「スニーカー通勤」についての記事でも以前お伝えしましたが、運動が健康によいことは、ある意味納得、当然と思われることでしょう。
しかし最近、大気汚染度の高い環境では、運動の効果が損なわれるという研究結果が報告されたのです。「皇居ラン」が健康に逆効果であるという説もインターネットで散見され、果たして本当にそうなのか、検討してみました。
以下が本記事の結論です。
・ 大気汚染は、心臓や肺に影響し、これによる早発死亡を起こす可能性がある
・「皇居ラン」コースは、大気汚染の観点からは問題なさそうである
・ しかし、「皇居ラン」コースに大気汚染度の高い時間帯が全くないとは言えず、注意したほうが良いケースもある
大気汚染の健康への影響
2017年12月、イギリス国立心臓・肺研究所から、「大気汚染度の高い道の場合、ウォーキングによる健康の効果が減る」ことが発表されました(※1)。
まず、大気汚染の指標としては、PM2.5、PM10、有害物質である超微粒子、二酸化窒素(NO2)が挙げられます。そして大気汚染は現在、世界で最も重要な環境上の健康リスクの1つと考えられており、過去の研究では以下の報告があります。
・ 大気汚染は虚血性心疾患(心筋梗塞など)や、慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者による早発死亡の増加につながる(※2)
・ 大気汚染は心臓や肺への有害事象や、早発死亡と関連している(※3~6)
・ 大気汚染への長期的暴露は、非喫煙者の肺機能低下をもたらす可能性がある(※7, 8)。COPD患者でも同様である(※9)
大気汚染が心臓や肺へ悪影響を及ぼす理由としては、上記に挙げた有害物質にが動脈硬化や肺の炎症、気管支収縮を引き起こすからだと考えられています(※10~14)。
都市の商業街路でのウォーキングについて
この前提をもとに、今回ご紹介する研究では、大気汚染度が高い道と、大気汚染度が低い道において、ウォーキングによる心臓や肺への効果に違いがあるかを検証しました。
2012年10月~2014年6月に、60歳以上の参加者3群(計119人)を対象に試験を行いました。喫煙の影響を少なくするため、全員が禁煙12ヶ月以上であることが確認されています。
・血管造影で確認された安定労作性狭心症患者 39人
・重症度は中等度(※14)で、病状が6ヶ月は安定しているCOPD(慢性閉塞性肺疾患)患者 40人
・年齢が同じくらいの健康な人 40人
この全員に、
A. ロンドン中心部の商業街路(オックスフォード・ストリート)
B. 都市公園内(ハイドパーク)
の2つの道を2時間ずつ(平均5km)、3~8週間ウォーキングしてもらいました。
大気汚染の指標として、黒色炭素、PM(PM10、PM2.5)、超微粒子、NO2(二酸化窒素)の濃度を測定しました。
結果(詳細は※19)
・ A. ロンドン中心部の商業街路 は、B. 都市公園内 より大気汚染度が高かった
・ COPD患者では、A. ロンドン中心部の商業街路 でのウォーキング後に、咳や痰、息切れが多くでた
・ B. 都市公園内 を歩いた参加者全員に、呼吸機能や動脈硬化に良い影響があった
・ A. ロンドン中心部の商業街路 のウォーキングでは、COPD患者において、呼吸機能や動脈硬化の指標は、大気汚染度と関連していた
・ A. ロンドン中心部の商業街路 のウォーキングでは、健康な人においても、動脈硬化の指標は大気汚染度と関連していた
この結果を受けて著者は、
「大気汚染があると、ウォーキングでの心臓や肺への有益な効果を減らす。これはCOPDや虚血性心疾患の有無にかかわらず健康な人においても同様であり、大気汚染の規制を目指すべき」
と結論づけています。
この報告を見て筆者は、「交通量が多く」、「ウォーキング、ランニングが盛んに行われている道」から、真っ先に「皇居ラン」が思い浮かびました。
「皇居ラン」コースは、1周約5kmと初心者にも挑戦しやすく、信号がないこと、景色が綺麗なこと、シャワーなど周囲の施設が充実していることなどから、都内で人気のコースとなっていますが、健康への影響はどうなのでしょうか。
皇居ランは健康に逆効果?
実際に警視庁では既に、皇居周辺や神宮外苑で、「サイクリング道路の交通規制」を行っていました。都内の緑豊かなサイクリングに適した道路を、毎週日曜日に交通規制することで、「都民の健康に寄与し、緑を排出ガスから守り、交通量の削減をねらう」政策です(※15)。この規制により、皇居ランのコースも一部は交通量が減ります。
この政策の目的には頷けます。しかし、「皇居ラン」には平日も休日も関係ないわけで、皇居周辺の大気汚染度がどれくらい健康に影響するのか、「皇居ラン」はやめたほうが良いのか、いくつかインターネット上で「皇居ランは健康に悪い」などという記事もあり気になったため、検討してみました。
環境省では、「環境省大気汚染物質広域監視システム」で、全国の大気汚染状況を24時間、1時間ごとに各測定局でデータを算出、情報提供しています(※16)。
測定局のうち、一番「皇居ラン」コースに近い「日比谷交差点」での測定値(PM2.5)をみてみます。
PM2.5の最近1週間での最大値は、2018年1月1日0時の29μg/m3でした。
ここで、今回ご紹介した論文のPM2.5の値をみてみます。
A. ロンドン中心部の商業街路(オックスフォード・ストリート)は右の赤い棒グラフ
B. 都市公園内(ハイドパーク)は左の青い棒グラフです。
これをみると、日比谷交差点の29μg/m3は A. オックスフォード・ストリートの中央値(棒グラフの中の黒い線:データを並べたときの真ん中の値)よりも高い値です。
しかし、これは1時間ごとの測定値の中での、最近1週間の最大のもの。
過去1週間をグラフにすると、以下の通り。
(自動測定機の測定原理における誤差のため、濃度が非常に低い場合に1時間値がマイナス値がでることがあります)
測定法や測定期間、運動する人の背景なども違うため、あくまで推測にすぎませんが、大気汚染度の高い年末年始の数時間を除けば、「皇居ラン」において、運動による健康への利益を損なうことはなさそうです。
大気汚染度の高い時間帯を含む12月31日と1月1日でさえ、1日平均値は11μg/m3であり、これはアメリカ環境保護庁の基準では「良好」にあたります。
ちなみに、箱根駅伝の第7区(第6区より)付近の小田原市役所での1週間のPM2.5値は、以下。
こちらも、問題なさそうです。
環境省によると、PM2.5にみる大気汚染状況は、全国的に見ても2017年は前年に比べて改善傾向だったようです(※18)。
高齢者の「皇居ラン」は時間帯に注意するとベター
まとめると、
・ 大気汚染は、心臓や肺に影響し、これによる早発死亡を起こす可能性がある
・「皇居ラン」コースの大気汚染度は、平均でみると思ったよりも高くなく、習慣的なウォーキングやランニングコースとして(大気汚染の観点からは)問題なさそうである
・ しかし、「皇居ラン」コースに大気汚染度の高い時間帯が全くないとは言えず、交通量の多い時間帯では、心臓や肺の悪い人、高齢者、子供は、長時間または激しい活動は控えたほうがよいかもしれない
ということが言えます。
都心のど真ん中でも健康な運動ができる、「皇居ラン」コース。「皇居ラン」の習慣のある若い方は、現在特に心臓や肺に心配がなければ、是非続けて下さい。
PM2.5:大気中に浮遊する粒子状物質のうちでも特に粒径が小さく、粒径2.5μm以下の微笑粒子状物質のこと。
(参考文献)
※1 Sinharay R et al. Respiratory and cardiovascular responses to walking down a traffic-polluted road compared with walking in a traffic-free area in participants aged 60 years and older with chronic lung or heart disease and age-matched healthy controls: a randomised, crossover study. Lancet. 2017;
※2 Lelieveld J et al. The contribution of outdoor air pollution sources to premature mortality on a global scale. Nature. 2015;525(7569):367-71.
※3 JO Anderson et al. Clearing the air: a review of the effects of particulate matter air pollution on human health. J Med Toxicol, 8 (2012), pp. 166-75
※4 JP Langrish et al. Cardiovascular effects of particulate air pollution exposure: time course and underlying mechanisms. J Intern Med, 272 (2012), pp. 224-39
※5 A Koulova et al. Air pollution exposure as a risk factor for cardiovascular disease morbidity and mortality. Cardiol Rev, 22 (2014), pp. 30-36
※6 IC Mills,et al. Quantitative systematic review of the associations between short-term exposure to nitrogen dioxide and mortality and hospital admissions. BMJ Open, 5 (2015), p. e006946
※7 U Ackermann-Liebrich et al. Lung function and long term exposure to air pollutants in Switzerland. Study on Air Pollution and Lung Diseases in Adults (SAPALDIA) Team. Am J Respir Crit Care Med, 155 (1997), pp. 122-129
※8 J Lepeule et al. Long-term effects of traffic particles on lung function decline in the elderly. Am J Respir Crit Care Med, 190 (2014), pp. 542-548
※9 M Kariisa et al. Short- and long-term effects of ambient ozone and fine particulate matter on the respiratory health of chronic obstructive pulmonary disease participants. Arch Environ Occup Health, 70 (2015), pp. 56-62
※10 M Lundback, NL Mills, A Lucking, et al.
Experimental exposure to diesel exhaust increases arterial stiffness in man
Part Fibre Toxicol, 6 (2009), p. 7
※11 S Salvi et al. Acute inflammatory responses in the airways and peripheral blood after short-term exposure to diesel exhaust in healthy human volunteers. Am J Respir Crit Care Med, 159 (1999), pp. 702-709
※12 JA Nightingale et al. Airway inflammation after controlled exposure to diesel exhaust particulates. Am J Respir Crit Care Med, 162 (2000), pp. 161-166
※13 NL Mills et al. Combustion-derived nanoparticulate induces the adverse vascular effects of diesel exhaust inhalation. Eur Heart J, 32 (2011), pp. 2660-2671
※14 COPDの重症度分類、GOLD分類においてstage2
※15 http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/kotsu/doro/cycle.html(2018/1/2)
※16 http://soramame.taiki.go.jp/Index.php(2018/1/2)
※17 Technical Assistance Document for the Reporting of Daily Air Quality- the Air Quality Index (AQI) May 2016: https://www3.epa.gov/airnow/aqi-technical-assistance-document-may2016.pdf
※18 http://www.env.go.jp/air/osen/jokyo_h27/index.html
※19 ※1の研究結果 詳細
・大気汚染の指標はすべてA. オックスフォード・ストリートがB. ハイドパークに比べて高値だった
・COPD患者において、A. オックスフォード・ストリートのウォーキング後では、B. ハイドパーキング後のウォーキングに比べ、咳が1.95倍、痰が3.15倍、息切れが1.86倍、呼気性喘鳴が4倍だった
・B. ハイドパーキングを歩いた参加者全員が、呼吸機能を示す1秒量(FEV1)や努力肺活量(FVC)が改善し、動脈硬化の指標である脈波伝播速度(PWW)や脈波増大係数(AI)の減少が、最大26時間後まで続いた
・A. オックスフォード・ストリートを歩いたCOPD患者において、呼吸機能の低下(FEV1やFVCの減少など)と、ウォーキング中のNO2、超微粒子、PM2.5の濃度上昇が関連していた。また、動脈硬化の指標(PWVやAIの増加)も、NO2や超微粒子の濃度上昇と関連していた。
・A. オックスフォード・ストリートを歩いた健康な人達において、動脈硬化の指標(PWV、AI)と、黒色炭素や超微粒子濃度の関連が認められた。