【ソウル=鈴木壮太郎】韓国で文在寅(ムン・ジェイン)政権が発足して初めて開かれた韓国と北朝鮮の南北協議は終始、北朝鮮ペースで進んだ。韓国は平昌冬季五輪への北朝鮮の参加という悲願へ成果を上げた一方、北朝鮮への非核化要求では強い反発に遭った。9日発表された共同報道文には「南北関係のすべての問題はわが民族が当事者として解決する」と、米韓同盟にくさびを打つような一文も盛られた。
約2年ぶりとなる会談は、和やかなムードで始まった。
「大きく期待している我が民族に、新年初の贈り物として価値ある結果を差し上げるのはどうでしょう」。会談冒頭、北朝鮮側の首席代表、李善権(リ・ソングォン)祖国平和統一委員会委員長はこう切り出した。対韓強硬派の軍人出身ながら終始柔和な表情をみせ、韓国側首席代表の趙明均(チョ・ミョンギュン)統一相も笑顔で「良い贈り物ができるよう努力しましょう」と応じた。
「選手団を送る用意がある」。北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)委員長は1日の新年の辞で、平昌五輪への参加の意思を示した。北朝鮮に五輪参加を呼びかけながら無視され続けた文在寅大統領への「贈り物」だ。北朝鮮はさらに、文氏がトランプ米大統領との間で定例の米韓合同軍事演習を平昌五輪後に延期する「お返し」を用意するのを見届け、文氏が提案した南北協議の実施を受け入れた。
だが10時間を超える会談を経て発表された共同報道文は、北朝鮮の主張が強く反映された印象が否めない。国際社会が注目した北朝鮮への非核化要求については、ほぼゼロ回答で終わった。
融和ムードを演出した北朝鮮だが、首席代表の李氏は最後の全体会合でこわもてぶりを見せた。「非核化問題を議論していると韓国が報道しているがとんでもない話だ。我々の戦略武器は米国を狙ったものだ。誤った声が伝わると、よい成果を上げる妨げになる」と強烈な不満を表明。会談終了後、非核化の議論について尋ねた記者団には「ない」と言い切った。
北朝鮮は核・ミサイルの保有が自らを守る生命線だと信じている。金正恩氏も新年の辞で韓国に秋波を送る一方、核弾頭と弾道ミサイルの実戦配備を指示した。核放棄は絶対にのめない。韓国側も譲歩の見込みがない核放棄を執拗に迫って会談が決裂するより、北朝鮮の五輪参加という果実を得たいのが本音だった。
「朝鮮半島の緊張緩和の契機をつくった」。韓国側の趙統一相は会談後、記者団にこう語ったが、北朝鮮の核放棄への道筋は見えないままだ。
韓国政府は9日、「対北朝鮮制裁と圧迫を忠実に履行していく」としつつ「北朝鮮の参加は平和五輪の実現に必要。制裁に関連して事前の措置が必要なら、国連や米国など関係国と緊密に協議し、(対応を)検討する」と明らかにした。北朝鮮にとって望ましい動きだ。
北朝鮮からみれば、五輪期間中の米韓軍事演習の延期は格好の時間稼ぎとなる。「五輪成功」の対価として韓国に制裁緩和などの要求を突き付けることも考えられる。だが米国は3月半ばの五輪・パラリンピック終了後に軍事演習を実施する方針。非核化に向けた進展がなく、緊張が一段と高まる恐れはぬぐえない。
平岩俊司・南山大教授は「北朝鮮が最も望んでいた米国との直接対話は接点がうまく見いだせず、融和姿勢を見せている韓国を利用した形だ」と指摘。今回の南北協議について「出席者を見ても核問題を議論できる人物はいない」と分析する。「米韓合同軍事演習は韓国が難色を示せば、5月ごろまで延期される可能性も否定できない」(小此木政夫・慶応大名誉教授)との懸念も残る。