10年以上前のある日、研究用のタグを付けた魚を追跡していたエリック・プリンス氏は奇妙なことに気がついた。米国南東部沖に生息するニシクロカジキは獲物を追って800メートルは潜るのに対し、コスタリカとグアテマラ沖では海面付近にとどまっていて、潜っても100メートルを超えることがめったになかったのだ。
米国海洋大気局(NOAA)を退職して以来、カジキの専門家として研究を続けているプリンス氏は首をひねった。これまでにコートジボワール、ガーナ、ジャマイカ、ブラジル沖のニシクロカジキを調べてきたが、そのような例は一度も見たことがなかった。彼らはなぜもっと深く潜らないのだろう?
調査してわかったのは、カジキたちが窒息を回避していたことだった。グアテマラとコスタリカ沖のニシクロカジキは淀んだ深海に潜らない。そこには巨大な低酸素海域があり、さらに拡大を続けていた。カジキが深く潜らなくなったのは、まだあまり知られていない海の変化に反応した海洋生物の行動変化の一例だった。気候変動により、近海だけでなく外洋まで酸素濃度が低下して、海洋生物の生息地や生き方に大きな影響が出ているのだ。(参考記事:「『死の水域』、地球温暖化で恒久化か」)
米スミソニアン研究センターの上席科学者デニース・ブライトバーグ氏は、「これは地球規模の問題で、地球温暖化が状況を悪化させています」と言う。「解決には地球規模の取り組みが必要です」(参考記事:「米NRC、急激な気候変動の監視を提唱」)
ブライトバーグ氏らはこのほど、海洋酸素濃度の低下に関する主要な研究を検証した論文を1月5日付けの科学誌『サイエンス』に発表した。論文によると、海洋酸素濃度の低下により広大な海域から生物が消え、海洋生物の生息地や食物が変化している。その結果、魚の個体数が減り、魚のサイズが小さくなり、乱獲につながりやすくなっているという。海水温の上昇や海の酸性化と同様、海洋酸素濃度の低下も気候変動の最も重要な副産物の1つだが、ほとんどの人がこれを理解していない。(参考記事:「温暖化で魚が小型化している、最新研究、反論も」、「海の酸性化からサンゴを守る応急処置」)
「酸素濃度の低下は、多くの点で生態系の破壊につながります」とブライトバーグ氏は言う。「陸上にそうした広大な領域ができて、動物が住めなくなったとしたら、誰でも気がつくでしょう。けれども同じことが水の中で起こっている場合には、わからないのです」