2018年01月05日

若者が自民党を支持しているって本当?第3回――自民党の得票率を過大に報告するメディアの世論調査

 前回から少し時間が空きましたが第3回の記事になります。2017年衆院選に関するデータの公開を待っていました。ちなみに第1回の記事で2014年のデータで代用していたグラフと本文も手直ししています。

 この連載では、これまで2回記事を掲載しました。久々なので要約しておくと、1回目の記事では、出口調査のデータは投票者しか含まないため、若者一般の自民党支持率はわからないと指摘しました。また、出口調査の年代別自民党得票率に投票率を掛けて絶対得票率を見ると若年ほど自民党へ投票する割合は低くなっていました。一方、2回目の記事では、各社の年代別自民党支持率はさまざまで、たとえば20代が他の年齢層に比べて特に高いとは言えないということを示しました。

 ただし、この2回で見た若年層の投票行動と支持政党との間には、大きな乖離があるように見えます。第1回の記事で見たように、若年有権者のうち自民党に投票している割合は低いということは、少なくとも投票所に向かって同党に投票する程度の強さの支持においては、若者ほど自民党支持率は低いと言えます。一方、第2回の記事で見た世論調査の政党支持率では自民党は若年層で一定の支持率となっており、誤差があるにしても高齢層に対して若年層のほうが明確に低い支持率であるとは言えません。

 第1回の記事の最後で「なぜ若年層で自民党支持率が高いのに選挙ではみんな棄権してしまうのか、という疑問が湧くかもしれません」と述べましたが、今回からその答えに近づいていこうと思います。今回の記事では、この選挙結果と世論調査結果の乖離の根本にある世論調査の歪みについて紹介します。


■2つのバイアスと投票行動調査の重要性
 選挙での投票と世論調査での回答に大きな乖離があるとき、考えられるのは回答者の偏りです。もちろん各社とも努力して、世論調査の回答者が正確な「有権者全体の縮図」となるよう(費用対効果や速報性も考慮しつつ)調査法を設計しています。「層化二段無作為抽出法」や「RDD法」といった言葉を聞いたことのある方は多いと思いますが、これらは一定数の回答者(標本)を選び出す際に、有権者全体(母集団)に似た集団を作るべく利用されている方法です。

 しかし、実際の回答者は母集団に対して多少偏っています。たとえば、政治に関心がある人ほど世論調査に答え、関心がない人ほど回答しない傾向があります。世論調査回答者の投票率が現実の投票率に比較してかなり高い値になるのは主にこのためです。ここではこの偏りを「投票者バイアス」と呼ぶこととします。

 また、世論調査での自民党に投票した割合は現実よりもかなり高くなります。これが近年強まっている可能性は、下記の拙稿で指摘したとおりです。ここではこれを「自民党バイアス」と呼ぶこととします。

菅原琢「安倍政権は支持されているのか――内閣支持率を分析する」中野晃一編『検証 安倍政治』岩波書店、2016年(amazon)

 これら2つのバイアスは、世論調査での投票行動の回答と現実の選挙結果を比較することで明らかにすることができます。ただし、メディアの主要な世論調査の中で、今回の衆院選直後の調査で回答者の投票行動を聴取したのは読売新聞と朝日新聞のみのようです。読売新聞は今回のみ聞いており、近年継続して調査しているのは朝日新聞のみになります。以下では、両調査の分析からメディアの世論調査の一般的な傾向を推し量ることになる点は注意して下さい。

 個人的には、選挙後に世論調査で投票行動を調査する意味はとても大きいと考えています。標本を対象に調査する世論調査が、母集団である有権者の投票行動をどれだけ再現できているのか確実にテストできるためです。

 関係者の中には、世論調査は方法の適切さにのみ依拠するような考え方もあり、それはそれでもっともなところはあります。しかし、これを情報として扱う政界や周辺の研究者からしても、何よりわれわれ有権者、つまり“母集団側”からしても、世論調査が有権者全体の意見や行動を的確に把握できているかは重要な問題です。

 この記事では読売、朝日の調査を用いますが、これらの調査が特に歪んでいると指摘したいがためではないことも、念のため先に述べておきます。むしろ、投票行動を調査することで自らの調査の歪みを明らかにしているという点で、両紙の調査は評価されるべきと考えています。


■読売新聞世論調査の強い投票者バイアス
 まず、2017年衆院選直後に読売新聞が実施した世論調査を見てみましょう。

「2017年10月 衆院選直後緊急電話全国世論調査」『読売新聞』

 最後の質問「衆院選の比例選では、どの政党に投票しましたか。」を見ると、「投票に行かなかった」はわずか6%であることがわかります。仮に「答えない」の7%も棄権者だとしても、世論調査中の投票率は87%にもなります。一方、2017年衆院選の無効票を除いた比例区投票率は52.6%でした。世論調査が本当に有権者全体を“写して”いるなら、多少の誤差があるにしても、棄権者がわずか6%という調査結果は出てきません。この調査では投票者バイアスがかなり強いと言えるでしょう。

 同じ質問で、比例区で自民党に投票したとする割合が40%になっています。この40%は有権者全体の中の絶対得票率と解せますから、「投票しなかった」と「答えない」除いた投票者(87%)中の相対得票率に直すと約46%になります。一方、自民党の比例区の絶対得票率は17.5%、相対得票率は33.3%でした。いずれの得票率で比較しても、自民党の数字は過大に報告されており、自民党バイアスもかなり強力であると言えます。

 ここで出てきた数字を整理すると表1のようになります。世論調査の数字を現実の数字で割った値を「歪み倍率」と名付けて計算すると、世論調査に投票者が過大に代表される投票者バイアスは1.66倍、投票者の中でも自民党投票者が過大に代表される自民党バイアスは1.38倍となります。結果、有権者に占める自民党投票者の割合は、本来17.5%となるはずが、2.29倍の40%と報告されることになるわけです。




■より歪みの小さかった朝日新聞世論調査
 次に朝日新聞の結果を確認してみましょう。下記リンク先に、朝日新聞の2017年衆院選直後の世論調査結果が掲載されています。

「世論調査―質問と回答(10月23、24日実施)」『朝日新聞』

 表2は、表1と同様の計算を2017年衆院選直後の朝日新聞世論調査について行ったものです。歪み倍率を見ると、投票者バイアスは1.33倍、自民党バイアスは1.20倍、両者を合わせた全バイアスは1.60倍となっており、朝日新聞でも自民党の絶対得票率は現実の値に比較して過大となっていることがわかります。



 表2を表1と比較すると、投票バイアス、自民党バイアスともに表2のほうが歪み倍率は小さいことから、読売新聞の調査よりは朝日新聞の調査のほうが歪みは小さいと言えます。このうち投票バイアスに関しては、棄権層の割合が大きく異なることにより生じています。朝日新聞世論調査の「投票していない」の割合は24%と、本来の棄権率47%に比較すればかなり低いですが、読売調査(6%)に対しては4倍です。「答えない・分からない」の6%を合わせれば30%となります。

 ここに自民党バイアスの弱さも加わり、読売と朝日には自民党への投票割合に大きな違いが生じています。先の読売の調査では40%に達していましたが、朝日では28%になっています。現実の値である17.5%に比べればかなり大きいことには違いありませんが、朝日新聞の世論調査結果は読売新聞の世論調査結果よりは、「有権者全体の縮図」として歪んでいないということになります。


■政党別得票率の比較
 自民党だけでなく、各政党の得票率も両調査の数字と比較してみましょう。表3ではまず、2017年衆院選比例区の政党別絶対得票率と、朝日、読売の世論調査結果を比較しています。



 繰り返しますが、絶対得票率は有権者数に対する得票の割合を示すものです。世論調査回答者が有権者全体の縮図となっており回答者が正直に回答しているなら、この絶対得票率と世論調査での各党の得票率は一致することになります。しかし、この表から明らかなように実際の選挙結果と世論調査は大きくズレています

 比例区における自民党の絶対得票率は17.5%で、有権者のうち5.7人に1人が比例区で自民党に投票していることになります。これが、朝日新聞は28%なので3.6人に1人、読売新聞は40%なので2.5人に1人となります。

 また、世論調査では立憲民主党と希望の党の合計が朝日で自民28%に対して25%、読売で自民40%に対して28%というように、2党合わせても自民党に敵わない計算になります。しかし実際の選挙結果では両党合わせて19.6%となり、17.5%の自民党を上回ります。

 このように、世論調査と実際の選挙結果とはかなり印象が違うと言えるでしょう。



 有効投票中に占める各党の得票の割合である相対得票率も見ておきましょう(表4)。棄権が除外された分、表3よりは選挙結果と世論調査結果の分布の差が激しくはなくなっています。それでも、自民党の数字が実際よりも大きくなることに変わりはありません。

 なお今回の選挙では、立憲民主党も実際の選挙結果よりも世論調査で大きな得票率が報告されている点が特徴的です。実際の得票率では立憲民主党と希望の党との間には大差はなかったのですが、世論調査では倍以上の開きとなっています。

 朝日新聞の世論調査において、2010年以降の民主党、民進党では世論調査の得票率のほうがかなり大きくなるようなことはありませんでした。自民党以外でこのように数字が過大に報告された例としては民主党政権が誕生した2009年衆院選後の民主党が挙げられます。このときは比例区民主党の絶対得票率28.7%に対して、世論調査では39%が民主党に投票したと回答していました。

 このように、世論調査の回答分布には「勝ち馬に乗る」傾向が出ることがあります。前掲の拙稿で示したように、近年の自民党の得票率では特にこれが顕著です。自民党の支持率が高く出る傾向もこのためと考えられます。


■読売と朝日の違い
 ところで、読売新聞の調査と朝日新聞の調査とで棄権率に大きな差が生じたのは何故でしょうか。表3の数字を見ると、興味深いことに自民と棄権以外はほとんど変わりないことがわかります。自民党以外の政党や「答えない・わからない」の選択率は最大でも2ポイントしか差がありません。単純に見れば、朝日新聞の世論調査では「投票していない」と答えるような層(24%)の半数は、読売新聞の世論調査では「自民党」と答えているようです。

 朝日新聞と読売新聞の最大の違いは、次のように質問文にあります。

【朝日新聞】 あなたは、今回の衆議院選挙で投票しましたか。投票しませんでしたか。投票した場合は、比例区では、どの政党に入れましたか。政党名でお答えください。
【読売新聞】 衆院選の比例選では、どの政党に投票しましたか。

 朝日新聞の調査では、まず投票したかどうかを聞いています。一方、読売新聞の調査では質問文の後に選択肢を読み上げており、各政党の選択肢に続いて「投票に行かなかった」も選択肢として含まれていたようです。朝日新聞の方が積極的に棄権者を捕捉しようとしていると言えるでしょう。

 これに加えて、読売新聞では質問自体が最後尾に置かれていることも影響していそうです。回答者は10問にわたって選挙と政治に関する質問に答えさせられ、しかも直前の質問では「投票する候補者や政党を決めるとき、とくに重視した政策や争点」と投票したことが前提で答えさせられています。この直後に投票先を聞かれているので、「投票に行かなかった」を選択しづらかったのではないかと想像されます。


■今回の議論のまとめ
 この記事で確認した、メディアの世論調査に生じている強い投票者バイアスと自民党バイアスは、選挙での自民党得票率と世論調査の自民党支持率との矛盾の主な要因と考えられます。2つのバイアスによって世論調査の回答者の中に自民党支持者が濃縮されるわけです。この結果、メディアの世論調査の自民党支持率は、有権者全体の真の値よりもかなり高い値が報告されているはずと推測できます。

 そして、この濃縮の作用は、若年層ほど強くなるはずです。強力な投票者バイアスは、棄権率の高いグループの世論調査結果ほど強く歪めます。年代別で最も棄権率が高いのは20代です。20代の世論調査結果から棄権者層が抜け落ちた場合、同時に支持政党なし層が高い割合で抜け落ちます。そのこの結果として、若年層の自民党の支持率は本来の支持率よりもかなり高く報告されることになるのではと考えられます。

 次回は年代別の世論調査でこの点を確認してみたいと思います。
posted by suga at 21:58 | 分析記事