橘玲の世界投資見聞録 2018年1月5日

2018年はどんな年になるのだろうか?
欧米、中国、日本の政治、経済からひも解く
[橘玲の世界投資見聞録]

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 2016年はイギリスのEU離脱(6月)とトランプ大統領の登場(11月)という2つの大きな事件があり、自由でゆたかな欧米先進国にポピュリズムの嵐が吹き荒れていることをひとびとは目の当たりにした。去年のいまごろは、フランス大統領選(5月)で“極右”FN(国民戦線)のマリーヌ・ルペンが当選するようなことになればEU(欧州連合)もユーロも崩壊し、世界は大混乱に陥るのとの重い不安が垂れ込めていた。

 だが蓋を開けてみれば、フランス大統領選の決選投票では中道左派・親EUのエマニュエル・マクロンが圧勝し、3月に行なわれたオランダ総選挙でも“極右”自由党が予想より票を伸ばせなかったことから、「右傾化の流れは止まった」といわれた。ドイツの連邦議会選挙(9月)でメルケル首相のキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)が第一党の座を守ったものの大幅に票を減らし、「反移民」を掲げるAfD(ドイツのための選択肢)が第3党に躍り出たことで連立交渉が難航しているものの、振り返ってみれば大過なく1年が過ぎたのではないだろうか。もちろんこのなかには、10月の総選挙で自民・公明の与党が圧勝し、安倍政権の続投が決まったことも含まれている。

 だとしたら、2018年はどんな年になるのだろうか。備忘録として、思いついたことを書いておきたい。

アメリカで起きているのは、
「貧困層」と「貧困に落ちつつある(白人)中流層」の対立だ

 期待よりも不安の方がはるかに大きなスタートを切ったトランプ政権だが、さまざまなトラブルを引き起こしながらも、「ビジネス・オリエンテッド」であることがはっきりした。

 トランプは、気候変動対策の国際的枠組みである「パリ協定」から一方的に離脱したように環境問題に興味も関心もない。オバマケア廃止を目指し、富裕層に増税したり貧困層に再分配するつもりも毛頭ない。さらに12月には懸案だった税制改革法が成立し、これまで35%と先進国でもっとも高かった法人税率が21%に引き下げられるなど、総額170兆円規模の減税が行なわれた。

 その一方で、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)の交渉からは離脱したものの、カナダ・メキシコとのNAFTA(北米自由貿易協定)を廃止したり、メキシコとの国境に「万里の長城」をつくるような、自由貿易を拒絶する極端な経済政策をとるわけではないこともわかってきた。

 それを受けてニューヨーク株価やNASDAQは史上最高値を更新した。グローバル企業にとっては、「自由に商売させてくれるし、好きなだけ儲けさせてくれる」居心地のいい政権なのだろう。

 アメリカは先進国でもっとも大きな経済格差を抱える国であり、保守派(共和党支持者)とリベラル(民主党支持者)の対立、というか憎しみ合いもさらに激しくなっていくだろうが、それが大きな社会的な混乱につながるとはかぎらない。

 「ウォール街を占拠せよ」の運動では、左派の若者たちは米国社会を「1%の富裕層と99%の貧困層」だと批判した。富がごく一部の富裕層(超富裕層)に集中しているのは間違いないが、だからといって99%の貧困層が一致団結して「革命」を求めているわけではない。

 すでに繰り返し指摘されているようにトランプの強固な支持基盤は「中流」から脱落しかけている白人労働者(ホワイト・ワーキングクラス)で、彼らの怒りは経済的な成功者(もちろんトランプがその代表だ)に向けられているのではなく、真面目に働く気もなく生活保護で暮らしている(とトランプ支持者からみられている)黒人貧困層や、不法な労働で善良なアメリカ市民の仕事を奪っている(と思われている)移民がターゲットだからだ。すなわちアメリカで起きているのは、「貧困層」と「貧困に落ちつつある(白人)中流層」の対立なのだ。

 それに対して、トランプを激しく批判するリベラルの牙城はニューヨークやボストンなどの東海岸と、ロサンゼルス・サンフランシスコのある西海岸で、どちらもアメリカで(というか世界で)もっともゆたかな地域だ。トランプの最大の敵対勢力は、金融業やIT産業、メディア産業・教育産業などに従事する裕福な知識階層だ。

 アメリカの分裂とは、白人中流層を代表するトランプ(共和党)と、黒人や移民などの貧困層(差別されたひとたち)の代理人であるリベラルな富裕層(民主党)の対立だ。トランプ支持者はこれを、「(俺たち)善良なアメリカ人」と、「グローバル資本主義の強欲なエリート」の対立だという。ここでは「グローバル資本主義(ネオリベ)」は、民主党を支持するリベラルへの蔑称として使われている。

 そのリベラル派(その多くは白人)はオバマ政権のときのように、包括的な社会保険制度を設立したり、地球環境を守るためにコストを負担することは支持するだろうが、自分たちの既得権を根こそぎにするような極端な政策はぜったいに受け入れないだろう。

 すなわちこの構図では、共和党と民主党のどちらに転ぼうともアメリカ社会を根底から揺るがすような混乱は起きず、ただお互いの憎悪が募り社会の分裂が進んでいくだけだ。もちろんその結果として、白人中流層の多くが貧困層に落ちていくようなことになれば別だが、そうなるまでにはまだしばらくかかるだろう。


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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