川崎少年殺害から見えてくる日本「移民」社会の深層と政治的欠落

杉山 春【Profile】

[2015.05.27] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | العربية | Русский |

社会を震撼させた残忍な川崎の中学1年生殺害事件。だが被害者、加害者の少年たちの生活環境を通して見えてくるのは、母子家庭、貧困、移民政策の欠如など、幾重にも重なった日本社会の根深い問題だ。                                      

社会につながることのできない少年たち

2015年2月20日未明、川崎市川崎区の多摩川河川敷で、中学1年生上村(うえむら)遼太さん(13歳)が亡くなった。全裸で真冬の川で泳がされたあげく、顔などを繰り返し切りつけられ、工業用カッターナイフで首を深く傷つけられたのが致命傷となった。近くに結束バンドが落ちており、膝にはあざがあった。手足を縛られ、膝をついた状態で暴行を受けたのではないかと推察された。

残忍さが際立つこの殺人に関与したのは3人の少年で、18歳の無職のAが主犯として殺人罪で逮捕された。両親と兄弟がおり、母親がフィリピン人だ。Aは高校を中退していたが、中学時代の同級生B(17歳)と、一歳年下で、別の中学を卒業したC(17歳)が傷害致死で一緒に逮捕された。Cの母親もフィリピン人で、シングルマザーだった。

殺害された少年も、母親がシングルマザーで、5人兄弟の二人目。5歳のとき、父親が漁師を目指して家族で島根県隠岐島諸島の西ノ島町に移り住み、小学校3年生で両親が離婚。小学校5年生になって川崎に移った。中学入学後の昨夏から、部活のバスケット部には顔を出さなくなり、年上の友達と行動を共にするようになる。昨年12月に少年Aのグループと出会い、1月から不登校。このころの写真では、Aに殴られ、目の周りにあざを作っている。

この事件が、フィリピンにつながる少年たちによって引き起こされたと知ったとき、直感的に感じたのは、ああ、とうとう起きてしまったという思いだった。

2004年から8年まで、日本で暮らす、外国に連なる子どもたちの取材をした。外国人少年の犯罪は、社会的包摂の失敗から起きていた。ここ数年、特に、フィリピン人の母親を持つ子どもたちの状況が気になっていた。言葉の問題、学校に留まりにくいこと。虐待に近い暴力を受けて育つために起きる親との葛藤。そんなものを見聞きした。しかも、その背景を理解する力は、支援者側でも不十分だった。社会につながるための特別なサポートは、あまりにも乏しかった。

一方、母子家庭の貧困問題の根深さも日本社会の大きな課題だ。貧困のなかで育つ子どもたちは、社会資源の乏しさにより、やはり社会につながりにくい。

この事件は、現代日本が抱える政治的欠落が、最も弱い立場の少年の惨殺という形で噴出したと感じた。

川崎区の「ニューカマー」フィリピン人女性たち

シングルマザーの困難とはどのようなものか。

通夜の後、被害少年の母親は弁護士を通じて、「少年が学校に行くよりも早く出勤し、遅い時間に帰宅するので、息子が何をしていたか、把握できなかった」とコメントを発表した。この言葉に、多くのシングルマザーや支援者が共感を表明した。

日本のひとり親家庭の相対的貧困率は54.6%。その85%が母子家庭だ。シングルマザーの約8割が就労している。シングルマザーは、時にダブルワークで家計を支え、そのため子どもと向き合う時間が限られ、子育てに支障が出る。

その背景には、日本社会における母子家庭の急増、労働政策により、家計を支える男性の労働に対し、女性の労働はその補助と位置づけられてきたこと、非正規雇用が拡大したことなどがある。

この事件が起きたのが、川崎市川崎区であったことも、偶然ではない。京浜工業地帯の一角にあり、戦前から多様な人たちが流入してきた土地柄だ。

2015年5月、川崎区の簡易宿泊所2棟が焼け、10人が死亡した。日本の高度経済成長期を支えてきた労働者が高齢化し、生活保護を受けるなどして、かつて「ドヤ」とも呼ばれた宿泊施設で生活していた。この場所は、上村さんや少年Aらが遊び回っていた地域に隣接している。さらにいえば、同区の人口の約5パーセントが外国籍だ。戦前から日本で暮らす在日韓国朝鮮人などの旧植民地出身者やその子孫はオールドカマー、1980年代以降に日本に来日して暮らす人々はニューカマーと呼ばれる。

地域にあるカトリック貝塚教会は、日曜日午後に英語のミサを行ない、外国人200~300人が集まる。その8割がフィリピン人女性だ。80年代後半から90年代初めにかけて「興行」在留資格で来日し、日本人男性と結婚し、日本人の配偶者としての在留資格に変わった。彼女たちを女性移住者と呼ぶ。加害少年には、そんなフィリピン人女性を母親に持つ者が二人いた。

事件は、地域で暮らすフィリピン人の母親たちに強い衝撃を与えた。その一人、10歳の男の子を育てるシングルマザーのマリアさん(仮名 45歳)は言う。

「ショックでした。私は生活保護を受けていますが、できるだけ保護費をもらわなくて済むように、精一杯働いてきました。でも、事件の後は、働く時間を短くして、夕食を一緒に食べて、話を聞いて、宿題をチェックしています。長男は失敗しましたが、次男はちゃんと育てたいんです」

マリアさんの不安定で低賃金の仕事に忙殺される困難は、日本人のシングルマザーのそれに重なる。

非行の末に長男はフィリピンへ強制送還

マリアさんは1990年20歳の時に父親を亡くし、母親と二人の妹と弟一人を助けるために、興行ビザで来日した。マリアさんの送金のおかげで妹たちは大学に行った。

来日当時はフィリピンパブで働き、客の日本人男性と親しくなり、長男を出産した。男性は50歳を過ぎていた。結婚には至らず、不法滞在になり、フィリピンに帰った。長男が2歳になったとき、親族に預けて再来日する。水商売で働き、間もなく鳶職の男性と交際を始めた。男性の母親の強い反対で結婚できず、不法滞在だった。マリアさんの稼ぐお金を運転資金に二人は会社を経営、猛烈に忙しかった。

家庭に入ったフィリピン人女性が働くのは、フィリピンへの送金のためだ。フィリピンから来日した人たちのほとんどが親族に送金している。フィリピン人女性たちは、外国人労働者でもある。

マリアさんは37歳で次男を妊娠して入籍。日本人の配偶者としてのビザを得て、11歳になっていた長男を日本に呼びよせた。長男は中学に入ると家出を繰り返した。学校に行かず、同じような立場の少年たちと遊びまわり、窃盗や万引を重ねた。息子と顔を合わせない時期が長く続き、騒ぎを起こして警察から連絡が来て無事を知った。

長男は17歳で父親になる。だが彼女とはうまくいかず、ビザの更新時に万引で捕まって、フィリピンに強制送還になった。

実はこの頃にはマリアさんはすでにフィリピンに次男を連れて帰国していた。リーマンショックをきっかけに会社が傾いたからだ。夫はフィリピンの学校で次男に英語を覚えさせたいと言った。地元でマリアさんは蓄えていたお金で技術者を雇い、小さな美容室を始めた。帰って来た長男にも手伝わせた。

5年間、日本とフィリピンを行き来し、昨年、次男を連れて日本に戻った。次男に日本の生活習慣や言葉を忘れてほしくなかった。それからまもなく離婚を決めた。夫の暴力が原因だった。

母親への暴力目の当りにして心を閉ざした長男

実はマリアさんは、夫と一緒になって以来、毎日のように暴力と暴言にさらされてきた。久しぶりに日本に帰って、夫から暴力を受けたとき、10歳になっていた次男は、「ママ、もういいよ、この人と別れよう」と言った。その言葉で決心がついた。

離婚を最も喜んだのが、フィリピンで暮らす長男だった。

11歳で来日した長男は、新しい父親が母親を殴るのを目の当たりにした。新しい父は彼にも暴力を振るったが、マリアさんは長男を守らなかった。それどころか、マリアさん自身が密室で、息子たちに手を上げた。夫から暴力を受けて気持ちが荒むと、息子達の反抗を余裕をもって受け止められなかった。長男は家に居場所がなかった。「長男はフィリピンでは誰にでも素直に気持ちを話せる子どもだったと面倒をみていた妹は言いました」。

しかし、暴力のなかで長男は心を閉ざした。その彼を迎えたのが不良仲間だった。マリアさんは誰にも相談できなかった。

「フィリピンでは日本人と結婚するのは幸せなことだと思われています。母や妹に、自分が夫から惨めな暴力を受けているとは伝えられなかった」

地元で暮らす友達のフィリピン女性たちにも話せなかった。皆、同じような悩みを抱えている。会ったときには別の話をして楽しみたかった。

1958年生まれ。雑誌記者を経て、フリーのルポライター。著書に、小学館ノンフィクション賞を受賞した『ネグレクト―育児放棄 真奈ちゃんはなぜ死んだか』(小学館、2007年)のほか、『移民環流―南米から帰ってくる日系人たち』(新潮社、2008年)『ルポ 虐待 ――大阪二児置き去り死事件』(ちくま新書、2013年)など。

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