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週刊現代

書店員・本好き芸能人が選んだ「平成の小説ベスト50冊」

これが決定版だ!

何度読んでも泣ける

「落語にも人情噺がありますが、『寸止め』がいいとされ、『客席の1人か2人が目にハンカチを当てる程度』と言われます。しかし浅田次郎さんは容赦がない。全員が泣くまでグイグイとダメ押しをする。さんざん泣かされ、やれひと安心と油断していたら、最後の最後、主人公・吉村貫一郎の親友・大野次郎右衛門の手紙のくだりでまた大泣きさせられるんです」

落語家の立川談四楼氏は、浅田次郎著『壬生義士伝』を読んだときの思いをこう振り返る。

'19年4月で「平成」が終わる。平成には「J文学」が流行り、村上春樹氏の作品が次々ヒットし……と様々な小説が読まれた。

そのなかで一番おもしろい小説はいったいどれなのか……本誌は、平成に入ってから刊行されたエンターテインメント小説の「ベスト50」を選定。書評家、本のセレクトに定評のある書店員など、本読みのプロ12人の選者へのアンケートをもとに決定したのが、左から始まるランキングである。

1位となったのは、前出の『壬生義士伝』。

主人公である南部藩士・吉村貫一郎は、妻子の生活を守るため脱藩。新選組に入隊し、「人斬り貫一」と呼ばれながらも、淡々と職務を遂行する。すべては妻子のため。「守銭奴」と呼ばれながらも故郷への仕送りを続ける吉村の一途でひたむきな姿に、周囲の人々が感じ入り、手助けをする。当初は彼を憎んでいた新選組三番隊隊長・斎藤一ですら、である。

その生き様に多くの読者が涙した。

「何度も泣きました。とくに作中で貫一郎が何度も口にする『おもさげなござんす』という方言(『申し訳ありません』の意味)が印象的で、この言葉を目にするだけで、涙が出てしまいます」(書評家・大矢博子氏)

岩手県にある「さわや書店」のカリスマ書店員・田口幹人氏も絶賛。

「平成のエンターテインメント小説の代表作を一冊だけ選ぶなら、本書以外は考えられません」

'03年には、中井貴一主演、滝田洋二郎監督で映画化。日本アカデミー賞の最優秀作品賞、最優秀主演男優賞などを受賞し、映画界を席巻したが、これも原作の力あってこそ。

「初めてこの作品を読む人は、ハンカチやポケットティッシュでは足りません。箱ティッシュを抱えて取り掛かってください」(前出・立川氏)

2位にも時代小説がランクイン。隆慶一郎著『影武者徳川家康』だ。

江戸幕府を開いた徳川家康は、実は「影武者」だったという一見荒唐無稽な設定を持つ同書だが、展開は精緻そのもの。前出の大矢氏が言う。

 

「架空の設定のはずなのに、歴史の辻褄がすべて合ってしまうのに驚倒します」

史料で明らかになっている家康の経歴には、謎や矛盾が多い。そのことを踏まえたうえで筋の通った物語を作り上げたことが、多くの時代小説通に衝撃を与えた。

「本書によって、時代小説は新たな段階に進化しました」(文芸評論家・細谷正充氏)

3位は、「山岳小説の金字塔」(細谷氏)、夢枕獏著『神々の山嶺』。

「山の描写が素晴らしく、人物たちの熱いエモーションに胸うたれます」(文芸評論家・池上冬樹氏)と評される本書は、エベレスト南西壁の冬期無酸素単独登頂に挑む2人の日本人登山家の物語だ。実在の登山家、ジョージ・マロリーは本当にエベレスト登頂を成し遂げたのか、という謎解きの要素もある。

発刊から20年近く経った'16年に映画化されたが、これも原作の魅力ゆえだ。

4位にランクインした小川洋子著『博士の愛した数式』は、単行本、文庫本で200万部を超えるヒットを記録。「本屋大賞」の第1回受賞作となり、話題を呼んだ。

わずか80分で記憶が消えてしまう老数学者の「博士」と、新しい家政婦である「私」、その息子で野球少年の「ルート」。当初は数学にしか興味がなかった博士が、徐々に二人と心を通わせていく。

阪神の江夏豊投手の背番号「28」が「完全数」であることなど、数学をきっかけに3人が近づいていく様子は、不思議なユーモアがあり魅力的だ。

「数学と野球、まったく違う分野のものが、小説という場でハーモニーを奏でていることに驚きました」(ノンフィクションライター・生島淳氏)