近頃、誤った掃除方法が原因で、健康被害が広がるケースが増えています。
たとえば、家の中のカビやハウスダストをきちんと掃除していなかったために、気管支喘息の発作を起こしてしまうお子さんは少なくありません。2017(平成29)年10月27日には、小学校でプロジェクターのスクリーンを掃除したところ、ホコリを吸いすぎて14名もの児童が激しく咳込むなどの体調不良を訴え、そのうち8名が緊急搬送された、というニュースもありました。
生活の身近なところにあるホコリやハウスダストですが、溜めてしまうと大量の菌やダニの温床となり、感染症やアレルギー疾患の原因にもなる非常に危険な存在です。
実際に、家の中のホコリ1グラム(500円玉くらいの大きさ)には、カーテンレールや棚の上などの高いところで、7万〜10万個の菌がいるとのデータもあります。
また、毎年おなじみの季節性の感染症、夏の手足口病やヘルパンギーナ、冬の風邪やインフルエンザ、ノロウイルスなども、掃除の仕方を一歩間違えると、どんどん感染が広がってしまいます。
たとえば、ロタウイルスに感染した赤ちゃんの汚物を、手袋もはめずに水拭きだけしたことで、自分も感染してしまったお母さん。ノロウイルス患者の嘔吐物を掃除機で吸い込み、掃除機からの排気でウイルスが拡散され、フロア中の宿泊客が集団感染してしまったホテルなど。
これらの感染症は、特に小さなお子さんやご高齢の方にとっては、重症化すればどれも恐ろしい病気です。
そのほかにも、世界中では、エボラ出血熱や鳥インフルエンザ、ジカ熱、SARS、日本で大流行した風疹などなど、さまざまな感染症も猛威をふるっており、その被害はけっして他人事ではありません。多くの方にとって、感染症対策はとても身近な関心事なのではないでしょうか。
こうした現状があるため、手洗いやうがいなどと並んで、「正しい掃除法」が、いま非常に大切なのです。
私は30年間、命を扱う「病院」という、ある意味特殊な環境で清掃の仕事に携わってきました。 1997(平成9)年に、医療現場の環境衛生をトータルマネジメントする会社を設立し、今日に至るまで、清掃責任者を務めた亀田総合病院をはじめ、横浜市民病院など、さまざまな病院の環境整備に努めてきました。
現場で育ててきた清掃スタッフの数は、500名以上にのぼります。
病院における清掃とは、ホコリやダニによる健康被害や各種の感染症などから、患者さんの命を守る仕事です。しかし、この事実に気づいている人が、一体どれくらいいるでしょうか。
病院には、もともと患っていた病気が治ったとしても、ご自身の免疫力の低下や院内の衛生環境の整備が至らなかったために、不幸にも感染症でお亡くなりになる方が少なからずいらっしゃいます。このような不幸を少しでも減らすために、2012(平成24)年4月の診療報酬改定では、「感染防止対策加算」を独立した項目として取り扱うよう変更されました。つまり、医療費をかけてでも、環境整備を強化して感染症予防に取り組むべきだと、国も動きはじめているのです。
もちろん、感染症の脅威だけでなく、不衛生な病室やトイレは、患者さんの不安やストレスといった大きな心理的負担にもなりかねません。
感染症を予防し、身体と心の両面から元気にする。お掃除には本来、そんな特効薬のような力が備わっているのです。
おばあさんとの出逢い
私が20代半ばに病院清掃の世界に入り、まだ間もない頃の話です。あるおばあさんの病室の清掃を任されることになりました。
毎日、自分なりにきれいに清掃したつもりでいましたが、いま思えば、部屋のホコリに病気を引き起こすウイルスが含まれることや、人がよく触る場所は病気の感染リスクが高いことをきちんと意識し、そのための対策まで考えた清掃とは言えないものでした。
ある日、いつものように清掃業務でおばあさんの病室を訪れると……。
ベッドは空っぽになっていました。