ウェブページのアーカイブを記録するサービスとして長く愛されている「ウェブ魚拓」。なんと2015年でオープンから10周年を迎えたそうだ。ネットの(炎上の)歴史とともにじわじわとユーザー数を伸ばしてきた。
そもそも誰がなんのために作ったサービスなんだろう?と思っている人も多そうだが、じつは広告収益よりも課金サービスのほうが好調な、手堅くはっきりとしたニーズに支えられたネットサービスだ。
そんなウェブ魚拓のアイデアを生み出し、運営会社の創業者でもある新沼大樹さんにサービスを作ろうとした経緯や、思い出に残るネット炎上、そして知られざる新沼さんご本人のワークスタイルについて聞いた。(取材場所は宮城県内にある新沼さん宅)
※ウェブ業界きっての肉体派・新沼さんの知られざる素顔に迫った後編はこちら。
消えていく不都合な情報、「もやもやする」気持ちがきっかけ
ーーウェブ魚拓ってもう10周年になるんですね。そもそもどんな経緯で作ったんですか?
もう10周年ですね。これは2005年、当時は政党がホームページなどで意見を言い出し始めるような時期でした。そこで社民党さんが「拉致は存在しない架空のものである」っていうメッセージをホームページに出したんですよ。
ところが北朝鮮が拉致の事実を認めた途端に、そのホームページ自体が消えたんですね。それについて特に私は政治的な意見を持ったわけじゃないんですけど、なんとなく、「こういったものを残すような仕組みがあってもいいんじゃないかな」と思ったんです。
もう十分に意見を発表する場としてインターネットというものは成立している時代なので、そんな公的な発表がいきなり消されるというのは、ちょっと問題があるんじゃないかと。
ーーたしかに、もやもやしますよね。
そう、もやもやする。それで、一度ウェブ上で公開されたものを、ある時点のアーカイブとして残すことに、何か価値があるんじゃないかと。そういったサービスに需要があるんじゃないかと考えました。
その頃はちょうど勤めていた会社を辞めて、独立したての時期でした。もともと友人2、3人で立ち上げた会社で、「とりあえず何かネットサービスを作りながら考えていこうか」っていう話になったんですよね。
受託の仕事を受ける先に関してはそんなに困ってなかったので、資金繰りは問題ないだろうという感じですね。だからウェブ魚拓はバリエーションの1つでした。
ウェブ魚拓はどのように利用されるのか
ーー10年運営されていて、ここがターニングポイントでガッと伸びたなっていうところはありますか?
ウェブ魚拓はやっぱり言い方は悪いですけど、炎上ですかね。あるいはもうちょっとビジネスライクな面ですと、著作物が許可なく使われてるのを証拠として取ってとくとか。そういった問題点を解決する有効な証拠としてウェブのキャッシュは十分なりうる、と。そういった使われ方をしています。
サービスを開始したころは、いまではなかなかもうお目にかかれないような大きな炎上がたくさんありました。それが記録として残った時にウェブ魚拓っていうサービス名が知られる。
そういった感じで、「megalodon.jpっていうのはなんなのか」と広がっていったんだと思いますね。炎上があって、そこで魚拓が使われるたびにサービスの知名度が上がっていった。アンダーグラウンドで使われるたびに有名になっていったと。
ネット炎上の歴史にどうしても詳しくなってしまう
ーー炎上で印象に残っているものはありますか?
言っていいのかどうかわからないけど、めちゃくちゃありましたね。伝説級のものをたくさん見てきました。
日本でネット炎上の歴史に一番詳しいのは誰かって言われると、難しいところですけれども、ベスト10くらいには入るんじゃないですかね(笑) なにしろ魚拓をずっと見てなくちゃいけないので…。
例えば自治労という公的団体の人が「飲酒運転にそんなに厳しくなるのはいかがなものか」「もっと寛容な精神を持て」と。そんなことを公式ページに書いたんですよね。公的な情報ですよね。あれはけっこう強烈な炎上でしたね。
今では考えられないですよね。昔は飲酒運転ってゆるかったんでしょうけど。当該サイトはすぐに消されたんですが、誰かが魚拓をとっていた。そういうのがたくさんありました。
ーーみんながネットを使うことに慣れてきて、そんなに大きい炎上は減ってきましたか?
Twitterに移っていきましたよね。誰でもインターネットが使えるようになったことで、細かい悪事の暴露みたいなのは当然になってきたんじゃないかと思います。コンビニの冷蔵庫に入るとかですね。でも大きな炎上というのはやっぱり政治家とか公務員がやらかすのがメインですね。
ーー普通の人ってサイトを見てて「これはひどい」と思っても、まず魚拓をとろうって思わないじゃないですか。常連さんが使ってるんですか。
いや、それは我々も情報がないのでわからないですね。これは約束ですよね、ユーザーとの。わかるのはIPアドレスのみっていう。
まあでも“凄腕魚拓ユーザー”がいらっしゃるんだとは思います。エージェントみたいな人が(笑)
ドメインの由来は「サメが好きなスタッフがいたから」
ーーちなみにメガロドン(megalodon.jp)というドメインはどういった由来なんですか?
当時のスタッフにサメが好きな人がいたんですよ。それでmegalodon.jpでもいいかなと。
ーーサメって関係あるんですか?
ないですね。たしか「gyotaku.jp」とかは取られてたと思います。サービス名が「魚拓」っていうのは決まってたんですけど、URLは決まってなかったんですよ。たぶん何のサービスでもmegalodon.jpになってたんじゃないですかね。当時は今ほど短いドメインにこだわってなかったんですよ。
サービス名もなんとなくです。開発を担当したCTOと「サービスの名前何にする?」って話していて、「じゃあ魚拓かな」って。「ウェブの魚拓だからウェブ魚拓にしようよ」と。パッと思いついたから特に深い意味はないんですけどね。
僕は「使われるだろうな」という思いはあったんですけど、社内での評判はあんまりだったのでネーミングは適当ですね。
「こんなの3日で作れる」ウェブ魚拓の開発秘話
ーー最初に開発をされたCTOの方はいまも一緒にやってらっしゃるんですか?
一緒にやってます。もともとそいつが「会社をやろう」って誘ってきたんですよ。彼も私もプログラマーですね。あとはアルバイトのプログラマーが2名くらい。ほかにデザイナーもいます。
ただ、みんな働いている場所はバラバラです。完全に在宅勤務で、勤務時間も自由。やりとりは基本的にメールか電話です。
ーー電話ですか? エンジニア集団なのに意外ですね。
イマドキっぽくないですよね。Slackもありますけど、うちの会社の社員同士では使わないですね。
昔、在宅がインターネットの理想的な働き方だってブームになったんですよ。ブームに乗ったわけじゃないんですけど、たしかに成立してたなと思います。
ーーじゃあ皆さん離れ離れなところで魚拓を作られた。
魚拓はCTOが1人で作ったんですよ。本当に簡単なサービスなので、「こういうのを作ってくれないか」って電話で話して、それで「わかった。じゃあ作ってやる」と。こんなの誰が使うかわからないけど余裕だろうということで、「3日待ってくれ」と言われて。「3日は厳しいんじゃないか?」って言ったら、「いや3日でいける」と。
それでなんだかんだで1週間でリリースできました。本当にスモールスタートですね。最初はURLを入れるテキストボックスとボタンだけのサイトでしたね。あとは利用規約があって。「どうせ誰も使わないだろう」っていう肩の力が抜けたスタートでした。
プロモーションせずにじわじわと広がったウェブ魚拓
ーーそれを最初に誰が使ったんですか?
それがわからないんですよ。普通はスタッフがこういうサービスが始まったぞってどこかに告知すると思うんですけど、結局それもせずに自然にきましたね。プロモーションもしてないですから、どうやって誰が最初に見つけたのか、疑問ですね。
本当にそこにリソースを割く暇がなかったので、みんな別の作業をやってましたね。
ーーいまや有名サービスじゃないですか。例えば会社名を「株式会社ウェブ魚拓」にしないんですか?
正直、会社名を決めたのは外部スタッフだったんです。「なんでもいいから考えておいてくれ」って話して、今の社名(アフィリティー)になったんですよ。名前にまったくこだわりがないんです。
社名だけ見るとアフィリエイトの会社みたいですけど、最初は物販のサイトを作って「新しい進化したアフィリエイトを提供していこう」とか考えてたんです。でも結局それはやめたので、名前だけが残りました。
「株式会社ウェブ魚拓」は、僕も何度か考えたんですけど、まだいいかなって思ってます。
ウェブ魚拓の技術的な難しさとは
ーー魚拓って技術的な特徴というか、技術的な難しさはあるんですか?
技術的な難しさっていうのは、実はそこまでないと思います。今ってもっとすごいのが出てるじゃないですか。PDFにサイトをウェブ上でしてくれるやつとか。
それに比べて僕らはほんとにスナップショットをとるだけ。技術的にはもちろんちょっとくらいは難しいところはあります。たとえば魚拓の取得数が非常に多いので、最適化の技術は当時としてはかなり進んでいたと思います。サーバのチューニングとかですね。
大量のアクセスが魚拓に来ると、素直に速度もダウンしていきますから。取得が多いのがけっこう困りもので、かなりヘビーな使い方をする人がいるんですよ。例えばダムの水位をずっと魚拓でとってる人とかいます。30秒に1回くらいとってるんですよ。
あとはSEOに使う人もいましたね。自分のホームページを大量に魚拓にとってURLをどこかに貼ることによって、外部からリンクが貼られている状態にすると。昔のSEOってあまり賢くなかったんですよ。
ーーなるほど。魚拓からのバックリンクがSEOに有効であると。
そう考えてる人がいたらしくて。さすがにいまはもうそんな人はいないですね。なので、取得と閲覧がすごく増えた時に、サーバのチューニングが肝になる。それくらいです。
技術的にはそんなに難しくないので、サポートの対応がほとんどですよね。やっぱり魚拓を取られた人からの問い合わせは多いです。
削除依頼には真摯に対応
ーーちなみにそういった削除依頼っていうのは、できる限り応えるんですか?
昔はサービスに対する姿勢が違ったんですよ。「なるべく消されないように。できるだけ残す」っていう考え方だったんです。いまはもうなるべく削除をすんなり通してます。基本的にとられた人が「嫌だ」って言ったら消す。そういうスタンスですね。
ーーそれはどういった変化だったんですか?
まず以前は魚拓に対する著作権的な有効な対策っていうのが存在しなかったのが、最近は「魚拓を取られた人を尊重する」っていう方向にシフトしているということですね。
改正著作権法が最近、本当に最近ですけれども、ロボットテキストにも適用されるようになりました。なので自然な潮流なのかなという気はしますね。
ーー魚拓は、検索エンジンなどのロボットを排除するようにしておくサイトは取得できない仕組みになっていますね。
そうなっています。海外の凡例では「ロボットテキストの排除はキャッシュを取られることの拒否に対して有効な意思表示になりうる」ということでしたので、「じゃあ従いましょう」ということに。
ーーつまりグーグルのロボットが検索結果に表示するためにキャッシュを取るのとウェブ魚拓はほぼ同じような仕組みだとして、グーグルを拒否するということはウェブ魚拓も拒否していると。
そういうことですね。なので一般的にグーグルとかのロボットを断りますよっていうサイトは魚拓も取れないようにしました。
魚拓を応用した若者向け“画像掲示板”の構想も
ーーそういえばアプリを作ったりとかは考えたりしないんですか?
アプリにするほどでもないですけど、スマホ版はずっと考えていて、今はもうスナップショットの画面をスマホから取ったらスマホ版になるし、PCから取ったらPC版になります。
スマホでの魚拓の需要は増えていますね。1年前からスマホとタブレットが圧倒的に多くなって、PCのほうがもう少数派です。なので今回リニューアルに踏み切りました。リニューアルに着手した時点で6割以上がスマートデバイスでしたね。
魚拓のユーザーが入れ替わったというよりも、昔から使ってくれた人がそのままPCからスマホにいったんじゃないかと思っています。でも若い人たちにもリーチできたら面白いだろうなと思いますけどね。
一応構想はあるんですよ。魚拓の画像の下にコメントを打てるようにしたりとか。画像を見ながらコメントできたら楽しいと思うんです。魚拓を取った本人のモチベーションにもなるかもしれないですしね。
匿名で語る画像掲示板みたいなイメージ。正直6、7年は前から頭の中にあって、やりたいなと思っていたんですけど、でも社内からは「リソースを割く余裕がない」と無情な返答がきて(笑)
1つの魚拓が500万回閲覧されることも
ーーあまり社内で意見が通らないんですね(笑)ちなみに、魚拓のユーザー数っていうのはおわかりになってるんですか?
実はよくわかってないんですよ。やっぱりコンテンツが一番なのと、あとは魚拓を取った人が何を語ったかによってものすごく左右されて。凄く多い時だと1日400〜500万が1つの魚拓を見たりしますね。そこまでくると表示できなくなることもありますが。昔は本当にそういう炎上が多かったですね。今はまれです。
ーー今ある炎上っていうのは、やっぱり昔とは全然比べ物にならない小さなものなんですかね?
難しいところですね。昔はインターネットにイリーガルな情報がたくさん載ってたんです。例えば一番過去最高の取得数があったのは「B-CASカード」に関連した情報でした。
まったくもって犯罪的な情報ですから、あまり社会に貢献しないものは消そうということで削除しています。社会に貢献しないっていうのは、犯罪の手伝いとか、そういったものですね。
犯罪をほのめかすようなサイトは、ちょっとこれは難しいところですけど、残っていたほうがいいんじゃないかとか、いろいろ考えたりはしますけどね。そのあたりの判断は分かれますけど、明確な犯罪に関するものはすぐに消します。
じつはウェブ魚拓は有料課金が成功しているサービス
ーー魚拓の収益って、広告収益なんですか?
広告収益と、あとは有料課金ですね。月額300円を払うと、魚拓を自分のサーバに保存できるようになります。つまり非公開に設定できるため著作権的に問題もないので、どんなページでも魚拓に取れます。取得制限がなしになります。
かつ“魚拓の魚拓”も取れるんですよね。魚拓が消えてしまって何らかの証拠がなくなることもありますから。例えば「裁判にいった頃に魚拓も消えてたらどうするんだ」っていう話もあって、じゃあ魚拓の魚拓をとろうと。
ーーなるほど。魚拓が消されても大丈夫なようにできるのが有料サービス。魚拓の魚拓。
そうですね。けっこうデザイン会社さんとかが使っています。「うちのデザイン、あのサイトで勝手に使われてる。魚拓に取っておこう」とか。あとはアカデミックな使われ方をする人も多いですね。
ユーザー数は非公開ですけど、おかげさまでけっこういます。広告収入より有料課金の収入のほうが多いですね。使う人にとってはわりと切実ですから。でも有料サービスに関しては目立たないリンクを貼ってあるだけなので知らない人も多いかもしれません。
これもやっぱり社内では「そんなの使うやついない」って言われて、「じゃあ俺が暇な時間に作ってやる」って勝手に作りました。
ーーやっぱり社長にしては立場が低いような気がしますね(笑)新沼さんはたくさんの人が使ってるサービスを作って、かつ有料課金にも成功しているスタートアップ経営者なわけですよね。でもあまり表に出ない。
インタビューとかはあまり受けないですね。あまり表に出る感じでもないので。東京のエンジニアにも知り合いはいますけど、それでもやっぱり(拠点を置いている)仙台と東京っていう距離もありますしね。
知られざるプライベート、この肉体の秘訣とは……
ーーあえて仙台っていう理由は。
特にないですね。しいて言えば、実家がここにあるからっていうのと、僕が学生の頃から筋力トレーニングの設備を持っていたのもありますね。
ーートレーニングの設備…? そういえば取材させてもらってるこの場所、トレーニングマシンだらけですし、なにより新沼さんの肉体、めちゃくちゃすごいですよね。いったい何者なんですか(笑)
—次回に続く
経営者、プログラマー、ゲーマー、そして“握力日本一” ウェブ業界きっての肉体派・新沼さんの知られざる素顔とは。ハードワークなウェブ業界の人にきっと役立つ健康Tipsも聞いてきましたので、続きをお楽しみに。
予告動画です。