本仕込「フジパン 公式サイト」より

写真拡大

 パンの耳を切り落とし、具材を挟み、端を閉じた「携帯サンドイッチ」といえば、日本のパン業界の圧倒的リーダーである山崎製パンの「ランチパック」を思い浮かべる人も多いでしょう。

 小売店の売上データを見ても、ランチパックの強さは圧倒的で、特に“たまご”“チョコクリーム”“ピーナッツ”“ツナマヨネーズ”の人気が高いようです。

 しかし、携帯サンドイッチの元祖は、1975年に業界3位のフジパンから発売された「スナックサンド」です。「スナックサンド」は“小倉あん”“マーマレード”“ミックスピザ”の3種類でスタートしました。

 その後、84年にランチパックが発売され、現在に至るまで携帯サンドイッチ市場を席巻しています。ランチパックは全国で販売されている定番ものから、地域限定のご当地ものまで、豊富なバリエーションが用意されています。

 また、本学も参加していますが、大学とコラボレーションを行った商品も数多く誕生しています。

 さらに、東京の秋葉原と池袋には、定番ものからご当地ものまで、関東で手に入るすべてのランチパックが販売されている専門店まであります。また、広告展開に関しては、女優の剛力彩芽が出演するテレビCMが印象に残っている人も多いと思います。

 リーダー企業との差別化を狙って新商品を開発したものの、その後リーダー企業から模倣品が発売され、流通や広告といったマーケティング力の差によって、市場が席巻される。携帯サンドイッチの世界でも、こういったお決まりのパターンが展開されています。

 以前、パンメーカーの方に話を聞く機会があったのですが、「パンという商品は、非常に新製品を開発しやすいため、模倣される可能性も高い」と語っていました。

 確かに、生地の形を変えたり、何か新しい具材を加えれば、それだけで新製品となってしまうわけで、1日にいくつもの新製品が誕生してしまいそうです。実際、パンメーカーでは恐ろしいほどの数の試作品が、日々生まれては消えているようです。

 みなさん、模倣されやすいパンの差別化について、何か名案はあるでしょうか?

●他社が模倣できなかったフジパン「本仕込」の秘密

 現在、食パン市場の主流となっている「もっちり系」の元祖は、フジパンの「本仕込」です。

 日本では、多くの消費者が「ぱさつき=まずさ」「もっちり=うまさ」ととらえることを、フジパンは経験から感じ取っていました。そして、もっちりしていて長く支持される食パン、つまり「ご飯のような食パンを開発して売り出す」というコンセプトを固め、「本仕込」の開発に着手しています。

 それまでの工場生産では、一度生地の種をつくっておき、発酵させてから副材料を加える「中種法」という製法が採用されていました。中種法は、機械耐性に優れ、工場で大量生産を行う大手メーカーでは主流となっていました。

 しかし、中種法でもっちり感を出すためには、添加物などを使わなくてはなりません。そのため、フジパンは本物志向にこだわり、ベーカリーと同じように一度に材料をこねてつくる「ストレート法(直捏法)」に挑戦します。ストレート法は機械での大量生産には向かないため、各メーカーが敬遠してきた製法でした。

 当初は、焼き上がりの際に固さが均一でないなど、品質が安定しなかったそうです。しかし、フジパンは材料の水分量や配合の工夫だけではなく、ラウンダー(捏ねる機械)などの設備交換、工場内の温度・湿度管理まで徹底する大規模な変更を行いました。そして、2年以上の歳月をかけ、93年に「本仕込」は完成します。

 完成した「本仕込」は、アルファ化度(でんぷんの中の糊化状態の割合)が他社製品より5%も高く、目指していた、もっちりとしたおいしさが実現できていました。

 94年の発売以来、「本仕込」は人気商品として、現在に至るまで大きな利益を生み出しています。その理由のひとつは、素材へのこだわりや何か新しいものを加えたというレベルの差別化ではなく、設備交換をはじめとした大規模な変更を伴う新製法に挑戦したことにあります。そして、それを他社が簡単に模倣できなかったからです。

 斬新なアイデアで先行して市場に投入したものの、他社に簡単に模倣され、市場を席巻されてしまった「スナックサンド」の教訓が、「本仕込」の差別化には生かされているのでしょう。
(文=大崎孝徳/名城大学経営学部教授)