🔻前編はコチラ
私は幼いころからずっと自分のことを
『ただのバカ』なのだと思っていました。
もちろん・・勉強なんて全く出来ません。
高校卒業まで殆どのテストを
全て『白紙』で提出していました。
そういうコトが許される環境だったのです。
警察官の試験には合格しましたが・・
でもこれ・・
エンピツを転がしても合格出来るんですよ。
当時は40点中20点もとれれば十分だったんです。
テストや勉強の話だけではありません・・・
先生や同級生の話すことの大半が
自分には理解出来ませんでした。
だから・・・・
自分が人に劣るコトはわかっていました。
しかし・・それが脳の病気と関係があって、
警察官をクビになる程のモノだとは・・・
何をしても人並み以下の私に対して、
両親はもう呆れ気味でした。
そんな私が警察官に受ると・・・
両親は大喜び。
過剰に喜んだ母は、
親戚中に息子の自慢話をして回りました。
そしていつもの話を繰り返しするのです。
「脳外科医の先生もこの子は天才だって!
そう言ってたんだから!」
なんてね・・・・
私が幼少期・・・
先生が私の脳波?を検査したところ・・・
ピンッ!と
真っ直ぐに伸びていたそうです。
多くの人の脳波はグチャグチャなんだとか・・
それを見た先生がこう言ったそうです。
「この子は天才かもしれませんよ!ハハハ!」
なんてね・・・
モチロンただのリップサービスです。
先生は私達家族に希望を持ってほしかったのです。
私が白紙のテストを持ち帰るたびに、
母はこの話を持ちだしました。
「先生は天才だって言ってたのに!」
ハハハハ・・・
いや・・天才どころか・・・
私はたった半年で警察官をクビになった無能。
その事実を聞けば誰もが私をこう思うでしょう。
『ダメなやつだ!』
『あいつはオカシイ!』
「何か問題があるに違いない!」と。
私もそう思いました。
教官も言っていた通り・・
私は「頭がオカシイ」
もう・・・・絶望ってヤツですよ。
子供の頃からの夢だった、
警察官もクビになってしまった・・
私は家に引きこもり・・・
鬱状態になりました。
18歳の私には、
もうどうすれば良いのか?
サッパリわかりませんでした・・・
こんな自分の病気や人生の話をすると・・
「生まれてきて良かったと思いますか?」
なーんて質問をされる事もあります。
私は笑顔でこう答えると思います。
「ええ、もちろんです!
死にかけていた私を手術してくれた
両親には心から感謝していますよ!」
なんてね?
この言葉にウソ偽りはありませんが・・・
ただ・・そういう気持ちばかりでもありません。
ハハハ・・・・
死よりもツライことが沢山あったからです。
日本では毎年数万人の自殺者が出ているそうですね。
『死ぬほうが楽』
そう思っている人は、
案外きっと沢山いるんでしょうね。
でも私は死ねません・・
夢も失った、頭がオカシイこともわかった。
そんな状態で生きるのはツライ・・・
でも「このままじゃ終われない!!!」
あまりにも惨めすぎる・・・・
・・18歳の私は理解したのです。
自分は健常者には力が及ばない、
でも障害者とも呼ばれず守られない。
きっと・・・その中間・・
私はそんな半端な人間なのだと。
その2つの境界線の上で
私は自分の居場所を探し続けるのです・・・
おわり