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2017年12月22日

宮台真司・苅部直・渡辺靖鼎談
民主主義は不可能な理想か
コモンセンス(共通感覚)が壊れてしまった世界で

第2回
ポピュリズムの問題

苅部 直氏
苅部 
 アメリカでトランプ政権が誕生したり、英国でEU脱退が決まったりと、リベラル・デモクラシーを標榜しているはずの国が激しく混乱しているのを見て、中国が自分の政治体制に妙な自信をもってしまうということは、ありうるでしょうね。しかも「一帯一路」で影響力をグローバルな範囲に拡げようとしていますから、それを対外的にも宣伝してゆくかもしれない。

ただ、アメリカと西欧でいま起きている政治現象を「ポピュリズム」と呼んで、デモクラシーの病理現象のように批判するのに対しては、僕は疑問をもっています。そもそもトランプのような人も大統領になれるのは、政治制度としてのデモクラシーの美点ですし、その面だけ見れば正常運転でしょう。手前味噌になってしまいますが、編集委員を務めている『アステイオン』八六号で「権力としての民意」というポピュリズム特集を組みました。そのなかでアメリカ政治史の岡山裕さんが「アメリカ二大政党政治の中の「トランプ革命」」という論文で指摘しているのですが、トランプが従来の政策を大胆に変えようとしても、権力分立の政治制度に阻まれて、必ずしもうまくいかない。現在みられるように、裁判所や上院が実際に抵抗力を発揮しています。だから結局トランプも「立憲政治の王道」にのって、議会の共和党と連携を進めなくてはいけないというのが岡山さんの見通しでした。もしも仮に乱暴な政治家が最高権力を握ったとしても、それをチェックするシステムができている。そうしたデモクラシーの制度の偉大さを、しっかり再確認すべきなのではないでしょうか。そもそも、ろくでもない政治家が選挙で選ばれても、それに対して反対勢力が対抗し競争することで、十九世紀以来、デモクラシーは生き続けてきたはずですから、その歴史の重みを大事にした方がいい。
しかしそれを言った上で、やはりポピュリズムと呼ばれる動向がつきつけている問題も、きちんと考えないといけない。今年はドイツの政治学者、ヤン=ヴェルナー・ミュラーの本の邦訳が二冊、刊行されました。『ポピュリズムとは何か』(岩波書店)と『憲法パトリオティズム』(法政大学出版局)。どちらも重要な本だと思います。『ポピュリズムとは何か』でミュラーは、ポピュリストが、自分たちだけが「真の民意」を代表していると自己宣伝するところに問題性を見ています。自分たちとは異なる意見は「真の民意」ではないので、ひたすら排除の姿勢をとる。これは先ほどの感情教育の必要性ともつながりますね。権力を制限する制度を維持してゆく努力も大事ですが、感情面の劣化が進んで、異なる考えを受け入れなくなってしまった人々をどうするか。制度のメンテナンスと下からの感情教育と、両面での対処が必要でしょう。
渡辺 
 つい最近、キャス・サンスティーンの『シンプルな政府』(NTT出版)という本が出ましたよね。ノーベル経済学賞を獲った、行動経済学で知られるリチャード・セイラーでもそうですが、押しつけではなく、あくまで自発的と思わせながら、人びとを一定の方向に導いていく。そうしたナッジ式のプログラムが、今後様々なところで開発されていくと思います。ただ、ナッジにしても、その根底には設計者の何かしらの意図があるわけですから、既にパターナリズムに陥っていて、純粋な自由選択とは言えない面もありますよね。もちろん、純粋な自由選択などというのは理論的には虚構だとは思いますが。
宮台 
 チャーチル元英国首相の有名な言葉が示すように、民主政とは内容的な正当性よりも形式的な正統性を調達する装置だとする立場が有力。でも出鱈目な内容の決定を出力し続けるなら、正当性の不在が正統性を怪しくします。民主的決定がまともな内容を出力し続けるにはコモンセンス(共通感覚)が必要です。例えば憲法意志がそれ。憲法など統治を制約する枠組では統治権力は「やっていい」と書かれていることだけをやるのが基本です。つまりオプトイン(ホワイトリスト)式。なのに現安倍政権は閣議決定で解釈改憲し、反対する内閣法制局長の首をすげ替えた。宮内庁長官もイエスマンにすげ替えた。憲法に「やっちゃいけない」と書かれていないからというオプトアウト(ブラックリスト)式です。

福田康夫元首相が言う通り、ゲームのプラットフォームを壊すことになるという感覚が政治家にもあったから、「やっちゃいけない」と書かれていなくてもやらなかった。それを安倍政権もトランプも平気でやるのです。政治家や民衆がコモンセンスを欠けば、民主政の手続きを形式的に踏むだけでは出鱈目な内容の政治的決定を抑止できません。議会も裁判所も最終的にはコモンセンスを前提にするのです。コモンセンスが空洞化すれば、大統領や首相は出鱈目な内容の政治的決定を連発し、議会も裁判所も抑止機能を果たせません。誤作動じゃない。民主政が法的プログラムで回わる自動機械に見えるのは形式だなのです。内容はコモンセンス次第。民主政が誤作動しないからこそ民主的に独裁者が選ばれます。

ナッジについてですが、サンスティーンは「二階の卓越主義」と言います。二階の卓越者は従来のエリートと違って答えを示さない。人々が自分たちで解決策を見いだしたという感覚を手放さない範囲で熟議でナッジを発揮するファシリテーター(座回し役)です。大切なのは元々マクロな処方箋とはなり得ないこと。ファシリテーターが機能する熟議は、ジャン・ジャック・ルソーの言う民主政の条件、即ち「政治的決定によって各々の成員が被る帰結が想像できて気に掛かる=ピティエ(憐れみ)が生じる」ような小ユニット内でのみ可能です。つまり「仲間」であり得る範囲です。ルソーが育った当時のジュネーブ規模の二万人が上限か否かは不明ですが、何千万人や何億人の規模は到底「仲間」じゃあり得ません。

この記事の中でご紹介した本
子育て指南書 ウンコのおじさん/ジャパンマシニスト社
子育て指南書 ウンコのおじさん
著 者:宮台 真司
出版社:ジャパンマシニスト社
以下のオンライン書店でご購入できます
ポピュリズムとは何か/岩波書店
ポピュリズムとは何か
著 者:ヤン=ヴェルナー・ミュラー
出版社:岩波書店
以下のオンライン書店でご購入できます
憲法パトリオティズム/法政大学出版局
憲法パトリオティズム
著 者:ヤン=ヴェルナー・ミュラー
出版社:法政大学出版局
以下のオンライン書店でご購入できます
生前退位‐天皇制廃止‐共和制日本へ/第三書館
生前退位‐天皇制廃止‐共和制日本へ
著 者:堀内 哲
出版社:第三書館
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年12月22日 新聞掲載(第3220号)
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