが――王都に繋がる検問所の者達を、貴方の息がかかっている者達に代えてください。貴方ならば出来るはずです」

「は――!?」

 ラナーの言葉に、レェブン侯は目の前で爆発が起こったかのような顔をした。

「王派閥の陰の支配者であり、それを纏めている方でしょう? そして貴族派閥でも大きな発言権を持っている――そんな貴方ならば出来るはずです」

「す、少し待っていただきたい……! 貴方はどこでそれを……!?」

「少し話を聞けば分かります。メイド達とも時折話をしますし」

「――化け物か」

 それは無数のゴミの山の中から、綺麗な部分だけを選りすぐって宝石のネックレスを自作したような、あり得ない所行だった。
 それを聞いたザナックの全てを悟ったような言葉に、ラナーは微笑む。

 ――心優しい慈愛溢れる『黄金』のラナーの化けの皮を剥がした姿を正しく認識し、ザナックとレェブン侯とラナーは共犯となる。クライムの件や王の後継の件など、暗い密談を互いに交わす。

 そうして、話は再びラナーの爆弾発言に戻った。

「私達の話はこれくらいにしましょう。――それで、ラナー殿下。どうして検問所に私の部下をお求めに?」

「はい。これは先程ラキュースから聞いた話なのですが……その前に、お二方は戦士長様の語った魔法詠唱者(マジック・キャスター)を覚えておいでですか?」

 ラナーの言葉にザナックとレェブン侯は顔を見合わせ、頷いた。それを確認し、ラナーは二人に語る。

「その方が近くに来ています。その方の不興を、なるべく買いたくありません。しかし今の王国の現状ではどの貴族の方でも魔法詠唱者(マジック・キャスター)を相手に、敬意を払うということが出来そうにありませんから。それが一番可能なレェブン侯にお願いしたいのです」

「それは……確かに、あのガゼフ殿が警戒するような御仁の不興を買うのは遠慮したいところですが」

 確かにこの話だけでは事態は呑み込めないだろう。故に、ラナーはそこにラキュースから聞いた話を入れた。

「ラキュース達ですが、先日不幸な事故でこの方とお遭いになられたそうです」

「なに?」

「その際に仲間の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の魔法を、簡単に無効化してしまったそうです」

「――――!?」

 ザナックは少し困惑しているが、レェブン侯に対してこの言葉の効果は絶大だった。やはり王家の者となると、魔法詠唱者(マジック・キャスター)は遠い存在になり理解し難い存在になるのだ。しかし配下に引退した冒険者を持つレェブン侯は当然、それがどういう意味か分かっている。

「あのアダマンタイト級の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の魔法を、無効化した、と……?」

「そうです。私もそこまで詳しいわけではありませんが……魔法詠唱者(マジック・キャスター)の魔法というものは、実力差が開けば無効化されやすいそうですね。勿論、マジックアイテムのおかげという線もありますが……可能性は低いと思っています。なにせ、法国の特殊部隊を壊滅させたらしい方ですから」

「それは、確かに……」

 人類最高峰の冒険者、あの『蒼の薔薇』の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の魔法を無力化する、というのはおそらく帝国のフールーダでさえ不可能だ。
 つまり、あの魔法詠唱者(マジック・キャスター)――アインズ・ウール・ゴウンはフールーダを超える怪物である、という事になる。

 事態の深刻さを理解したのか、レェブン侯がラナーに頷く。

「かしこまりました。なんとか、捻じ込んでみます」

「ありがとうございます。……お兄様、何か質問はありますか?」

「いや。お前らの反応で、かなりヤバい奴だってことは理解した。俺も、発言には注意しておこう」

「助かります、殿下」

 ザナックの返答にレェブン侯が頭を下げる。それから、ラナーとザナック、レェブン侯は少し話をして別れる事になった。



 ――――そうして、一人室内に取り残されたラナーは思う。

 アインズ・ウール・ゴウン。あのガゼフが勝てないと警戒し、そして法国の特殊部隊を壊滅させた義理人情に篤い魔法詠唱者(マジック・キャスター)

「義理人情に篤いですって……?」

 まさか。そんなはずがない。ラナーからしてみれば、それは一目瞭然だ。

 ……確かに、一見するとこの魔法詠唱者(マジック・キャスター)はそう思えるだろう。何の価値も無い村を助け、少し王国と繋ぎの取れる程度の価値のガゼフ達を助け、法国と敵対する危険を冒してまで彼の国の特殊部隊を壊滅させたのだから。そこまでの事をしてくれた者が、義理人情に篤くないはずもなく、慈悲深くないはずもない。

 だが、ラナーには分かる。それは結果的にそうなっただけで、本人は法国と敵対する事になった事を、気にも留めていないだろう。

 ……この魔法詠唱者(マジック・キャスター)に、村を、ガゼフを助けるメリットは存在しない。王国に恩が売れる? ふざけているのか。今の王国に、恩など売って何になる?
 王国は泥舟だ。破綻など、既に見え始めている。あと数年もしない内に、王国がこのままでは帝国に破滅させられるだろう。
 王国に価値は無い。魔法詠唱者(マジック・キャスター)ならば尚更だ。自分の価値を理解出来ない連中に恩など売っても、どうせ安く買い叩かれるだけだ。そんな事よりも、明らかに法国と敵対する事の方がデメリットが大きい。いや、大き過ぎる。
 それが分かっているからこそ――誰もが、おそらくこの魔法詠唱者(マジック・キャスター)を慈悲深く、義理人情に篤いのだと勘違いするのだろう。

 ――違和感は最初からあった。メリットとデメリットを並べ、デメリットを選ぶような人間はそうはいない。この魔法詠唱者(マジック・キャスター)はそういう人種なのだろう……そう思った事もあるが、ラナーはついぞ信じ切れなかった。

 大体、本当にガゼフを助けてくれたと言うのなら、何故彼の魔法詠唱者(マジック・キャスター)は法国の特殊部隊の死体をこちらに引き渡さないのか。
 逃げられたというのは嘘だろう。ガゼフの反応から、ラナーはそう思っている。あのガゼフでさえ信じていないのだ。彼らは全員殺されているのは確定である。
 なのに、何故死体をこちらに渡さない。王国を、ガゼフを助ける気があったなら、捕虜は無理だろうとせめて犯人の死体を渡すのは当然だろう。証拠を渡さないというのはどういう事だ。

 あの魔法詠唱者(マジック・キャスター)はそれをしなかった。それがずっと、ラナーの違和感に繋がっているのだ。

 そして――ラキュースが持ってきた情報で、ラナーは確信する。

 前提条件が違っていた。はじめから、あの魔法詠唱者(マジック・キャスター)はデメリットではなくメリットを選んでいたのだと。

 ラナーは知っている。『蒼の薔薇』の魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)イビルアイ。彼女は、かつて“国堕とし”と呼ばれた吸血鬼(ヴァンパイア)だ。
 そんな化け物であるイビルアイの魔法を無効化する魔法詠唱者(マジック・キャスター)が、普通の人間であるはずがない。まず間違いなく、最低でも英雄級の実力者である。
 そしてそんな実力を持つ魔法詠唱者(マジック・キャスター)ならば、確かに法国と敵対する事にデメリットを感じないだろう。いや、むしろ目的はあちらだったのではないだろうか。村とガゼフを助けたのはついでだ。あの魔法詠唱者(マジック・キャスター)は、むしろ法国の特殊部隊にこそ用があったのだ。

 義理人情に篤いなどとんでもない。あの魔法詠唱者(マジック・キャスター)は、冷徹に、残酷に、損得勘定をしてガゼフを助けただけにすぎない。

 それに気づいた時、ラナーは悟った。現状、王国は完全に詰みの段階に入ったと。

 貴族達はこの魔法詠唱者(マジック・キャスター)の危険性に全く気づかないだろう。それは貴族派閥だけでなく、王派閥の者も同様だ。唯一、レェブン侯だけが敵に回す絶望に気づけるだろう。王国の貴族達はこの細心の注意を払って接しなければならない相手に、当たり前のように見下しながら接するに違いない。

 ……一応、冷静なのは間違いない。イビルアイとの遭遇の出来事を見るに、不快に思ったところで適当に流す可能性も高いだろう。
 だが、王国の貴族達はイビルアイ程度では――その程度では済まさない。必ず、ドラゴンの逆鱗に触れる。怒り狂った相手がどれほど危険なのか、気づきもしないで。

「非常に、まずいわ」

 ラナーは既に現状で予測されるありとあらゆる事態を想定している。その結果、この王国の現状では完全に詰みの段階に入ったと理解した。このままでは王国は滅ぶ。

 ……別に、王国が滅ぶ程度はどうでもいいのだ。ラナーはクライムさえいればそれでいいし、その他は全て死滅してもかまわない。他の人間達がどうなろうと、ラナーには全く関係無いし、どうでもいい事だ。
 重要なのは唯一つ。クライムをずっと自分に縛りつけておく事。この愛を、ずっと貫き通す事なのだ。

 だが、今の王国ではそれさえ出来ない。このままでは、貴族達の自滅であの魔法詠唱者(マジック・キャスター)に諸共滅ぼされるか。あるいはあの魔法詠唱者(マジック・キャスター)のせいで、帝国に滅ぼされるかの二つだろう。
 逃げ道を確保したいが――今の状態では、非常に難しいと言わざるを得ない。

「――――どうやら、首を挿げ替える(・・・・・・・)時期がきたようね」

 ラナーは、いつもクライムが見ているような表情で笑った。







「――――」

 ナザリック地下大墳墓、第七階層の赤熱神殿でデミウルゴスは様々な思考を巡らせている。それは消えたモモンガの事や、残された仲間達の事。今の自分が何をすべきか、などだ。

 ……現在、ナザリック地下大墳墓は未曽有の事態に巻き込まれている。異質な世界への転移。至高の四十一人最後の御方、モモンガの不在。そして――結果として、守護者統括であるアルベドの自我崩壊による行動不能。
 そのため、今は全てがデミウルゴスの背中に伸し掛かっていた。

「…………」

 その重圧に、デミウルゴスは気を抜けば挫けそうになる。アルベドのように何もかもを放り出して、ひたすら内に引き篭もっていたい、という衝動に駆られる。

 だが、それは許されない。

 守護者統括でありながら、今はその責任を放棄したアルベドにデミウルゴスは文句を言う気は無い。彼女は既に立派に自分の務めを果たしている。
 そう――玉座の間から出て、外の異常を確かめた時点でアルベドは立派に務めを果たしたのだ。あれが無ければ、自分達は今も異常を見て見ぬふりをして無駄に時間を使っていたかも知れなかった。
 その葛藤、その苦痛を思えばデミウルゴスに何が言えるだろうか。仮にアルベドを責める者がナザリックにいると言うのなら、デミウルゴスはその存在を許さない。

 アルベドは現実を受け入れる、という立派な務めを果たした。だから、今度はデミウルゴスの番だ。アルベドに並ぶ頭脳の持ち主として、デミウルゴスにはなんとしてもナザリック地下大墳墓をユグドラシルに帰還させなくてはならない。
 きっと、そこに――モモンガが自分達の帰りを待っていると信じて。

「…………」

 現在、デミウルゴスは外で行動している者達からの情報を整理している。
 まずは現状把握。そこから目的に向かっての情報収集、行動に移らなければならないからだ。
 自分達の現状を把握し、そして今自分達が自由に使えるアイテムを確認した。結論として、仕方のない事ではあるがデミウルゴスは自分達には資源がおそろしく足りない事を認識する。

 宝物殿。あの宝物殿や至高の四十一人の私室に保管されているアイテム。そして図書館に保管されているアイテムなどを使用出来れば、何の問題も無かっただろう。ゆっくりと資源を確保していけばいい。

 だが、デミウルゴス達にそれは出来ない。そのような事は不敬だ。御方々の財宝を勝手に持ち出すなど、どうして出来る。それくらいならば死を選ぶ。

 とりあえずの応急措置として、第九階層のメイドや娯楽施設の者達は必要最低限の行動しかとらせていない。特にメイドは大食いなので、全員合わせると維持費が凄まじい。そのため最低限の人員だけを残して、あとは活動を停止させていた。娯楽施設に至っては利用する者がいないため、完全に閉鎖していると言っていい。

 彼らはそれだけのために創造された者達なため、戦闘力などが皆無である。
 ナザリック地下大墳墓を守るために必要な戦闘力を持つ者の中にはデミウルゴスのような飲食不要のマジックアイテムを持っている者もいるが、持っていない者もいる。その者達のために料理長と数人のメイドを残し、副料理長などは活動を停止させてあった。
 ……至高の四十一人が作り上げた完璧なバランスを崩してしまっているが、それは仕方ないだろう。今は収入が無い。支出だけでは財政が破綻する。そのための苦肉の策だ。

 ――これで、何とか時間は稼げる。

 デミウルゴスがそうして次に手掛けたのが、周囲の状況の把握だ。アウラとマーレを使い、周辺……特に危険なモンスターが潜んでいそうな付近の大森林を重点的に探らせた。結果として、レベル三〇以下の雑魚しかいないと判明したが。
 これは、デミウルゴスにとって嬉しい誤算だった。当然、弱いモンスターしかこの地方には生息していない、という可能性はあるだろう。だが、それだけで充分である。
 更に近くに人間の小さな村があったが、特に気にするほどの事も無い。強いて言うならばゴブリンと生活しているという奇妙さはあったが、ユグドラシルでの事を思えば、とりわけそこまで奇妙と言うほどではない。
 アウラのようなビーストテイマーもいるし、アイテムでモンスターを召喚する事も不可能ではない。そのアイテムがあれば、ゴブリン達だって召喚主に従うだろう。

 こうして付近を調べてから、デミウルゴスはここは見知らぬ土地だが、ユグドラシルとそう差異の無い世界だと判断した。デミウルゴスとして一番遠慮したかったのは自分達の知るモノが何一つ無い世界だった場合の事だ。
 だが、モンスターの種類や彼らの使う魔法を見て、ここはユグドラシルとそう差異の無い場所だと判断出来る。自分達の常識が通用する場所だ。

 ――となれば、問題は世界情勢だろう。
 ある意味、これが最大の難問でもあった。

 デミウルゴス達は異形種達の集まりである。創造主達が異形種ギルドという形を取っていたため、創造されたデミウルゴス達もまた異形種なのだ。……一応の例外はいるが。

 情報収集する上でもっとも楽な方法は、人間種の国で情報を得る事である。ナザリック地下大墳墓に所属する者達にとっては理解に苦しむ事だが、人間という生き物は矮小で卑小なくせに自尊心だけは高く、だが周囲が自分と同じ形をしていないと不安に駆られるという奇妙な生き物だった。
 ナザリック地下大墳墓に所属する者達はどんな見目を持っていようとも、至高の四十一人に忠誠を誓うシモベである、というだけでどのような者であろうと同胞である。多少の権力差はあるが、それでも同胞であり仲間だ、という認識を持っている。そんなナザリック地下大墳墓の者達からすれば、人間種の生態は殊更奇妙であった。
 
 ――戦闘になっても何の問題も無いような脆弱さだというのに、正確な情報を得ようと思うと最低限ヒトの形を取らなくてはならない。
 はっきり言って、そうでなければ耐えられない貧弱な精神に、普段であれば嬉々としてそういった者達を弄ぶデミウルゴスだが、この時ばかりはさすがに辟易した。

 人間種では無い国から情報を探ろうかとも思ったが、そういった亜人種や異形種は警戒心が強く、用心深い。そういった者達から探る手間を考えると、やはり人間種から情報を盗むべきだろう。

 幸い……セバス、ソリュシャン、ナーベラル、ユリなど見た目は人間に見える者達がいたので、これは何とかなった。現在、彼らは人間種の国で色々な情報を仕入れているだろう。
 そして幾つかの最初の報告で、スレイン法国というものが人間国家の中では飛び抜けている事に気づき周囲の捜索が終わったアウラとマーレを送った。人間至上主義を掲げているため、人間の形をしていない二人では多少不安が残るが……隠蔽能力や索敵能力、戦闘能力を考えるとあの二人が適任でもある。

 残った階層守護者のシャルティアとコキュートスには、ナザリック地下大墳墓の防衛を頼んだ。特にコキュートスとは相性がいいため、組んで行動するとなるとコキュートスが最適だったのだ。

 そして残る問題は巻物(スクロール)の材料である皮だが、周辺モンスターでは出来があまりよろしくない。人間種達が使用している羊皮紙は、自分達の作成方法では作成する事は不可能だった。理由は幾つか考えられるが、今はしっかりと調べている暇は無い。早急に解決しなければならない問題であったために。
 そこで目を付けた種族がいたのだが――大森林の近くにあった小さな村は、周囲を探ってみるかぎり、どうやら焼き討ちでもあったようであまり種類が少なく、見逃す事になった。壊滅させてもよかったが、それも手間である。それよりは帝国に向かったナーベラルに頼んで、何種類か見繕った方がより取り見取りになる。
 ――その結果、やはりデミウルゴスが目を付けたのは正しかった。使用頻度の高い低位階の魔法ならば問題なく作成出来る。
 よって、牧場を作る事になったのだが、これは幾らか部下を貸してシャルティアに任せる事にした。シャルティアの戦闘力は出来れば置いておきたかったが、シャルティアは〈転移門(ゲート)〉が使えるため、すぐにナザリック地下大墳墓に帰還する事が出来る。そのため、ナザリック地下大墳墓から離れても問題の無い守護者でもあったのだ。コキュートスではこうはいかないし、更にコキュートスはおそらく牧場にあまり気乗りしないだろう事もデミウルゴスは分かっていた。それを考えても、シャルティアが適任だったと言っていい。
 ――まあ、本音で言えばデミウルゴスがやりたい事でもあったのだが。こんな状況でなければ自分が牧場を運営していただろう。

「…………」

 ――そうして、幾らか届いた新たな報告書に目を通し、頭の中で情報を揃え、その後の計画に修正を加えながら緻密に組んでいく。
 デミウルゴスの優秀な頭脳は、既に結論を出していた。当面の時間は稼げると思い、稼いできた。事実、ナザリック地下大墳墓そのものは、まだ崩壊は先だろう。宝物殿の金貨は山のようにあるに違いない。
 だから、問題はアイテム。アイテムは基本使用すれば消えるもの。消耗品なのだ。複数回使えるようなマジックアイテムは、自分達の持つ類の中にはほとんど無い。
 破綻する。間違いなく。遠からず――世界征服の前に、アイテムが尽きる。

 ……人間社会で情報収集して分かった事であるが、彼らの使用するマジックアイテムは、ナザリック地下大墳墓が所有するアイテムと比べると、価値がゼロに等しい。硬貨とて、ユグドラシルの金貨と等価値にしようと思うとこの世界の金貨は二枚分必要になる。おそらく、至高の四十一人の一人が持つポケットマネーだけで国が一つ買えてしまうだろう。……これは、彼らが持っている金貨が膨大な量である事が原因だが。
 そう、全体的な価値が低い。これでは、最優先であるはずのナザリック地下大墳墓の維持が難しくなる。人間種の国を一つ根こそぎ奪うような事をしなければ、追いつかない。

「――――」

 だが、無いよりはマシだろう。人間種如きはどうでもいいが、ドラゴン達が評議員を務めるアーグランド評議国という、世界征服をするにおいてもっとも問題になりそうな国もある。彼らと戦争になる際には、こちらももしかしたら少なからず犠牲が出る可能性はあった。自分達は最強だと信じているが、しかしドラゴンは侮れない。戦闘メイド(プレアデス)程度の戦闘力ならば負ける可能性がある。
 そして、そんなドラゴンの国とてこの大陸にある国の一つに過ぎないのだ。この大陸の先には、まだ何か広がっている。その事も考えなければならない。

 それを考えれば――この辺りで、まだアイテムに余裕がある内に大掛かりな補充を考えるべきか。

「…………」

 デミウルゴスは少し考え――何者かが、第七階層を訪れた事を察知した。

「おや……」

 危険な第八階層を通らず、各階層をなるべく自由に行き来するための〈転移門(ゲート)〉を管理している彼女が、相手を素通りさせた事。防衛のコキュートスが何も言わない事から、自分達の同胞である事は分かる。しかし、帰還するといった〈伝言(メッセージ)〉は受け取っていない。最初は希少品であったが、今の補充の利く状態になった際にすぐさまシモベ達を使って配ったため、全員が〈伝言(メッセージ)〉の巻物(スクロール)は幾つも持っているはずだ。使い惜しみするはずがない。

 その事にデミウルゴスは不思議に思い――けれど、何となく予感があった。デミウルゴスはコキュートスに〈伝言(メッセージ)〉ですぐに第七階層に来るように伝える。

 ――――そして、デミウルゴスの予感通り、そこに彼は来た。

「やあ、どうしたのかねセバス」

「デミウルゴス様――」

 セバスは険しい顔だ。背後には、顔色を青くしているユリが立っており、罰の悪そうな顔でナーベラルとソリュシャンがそれに続いている。それで、何があったかを悟った。

(やれやれ……ナーベラルに対しての口止めが甘かったか)

 表情の変わっているセバスとユリ。二人の共通性を考えれば自ずと分かる。ナーベラルに対して、もう少しきつく注意を言っておくべきだったと反省し――デミウルゴスは改めてセバスを見た。

「呼び捨てでかまわないとも。本来、私と君は対等の立場だろう。至高の御方々が役職を決めたからそうなっているだけでね」

「そうですね……では、デミウルゴス」

「なんだね、セバス」

 チリ、とセバスの瞳に宿ったのは果たして何だったのか。その剣呑な視線の意味に気づいているデミウルゴスは、いつも通りのにこやかな顔でセバスを見る。……もっとも、いつも通りだと思っているのは本人ばかりだが。
 いや、この二人はそうなのだ。セバスもデミウルゴスも、両者共に相手を理由なく苦手とし、時に嫌悪していると言ってもいい。
 それが何故なのかは分からない。
 理由が無い。
 だから止まらない。

「ナーベラルから聞きました……人間(・・)を集めて、皮を剥ぎ取っていると」

「その通りだよ、セバス。巻物(スクロール)は貴重なわけだが、どういうことか我々の作成方法ではこの地の者達と同じように巻物(スクロール)を作れないらしい。だが、御方々の所持品を無断で我々が使用することは出来ない。ならば、現地からどうしても調達しなければならないだろう? 彼らの皮(・・・・)が、一番効率がいいのさ」

「――――」

 セバスの表情を見て――(ユリが息を呑む顔をしたのも目に入ったが)、デミウルゴスは眉を顰める。

「分かっていると思うが、セバス。重要なのはナザリック地下大墳墓であり、至高の御方々の財産を守ることだ。そのためならば、たかが人間如きに哀れみを抱くのは間違いじゃないかね?」

「分かっています」

「解っているようには見えないが」

「解っているのです!!」

 血を吐くような叫び声に、デミウルゴスは思わず間抜けな顔をした。だが、そこに悲痛な感情を見出し、表情を引き締める。

「私にも解っているのです、デミウルゴス……! これはナザリック地下大墳墓――栄えある『アインズ・ウール・ゴウン』の――至高の御方々に仕えるべきシモベとして間違っていることも……! 『アインズ・ウール・ゴウン』に属さぬ存在に哀れみという感情を持つことは正しくない……そんなことは解っているのです! ですが、デミウルゴス――無くならないのです! 私の中で、燻っているのです……! 困っている者がいたのならば、進んで助けなければならぬと……弱き者がいたならば、彼の者を救うのが当たり前だと……私の中で、訴えるのです!!」

「セバス――」

 セバスは苦渋の表情だった。シモベとして正しくないと思いながらも、しかしけれど心の奥底で正しい行いだという思いもあった。
 何故なら、セバスの創造主はたっち・みー。『アインズ・ウール・ゴウン』最強の存在。彼が掲げていた理念は、今もずっとセバスの心の中で生きている。生きてしまっている。

 ……仮に、ここに至高の四十一人の誰か一人でもいれば、セバスはその者への忠誠心から決してこの道を歩まなかっただろう。その理念に生きるよりも、至高の存在に対しての忠誠心の方が大切だからだ。おそらく、誰か一人でもいればその御方への忠誠心から、セバスはそんな自分の心など見せなかっただろう。むしろ、忘れる事さえ出来たかもしれない。

 だが、ここにはもう誰もいないのだ。セバスを止められるべき発言権を持つ者が、一人もいない。
 だから、セバスは止まれない。何故なら、彼の創造主の幻影が、セバスの行いを正しいと肯定しているのだから。

「――――」

 デミウルゴスはセバスを見つめる。不快さは最高潮に達しているし、ナザリック地下大墳墓のシモベの考えに相反し、反逆とも取れる行動を取っていると思っている。
 だが、それでもデミウルゴスはセバスに何も言えなかった。何故なら、デミウルゴスはセバスの忠義に一定の理解をしてしまったから。

 ――その考えに至るまで、セバスの中でどのような葛藤があったのかは分からない。だがセバスは、認めたのだ。このナザリック地下大墳墓に、『アインズ・ウール・ゴウン』はもういないのだ、という現実を。

 誰もいない。もう、彼らは還ってこない。ならばせめて――創造主の理念(アライメント)に従おう、と。
 ある意味でセバスは、彼なりにたっち・みーへの忠義を示したのだ。
 だから、デミウルゴスはもうセバスへの苦言を止めた。自分もまた、覚悟を決めたと言っていい。おそらく、既にセバスは覚悟を決めている。

「ユリ――君も同じ気持ちかな?」

 セバスと同じ属性に傾いているユリに、デミウルゴスは問いかける。ユリは青白い顔で一礼すると、震える声でデミウルゴスに訴えた。

「お、お許しくださいデミウルゴス様……」

 その言葉で、デミウルゴスはユリについても納得した。ナーベラルとソリュシャンが、彼らの背後で困惑の表情を浮かべている。その場違いさに、何故か苦笑が漏れた。

「なるほど。君達の気持ちは理解したとも――だが、分かっていると思うが、私は守護者統括代理として、それ(・・)を認めるわけにはいかないのだよ」

 そう――デミウルゴスは認めるわけにはいかないのだ。何故なら、デミウルゴスまでもがアルベドと同じように放棄してしまえば……一体、残された者達はどうすればいいのだ。
 デミウルゴスは残虐であるし、冷酷であるし、非道であり外道である。だが、それはナザリック地下大墳墓の者達以外に対してだ。この大墳墓の仲間達へは、常に慈愛をもって接している。
 だからこそ、彼らのために――アルベドやセバスのように、認めるわけにはいかない。
 最期の――最後まで。

「――――申し訳ありません、デミウルゴス」

 セバスの言葉に、今、初めて――デミウルゴスはセバスを心底理解出来たと思った。場違いな事ではあるが、今この瞬間にようやく、お互い相手の心が理解出来たのだ。

 ……いつも、互いの事が理解出来なかった。だがこうして、終わりになってようやく、相手を理解出来た気がする。
 その事だけは、まぎれもなく彼らの救いになったと思ったから。

「――コキュートス」

「――――」

 静かにデミウルゴス達の話を聞いていた、いつの間にか第七階層赤熱神殿にいた氷結の武神が姿を現す。コキュートスは静かに、セバスとユリに対して手に持つ武器を構えた。
 そして、ナーベラルとソリュシャンもまた、悟る。彼女達は少し考えて――セバスとユリに相対した。
 そんな妹達の姿に、ユリは少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべて……けれど、自分やセバスの方が異常だと理解出来るから、それを受け入れた。

「デミウルゴス様――妹達をよろしくお願いします」

「勿論だとも――」

 ユリの言葉に、デミウルゴスは頷いた。それでもうよかったのか、ユリも静かに構える。ナーベラルとソリュシャンに向けて。

「コキュートス様……」

 セバスは、コキュートスを見た。コキュートスはセバスに対して、何の感情も感じ取れないいつもの声で返答する。

「セバスヨ……私ニハ、オ前トデミウルゴスノ考エガ解ラヌ……。イヤ、解ラナクテヨイト思ッテイル。私ハ、タダノ一太刀デヨイ」

「そうですか……それが、貴方の忠誠の形なのですね」

 武人である事を求められた。一振りの太刀である事を求められた。そのように創造された。だから自分は、そうしたモノでかまわない。
 あるいは思考停止とも取れるそのコキュートスの考えもまた、自らの創造主に対する忠誠なのだろう。



 そう――彼らは皆、自らの創造主への忠誠に生きている。



 だからデミウルゴスも――今この時だけは、創造主の理念に従おう。たっち・みーと反目し続けた、ウルベルト・アレイン・オードルの心に。

「では――守護者統括代理として、反逆者を処刑しよう」

 彼らは今、終わりに向けて一歩足を踏み出した。







「うーむ……やはり、王都の検問所ともなれば、チェックが厳しそうだな。ハムスケを連れたまま通るのは厳しいか。――っていうか、俺も通れるのか?」

 アインズは王国の王都の付近まで来ていた。そして、少しだけ遠くから巨大で重厚感を出す門を眺めている。
 こうして見るかぎり、さすがは王国の首都と言うべきか、行列が複数並んでおり、入都市審査を厳しく行っているようだった。

(エ・ランテルの時はこっそり入ったし、帝国の時は帝国騎士が一緒だったからなぁ……素通りで、全然こういうのに経験が無いんだよな。受けてみたいと思うけど……俺もハムスケも、絶対に引っかかるよなぁ)

 やはり、『漆黒の剣』のように冒険者組合に登録して、多少は有名になっていた方がよかったか。帝国のワーカー達の話では、冒険者として有名になればほとんど顔パスのような扱いになるらしいとアインズは聞いていた。

「どうするかな……」

 ガゼフに会いに行こうと思ったが、これでは会いにくい。ハムスケも見せてやりたかったので、出来ればハムスケも連れていってやりたかった。帝国では連れてやっていたので、置いて行かれるハムスケも寂しいだろう。そう考えて――

(あ、いや待てよ? そうだよ! 普通に引き留められたら彼の名前を出して、確かめてきてもらえばいいじゃんか! 王国戦士長で偉い人だったみたいだし、素通りさせてもらえるよな! ……たぶん)

 もし駄目だったら、その時はその時だ。時間でも止めて、魔法で操った後記憶を操作してこっそり入ってしまえばいい。そんな軽い気持ちになり、アインズはハムスケを促し王都の検問所へと近づいた。

「…………」

 行列に並ぶと、人々はアインズの姿と、そしてハムスケの姿を見て驚き、少しばかりの恐怖に身を震わせている。

(うっひー……すみません皆さん! やっぱ、ハムスケ怖いですよね!)

 自分ではそう思わないが、ハムスケはこの世界の人間(それどころか蜥蜴人(リザードマン)にも)には恐ろしい魔獣に映るらしい。一応、ハムスケは大人しくさせているので暴れ出したりはしない。だが、そんな事が分からない他の者達は怖いだろう。アインズは少し申し訳なく思った。

 ……ハムスケと同じくらい、正体不明の仮面の男は怖かったが、本人は全く気づいていなかった。

 そうして行列に並んでしばらく経つと、アインズの番になった。検問所の兵士達はアインズとハムスケを見るとぎょっとした顔になっており、ついにアインズの番が来たとなると死を覚悟したような顔をして、恐る恐るアインズへと声をかけた。

「あの……まずは詰所の方に寄ってもらってもかまいませんか?」

 兵士は若干涙声になったような震え声で、アインズに胡麻でも摺りそうな表情で訊ねた。アインズは快く頷く。

「勿論です。ハムスケ、大人しくしていろよ」

「了解したでござるよ、殿」

 喋ったハムスケを見て、兵士が更に顔を強張らせる。アインズはそれに内心平謝りしながら、兵士に促されて詰所へ向かった。ハムスケは他の旅人と同じように馬車扱いで外で待機だ。

「……では、そこに座ってもらえますか?」

「ええ」

 椅子に座り、兵士の質問を待った。

「あの、その……まずは仮面を取っていただけませんか?」

「これは失礼を……」

 さすがにこの状況で仮面を取らないのは怪し過ぎる。アインズは仮面を取り、幻影の顔を兵士に見せた。兵士はアインズの顔を見て少し驚く。

「失礼。私は国外からの旅の者なので」

「ああ、なるほど」

 見せた後、再び仮面をつける。アインズが作った幻影の顔は、鈴木悟のものだ。そのため、この世界では珍しい黒髪黒目なので不思議に思われたのだろう。だが同時に、旅人という事で納得したらしい。

「えぇっと……それでは、名前と御用件を伺ってもよろしいですか?」

 アインズは知らないが、本来なら更にここで出発した場所の名前を聞かれる。だが、旅人で国外の者と言われた兵士は聞いても無駄だろうと訊ねなかった。……もし訊ねていれば、アインズは冷や汗を流す気分を味わえただろうに。

「ええ。私はアインズ・ウール・ゴウンと申します。この王都を訪れたのは、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ殿を訪ねにきたからですね」

「戦士長殿!?」

 あまりの大物の名前に、兵士は驚愕する。さて、アインズはこれからどうなるかなと思い反応を待つと――

「失礼します!」

 大慌てで別の兵士が詰所に入ってきた。そして幾つか兵士に耳打ちしている。アインズが耳を澄ますと――レェブン侯――戦士長殿の知り合い――通すように――などの重要な単語が聞こえてきた。

(これは……もしかして、上層部の方に知られてるのかな?)

 少し厄介だと思い、アインズは仮面の内側でこっそり溜息をついた。兵士は全てを聞き終えると、にこやかな表情でアインズを見る。

「失礼いたしました、ゴウン様。もう少々お待ちいただけますか? 戦士長様をお呼びいたしますので」

「ふむ……それは確認のためですか?」

「はい。そうです」

「なるほど……分かりました。待ちましょう」

「ありがとうございます」

 兵士はそうにこやかに告げると、大急ぎで詰所を出て行った。その後、別の兵士がやって来て、更に詰所の奥に案内する。

「大変申し訳ございません。ゴウン様、少し奥の方でお待ちいただいてもよろしいですか?」

「ええ、かまいませんよ。連れの魔獣の方もどかしておきましょう」

「助かります」

 詰所から出て、アインズは声をかける。

「ハムスケ、こっちに来い」

「はいでござる、殿!」

 ハムスケはアインズの言葉に従って、従順に動いてアインズの命令通り、詰所の傍の少し離れた場所で待機する。それを確認し、アインズは再び詰所の奥へ向かう。

 兵士は奥の椅子にアインズを案内すると、飲み物を出して一礼し、去っていった。そうして少し待つと――詰所の外から声が聞こえる。懐かしい声だ。

「――おお、ゴウン殿! 来てくださったのか!」

 かつてカルネ村で見たガゼフは、アインズを嬉しそうな顔で出迎えた。アインズは立ち上がり、頭を下げようとするガゼフを止める。

「お久しぶりです、ストロノーフ殿。お元気そうでなにより」

「ゴウン殿も元気そうですな」

 ガゼフは朗らかに笑うと、兵士達にお礼を言った。

「知らせてくれてすまないな」

「いえ。お気になさらないでください戦士長様」

「そうはいかん。何せ、この御仁は俺の命の恩人なのだ。王都を訪れた際には、ぜひ館で歓迎したいと思っていたのだよ」

 ガゼフはそう言い、アインズを促す。

「では、私の館まで案内させていただきたいゴウン殿」

「それはかまいませんが……ストロノーフ殿、貴方は仕事があるのでは? それに、宿泊施設を探しますよ? そこまで貴方の家に厄介になるわけには……」

「いや、心配していただかなくて大丈夫だ。もう仕事の時間は済んでいるので。それに、あの時言ったはずでしょう。ぜひ、私の館で歓迎したい、と」

 既に日が暮れ始めている時間帯だ。空は夕焼けで染まっている。嘘は無いのだろう。アインズは頷いた。

「分かりました。ただ、私は今連れの魔獣がいるのですが、大丈夫ですか?」

「魔獣? なんと、魔獣を使役しているのかゴウン殿! その話もぜひ聞きたい。勿論かまいませんとも! ……っと、失礼。そういえば私も今居候がいまして、その者に対して少しばかり助言をしてもらってもかまいませんか?」

「どうしたのですか?」

 ガゼフに促され外に出て、ハムスケを呼びガゼフの横に並ぶ。ハムスケを見たガゼフは驚いたようだが、しかし他の兵士ほど驚愕はしなかった。ただ、「立派な魔獣ですな」と褒め称えるのみだ。ハムスケはどや顔を見せつけている。それを無視して、居候に助言を送ってほしいというガゼフの話が気になった。

「実は……少しばかり、挫折をしてしまったようで。自分より圧倒的に強い者と会って、心が折れてしまったようなのです。同じ強さの俺が助言をしても、おそらく無駄でしょうし――それで、出来ればゴウン殿にも彼の話を聞いて欲しいと思いまして」

「なるほど……」

 ガゼフと同程度、という事はつまり周辺国家でも強いという事だ。そんな人間が挫折するような強者――アインズはツアーを思い出して気を引き締める。やはり、強者というのは意外なところにひっそりといるものだ。ツアーほど強い者は早々いないだろうが、それでもレベル五〇はある相手かもしれない。むしろ、アインズの方からそれがどういう相手か聞いておきたかった。

「分かりました。私が役に立てるか分かりませんが、話を聞くくらいなら出来るでしょう」

「感謝する、ゴウン殿」

 そう言って、ガゼフは申し訳なさそうに笑った。

 ……その後、アインズはガゼフに促されながら王都の街中を歩き、ガゼフと今まであった事を話す。特にガゼフが興味を引いたのはやはりハムスケの事で、ハムスケがトブの大森林に縄張りを張る森の賢王と呼ばれる魔獣だと知ると、とても驚いていた。ただ、エ・ランテルの住人ほど詳しいわけではなく、ちょっとした英雄譚(サーガ)で聞きかじった事がある程度らしい。だからこそ、とても詳しく話を聞きたがっていた。
 ぶっちゃけ、アインズは簡単にハムスケを使役してしまったので、あんまり語れる要素が無いので、『漆黒の剣』が言っていたエ・ランテルで有名だった話をガゼフ相手にしただけだが。

「っと、ここは私の館です」

 ガゼフの家は普通の家よりは少し大きいが、有名で戦士長になるほどの人物が住むような家では無いように思われた。正直な話、見た目からして地位に比べて質素すぎるのである。
 しかし、アインズはそれに好感を持った。中身日本人なアインズとしては、あまり華美なものはそこまで好きではない。こういう落ち着く雰囲気の方が、よほどアインズの好みに合っていた。

「帰ってきたのか、ストロノーフ」

 家から、一人の男が顔を出す。ガゼフの言っていた居候だろう。世話を頼んでいるのは老夫婦だと言っていたので、この若い男は必然居候になる。若いとは言っても、おそらくガゼフと同じくらいかそれより少し下程度だろうが。アインズはその男を見て――その男は、アインズとハムスケを視界に入れた。そして、一瞬で動きが止まる。その姿にアインズとガゼフは首を傾げ、連れていたハムスケが「あっ」と声を上げた。

「――――」

「お、おい?」

「え?」

 ガゼフとアインズが不思議そうな声を上げる中――男は、股間を濡らしながら泡を吹いて気絶した。







 
セバス「お前の父ちゃん効率厨!!」
デミウルゴス「お前の父ちゃん頑固者!!」
コキュートス「モモンガ様――ッ!! 早クオイデクダサイ――ッ!!」

ブレイン「アインズショック! しめやかに失禁!!」
モモンガ・ガゼフ「うわー(ドン引き)」
 







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