なぜ東大合格生の2人に1人は「ピアノレッスン」経験者なのか 3つの理由を分析
なぜ東大合格生の2人に1人は「ピアノレッスン」経験者なのか――おおたとしまさ(上)
東大に合格する生徒に共通項はあるか。3人に1人が公文式を経験していたが、それ以上に経験者が多い塾や習い事はあるのか。実は、それはピアノのレッスンだった。割合たるや東大生の2人に1人。脳科学の面からも効果が検証されつつあるというのである。
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「東大生の2人に1人はピアノを習っている」とはよく言われる。これまで東大生を対象に行われたさまざまな調査からわかっていることだ。
2016年に拙著『習い事狂騒曲 正解のない時代の「習活」の心得』執筆のため、東大家庭教師友の会の協力を得て、東大生100人を対象にアンケート調査を行ったところ、やはり47人がピアノを習った経験をもっていた。ヴァイオリンやエレクトーンなどその他の楽器演奏を含めると63人にもなる(表)。
13年にベネッセ教育総合研究所が行った「学校外教育活動に関する調査」によれば、習い事として「楽器の練習・レッスン」をしている幼児から高校生の割合は18・8%であり、しかも女子が男子の約3倍と、明らかに女子に偏っている。
男子学生が8割を占める東大で、ピアノを含めた何らかの楽器を習っていた割合が6割を超えるというのは、世間一般のデータと比べて明らかに差がある。
14年4月の時点で20代以下の人を対象にした日本生命保険相互会社による調査でも、ピアノを含めた「音楽教室」経験者は26・1%。時代による変化を考慮しても東大生のピアノ経験率は顕著に高い。
経済格差、忍耐力…
考えられる理由はいくつかある。
(1)ピアノを習わせ、自宅にもピアノを購入するだけの経済的余裕がある家庭の両親は高学歴である確率が高く、その子供もまた知能が高くなる。
(2)教室に行ったときだけ練習するほかの習い事とは違い、ピアノの場合、自宅でも毎日練習しなければならない。しかもその練習は単調なことのくり返しであることが多く、それが習慣化することで、学習習慣の定着にもつながる。
(3)実際にピアノを弾くという行為が、知能開発を促進する。
おそらくこれらすべての理由が複合的に作用して、東大生の約半数がピアノ経験者という状況になっているのだろう。
(1)について、地方出身の現役東大生Aさんは、次のように証言する。
「僕のまわりを見ている限りでの話ですが、中学→高校→大学と上がるにつれて、ピアノをやっている友人の割合が明らかに増えていったんです。中学は地元の普通の中学だったので、いろいろな家庭事情の生徒がいました。ピアノをやっていた友人は少なかった。でも高校は一応県下ナンバーワンの進学校で、ピアノをやっている友人が結構いました。そして東大に行くとおよそ2人に1人がピアノ経験者なのです。これは親の所得層とも関係するんじゃないかと思いました」
要するに、ピアノをやったから頭が良くなったのではなく、頭の良い子が生まれ、育つような環境だからこそ、ピアノが身近にあったのではないかということだ。「経済格差が教育格差につながる」という指摘の裏返しである。
(2)については、私自身が拙著『なぜ、東大生の3人に1人が公文式なのか?』の執筆のために公文式の学習法を取材したときに感じたことだ。
毎週課題を与えられ、教室にいるときに練習するだけではなく、自宅でも毎日決まった量と質の練習をしなければいけない。その構造において、公文式とピアノの教室はそっくりなのだ。
小さなころから毎日決まった時間、椅子に座って単調な練習をくり返す。それによって忍耐力も、学習習慣も身に付くのかもしれないし、逆に、それに耐えられるような子供だから公文式やピアノが続くのかもしれない。どちらの理由も考えられる。
ただし、以上は東大生にピアノ経験者が多いことの積極的な理由とは言い切れない。では、(3)のような積極的な意味での因果関係を示す証拠はあるのか。
ピアノを習うと脳に変化が
「脳科学の観点からもピアノの効果は実証されてきています」
と言うのは音楽ジャーナリストの菅野恵理子さんだ。菅野さんが、テレビでもおなじみの脳科学者・澤口俊之さんを取材したときのことを教えてくれた。
「学習塾、英会話、習字、スポーツ系など、ほとんどの習い事をやってもHQはほとんど変わりませんが、ピアノだけ突出して高い効果が見られるそうです」
HQとは「人間性知能」のこと。人間性を司ると言われている前頭前野の脳間・脳内操作系の能力の高さを表す。ただしこれだけでは単なる疑似相関かもしれない。しかし、こうも言う。
「2000年に発表された論文で『ピアノの稽古は問題解決能力を向上させる』ことが証明されているそうです」
8~10歳の小学生を対象に、ヨーロッパで行われた研究のことである。小学生を2つのグループに分け、一方にはピアノを、もう一方には演劇を、週1回習わせた。4カ月後、8カ月後に問題解決能力を測定すると、ピアノを習っていた集団のほうがその伸長が明らかに大きかったというのだ。
また、12年にヨーロッパで行われた研究によれば、ピアノを習うことでIQそのものが向上する効果も認められたとのこと。片手で弾くピアニカに同じような効果はなく、両手の動きが全く違うヴァイオリンにはまだ明確な証拠がない。
「ピアノは両手で微妙に違う指の動きをすることと、譜面を先読みして覚えて後追いしながら弾くことに意味があるのではないかという説が有力です。ピアノのレッスンを通じて、脳の構造が良い方向に変わることが実証されている、とのことでした」
現役東大生たちは語る
ある現役東大生Bさん(男性)は、小学校の低学年でピアノを始め、中学年のころには、近畿地方のピアノのコンクールで上位に入賞した。中学受験をしたが、ピアノだけは6年生の夏ごろまで続けた。サッカー、野球、空手、書道も習ったが、最もやって良かったと感じたのはピアノだったという。
「ピアノとか音楽系をやっていると、指を使ったり、楽譜を読んだりするので、頭を使うからすごく教育にいいみたいなことを聞くんですけど。まさにそれは実感しています。右手の楽譜を見ながら弾くというのと、左手の楽譜を見ながら弾くというのを、同時にやらなきゃいけない」
別の現役東大生Cさん(男性)は小1から小6まで定期的にピアノを習っていた。今でもときどき思い出したようにピアノを弾く。
「ピアノを定期的に習っているときにはあまり感じなかったのですが、教室をやめてしばらくして、自分一人でやろうとしたとき、左右を同時に弾くってすごく脳が苦しむなと実感したことがあります」
左右の手の楽譜を同時に見ながら、10本の指を動かすことが、脳に高度な負荷をかけているのではないかと、2人とも実感しているのだ。
前出の澤口さんは著書『「学力」と「社会力」を伸ばす脳教育』の中で、「読み書き算盤+音楽」で子供の知能をまんべんなく伸ばすことができると述べている。「音楽」については楽器演奏が適当であるとも。そして保育園や幼稚園で最低限、読み書き算盤+音楽は行うべきだと、脳科学の立場から強く訴える。
(下)へつづく
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おおたとしまさ
育児・教育ジャーナリスト。1973年東京生まれ。麻布中高卒、東京外国語大中退、上智大卒。リクルートから独立後、教育誌等のデスクや監修を歴任。中高教員免許を持ち、私立小での教員経験もある。『ルポ塾歴社会』など著書多数。
「週刊新潮」2017年12月7日号 掲載