オーバーロード P+N シャルティアになったモモンガさん   作:まりぃ・F
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第3話 ここは辺境の森(後)

 しかし、このような見ず知らずの場所にいるというのに、モモンガは油断し過ぎていたとも言える。ふと気配を感じて顔を上げると、目の前に巨大な四足歩行の獣の姿があった。
 狼に似た姿を持つ、木の幹を利用した立体的機動を得意とする魔物だ。それが一直線に喉元に飛びかかってくる。
 その姿を捉えることが出来なかったわけではない。むしろモモンガには、まるでスローモーションのように見えていた。なのに身体が動かない。今までの日常ではありえなかった光景が、モモンガの思考を鈍らせていた。ゲームではよくあったシチュエーションのはずなのに。
 一瞬で喉元に迫った牙の前に、モモンガはようやくよろよろと腕を上げた。もっとも、これはモモンガの主観である。もしこの場に誰か居合わせていれば、まさに牙が突き立てられようとする瞬間、神速の、目にも止まらぬ動きで喉を庇うシャルティアの姿を見ただろう。
 年端もいかぬ少女の細い―ゆったりした袖に隠れて見えないが―腕に魔物の大きな口が食らいついた。どう見ても一撃で噛み砕かれて終わるようにしか思えない。

「いた……っくな……い?」

 激痛を予感して反射的に身を固くしたモモンガだったが、痛みはまったくやって来なかった。見れば、魔物の牙は肌に突き立つどころか、服すら貫くことが出来ずにいる。
 必死に力を込めているが、モモンガにすればまるで子犬にでも甘噛みされているようにしか感じられなかった。自らの腕に食らいつく魔物を、ちょっと困ったように見る。
 しかし敵はまだいた。五匹の同じ魔物が木々を蹴り、四方から襲いかかってくる。もっともモモンガも、今度は反応することが出来た。空いている腕を無造作に大きく振るう。
 生体武器であるシャルティアの爪は敵を切り裂き、腕に食らいついているものも含め、全ての魔物がバラバラになって飛び散った。

(こんな小さな爪で、なんであんなに切れるんだろ)

 そんな疑問が頭をよぎるのも余裕が出来たせいなのかもしれないが、まだ油断しているとも言える。あるいはゲームとの違いにまだ意識が追いついていないとも。もしかすると、吸血鬼の本能がソレを求めたのかもしれない。
 魔物の血が辺り一面に振り撒かれ、シャルティアの全身にもふりそそいだのだ。その匂いが、いや存在そのものがその身を、モモンガの精神までも昂らせる。さらなる血を、そして破壊を求め、急激に欲望を増大させていった。

(しまった、血の狂乱……っ)

 血の狂乱は、シャルティアの持つスキルである。血に酔い暴走することによってステータスは大きく上昇するものの、自らを制御不能になるというデメリットを持つ、どちらかといえばペナルティ寄りの力だ。焦燥感がモモンガを襲う。
 しかしその身を包む高揚感は、唐突に消えた。

(あ……また……)

 先程と同じ沈静化に、モモンガは安堵のため息を漏らす。ゲーム内なら意識を失うことはなく状況は見続けられるし、仲間のフォローも期待できた。今はおそらくまずいことになるだろう。
 正気を失って暴れた場合、モンスターとして討伐される可能性すらあった。今のモモンガはかつてない力を備えているが、ここにはそれ以上の存在が大勢いるかもしれない。抑える実証が出来たのは幸運だった。

(だけど、ちょっと妙な……)

 先程モモンガは沈静化の原因を精神異常無効化の影響かと考えたが、それだとおかしな点がある。吸血鬼もアンデッドであり、精神異常無効化は持っているのだ。これだとそもそも血の狂乱は発動できないことになってしまう。
 ふたりぶんの無効化能力が合わさって強化されているとも感じられなかった。もしかすると、そこに今の自分のありようについての鍵があるのかもしれない。
 しかしやはり判断材料が少な過ぎ、結論は棚上げするしかなかった。それでもやるべきことはある。モモンガは魔物の死体から血を集め始めた。



 何度か試してみたが、やはり血の狂乱は制御できるようだった。正確には発動出来ないということだが。モモンガは最後にすべての血を吸収して、実験を終えた。
 吸収した血は、モモンガになんとも言えない高揚感をもたらしてくれる。食事としての血は必要ないかもしれないが、嗜好品としてはありなのだろう。これはモンスターの血だが、もし人間のものだったらどのような味がするのだろうか。

(って、思考が完全にヴァンパイアじゃん!)

 それをさほど異常に感じないあたり、やはり自分はモンスターになったのだとモモンガは感じた。ただもし人間が存在しているなら、仲良くやっていきたいとも思う。なんとなくモンスターより美味しそうだし。

「はっ!」

 モモンガは頭を振って、危険な考えを隅っこに追いやった。もっとも捨てることは出来ないのだが。




 ようやく移動を開始しようとしたモモンガは、ふと自分の服を見下ろした。ボリュームたっぷりの漆黒のボールガウンは、そこらの街中などでは浮いているかもしれない。それ以前に、森の中を移動するのには向いていないのは明らかだ。一応マジックアイテムではあるので、引っ掛けて破けたりなどはしないはずだが。

(確かさっき服のフォルダあったよな)

 アイテムボックスを操作しながら、モモンガは考えた。やはりスカートにはちょっと抵抗があるので、できれば動き易そうなズボンあたりが欲しいと。
 しかし―

(真っ白なワンピースとかムリだって!ピンク?フリル満載とか何それ。お、青いの綺麗だな……って、これも可愛過ぎる!赤とかありえないし!)

 たしかに服は大量に入っていた。いかにもシャルティアに似合いそうな、乙女っぽさ満点のドレスがこれでもかというぐらいに。もっとも、胸元がざっくりとあいたドレスなど、もとのシャルティアにどうやって着せるつもりだったのだろうか。

(次、次!)

 モモンガは、いくつもある服のフォルダを次々と開けていった。
 しかし―

(何これ、ミニスカメイド服?ホワイトブリムさんとケンカになったやつじゃん!ミニスカ巫女?ミニスカチャイナ?何このミニスカシリーズ!ナマ足とかムリムリ!こ、こっちは……)

 期待を込めて開けたフォルダには、色とりどりさまざまな形の下着がびっしりと詰まっていた。脱力したモモンガは、ガックリと膝をつく。そして開かれた最後のフォルダには。

(ブルマって何!赤、紺、緑とかどーしてこんなにカラフルなの!セーラー服?ブレザー?スケスケなネグリジェとかどうやって着るの!……なんでスク水?どんだけ……これは白スク水かー!)

「ペロロンチーノ!」

 モモンガは絶叫した。



 結局モモンガは、そのままボールガウンでいくことにした。どちらかといえば地味な色合いでもあるし、肌の露出も極めて少ない。目立つデザインだが、堂々としていればそんなにおかしいとは思われない可能性もあるだろう。そういった主義主張ととってもらえるかもしれない。

(えーと、なんだっけ、歌舞伎町?あれ?)

 まあ、いささかヤケになった部分もあるのかもしれないが。実のところモモンガはかつて、ペロロンチーノからシャルティアの服をいくつか見せられたことがあった。しかしまさかそういう服しか無いとは思わなかったし、ましてや自分が着るとなれば話は全然違う。
 もっともナザリック地下大墳墓にあったシャルティアの玄室のクローゼットには、普通の服も収容されていた。しかし同時に、白スク水で街中を練り歩いた方がマシ、というシロモノも並んでいたのを知らずに済んだモモンガは、幸せだったといえるのかもしれない。
 ついでとばかりにモモンガは、アイテムボックスの中をあらためた。やはり消耗品の類いは少ない。スクロールは無くワンドも数えるほどだ。なぜか蘇生アイテムが混じっている。
 ポーションはそれなりにあるが、ほとんどのビンの形はナザリックで一般的に生産されていたものと違っている。これは、本来の目的とは別に集められたためだった。モモンガはペロロンチーノに聞かされたことを思い出す。
 これらは、香水のビンに見立てて集められたのだ。ユグドラシルには嗅覚は無かったため香水などは存在せず、ポーションのビンで代用したのである。そのため集められたビンは、形といい装飾といい芸術品で通るものが揃えられていた。
 いくつか試してみたところ、実際にいい匂いがする。どうやら、ポーションの効果によって違いがあるようだ。化粧道具の類いもいろいろ取り揃えてある。
 あとアクセサリー類は大量に収納してあった。モモンガには鑑定眼などないためハッキリとは言えないが、原材料である貴金属や宝石も本物のようである。またすべてがマジックアイテムでもあった。
 さらにモモンガは、これまた数の多い武装の確認に移る。シャルティアの主武器たる神器級武装スポイトランスをはじめとするランス、ダガーから両手持ちまでのさまざまな剣、スピア、メイス、またウィップのような特殊武器まで揃っていた。
 防具の方も主装備の伝説級全身鎧のほか、いくつも用意してあるが。

(ビキニアーマーはないんじゃないの?)

 ペロロンチーノの趣味は平常運転だった。



 鬱蒼と生い茂る木々の間から、足場の悪さにもかかわらず軽快に歩くシャルティアの姿が覗いた。その傍らには、まったく同じ姿のシャルティアがいる。これは幻系の魔法で作った幻影だ。
 術者の姿をそのまま映し出すだけの、初歩的な幻術である。シャルティアの姿をもっとよく見たいと考えたモモンガが使用したものだ。
 いろいろ動きを試したりしながら観察していたが、無意識のうちに自分の仕草が上品で女性的なものになっていることに気づく。おそらくAI の動作プログラムが影響しているのだろう。それも限定的にしか動けなかったもとのものとは違い、完全版というべきかすべての動きに自然と対応しているようだった。
 あと気になっていたことが、シャルティアの声である。NPC にはボイスの実装はされていなかった。だとすればこの声はどういったものなのか。モモンガは、音や声を録音・再生する魔法を使い聴いてみた。

(これ、茶釜さんの声じゃん!)

 ぶくぶく茶釜。ギルドメンバーにして、ペロロンチーノの姉でもある人気声優である。そんな彼女が、やや幼げな少女を演じる際の声だった。いろいろ声の調子を変えたりしながら試してみたが、基本的なトーンは変わらない。茶釜が聞かせてくれた多彩な声色や、時おり―主に弟に対して―出していたドスのきいた迫力のある声なども、モモンガには使うことはできなかった。

(やっぱり、プロって凄いんだなぁ)

 モモンガはその技術に感心するとともに、自分本来の声でなかったことに心底安堵する。もしそうだったら、一生口を開けなかったかもしれない。
 あとは口調だ。シャルティアの設定は、間違った郭言葉というものだった。かつての友人の演説が脳裏によみがえる。

(だからなんですよ、モモンガさん!小さな子が大人に憧れて背伸びして!真似をしてみてもちっちゃいから間違えちゃうんです!そこにこそ萌えがー!)

「わ、わらわは……で、あ、ありんす………ありん、した……うん、ムリ」

 モモンガはペロロンチーノの遺言(死んでない)を早々に放棄した。知識がおぼろげ過ぎて、間違ったどころか創作の郭言葉になってしまうだろう。
 結局モモンガは無難に丁寧語でいくことにした。




 ひとまず検証を終え足を早めたモモンガの行く手に、いくつかの影が見えた。身長二メートルを越える、熊のようなモンスターである。
 モモンガはアイテムボックスから、刃渡り1.5メートルはあろうかという巨大な剣を取り出した。相手の力量を推し量れば、爪のひとふりで終わることは解っている。しかしモモンガはゲーム時代ずっと後衛だったこともあり、前衛で武器、特に剣を振るう戦士に強い憧れを抱いていた。それはある人物の影響も大きかったが。
 シャルティアの身体がテレポートしたかのように一瞬で敵の前に移動し、一刀のもとに切り伏せた。さらに、その細腕ではわずかに持ち上げることすら無理と思える大剣を小枝のように振るい、次々と切り捨てる。

(おおっ、これ凄い!)

 モモンガはその身体能力の高さに感嘆した。剣を振るう動きにも淀みはなく、戦闘技術が身体に染み込んでいるのが伝わってくる。剣を木の枝の上に振り下ろし、寸前でピタリと止めた。枝に乗っていた木の葉が一枚両断されて落ちていったが、下の枝にはキズひとつない。コントロールは完璧だ。
 命を奪うことへの罪悪感はなかった。あるのは戦いから生じる高揚感であり、血を見ることへの興奮だ。それは仕方がないかもしれないが、流され過ぎないよう注意する必要もあるだろう。
 剣を仕舞い、モモンガは再び歩き始めた。




 今度は少しずつ歩くスピードを上げていった。歩行から次第に走行へと変わっていく。そして留まるところを知らずにどこまでも、上がっていった。
 すでに車両で出すような領域に達している。左右の景色がすさまじい勢いで後ろに流れていくことに、モモンガは興奮していた。生身では出しようがない速度で、まるでバイクでハイウェイをおもいっきり飛ばしているような感覚をもって、木々の間をすり抜ける。周囲との間合いの把握もまた完璧だ。
 そのまましばらく疾走していたが、ふいにシャルティアの身体が飛び上がった。そして高所の枝を蹴り、さらに前方へ飛ぶ。さらにまた前へ。次々に枝から枝へと飛び移るその姿は。

(これぞニンジャ!楽しい―!楽しいですよ、弐式炎雷さん!)

 モモンガはアインズ・ウール・ゴウンのザ・ニンジャと呼ばれたギルドメンバーに呼びかけた。彼もユグドラシルで似たような感覚を楽しんでいたかもしれないが、臨場感はこちらのほうが圧倒的に上だろう。
 今のモモンガに疲労というものはない。また周囲が薄暗くとも暗視の前では意味がない。そのせいだったのだろうか。

「あれ?」

 気がつくと日はとっくに暮れ、あたりは夜の闇に包まれていた。





 少しやらかした気分でうなだれていたモモンガは、ふと微かな光に気づいて顔を上げた。見上げてみると、頭上を覆う木々の隙間から星の光が射し込んでくる。それに興味を引かれたモモンガは、飛行の魔法で舞い上がった。

「うわああ……!」

 森を越えた頭上には、見渡す限りの満天の星空が広がっていた。はじめて見る大自然の雄大な光景に、モモンガは感嘆することしかできない。漆黒のヴェールに撒かれて瞬く星たちの小さくも強い輝きは、夜空を飾る宝石のようだった。
 天を眺めながら、モモンガはゆっくりと夜の空に身を横たえる。それは、星の天蓋を備えた夜空のベッドだ。シャルティアの美しさに相応しい、神域の寝台である。
 月と星の光はシャワーのように降り注ぎ、受け止めるかのように両手を広げたシャルティアを淡く彩った。光のシャワーを浴びていると、心に巣くっていた負の感情が洗い流されていくように思えてくる。そうして落ち着いてくると、今まであまり考えないようにしていたことが浮かび上がってきた。

(どうなったんだろうな、ナザリックは)

 おそらく、自分と一緒に来ていない以上、あのままサービス終了とともに消滅しただろう。正直なところ、切り離されて転移したとは考えにくい。栄光のアインズ・ウール・ゴウンは失われたのだ。
 何かを掴もうとするかのように、何かにすがろうとするかのように、シャルティアの手が天に伸ばされる。しかしきゅっと握りしめてみても、広大な夜天の星たちはその小さな手のひらから零れ落ちるだけだ。
 広く果てしない夜空、それに比べて自分はなんとちっぽけなことか。そんな自分がどうなろうと、誰が気にするわけでもない。そう考えると、気が楽になる。
 だから、もっと自由に生きてもいいはずだ。もっとわがままに、誰のためでもない、自分自身のために。

(いや、まだ終わっていない。アインズ・ウール・ゴウンはここにある)

 モモンガはそっと胸に手を当てる。そこでは、動かない心臓の代わりとでもいうようにスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの力が脈打っていた。栄光の象徴は、けっして失われてなどいない。

(そうだよな、俺が……いや)

「私がアインズ・ウール・ゴウンですよ、皆さん。これからは、私だけのものですからね」

 悪戯っぽい表情を浮かべながら、あえて口に出して宣言した。自分の決意を広く知らしめようとするかのように。

「文句なら、いつでも受け付けていますから」

 星空の片隅を、流れ星が横切っていった。




 モモンガの名誉のためにも言っておくと、現実世界では大気汚染が進み過ぎ、最早星空を眺めることはできない。だからこそモモンガはその光景に心を奪われていた。また自然や夜空をこよなく愛したギルドメンバー、ブループラネットを思い出し過去の記憶に浸ってもいた。
 また夜空では自分の位置が把握しにくい。背中を地面に向けていれば尚更だ。

「あ」

 飛行の魔法が切れたシャルティアの身体は、そのまま地面に激突した。
 
 







えー、一応言っておきます。知っているかもしれませんが、モモンガさんはこの程度じゃダメージ受けませんから

よーやく、次から話が動き始めます(予定)