医療崩壊
医療崩壊(8)

「医療再生」には「混合診療」規制を撤廃せよ

上昌広
東京女子医大病院のような「有名」病院でも、内実は大赤字(同病院HPより)

 

 2018年が明けた。今年、医療はどうなるだろう。私は医療崩壊が加速すると考えている。その理由は、我が国の医療制度が高齢化・情報化・グローバル化した世界に適合しなくなっているからだ。

 我が国の医療は、官僚がグランドデザインを描き、価格統制と供給量の規制を通じて現場を統制する。手足となるのは、医師会や大学医局だ。高度成長期、潤沢な補助金と高価な診療報酬に支えられ、医療機関の経営は安泰だった。典型的な護送船団方式だった。

 ところが、状況は変わった。財政難に喘ぐ我が国に、護送船団を支え続ける余力はない。医療システムを維持するには、1990年代末に金融界が経験したような大改革を避けては通れない。当面は、試行錯誤を繰り返しながら、新しい仕組みを作り上げるしかない。

 では、今年どこに注目すべきだろう。私は、今春に予定されている診療報酬改定と、今春から始まる新専門医制度だと思う。本稿では、前者を解説しよう。

有名・名門病院も大赤字

 昨年末の予算編成で、診療報酬本体が0.55%引き上げられたことが話題になった。医療界にとっては福音だ。ただ、医師・看護師不足などの理由で人件費が上がっている昨今、この程度では焼け石に水だ。このままでは、立ちゆかなくなる医療機関がでてくる。意外かもしれないが、最初に破綻するのは東京の病院だ。

 なぜ東京かと言えば、我が国の診療報酬が厚生労働省によって全国一律に決められているからだ。診療報酬が抑制されれば、物価が高い東京の医療機関がもっとも影響を受ける。

 では、どのような医療機関が特に危険なのだろうか。それは総合病院だ。不採算の診療科を切り捨てる経営上の「選択と集中」ができないし、すべての診療科を揃えるために、逆にすべてが中途半端な結果になってしまう。

 例えば、2014年度の胃がん治療数ランキングの首位は、がん研有明病院の1417件。静岡県立静岡がんセンター(1348件)、国立がん研究センター中央病院(1310件)、国立がん研究センター東病院(867件)と続く。上位陣にはがん専門病院が名を連ね、東京の大学病院でもっとも症例数が多い東京大学は611件で16位だ。

 症例数がこんなに違えば、収益性は変わってくる。かつて総合百貨店が専門店に淘汰されたのと同じ状況が既に起こっている。実際、東京女子医科大学日本医科大学聖路加国際病院のような有名病院でさえ、大赤字を出している。最近になって、名門三井記念病院も債務超過であることが判明した。

 収益性の低下は、設備投資・人的投資の抑制を招く。東京女子医大で医療事故が続くのは、このような背景を考えれば納得がいく。

 この状況は危険だ。なぜなら、東京の急性期医療を担ってきたのは、私大附属病院を中心とした民間病院だからだ。

 東京には13の医学部があるが、11は私立だ。ちなみに、埼玉県の埼玉医大も私立だし、神奈川県に4つ存在する医学部のうち3つは私立だ。この状況は西日本とは対照的だ。近畿地方以西に位置する33の医学部のうち、25は国公立である。

 民間病院は、赤字が続けば「倒産」するしかない。補助金で穴埋めされる国公立病院とは違う。どうすれば、東京の医療を守ることができるか、本気で考える時期がきている。

5年以内に崩壊

 医療関係者の間には診療報酬の増額を要求する声が大きいが、現実的でない。我が国の財政にそんな余裕はない。

 まずやるべきは、コストの削減だ。悲しいかな、医療業界は合理化に抵抗する。

 医療のコストの大部分は、医師や看護師の人件費だ。人件費を下げるには、低賃金国から医師や看護師を受け入れるのが、世界の医療の常道だ。この方法は毀誉褒貶があるものの、私の知る限り、外国からの医師や看護師をほぼ完全に閉め出している先進国は日本しかない。

 例えばフィリピンの看護師の月給はおおよそ6万円、外科医でも20~30万円程度。日本人と同じだけ給料を出せば、優秀な人材を招聘できる。みな英語が堪能で優秀、かつハングリーだ。外科や放射線科など、日本語を使わないで済む診療科から受け入れればいい。これまで世界最大の医師・看護師受け入れ国であった米国が、移民受け入れ制限政策を進めつつあるトランプ政権となったいまこそチャンスだ。このまま無策を決め込めば、中国に囲い込まれるだけである。

 ただ、現在の政治状況を鑑みれば、このような規制緩和が実現することはないだろう。医師にとってもっとも有り難いのは、医師不足の状況が続くことだからだ。

 現状で医療費を抑制しながら、東京の医療を救うには、診療報酬を東京は1点12円、僻地は1点9円のように傾斜配分するのも1つの解決策だ。しかしながら、これもまた政治的に困難だ。

 医療機関は、基本的に地方ほど儲かる。医師不足の地方都市は、医師さえ確保できれば規模を拡大できる。東京の病院が経営難に喘ぐ中、東北地方や九州の病院が都心に進出しているなど、その証左だ。

 地方の医療機関の経営者の多くは、地元の名士だ。カネも名誉も併せ持つ。国会議員の有力な支援者であることも多い。この状況は自民党に限ったことではない。2009年の民主党への政権交代で、中央社会保険医療協議会の日本医師会推薦メンバーが一新されたが、代わって入ったのは、民主党を支持する医師会メンバーだった。地方都市の診療報酬を下げるような、後援者の不利益となる政策を国会議員に期待する方が無理だ。

 このままでは近い将来、医療財政は破綻する。いまのままでは、ある日突然、病院が閉鎖されるようなハードランディングしかない。ある厚労官僚は、そのタイミングを「5年以内」と言う。

保健免責の議論は国民で

 コストも下げられなければ、医療費の傾斜配分もできない。どうすればいいのだろう。厚労省は、健康保険がカバーする範囲を制限(免責)しはじめた。ただ、厚労省が主導すれば、政治が関与する。真っ先に免責されるのは、政治力が弱い中小の民間病院が担っている慢性期医療になる。

 製薬企業が開発した抗がん剤には、一部の高齢者を数カ月延命するくらいしか効果がないのに、薬代として年間に数千万円の健康保険適用を認めている。一方、慢性期病院に入院する患者には「在宅医療推進」というかけ声のもと、退院を強いる。このやり方のおかしさに、多くの国民が気づき始めている。

 私たちがやるべきは、国民視点に立った免責の議論だ。どこまでの医療を公的保険でカバーし、どれを外すかという個別具体的な話だ。風邪薬、先進医療、高齢者の慢性期ケアのどれを保険から外すかは、官僚、医師会、製薬企業でなく、国民が決めるべきだ。

 おそらく、高額な抗がん剤はまっさきに免責されるだろう。抗がん剤の新薬の承認や保険償還では、費用対効果を考慮することが世界的な流れになっている。

 ただ、新薬などの先進医療を免責すれば、「有効性が証明された医療行為は、すべて健康保険でカバーされている」という前提が崩れる。一部の患者から「有効だが優先順位が低い医療」を受ける権利を奪う。

 これは命に関わる問題だ。このような患者に治療の機会を提供するためには、保険診療と保険外診療を自由に併用できるよう「混合診療」の規制を緩和しなければならない。

「混合診療解禁=富裕層優遇」は誤り

 私は、混合診療規制の緩和が、東京の医療を再生するきっかけになる可能性があると考えている。

 それは、東京には多くの医療ニーズがあり、付加価値に対して対価を払おうとする大勢の患者がいるからだ。

 ところが、現在の保険制度は、このような多様なニーズに応えることができていない。混合診療が原則として禁止されているため、少しでも保険外の医療を併用すれば、本来は保険がカバーする分まですべて自費で支払わなければならないからだ。

「混合診療を解禁すれば、金持ちしか医療を受けられなくなる」と反対する人もいるが、現実は反対だ。混合診療が禁止されているからこそ、保険外の医療サービスを受けることができるのは富裕層だけという皮肉な結果になっている。現に、都内では富裕層を対象とした「完全自費医療サービス」が急成長している。

 例えば、私が社外取締役を務めるワイズ社(東京都中央区)は、健康・介護保険でリハビリがカバーされない回復期の患者を対象に、自費でのリハビリサービスを提供している。まさに、医療費抑制のために免責された領域だ。

 ワイズ社は首都圏を中心に9施設展開しており、利用者は3年間で2000人を超えた。「パソコンができるようになりたい」、「料理ができるようになりたい」といった個々の目標に応じたパーソナルなリハビリを提供している。費用は月額約30万円で、多くの利用者の状態が改善している。自費なので、状態が改善しなければ、すぐに来院しなくなる。ワイズに勤務する理学療法士は、「病院時代より遙かに真剣です。やりがいもあります」という。

 また、私が理事長を務める「医療ガバナンス研究所」の研究員である坂本諒さん(看護師)は、在宅看護を研究している。自費の訪問看護を受ける場合、メニューは本人が決めるため、利用時間は1日数時間から24時間まで様々だ。24時間であれば、1日で10万円以上の費用が請求されるが、坂本さんは「『いいケアが受けられるならいくらかかってもいい』と話す人は珍しくない」と言う。

 都内では、このように高付加価値サービスの「市場」が急成長している。興味深いのは、このようなニッチ領域に飛び込んだのが、これまでのところ大学病院や有名病院でないことだ。これら既存の大学・有名病院は、保険医療と自費医療を併用することで混合診療の規制にひっかかることを怖れている。患者の医療ニーズは変わりつつあるのに、厚労省の規制のために、変化にまったく対応できていないのである。

次世代への責任

 前述したように、保険財政はすでに破綻目前となっており、厚労省による「護送船団システム」はもはや継続できないことは明らかだ。このままでは、体力の弱い病院から破綻する。そうした状況下では、医療機関は自らの努力で生き残るしかない。そのためには、患者から評価される高付加価値サービスを開発し、提供するしかない。

 繰り返すが、病院は「混合診療禁止」という規制で手足を縛られている。この規制は患者のためにも、病院のためにもなっていない。

 混合診療規制を緩和すれば、「悪徳医師が患者を騙す」と主張する人もいる。確かに、そのような医師が皆無とは言わない。ただ、私は、そのリスクは低いと考えている。その理由は、メディアの医療報道が増え、患者の医療知識が増えていること、医師が多い東京では、医師間の競争が熾烈で悪徳医師は淘汰されること、混合診療を対象とした民間の保険商品が開発されるはずで、保険加入者が悪徳医師をチェックするようになるからだ。

 私は、混合診療規制が緩和されれば、むしろ医療費は下がる可能性が高いと考えている。現在、都心部の医療機関は激しく競争している。各種媒体に広告を出し、マーケティングに詳しいコンサルタントに依頼するなど、様々な手を使って患者を集めようとしている。

 ところが、患者集めも厚労省が規制している。最大の規制は、「値下げを認めない」ことだ。クリニックを受診した際、患者は2~3割の自己負担を支払う。不思議なことに、医療機関はその自己負担分を「値引き」できない。患者に負担をかけたくない院長がいて、この自己負担を受け取らなければ、厚労省から処分される。

 現在、風邪の診察は数分で4000円程度の収入となる。もし、混合診療規制が緩和されれば、2000円でやろうとするクリニックが出てくるだろう。赤字に悩む健康保険組合は、組合員をこのようなクリニックに誘導するだろうから、結果として医療費は抑制される。

 このような規制緩和には、日本医師会が猛反対し、厚労省も同調せざるをえない。記者クラブ制度が続く限り、マスコミからも、このような問題意識は出てこないだろう。

 もう、こんなことはそろそろ止めてはどうだろう。何もしなければ、日本の医療制度は確実に崩壊する。私たちは現代社会に適合した医療システムを確立し、次世代に渡さねばならない。その責任は重い。

 

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執筆者プロフィール
上昌広 特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」理事長。 1968年生まれ、兵庫県出身。東京大学医学部医学科を卒業し、同大学大学院医学系研究科修了。東京都立駒込病院血液内科医員、虎の門病院血液科医員、国立がんセンター中央病院薬物療法部医員として造血器悪性腫瘍の臨床研究に従事し、2016年3月まで東京大学医科学研究所特任教授を務める。内科医(専門は血液・腫瘍内科学)。2005年10月より東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンスを研究している。医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」の編集長も務め、積極的な情報発信を行っている。『復興は現場から動き出す 』(東洋経済新報社)、『日本の医療 崩壊を招いた構造と再生への提言 』(蕗書房 )、『日本の医療格差は9倍 医師不足の真実』(光文社新書)、『医療詐欺 「先端医療」と「新薬」は、まず疑うのが正しい』(講談社+α新書)、『病院は東京から破綻する 医師が「ゼロ」になる日 』(朝日新聞出版)など著書多数。
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