オーバーロード P+N シャルティアになったモモンガさん   作:まりぃ・F
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第1話 地の底深くにて

 DMMO -RPG YGGDRASIL

 それは数多発表された同様のタイトルの中でも一際輝きをはなった、まさに傑作と呼ぶにふさわしいゲームである。しかし熱狂的な支持を受けたユグドラシルとて時の流れには抗えず、静かにサービス終了の瞬間を迎えようとしていた。




 ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」はユグドラシルの中でもトップクラスの存在だった。モンスターである異形種をアバターとし、悪のロールプレイで他のプレイヤー達を狩るなど、主に悪名の高さ故であったが。
 しかし実のところ彼らはあくまでゲームの中で悪役を演じて楽しんでいただけで、全員が社会人ということもあってかまともな人間が多かった。まあ多少変人が多かったのも確かではある。
 そんな栄光もすでに過去のものだ。多くのメンバーは引退し、サービス終了の今日ギルドマスターの呼び掛けに応じて集まったのもほんの数人だった。
 ログインしてくれた最後のメンバーを見送ったギルドマスターであるモモンガのもとに、侵入者ありとの報告が入った。

(え、今ごろ?)

 戸惑ったようにその骸骨の顔を―モモンガのアバターはメイジ系スケルトンの頂点たるオーバーロードだった―あげる。時計を見ても、終了までに残された時間はほとんどない。このナザリックを攻略するのは、どう考えても不可能だ。

(もうちょっと早く来てくれたらなぁ……誰かと一緒に戦えたのに)

 それとも友人たちとの会話を邪魔されなかったことを感謝すべきなのだろうか。いずれにせよ、考えている時間はなさそうだった。
 モモンガはコンソールを素早く操作し、侵入者の情報を確かめる。数はそれなりにいるようだが、傭兵NPC がほとんどだ。プレイヤーはそれほど多くない。

(どこで迎え撃つか)

 普通なら上層部が、深くても六階層の闘技場が妥当なところだ。しかし、これは間違いなくナザリック最後の戦いとなる。それにふさわしい舞台が必要とされるはずだ。

(やはり、玉座の間しかないよな)

 決意とともに立ち上がったモモンガの視界の端に映るものがあった。そちらに顔を向け、ゆっくりと歩み寄ると、モモンガはそれの前で立ち止まる。
 モモンガの目の前の壁には、一本の杖がかけられていた。一目で並みの代物ではないと判るまがまがしくも美しいその杖こそ、ギルド武器たる「スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン」である。ギルドが総力を挙げてつくりあげた、最強と呼ぶにふさわしい武器でありながら、破壊されるとギルドが崩壊するためにここから動かされることはなかった。
 一瞬ためらったものの、モモンガは杖に手を伸ばす。どのみちゲームが終了すれば、ギルドも消滅するのだ。






 扉を開け玉座の間に入ったモモンガは、部屋の一番奥、少し高くなった場所に鎮座する、文字通りここの名前の由来となった玉座を目指した。
 この玉座は、ただの椅子ではない。ワールドアイテムに分類される、最高峰のマジックアイテムだ。
 ユグドラシルにおいて、アイテムは最下級から上は神器級までデータ容量の大きさによって区分化されている。これら通常のアイテムとはまったく別に、運営が特別に用意した強力で特殊なごく少数のものが世界級と呼ばれ、ゲーム内でもその名を馳せていた。
 ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」が最初に手に入れたワールドアイテムが、この玉座である。それはギルドとして最初の活動での出来事にして、「アインズ・ウール・ゴウン」の栄光の始まりでもあった。 
 玉座に腰を下ろしたモモンガは、コンソールのリストを開いて召集するメンバーを選んでいた。強すぎず弱すぎずなるべくいい勝負になるように、頭を悩ませながら名前をタップしてゆく。それにあわせて続々とキャラクターたちが集まってきた。
 異形の、モンスターといった外見のものがほとんどの中、人間の少女にしか見えない姿が目にとまる。モモンガはその少女を自らの前に呼び寄せた。
 年の頃はせいぜい13、4ぐらいだろう。まだ幼さの色を多分に残しながらも、恐ろしいほど整った顔だちをしていた。蕾がほんの少し綻んだばかりといった風情の、絶妙なラインで描き出された美貌は、傾城、傾国あるいは絶世といった表現がしっくりくる。その見事としか言いようのない出来映えに、デザインや外装製作担当の才能や努力、そして苦労といったところまでうかがうことができた。
 長い銀色の髪を大きなリボンでまとめ、漆黒のボールガウンを纏ったその小さな姿は、白蝋じみた肌の白さもあって病弱で儚げな深窓の姫君のように見える。体つきは華奢で、スカートがボリュームたっぷりに膨らんでいるせいもあって腰など今にも折れそうなほど細く見えた。
 ただし、胸だけは他と不釣り合いなほど大きく、不相応に盛り上がっている。そんなバランスとアンバランスとが生み出した、奇跡ともいうべき美がそこにあった。
 この美少女こそ、全十層からなるナザリック地下大墳墓の第一、第二、第三階層を預かる階層守護者という設定のヴァンパイアの真祖、シャルティア・ブラッドフォールンである。
 モモンガと同じ100レベルのキャラクターとしてつくられ、思い切りガチでデータを組まれたせいもあって、儚げな見た目とはうらはらにナザリックの全NPC 中ほぼ最強と言ってもいいほどの戦闘力を持っていた。

(本当によく出来てるよなあ)

 しかし玉座に君臨する自分の前で部下が棒立ちというのは、いささか収まりが悪く感じられる。モモンガはしばし記憶を探り、NPC に命令を下すためのコマンドワードを見つけ出した。

「ひれ伏せ」

 シャルティアが跪き、臣下の礼をとる。その動きは自然で、滑らかで、完璧で、細部まで神経の行き届いた気品すら漂うものだった。AI担当メンバーの技術に、モモンガはあらためて感心する。

(やっぱりアインズ・ウール・ゴウンこそが、最高のギルドだよな)

 そんなギルドが生み出した最高傑作のひとつをもっとよく見ようと、玉座から身を乗り出した。しかし俯いているために肝心の顔が見えない。

「えーと……面を上げよ」

 シャルティアの血に濡れたような紅い瞳が正面に向けられ、覗き込んでいたモモンガと見つめあう形になった。正直なところあまり女性慣れしていないモモンガは、いくぶん狼狽え気味に視線を下げる。
 しかしその目に、前屈みになったことでより強調されることとなったシャルティアの胸の膨らみが映った。男心をくすぐる魅惑のラインに、思わず見入ってしまう。

「はっ!」

 我に返ったモモンガは、あわてて玉座に戻ると、あさっての方に顔を向けた。

(い、いや、別にエロいこととか考えてないし!これは偽物だから!上げ底だから!)

 シャルティアの設定をつくったのは、ギルド内でもモモンガと特に仲の良かったペロロンチーノである。それゆえによくシャルティアの話を聞かされていたため、自然とその設定には詳しくなっていた。自作のNPC を除けば一番というくらいには。
 そんなシャルティアを巡る話の中に、この胸にまつわる事件があった。本来ならば微乳という設定だったはずが、イラスト担当が自分のこだわりから巨乳に描いてしまったのである。ペロロンチーノは悩んだものの、せっかく描いてもらったのだからと絵に合わせて設定を変え、パッド入りということで折り合いをつけることとなった。そのあたりのドタバタは、モモンガもよく覚えている。
 やがて少し落ち着いたモモンガは、あらためてシャルティアの方を見やった。その顔だちは確かに美しいが、ゲームの仕様上表情の変化はさせられないために、人形のように見える。実際人形と言って間違いはなく、それはそれで神秘的な美しさを湛えているが、もしも笑顔を浮かべることができたらどれ程魅力的に映っただろうかとも考えずにはいられなかった。

(おっと、準備しないと)

 モモンガはシャルティアを立たせると、戦いに備えてその装備を変更した。深紅の全身鎧を纏い巨大で奇妙な形状のランスを携えた姿は、まさしく鮮血の戦乙女の名にふさわしい出で立ちである。モモンガは満足気に頷いた。


 



 ナザリック地下大墳墓、その最下層たる第10階層の広々とした廊下を侵入者たちは急いでいた。

「まったく、間に合わないかと思ったやんか」
「わりぃわりぃ、いろいろ準備がな」
「言い出しっぺのくせに遅れてんじゃねー」

 やがて一団は大きな両開きの扉の前にたどり着いた。ここに至るまでの光景もそれは見事なものであったが、扉に施された装飾の作り込みにもまた圧倒される。

「ここまで来たのって、俺たちがはじめてだよな」
「そのはず」

 てっきり途中のどこかで迎撃されるかと思っていたものの、一切そういうことはなかった。それどころか、NPC のメイドが案内するかのように配置されていた。この扉の前にも、二人が控えている。

「一番奥でお待ちかねってことか」
「だろうな、さあいくぜ」

 ゆっくりと開いてゆく扉を見ながら、侵入者たちは武器をしっかりと握り締めた。






 玉座の間へと足を踏み入れた彼らの目に映ったのは、広大な空間だった。これまでにも増して荘厳な雰囲気をたたえたこの場所は、神々の住まう天上の宮殿と呼ぶにふさわしい。
 しかし侵入者たちの視界には、美しいこの場にそぐわないものたちの姿が映っていた。天界の神兵というより、どう見ても魔王の軍団としか呼びようのないものたちが。それはもちろん、モモンガが迎撃のために集めたナザリックのNPC やシモベたちだった。
 その後方、一番奥の、部屋を一望できる高台に、玉座に背を預け侵入者を見下ろすモモンガがいる。異形の配下を従え高みに君臨するその姿は、まさに魔王以外のなにものにも見えなかった。

「いよいよだな」
「うお、モモンガさんカッケー」

 侵入者たちは陣形を組み換えながら前に進む。それを見たモモンガはスキル《絶望のオーラ》を全開にして禍々しく揺らめかせ、芝居がかった動作でマントを大きくなびかせながら立ち上がった。

「アインズ・ウール・ゴウンが本拠地、ナザリック地下大墳墓の最奥にして至高たる玉座の間へようこそ、侵入者の諸君。ここまでたどり着いたのは、そなたらがはじめてである」

 そこに立っているのは、まさに魔王。脚本~ウルベルト、振り付け~たっち・みー、演技指導~ぶくぶく茶釜、演出~ペロロンチーノ、考証~タブラなどなど、ギルド総出でつくりあげたプレイヤー魔王である。

「ゆえにこの地にて果てる栄誉を与えよう。さあ、始めるとしようか」

 もっとも内心では噛んだり間違ったりしないようにいっぱいいっぱいだったりするが。
 そして、最後の戦いが始まった。




 そして、最後の戦いが終わった。侵入者の全ては地に伏し、生き残っているのはひとりのみ。そのひとりもダメージやらバッドステータスやら食らいまくり、満足に動くことも出来なかった。
 しかしナザリック側の被害も甚大である。
 まず部屋の中は破壊しつくされ、ほとんど原形を留めていなかった。もっともこれは、ほぼ味方のせいである。

「タブラさん……やってくれちゃったなあ……」

 ギルドメンバーのタブラ・スマラグディナが、いつの間にか自分が作ったNPC にギルド所有のワールドアイテムのひとつを持たせていたのだ。それも対物破壊特化型の、ギンヌンガカプを。
 気付いた時にはもう遅かった。ものの見事に炸裂し、無事といえるのは同じワールドアイテムである玉座くらいのものである。サービス終了日でなければ、笑い話では済まなかったところだ。 
 キャラクターにしてもモモンガを除けば立っているのはシャルティア・ブラッドフォールンただひとりしかいない。モモンガは、自分を守って前に立つその小さな姿を、感慨深げに見つめた。

(ペロロンチーノさん……)

 まるで友人が共にこの場に居てくれるような、それが錯覚とわかっていてもそう思いたくなる。あの煌めくような日々の想いは、今なおここにあるのだと。

(最後まで、一緒に行きましょう)

 モモンガはシャルティアの武装を解除させると、侵入者に止めを刺すべく後ろに従えて歩み寄った。倒れてほとんど身動きの取れない相手を見下ろし、高らかに宣言する。

「最後に言い残すことはあるかね?」

 侵入者の腕がわずかに動き、その指にはまっている指輪のひとつがキラリと光った。

(こ、これは!)

 それは、いかなる状態におかれていても即座に一回だけ行動できるというマジックアイテムだ。ただし使い捨てであり、使用後は行動不能となる。
 警戒するモモンガの目が、いつの間にか侵入者の手に握られた槍の姿を捉えた。簡素なつくりの、これといって特徴のない平凡な槍に見える。だがモモンガにはそれに見覚えがあった。直接目にするのは初めてだったが。

「ロンギヌス!?」

 ワールドアイテムのひとつ、ロンギヌス。対象者をアカウントごと抹消するかわりに、代償として自分も同様に消滅する。運営の正気を疑う声が続出した―まあそれはよくあることではあったのだが―壊れアイテムだ。
 だが、ロンギヌスの効果は同じワールドアイテムを所持しているものには無効となる。そしてモモンガは、ワールドアイテムの所有者だった。自らの名を冠し、他のギルドメンバーから個人的に所持することを認められたワールドアイテムの。
 しかし―
 モモンガがイヤな予感を感じる間もなく、その衝撃は襲いかかってきた。ロンギヌスの触れた場所から、今まで感じたことのない身体がバラバラに引き裂かれるような衝撃が。
 後ろに控えていたシャルティアを巻き込み、モモンガはなすすべなく弾き飛ばされた。その意識は白い光に飲み込まれるように、あっという間に薄れていく。

(これで終わりかー!?)

 これがユグドラシルにおけるモモンガの最期だった。








「ふうっ」

 ログアウトした男は、ヘルメットを脱いで小さく息をついた。用意しておいた飲み物に手を伸ばしながら、コンソールの記録を確かめる。ユグドラシルのサービスが終了したためにモモンガがどうなったのかはわからないが、こちらのアカウントが消滅したことは確認できた。これならあちらも同じだろう。どうやら間に合ったようだった。
 実のところ、男はアインズ・ウール・ゴウンのファンである。だからこそ最後を飾るイベントとして、あの襲撃を実行したのだ。
 ロンギヌスを使ったのも盛り上げるためであり、またモモンガには平凡な終わりを迎えて欲しくないと考えたせいでもある。そのためにモモンガに効果が及ぶよう、他のワールドアイテムを使ってまで強化した。

「さーて、報告、報告」

 男は事の顛末をブログに上げようと準備を始めた。








 意識を取り戻したモモンガの目に飛び込んできたのは、鬱蒼と生い茂った森の姿だった。それについて思考を巡らせる前に、自らの身に違和感をいだく。
 呆然と辺りを見渡すその姿は、シャルティア・ブラッドフォールンのものに変化していた。