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「……きっと、お主は初めての経験をするのだろう」
木の上で、金毛九尾はぽつりと呟いた。それへの応えはない。彼は、いつだって気ままに一匹でいるのだから。昔は、彼の周りにもたくさんの妖怪がいた。そのどれもが、金毛九尾を慕っていた。だがある日を境に、金毛九尾はすべてを捨てた。
たった一つの出来事をきっかけに。
「大切なものをもつことは、とても怖い。喪われるものがあるのは、とても怖い。黒毛の、お主は、それを知らなさ過ぎたのだ」
金毛九尾は、未だに大切なものを持つことが怖い。いずれ壊れ行くものを持つものほど、怖いものはないと思っている。終わりなど来なければいいと、何度願ったことだろうか。だが、時は全てに平等でしかなった。そういえば、彼女は、最後に何と言ったのだろうか。
もう、それすらも思い出せない。
◇◆◇
バチバチと、火の粉が舞い上がる。夜闇に浮かぶそれは、酷く幻想的に見えた。大人の男の背丈ほどありそうなくらいに積まれた木は、ごおごおと燃え続けている。バキリ、パキリと時折音がしては、燃えている木が折れていくのが見えた。
酷く綺麗な、心躍るような景色なのに、それを囲む大人たちの表情は硬い。火の近くにいるというのに、青褪めてすら見えるその顔は、一様に緊張していた。
「……おばば、長年にわたり、ご苦労であった」
「…いいえ、これも村の為なれば」
「名無しは?」
「禊に行っています。終わり次第こちらに来て、そして森へ」
「そうか……」
老婆に声をかけた老人は、ほっと息を吐いた。十年に一度のこととはいえ、幾度経験しても慣れないものだ。だが、今回は前回よりも苦労なく終えられそうだと胸を撫で下ろす。前回は、酷いものだった。生贄となる女子が村の男と恋仲になり、逃亡しようとしたのだ。更にそれを、両親が手伝った。
村総出で探したおかげで、何とか見つかり生贄を差し出すことはできたが、あの時のことを思い出すだけで背筋に冷や汗が伝う。男は勿論、両親すべてを生贄になる女子への慰めとして殺した。
「長様」
「ん?なんだ、準備が出来たのか」
「はい」
名無しの禊と着付けを手伝っていた別の女から声がかかる。
「どうだ、大人しくしているのか」
「はい。流石にこの暗さでは逃げようがないでしょう、ただでさえ、目が悪いのですから」
「それもそうだったな。では連れてこい」
女は一礼すると、奥から真っ白な服を着た名無しが、のろりと現れた。暗すぎて足元がおぼつかないのか、別の女の腕を掴んでいる。冷たい川の水での禊だったせいか、唇を青くして震えている。
「…名無し、今日の為に、お前は生かされてきた。…わかるな?」
長は、確認するように声をかける。それに、名無しはのろりと首を上げて長がいるだろうと思っている方向に顔を向けた。
「…もちろんです、長様…、今日この日まで、育ててもらったご恩、忘れたことはありません」
「なればよい。しかと役目を果たし、九尾様の御心を癒すのだ」
長の言葉に、名無しは小さく頷いた。その顔に、逃げ出そうとしているかどうかを考えているか見るが、長の目にはわからなかった。だが、他の人の手を借りなければ歩けないほどおぼつかないのであれば、逃げ出したとしても大した距離は稼げないだろうと考える。
「長」
「わかっている」
他の男衆の声に、長は頷く。その誰もが、名無しを生贄にすることに意を唱えることはない。当たり前だ、自分たちの生活がかかっているのだから。だからといって、自分の娘を差し出そうとは思わない。名無しは、自分たちのような親もなく、親しい人もいない。だとすれば、いいだろう、と。生贄になったとして、誰が悲しむのだ。むしろ穀潰しでしかない名無しを、ここまで育ててやったのだ。感謝こそすれ、恨まれることもなかろうと。
「わかっているな、名無し。逃げようなどと思うなよ、お前は村一番の誉れ高き仕事を任されているのだからな」
「…もちろんです」
念を押すように、他の男衆が重ねる。それに対して、名無しはこちらが驚くほどに冷静な声で返してきた。そこで不意に、長は今まで名無しの声をこんなにはっきりと聞いたことがあっただろうか、と考える。
いつだって俯いていて、か細くしか話すことのなかった名無し。世話役を任せた老婆も、ほとんど声を聞かないと言っていた。いや、そもそも、彼女はこの村でどのように暮らしていたのかさえ、知らない。親しい人はいないと聞くが、以前より村の中でその姿を見かける回数は減っていたようにも感じる。彼女が幼い頃は、遊びまわる子供たちの傍でひっそりと座り込んでいることが多かったのに、今では彼女の日々の行動を知るものはいない。
そのことに、長は一瞬ぞわりとした。名無しは、いつもどこで何をしていたのか。そこで、何をしていたというのだ。まさか誰かと会っていた、なんてことはないだろうか。
「―――!では名無し!!すぐに森へと向かうのだッ、九尾様がお前を待っている!!」
長は抑えきれぬ恐怖が本物になる前に、急かすように名無しに言う。いや、そんなことがあるはずがない。名無しが、誰かと知り合っているなど、あるはずがない。だが、もし、出会っていたとしたら。
(いや、そんなことあるはずがない。目の見えないアレを、助けようなどと思う阿呆もいるまい。第一、助けてどうするというのだ、そうだ、全ては気のせいだ)
長は、どうしてそんなことを考え付いたのか分からない。ただ、前回の逃亡劇のせいで気を張り詰めているせいだと思った。そうだ、全ては、気のせいだ。名無しには、余計な情報を与えていない。老婆にも、そのように伝えた。目の見えない彼女を、育てた恩がこの村にはある。まさか、裏切るはずもない。
長がそう考えていると、人影で判断したのか、名無しは深く頭を下げた。
「…?」
「ここまで、育ててもらい、ありがとうございました…村の皆のおかげで、私はここまで生きることができました…そのご恩に、報いることができて、嬉しいです。ありがとうございます」
「―――」
名無しのその言葉に、その場は水を打ったような静けさに包まれた。パチリ、と木の燃える音だけが、その場に響く。
名無しは、あまりの静けさに戸惑うような表情を一瞬だけ浮かべたが、すぐに気にならなくなったようで腕を掴んでいる女の袖を小さく引いた。
「では…いってまいります」
女に付き添われながら、その白い背中は暗がりへと消えてゆく。それを見ながら、長は自分たちがとんでもない間違いを犯したのではないかと、そんな恐怖に駆られた。
いや、自分のしたことに間違いはない。名無しが生贄とならなければ、この村は九尾様の加護を失う。そうなれば…。そうなれば、どうなるのだろうか?百年ほど続くこの習慣は、一度として違われたことはない。そして百年ほど前の記録など、村にはない。先々代から続くそれに、自分も習っただけだが、本当に必要なのだろうか。
「…いやぁ、今回は楽に終わったな!」
「そ…そうだな!前回は酷かったからなぁ!名無しも、俺たちの役に立てて嬉しがっていたなぁ!」
「まぁ、目の悪いアイツにはこれくらいでしか村に貢献出来んからな!実に適役だった」
男衆たちは気まずさからか、その口をよく動かした。まるで、罪悪感から逃れようとしているかのように。それに合わせて、女たちもさわさわと囁く。
「そうねぇ、あの子の分の料理も、簡単な仕事じゃなかったからねぇ」
「うちの子なんて、あの子の事気味悪がっちゃって…」
「そうそう、うちの子もよぉ。村に居ても何も出来ないんじゃあねぇ…?」
「仕方ないわよね」
さわさわと、まるで水際の波紋のように広がる。長はそれを見て、自分は間違えてはいないと再度言い聞かせるように思った。そう、名無しは村の仕事は何一つできないのだ。田畑も耕すことが出来なければ、子の面倒すら見れないだろう。そんな女を、いつまでも村に残しておくわけにはいかない。
前年は豊作となったが、今年は昨年より実りが悪い。生贄だからといって、骨のような細さで九尾様に捧げるわけにはいかない。その為の食料だって、他の村人が育てなくてはならないのだ。
「……私は、間違えてなど、いない」
言い聞かせるように吐いたそれは、酷く空虚に聞こえた。
◆◇◆
「…じゃあ、あたしはここまでだ。しっかりと御役目を果たすんだよ、名無し」
「はい、ありがとうございました」
名無しは、森の入り口まで連れてきてもらうと、その掴んでいた手を放した。殆ど話したことのない女性だったが、悪い人のようには思えなかった。目が悪いことを理解してくれていたのだろう、小枝があればすぐに言ってくれ、躓かないようにしてくれた。
「…では、行ってまいります」
「……」
女の手を離れると、先ほどまでの安定感は失せる。だが、名無しとて生まれた時からそうして生きてきたのだ。ある程度であれば、歩くことは出来る。だが、九尾様のいる森は初めてな為、慎重に歩を進める。
後ろの女は、まだその場を離れていないようだ。なんとなくではあるが、気配がまだある。心配してくれているのか、あるいは逃げ出さないように見張っているのか。だが、名無しからすればどちらでも良かった。逃げ出す気が無いといくら言ったとしても、村の人たちは信用してくれないだろう。だったら、見張ってくれていた方がまだマシだ。
名無しは、手を伸ばしながらゆっくりと歩く。暗い足元は、既に何も見えない。だが、変に急いで疑われるよりましだし、なにより転んだりすれば汚れるだろう。せっかく禊をしたというのに、勿体ない。一歩一歩、足先を地面から出来るだけ離さないようずりずりと歩く。
どこかに向かえ、とは言われていない。きっと、どこかで九尾様が見ているのだろう。いったいどのくらいになるかは分からないが、どこかで自分を拾っていくのだろうと名無しは考える。それを怖いとは思わない。いや、怖いという感情すら失せてしまったかのようだ。嬉しいも、悲しいも、怖いも、何も、分からない。
さくり、と足先を掠めていく葉は、本当に現実のものなのだろうか。段々と現実味を失い、夢の中にいるような気がしてくる。だが、名無しはそうなればいいな、と思った。喰われることは覚悟している。だが、出来るなら痛みはない方がいい。九尾様は恩情をくれるだろうか。痛みのないまま、喰らってくれると、いいなぁ、と名無しは思った。
どれくらい歩いたのだろうか。時間の感覚もなく、名無しはひたすら歩いた。気持ち的には一日中歩いたような気持ちだが、視界はまだ暗いことからそんなに経過していないのだろう。
いったいいつ、九尾様は現れるのだろうか。そんなことを考えていると、ガサリと大きな葉の擦れる音が名無しの耳に届いた。思えば、森に入ってから初めての音だ。
「……きゅうび、さま…?」
名無しは恐る恐る声を出す。出来るなら、九尾様であってほしい。正直これ以上歩くとなると、辛いものがある。音の主は言葉を発さない代わりに、ふわりと名無しの前に降り立った。優しい風が、名無しの頬を撫でる。得体の知れないものだとわかっているのに、不思議と名無しの心は凪いだ。
「―――……」
ふと、名無しの鼻を、嗅ぎなれた香りが通った。その正体を考える間もなく、名無しは九尾と思しき何かの肩に担がれる。
「っ…!!」
その力強さに、名無しの息が一瞬止まる。腹から無理矢理出された空気が、変な音を立てて名無しの口から漏れた。
その何かは、上下に激しく動きながら名無しを運んでいく。感覚でしかないが、どうやらものすごい跳躍力で移動をしているようだ。だが、できるならもう少し考えてくれると助かる、と名無しは考えた。何も食してないからいいものの、気分的には嘔吐していてもおかしくない。
だが、もし九尾様だとすれば、下手な真似をすればどうなるかわからない。名無しは、上下に揺られる気持ち悪さと、圧迫されて苦しいのを必死になって我慢した。
どれくらい移動したのだろうか、上下の揺れは弱まり、そして止まると名無しはそっとその肩から降ろされた。丁寧な手つきのそれは、とてもではないがこれから喰らうものとは思えない。
「……きゅう、び、さま…ですか…?」
名無しは、息も絶え絶えに問う。だが、その何かは何も言わない。気配があることから、離れてはいないのだけは辛うじて分かる。
「……?」
何も言葉を発さないそれに、名無しは訝し気な空気を出す。九尾であれば、すぐに喰らってくると思っていたが、違うのだろうか。それとも、九尾様ではないのだろうか。ぐるぐると考えていると、ふわり、とその何かは名無しの髪に触れた。さらり、と梳かれるその動作に、名無しの心臓は不規則に脈打った。
その時、また嗅ぎなれた香りが名無しの鼻を刺激する。いったいいつ、嗅いだのだろうか。それもつい最近、嗅いだ記憶がある。
「……」
黙り込んだ名無しに、それは低い声で話し始めた。
「…娘、そなたが、私の贄か…」
まるで地響きのようなその声に、しかし名無しは恐怖を抱くことは無かった。
「…はい、九尾様の贄として、来ました」
名無しが頷くと、黒毛九尾は黙り込んだ。名無しはそれを不思議に思いながらも、優しく喰らってくれるといいな、と考える。痛いのは、誰だって嫌だから。
でも、と考える。
彼であれば、そんな酷いことはしないだろう、と。
どうして気付いたのか。どうして今まで気づかなかったのか。
名無しにとって、それらは全てどうでもいいことだった。
「―――クロ、私は、貴方の為に生きてきたの」
「―――…い、つ…」
クロと呼ばれた黒毛九尾は、呆然としながら問うた。ばれるような、下手な真似はしていないはずだった。人前に現れる時はいつだって獣の姿だったのだ。人型になれるなど、一度として話したことなどない。それ以前に、どうしてクロと黒毛九尾が同一であることに気づいたのだ。
混乱している黒毛九尾をよそに、名無しはくすくすと笑った。
「だって、クロと同じ匂いがする。私は目が悪いけど、その分鼻がとてもいいの。知らなかった?」
知るわけがない、そう言ってやりたかった。だが、思い返せばいつだって名無しは自分が行くと、名乗る前にクロと呼びかけていた。どうしてそのことに思い至らなかったのか。
混乱極まる黒毛九尾に、名無しは嬉しそうにとろりと笑った。
「ねぇ、クロ…痛くないように、してね」
「―――」
黒毛九尾は、一瞬何を言われたのか、理解できなかった。いや、理解したくなかった。そんな黒毛九尾をよそに、名無しは手探りで黒毛九尾の居場所を探そうとする。
「…なにを、言っている、ナナ…?」
「何、って…クロは九尾様なんでしょう?なら、痛くしないで欲しいな」
菩薩の様な笑みを浮かべる名無しに、九尾は逃げるように後ずさる。だがそのせいで名無しには居場所が正確に把握できたようで、一気に距離を詰めてきた。
柔らかな肢体が、黒毛九尾に枝垂れかかる。その体から香る甘い匂いに、黒毛九尾の理性がぐらりと揺れた。
喰ってしまってもいいのではないか、と頭の中で何かが囁く。そうだ、今までとてそうして喰らってきたではないか。十年ぶりの女の肉だ。そこらの獣たちとは違う、極上の肉。そうだ、これを寄越す代わりに、あの村を守る約束を交わした。
だが、その反対で、別の声もする。喰ってしまったら、もう二度と話すことはできないぞ、と。麗らかな日の下で、語り合う事もなくなる。あの鈴の音のような笑い声も聞けなくなる。自分を恐れることなく、話て暇を潰してくれる相手がいなくなるのだぞ、と。
物凄い葛藤が、黒毛九尾の頭を駆け巡る。いつもであれば、何も考えずに手を出すそれに、どうして手が出せない。どうして、もっと話していたいと思ってしまうのだ。いなくなるのは、嫌だと、思ってしまうのだ。
「ナナ……私に、お前は、喰えない…」
その瞬間、ナナの表情が凍り付いた。
「な…ん、で…?」
表情が抜けちて行く名無しを前に、黒毛九尾は言葉を詰まらせそうになりながらも話す。
「お前を喰らえば、誰が私の話し相手になる?私は暇なんだ、ナナ。だから、お前に話しかけたというのに…お前を喰らってしまうのはな…」
それがいかに身勝手な理由であるかを、黒毛九尾は知らない。青ざめていく名無しに、黒毛九尾は不思議そうに首を傾げる。今までの女子は、死にたくないと泣き喚いていたというのに、どうして名無しは喜ばないのだろうか。
「どうした、ナナ。私と共に生きようぞ、そして私の暇を潰してくれ」
黒毛九尾はそういった次の瞬間、名無しの細い体に押し倒されていた。
「あなたがッ!!あなたがッ、決めたことでしょうッッ!!」
名無しが、叫んだ。涙をぼろぼろと零しながら、苦しそうに。悲しそうに。どうして、そんなことを言うのだろうか。どうして、喜んではくれないのだろうか。生きたいと望むのが、人の子ではないのだろうか。黒毛九尾には、何も分からなかった。
「ナ…ナナ…?」
「ッ…っく…」
名無しは真っ黒に垂れ下がった髪を引きずりながら、黒毛九尾の顔を覗き込んだ。その名無しの表情に、黒毛九尾は息を止める。眉間に皺を寄せ、これ以上の絶望はないと言わんばかりの表情で、名無しは泣いていた。いつだって、ぼんやりとした表情を浮かべ、ほのかな笑みを浮かべていた名無しが。
どうしてそこまで泣き崩れているのか、黒毛九尾にはわからなかった。
「私はあなたに、食べられるためだけに、生きてきたの…!!それだけが、私の生きる意味なのっ…!!そのために、村の皆は私を育てた…食べられない私に、価値があると、思うの…?目の悪い、穀潰しの私に、生き残れと…!?生き残って、どこに行けばいいのっ…!私は、どこにも行けないのに…!!村に戻れと、そう言うの…?ねぇッ!!答えてよ!!」
血を吐くような名無しの問いに、黒毛九尾の魂は打たれたように跳ね上がった。そうだ、いつだって彼女は、自分への生贄になるのだと話していた。一度も恐怖を滲ませていなかったが、本当にそれだけだったのだろうか。
食べられることこそを、救済としてしまったのではないだろうか。
「お願い…っ食べて、クロ…!!それだけが、それだけが、私の在る意味なの…!!」
その悲鳴に、クロは無意識に手を伸ばしていた。ナナの少し日に焼けた腕に触れる。そこそこに肉付きのいいそれに、クロの喉が鳴った。食べてはいけない、そんな声が頭の片隅に響く。だが、喰ってしまえという声がどんどん大きくなって、耳中をわんわん鳴っているようにも感じた。
食べたら、いけない。そう、わかっているのに。食べたら、二度と、話すことはない。彼女が言葉を発することは二度となく、黒毛九尾はまた孤独になるだけだと分かっているのに。
するり、と薄く白い着物の合わせに手を入れる。現れたのは、程よい肉付きの女の体だ。そう、この柔い肉に牙を立てるのが、好きだった。その温かい血潮で喉を潤すのが、十年に一度の楽しみだった。
どくり、と心の臓が大きな音を立てた気がした。まるで夢うつつのように、黒毛九尾の手は名無しの肌の上を滑る。少しでも爪を立てれば、その薄く柔らかい肌を突き破ることができるだろう。
「…っ」
小さな声が、ナナの喉から上がる。それすらも、クロの欲を滾らせた。
「…な、な…」
熱に浮かされたようにナナを見るクロに、ナナは強張った笑みを浮かべた。
「…クロ…、食べて」
その瞬間、クロの視界が赤く染まった。
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