「幽霊女優」が明かす、観衆を恐怖に突き落とすための演技テクニック

画像:WakuBaマガジン

生まれ持った才能を武器に、専門分野を極めていく。エッジの利いた芸術家や職人は、働く私たちにとって憧れの存在だ。そんな中で、ひときわ異彩を放つ表現者を発見した。細身で小柄な体型と、気合いを入れたときの鋭い眼光。自身の個性をフルに生かし、「幽霊女優」として数々のホラー作品で活躍する森直子(もりなお・し)さんだ。劇団ひまわりからキャリアをスタートさせた彼女が、いかにして道を拓き、恐怖の表現者に成っていったのか。そして、他の追随を許さないこだわりのテクニックとは? 森直さん本人に直接お話を伺った。

森直子(もりなお・し) プロフィール
幽霊女優。150cm、26kg。靴のサイズ21cm。2000年、現事務所の藤井秀剛監督に誘われ、ホラー映画『生地獄』に出演。これをキッカケに『ひとりかくれんぼ 劇場版&新劇場版』(09~10年)、『トイレの花子さん 新劇場版』(13年)、『閲覧注意』(14年)、『狂覗』(17年)など、“幽霊女優”として多数のホラー作品に出演している。

幽霊役に欠くことのできない「恐怖演技」を追求

——「幽霊女優」という肩書を初めて聞きました。出演作はほとんどホラー作品になるのでしょうか?

森直:80%以上が幽霊役、たまにオファーのある人間役もストーカーだったり、怪しい女だったり、ホラーというくくりで言えばほぼ100%ですね。映画監督の藤井秀剛さんに認められ、何作も出演しているうちに、だんだんプロ意識に目覚めてきたので、思い切って「幽霊女優」を名乗ることにしました。たぶん、日本には私しかいないんじゃないでしょうか?

森直子さんは映画やテレビでの出演も多い。写真は幽霊役での出演時。 画像提供:株式会社POP

——これまでたくさんの幽霊を演じてきて、これは快心の「恐怖演技」だったと思える作品はありますか?

森直:ごめんなさい、全部ですね(笑)。幽霊といっても作品によっていろいろ個性が違いますし、監督の演出も違うので優劣はつけられません。ただ、面白かったのは、山田雅史監督の『ひとりかくれんぼ 新劇場版』(10年)。人形の幽霊ということで、全身を石膏で固めて出てくるんですが、動くとバリバリ音がするんです。山田監督としては、石膏が剥がれ落ちるところも欲しかったらしいのですが、これは撮っていて凄く面白かったですね。

——ということは、森直さんの顔も石膏で固められているのですね。

森直:そうですね。この映画もそうですが、メイクなどで私の顔がわからない幽霊役もたくさんあります。「だったら、誰がやっても同じじゃないか」と思った時期もありましたが、体の細さや幽霊の不気味な動きは、「私にしかできないこと」と奮い立たせて、全身が「幽霊女優」なんだというプロ意識を持って取り組んでいます。

——なるほど、幽霊の動きなどもいろいろ研究されたりするんですか?

森直:自分でも気持ち悪い動きや、人間らしくない動きを模索したりしていますが、現場で監督さんと一緒に作り上げていくことが多いですかね。難しいリクエストにどう応えていくかが一番大事なスキルかもしれません。例えば、浴槽から出てくるシーンで、「子鹿が生まれてくるような感じで、ゴロンと出てきて」とか、比喩を出して演出する監督さんもいれば、一つ一つの動きに対して凄く細かく演技をつけてくださる監督さんもいる。その要望に応えながら、さまざまな幽霊の在り方を自分なりに習得し、経験値としてストックしていくわけです。

映画『ひとりかくれんぼ新劇場版』(左上)、映画『コープスパーティーBookofshadows』(左下)、BeeTV『絶叫体感キモダメシ廃病院』(中央)、映画『ひとりかくれんぼ劇場版』(右) 画像提供:株式会社POP

——そのほか、「この現場は面白かった」というエピソードはありますか?

森直:これも山田監督の作品ですが、『トイレの花子さん 新劇場版』(13年)で、和式トイレから出てくるシーンがあるんですが、監督から「出られる?出られなかったら、こっちで工夫するから」と言われて、美術さんが待機していたんですが、難なくスーッと出られて(笑)。私って、和式トイレサイズなんだって、改めて驚いたのを覚えています。出てくるときの動きは、スライムのような手の動き?うーん、なんて表現したらいいんでしょう。この映画は、私だとわかるのでぜひ、チェックしてみてください(笑)

——幽霊の表情はどうなんでしょう。基本形みたいなものがあるんでしょうか。

森直:それも作品によってさまざまなんですが、基本は「無表情」か「半笑い」。映画の狙いや監督さんの演出によって違いますが、『トイレの花子さん』は無表情でしたね。

——こうやってお話をお伺いしていくと、幽霊の表情や動き、特殊メイクなど、さまざまなテクニックやこだわりがあることがよくわかりますが、最終的にはその「登場感」が大事なような気がしますね。

森直:確かにそうですね。ホラーを撮る監督さんは、登場シーンにとてもこだわる方が多いです。映画の舞台によって変わりますが、例えばロッカーの中だったり、ベッドの下だったり、山の岩陰だったり…登場シーンに関しては、私もアイデアをたくさん用意して、なるべく期待に応えられるよう努力しています。

自分の個性を気付かせてくれた運命の出会い

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——そもそも、「幽霊女優」になるキッカケは何だったのですか?

森直:もともとは劇団ひまわりでお芝居を学びながら、普通に女優を目指していたのですが、ある時、藤井秀剛監督に誘われ、『生地獄』(00年)というホラー映画に出たのが大きな分岐点となりました。その映画では、ちょっとミステリアスな幽霊役だったんですが、藤井監督から、「初めて会った時、人を見つめるその“目”が凄く印象的だった。だから、森ちゃんにぜひ幽霊役をやってほしいと思ってオファーした」とおっしゃっていただいて。藤井監督から見ると、私はホラー向きだったんですね。

——それを聞いて嬉しかったですか? それとも嫌だった…?

森直:その言葉を聞いた瞬間は、「なるほど、私にはそういう面があるんだ」といった感じで、とくに嬉しいとか、嫌だとか、そういう感情はなかったですね。 ただ、その後、お芝居を続けていく中で、「やっぱり見た目って強いんだな」って痛感する場面が多くなってきて、「幽霊役に向いている」という藤井監督の言葉を思い出すようになりました。ちょうど劇団ひまわりを退団し、女優として迷っていた時期でもあったんですが、そんな時に、藤井監督から「今、何やってるの?」って連絡が入って。思わず、「フリーです!」って答えたら、「事務所を立ち上げるから来ない?」と誘われて、今に至っているわけです。

――「幽霊女優」って凄くインパクトがありますね。ただ、幽霊役に特化することに怖さはありませんでしたか?

森直:怖さやジレンマは全くなかったですね。「幽霊役は自分の個性を生かせる強みだ」という思いのほうが大きかったですから。細身で小柄な体型は、普通の人間役をやるのは難しいな…とネガティブに考えていた時期もありましたが、今となっては、自分の大きな武器。もともと太らない体質ではあるんですが、幽霊としてちょうどいい細さをキープするためにダイエットはしていますね。太ると命取りになりますから。

——最後に、もしも「幽霊女優」をめざす方がいるとしたら、どんなアドバイスを送りますか?

森直:え?アドバイスですか?…うーん、何でしょう。結局、お芝居の基本に立ち返ってしまうのですが、考え方としては、普通の映画と同じですね。それが怒りの表情だったり、悲しい表情だったり、憎悪に満ちた表情だったり。ホラー作品の中で、幽霊という役割をいかに表現するか、そこに尽きると思います。空気の中に溶け込むような雰囲気を醸し出しながらも、相手に対しての気持ちはしっかりと表す、みたいな感じですかね。

 

メジャーなオリジナルホラーDVDにはほとんど出演しているという森直子さん。劇場公開作でもその磨き抜かれた演技をいかんなく発揮し、最新作『狂覗』(全国順次公開中)では、なんと細身で小柄な体型を生かし、中学生役に挑んでいるという。もちろん、キラッキラな青春映画ではなく、恐怖に満ちたホラー映画だが、「幽霊女優」という限定されたカテゴリーで自らの個性を際立たせることによって、彼女は逆に役幅を広げ、可能性の道を切り拓いている。何かをとことん極めると、そこにはきっと、人の心を突き動かす不思議な力が生まれてくるのだろう。

 

取材・文・撮影:坂田正樹(映画記者、ライター)

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