「家族」を考える

田舎移転で企業が蘇る

「大家族主義」の支え合い効果

2018年1月9日(火)

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 17社という日本一のサテライトオフィス数を誇る徳島県美波町。一見、何の変哲もない漁村に、なぜ、これほどベンチャー企業が集まってくるのか。2012年、最初にこの地にサテライトオフィスを構えたIT企業サイファー・テックの吉田基晴社長に話を聞くと、この地の吸引力の真髄が見えてくる。「大家族主義」という強いつながりを持った地域が、進出企業をもその輪に加えて盛り上がっていく。都会の働き方に一石を投じる、四国の漁村の物語を聞いた。

 ※日経ビジネス12月25日・1月1日合併号では「『家族』を考える つながりの再構築」と題した特集を掲載しています。併せてお読みください。

四国の田舎町にオフィスを作るとは、思い切ったことをしましたね。

徳島県の漁村に本社を移転したサイファー・テックの吉田基晴社長

吉田社長(以下吉田):実は、私がそもそも美波町の出身なんです。でも、大学で県外に出て、2003年に東京で情報セキュリティー会社のサイファー・テックを設立しました。それから創業10年近くたって、故郷にオフィスを作ることを決めたんですが、実は止むに止まれずやったことなんです。あとで詳しく話しますが、とにかく人材が採れなかった。だから、東京でやっていては仕事が回らない。でも、いちかばちかで進出してみると効果はすぐに出てきたので、翌年に本社まで美波町に移転してしまいました。それからは私も、東京と美波町を往復して仕事するようになったわけです。

 一昨年4月、ついに家族ごと美波町に移住しました。妻も子供も東京生まれの東京育ちだったんですが、私は男の子が生まれたら、小学校からは田舎で育てたいという思いが強かった。なので、息子が小学校に上がるタイミングで移住したんです。

奥様は大変だった。

吉田:まあ、徳島県は観光客が一番少ないし、「47番目に行く県」と言われていますからね。で、私の体形を見ていただくと察しがつくと思いますけど、よく食べる。だから糖尿病も日本一(笑)。限界集落の比率も日本で一番高いんです。

 ならば、何でわざわざ過疎地に行くのか。私も「情報ビジネスは東京だ」と思って都会に出ました。でも、先ほど言ったように、人が採れない。それに、私自身も東京暮らしが何か物足りないなと感じていました。

仕事も個人生活も行き詰まっていた。

「美波町は避けたかった」

吉田:本当に苦しかったですね。理由は簡単で、サイファーとは暗号(技術)ですが、ベンチャー企業で知名度がないから人が来ない。給料も安いし、福利厚生もしっかりしてない。そんな中で、セキュリティープログラマーがほしいと言っても、希少な人材ですから、NTT関連企業のような有名企業が採っちゃう。5人で始めた会社でしたが、10年たっても2人しか増えていなかった。

 採用におカネをたくさん使ったんですけど、ことごとく失敗する。さすがに「これじゃいかん」と思って発想を変えようと。東京が日本一の都会なら、逆張りで過疎地だと。戦術的に言えば、もう正面作戦で戦っても負けるので、ゲリラ戦をするしかない。都会志向ではない人の楽園にしたらどうかと思いました。

 まあ、誰も来てくれないので結構へこんでいました。経営者として自信をなくしていたんですけど、そのころ私は千葉で稲作をやっていて、こっちは時給を払うわけでもないのに友達が友達を呼んで次々と集まってくる。きつい肉体作業なのに、子供を連れてきたりとか。それを見たときに、やっぱり都会にいようが一部上場企業にいようが、食べ物を得る行為とか、あと仲間と一緒に同じことをやるとか、こういうことって実は多くの人が求めているんだなということは思いました。

 ただ、田舎でどうやって仕事をやるんだという課題はあったんですが、私にチャンスが訪れました。故郷が、地デジ対応で光回線をどんな家にも張り巡らしていた。そこに3・11以降、都内にいて「今までの生き方ってどうだったのか」と考える人が増えてきた。これをとらまえて、IT事業ならばできるだろうと。

それで、生まれ故郷の美波町にオフィスを構えた、と。

吉田:いや、実は美波は避けたかったんです、本当は。

最初は乗り気でなかったと。なぜですか。

吉田:うちは代々、美波町の家系ですし、親父は小さな家庭金物(店)を今でもやっているんですね。実直に商売人をやってきたという信頼がある。一方、私は経営のチャレンジとして採用のためにやるので、半年ぐらいやってダメなら、また次の手を打てばいいや、ぐらいの考えでした。そんなことをすれば、「吉田の息子はけつが軽いな」と言われかねない。それで、美波町を最初は避けて、実は神山町(注:徳島県でIT企業や芸術家の誘致に最初に成功した自治体)も視察に行ったんです。

 当時、美波町はサテライトオフィス誘致にそれほど積極的ではなかったんですね。でも、いい話には違いないだろうという感覚はつかんでいた。

「「家族」を考える」の目次

  • 田舎移転で企業が蘇る 「大家族主義」の支え合い効果(2018/1/9公開)

  • 出会いはゲームの世界(2018/1/11公開予定)

  • 外資系ビジネスマンと子どもをつなぐ「居場所」(2018/1/12公開予定)

  • 変わる家族をどう支える? 若い知恵とやる気で解く(2018/1/15公開予定)

  • 旭山動物園園長が語る「動物より人間は自己中心」(2018/1/16公開予定)

「田舎移転で企業が蘇る」の著者

金田 信一郎

金田 信一郎(かねだ・しんいちろう)

日経ビジネス編集委員

日経ビジネス記者、ニューヨーク特派員、日経ビジネス副編集長、日本経済新聞編集委員を経て、2017年より現職。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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内田 貴之 法政大学キャリアセンター課長