転職すると年収は上がるのか、下がるのか――。多くの人が関心を持っているに違いない。終身雇用・年功序列型だった日本企業では、「転職すると収入が下がる」と思われがちだが、本当にそうだろうか。また、アップするとしてもそれは若年層だけだったり、人手不足のときだけだったりと限定的で、やはりミドル世代の通常ケースでは難しいのか。データをもとに、主に正社員の転職について、これまでのネガティブなイメージを払拭してみたい。
■転職後1年目と2年目で変わる年収
転職による年収の増減については、翌年とだけ単純比較すると判断を見誤る。それは、賞与が全額支給されないケースがあるからだ。例えば1月に転職すると、下期(前年10月から3月の6カ月)のうち半分にあたる3カ月の在籍になるため、夏の賞与は半分だけが支給される場合など。
リクルートワークス研究所が全国の約5万人を対象に調査した「全国就業実態パネル調査2017」(2017年6月公開)では、転職前後の年収の増減についても聞いている。
転職の翌年に年収が10%以上アップした人は31.4%、10%以上ダウンした人は44.3%と、ダウンした人の方が多い。ただし、正社員に限ると10%以上アップは35.4%、10%以上ダウンが34.1%と、アップした人がダウンした人を少し上回る。一方、非正規社員では、10%以上アップが30.7%、10%以上ダウンは46.8%で、ダウンした人の方が多い。
では、転職後2年目の年収の増減はどうだろう。
10%以上アップした人が39.1%、10%以上ダウンした人は41.6%で、アップした人とダウンした人が拮抗している。転職1年目は、ダウンした人がアップした人よりも10ポイント以上多かったので、かなり差が縮まっている。
また、正社員に限ると、10%以上アップが47.1%、10%以上ダウンは26.2%となっており、アップした人がダウンした人を20ポイント以上も上回る。転職1年目は両者の割合がほぼ同じだったことを考えると、大幅に増加したことがわかる。
非正規社員では、10%以上アップが36.2%、10%以上ダウンは47.8%と、ダウンしている人の方が引き続き多い。
正社員では、転職1年目から2年目にかけて、10%以上アップした人が35.4%から47.1%と大幅に増加し、10%以上ダウンの人は34.1%から26.2%に減少している。つまり、転職後2年目には、およそ半数弱の人が転職前の年収より10%以上アップしており、4分の1ずつの人が転職前と同じ、もしくは転職前より10%以上ダウンしていることがわかる。
大ざっぱに言うと、「正社員の転職2年目」の年収は、転職前よりも増加すると推定できる。
しかし、非正規社員では、転職後1年目も2年目も状況は変わらず、半数弱の人が10%以上ダウンしていて、残りの4分の1ずつが転職前より10%以上アップしているか、または同じ程度だ。
■転職で年収が上がるのは若年層だけか
年齢別で見るとどうだろう。
まず、正社員の年齢帯別の平均年収は、15~24歳が199.5万円、25~34歳278.6万円、35~44歳325.3万円、45~54歳349.5万円、55~64歳465.5万円と、年齢が上がるにつれて上昇していることが分かる。
では、転職によりどのように変化したのかを見てみよう。詳細の数字は、表2を参照していただきたい。転職1年目は、30歳代前半までは年収が10%以上アップした人が多く、35歳~44歳では10%以上アップとダウンの割合が拮抗し、55歳以上では10%以上アップした人は2割弱、過半数が10%以上ダウンしている。
それが転職2年目になると、15歳から54歳までの各年代で、年収が10%以上アップした人は半数前後いる。また、55歳以上でも3分の1の人は、年収が10%以上増加しているのだ。つまり、転職2年目になると、年収が上がるのは若年層だけではないといえる。
■給料が上がるのは人手不足のときだけか
人手不足だと給与は上がるのか。他より高い給与を提示して人材を確保する、というのが通説だ。実際はどうだろう。
東京大学の玄田有史教授編「人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか」(慶応義塾大学出版会)に詳しくある。人手不足の状況は、失業率の動向とほぼ同等なので、失業率と賃金の関係を追った調査結果が示されている。これによると、「失業率が1%下がると、賃金が0.1%上がる」。つまり、人手不足になると賃金は上がるが、その額は0.1%ときわめて少ないのだ。実際、過去の数値をみても労働需給と賃金は必ずしも連動していない。
では、実際に賃金は上がっていないのだろうか。厚生労働省が2017年11月に発表した「平成29年 賃金引上げ等の実態に関する調査」によると、87.8%の企業が、平成29 年中に「1人平均賃金を引き上げた・引き上げる」と回答している。改定額は5627円で、前年の5176円を上回った。つまり、多くの企業で賃金は(少しは)上がっているはずだが、私たちの肌感覚では、給料は上がっていないように思えるのではないだろうか。
何が起きているのだろう。
実態は高所得者が減って、低所得者が増えているということのようだ。女性、シニア、非正規社員、サービス業従事者、中小企業といった相対的に年収が低い人たち・企業が増加し、役職者、中高年世代、正規社員、製造業、大企業という相対的に所得が高い人たち・企業の構成比が低下している。結果として、平均所得は下がっているように見える。
■継続的な就業者の年収は増えているか
前述の「全国就業実態パネル調査」は、毎年同じ人を対象にしたパネル調査のため、同一人物の情報を継続的に把握できる。そこで、同じ会社に継続就業している人を抜き出して年収の増減を比較してみた。
2015年と16年の単純比較を雇用者全体でみると、平均所得は1.6%減少している。しかし、同一企業に継続就業している雇用者に限ってみると、平均所得は1.9%増加していた。企業は従業員の所得を上げている事実が見て取れる。また、雇用形態別でも、継続雇用者については、正社員、パート・アルバイトと派遣社員で増加していることがわかった。
■「転職すると年収が下がる」に根拠なし
企業は就業者の給与を上げようとしている。加えて、先に見たように、転職者も賞与支給がある正社員については、転職2年目から半数前後の人が、転職前よりも年収が10%以上アップしている。しかも、それは45~54歳の高い年齢層でも同様だった。「転職すると年収が下がる」という根拠のない先入観に惑わされないようにしたい。
また、あまり一般的な話ではないかもしれないが、転職1年目に、賞与支給分で年収が下がるとするならば、転職先に「一時金」などの名目でプラスしてもらえないか交渉するのも一つの方法だ。働く個人は雇用する企業に対して弱い立場だと感じている人が多いかもしれないが、給与についても主体的に交渉する可能性があることを、ぜひ覚えておいてほしい。(転職時の給与交渉で留意すべきポイントをまとめた記事「転職の『給与交渉』どうする? プロが教える成功則」はこちら)
※「次世代リーダーの転職学」は金曜更新です。次回は1月12日の予定です。この連載は3人が交代で執筆します。
中尾隆一郎 リクルートワークス研究所副所長・主幹研究員。リクルートで営業部門、企画部門などの責任者を歴任、リクルートテクノロジーズ社長などを経て現職。著書に「転職できる営業マンには理由がある」(東洋経済新報社)、「リクルート流仕事ができる人の原理原則」(全日出版)など。 本コンテンツの無断転載、配信、共有利用を禁止します。