現在、大ヒット公開中のディズニー/ピクサー最新作『カーズ/クロスロード』で、主人公マックィーンの重要なシーンを担当したCGアニメーターの原島朋幸氏。日本企業のエンジニアから転身し、アメリカの名門ピクサー・アニメーション・スタジオ(以下、ピクサー)でトップクリエイターにまで駆け上がった原島氏が凱旋帰国。デジタルハリウッド大学での講義登壇前に、単独取材に応じてくれた。現場で求められるスキルやコミュニケーション能力、メリハリの利いた独特のオフィス環境について話を伺った。
ピクサーで大切なのは、技術と個性と協調性のバランス
——ピクサーに入社されて2年半、現場ではどんなスキルが要求されるのでしょう。
原島:そもそもアニメーターという仕事は、3D映像の中で、キャラクターが自分の意思を持って考え、反応しているようにアニメーションするのが仕事。簡潔に言えば“キャラクターに命を吹き込むこと”が使命なんですね。だから、観ている人が、このキャラクターは誰かに動かされていると思ったらアウト。キャラクターがその世界に生きていて、ストーリーにスーッと入っていけないと私たちの仕事は成立しないわけです。
当たり前のことですが、こうしたアニメーションの原理をきちんと理解し、そのスキルを明確に示す技術がないと何も始まらない。ピクサーのアニメーターは、デモリール(自主制作した作品をダイジェストでまとめた作品集)を見れば、その人の力量がすぐにわかる目を持っています。
——人間性はどのような点を重視するのでしょう。
原島:やはりチームでやる仕事なので、何よりも協調性が大切。面接に呼ばれる方は、その時点で技術的な面はクリアしているわけですが、やはり、その先は、ピクサーの環境に溶け込めるか、この人と一緒に働いてみたいと思えるか、という人間性が見られる。ただ、人に合わせるだけでなく、“自分は何をやりたいのか”をしっかりと主張できる個性もなければ、入社しても希望の仕事に就けないという現実があるので、そこのバランスも大切ですね。
——いい仕事をするために普段から心がけていることはありますか?
原島:インプットがないと、アウトプットがだんだん少なくなっていくので、1つのプロジェクトが終わったら、みんな、しっかり休みをとりますよね。私の場合、全くジャンルの違う映画を見たり、子供と動物園に行ったり、肉体的にも精神的にリフレッシュします。ただ、どうしてもアニメーター目線でモノを見てしまうというか。例えば人間の挙動観察を無意識にしていたり、動物の歩き方を分析していたりとか、それはありますね。
――アニメーションのアンテナが常に立っているわけですね。
原島:そうですね。アニメーターは、ある意味“演技者”だと思っているので、その部分の幅を広げる意味で実写映画もよく観るんですが、俳優さんの何気ない動きに“これは役作りなんだ”と気づくときがあって、感心することが多々あります。アニメーションのために自分でアクティングをしてビデオに撮って見てみると全くできてなくて、そういうときは、俳優の凄さを改めて実感しますね。
共通のゴールを目指す結束力こそピクサーの強さ
——ピクサーのオフィス環境は実際どんな感じですか? 外から見ていると、とても楽しそうに感じるのですが。
原島:特徴的なことで言えば、がんばったことに対し、カタチにしてお祝いすることをとても大切にしている会社ですね。例えば、映画制作の半分が終わったら、労いと士気を高めるために“50%パーティ”というものを必ずやりますし、映画が完成し初号試写が行われる時は、打ち上げパーティも必ずある。最近は、“ピクサーパルーザ”というミュージック・フェスティバルも恒例になっていて、社員のバンドが野外ステージで思いっきり弾けます。作品もイベントも、とにかくスケールが大きい。パーティ好きと言えばパーティ好きですが(笑)、一生懸命働いたら、一生懸命遊ぶ、それが作品づくりに活きていると思います。
——身体のケアにも細やかな配慮があるとお聞きしましたが。
原島:マッサージ師さんが常駐していて、仕事が佳境を迎えると、デスクまで来てくれて体をほぐしてくれますし、エルゴノミックス(人間工学)にも気を配っていて、椅子の高さや座る姿勢、腱鞘炎や腰痛もチェックしてくれます。食堂も健康面を考えたメニューで、トレーニングジムでの運動も会社が推奨しているんですよ。一見、夢のような待遇ですが、会社としては、健康を害して会社を休むくらいなら、きちんと体調管理をして仕事に臨んでほしいという発想なんです。
——こういったサポートの積み重ねによって、ピクサーのクオリティは保たれているわけですね。
原島:サポートもそうですが、ピクサーならではのクリエイティブ・スタイルも、常にハイクオリティな作品を生み出す源になっていると思います。例えば、日本ですと、1人の監督が、脚本から絵コンテまで、全てをコントロールする場合が多いですが、ピクサーでは、あらゆる分野に専門家がいて、全て共同作業なんです。“ブレイン・トラスト”というシステムがあって、下からの意見もどんどん吸い上げて、各部署の上司がチームごとに意見を交わして決めていく。1人でアイデアを出すのは限界があると思うんですよね。その人が凄くいいアイデアを持っていても、他の人もいいアイデアを持っているかもしれない。そういうものが寄り集まって、いいとこ取りをしてうまく絡まっていけば、もっといいものができる可能性が広がる、という考え方なんです。
——逆に現場を仕切る監督などから不満が出たりしませんか?
原島:そこが“ピクサー文化”なんですよね。通常、監督クラスだったら、自分のアイデアに固守するものですが、ピクサーでは、切磋琢磨しながらも、個人的な感情を抜きにして、スタッフみんなが一丸となって“いい映画を作りたい”という共通のゴールに向かって突き進む。そこが最大の強みだと思いますね。
——今回、原島さんは『カーズ/クロスロード』で主人公マックィーンのアニメーションを担当したそうですが、いいゴールを決められましたか?
原島:主人公のマックィーンが、今は亡き師匠ドック・ハドソンの、そのまた師匠であるスモーキーのもとでトレーニングを開始するシーンなどを担当させていただきましたが、ピクサーの代表的キャラクターの1つなので、達成感はありましたね。
——メインキャラクターを任されるためにどんな努力をされたのでしょう。
原島:ピクサーでは、協調性も大切ですが、自分の思いを主張することも必要です。“自分は何をやりたいのか”をスーパーバイザーにはっきりと伝えないと、やりたい仕事に就けないのも現状。『カーズ』シリーズは初めての参加だったのですが、「トモ(原島)はこの作品でどんなキャラクターやショットに挑戦してみたい?」と聞かれたときに、「主人公のマックィーンをアニメーションしたい」とはっきり主張したことで今回のチャンスにつながった。これも、嫌々やる人よりも、情熱を持って取り組む人のほうがいい仕事をする、という考えがピクサーの根本に根付いているからだと思いますね。
取材を終えて
確かな技術と協調性、そして自分の希望をはっきり主張できる前向きな情熱。ピクサーで大きな仕事をするためには、3つのバランスが必要不可欠。そのためには、「どこの会社に入りたいか」の前に「自分は何をやりたいのか」を明確に持つことが大切だと原島氏は主張する。そこをしっかり固めてやり続ければ、世界中、どこにいたって自ずと道は拓かれるのだ。
神奈川県出身。電気通信大学を卒業後、エンジニアとして就職するが、映画『ジュラシック・パーク』『トイ・ストーリー』のCGに魅せられ、デジタルハリウッド(専門スクール)の本科CG専攻に入学。卒業後、01年に渡米し、アカデミー・オブ・アート大学でピクサー・クラスを履修。同大学在籍時に老舗VFXスタジオのリズム・アンド・ヒューズでアニメーターのインターンとして『ガーフィールド2』の制作に携わる。その後、ドリーム・ワークス・アニメーションで『ヒックとドラゴン1&2』『マダガスカル2&3』などの制作に参加。2015年3月からピクサー・アニメーション・スタジオのアニメーターとして『アーロと少年』『ファインディング・ドリー』『カーズ/クロスロード』の制作を担当する。
取材・文・撮影:坂田正樹(映画記者・ライター)
関連:デジタルハリウッド
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