AI競争 揺らぐか「IT大手優位」
カギ握る3つの問題

The Economist
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2018/1/1 6:50
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 アルファベット2文字で呼ばれるある技術が多額の利益を生み出す。「AI」すなわち人工知能だ。今、テクノロジーの分野でこれほど熱い存在はほかにない。

 データプロバイダーのピッチブックによると、ベンチャー企業によるAIへの投資総額は2017年、9月の時点で76億ドル(約8600億円)に上った。既に、16年の年間実績54億ドル(約6100億円)を上回っている。

 今年、現在までに成立したAI関連のM&A(合併・買収)案件の総額は213億ドル(約2兆4000億円)で、15年実績の約26倍に相当する。上場企業の業績発表においても「AI」に言及する回数の方が「ビッグデータ」への言及より格段に多い。

グーグル系のウェイモがデータ収集量では既存の自動車メーカーにかなわないように、IT大手が世界中のデータをすべてコントロールできるわけではない=ロイター

グーグル系のウェイモがデータ収集量では既存の自動車メーカーにかなわないように、IT大手が世界中のデータをすべてコントロールできるわけではない=ロイター

 この熱狂状態の中心にいるのはアルファベット(グーグルの親会社)、アマゾン・ドット・コム、アップル、フェイスブック、マイクロソフトなどおなじみの米国企業だ。中国でも、IT(情報技術)大手のアリババ集団やネット検索大手の百度(バイドゥ)などが同様の戦いを繰り広げている(ただし透明性は比較的低い)。

 これらの企業の一部はAIを戦略の中核に据える。そして、すべての企業がAI企業の買収を熱心に進めている。この分野に通じた人材を獲得するためだ。

 こうした企業は、既存のサービスを改善する方法として、また新分野に参入する手段としてAIを見定めている。既存のサービスとしては、クラウドコンピューティングや物流などが挙げられる。新分野の代表は自律走行するクルマやAR(拡張現実)などだ。

■他社サービスへの乗り換えがおっくうに

 AIの動向をウオッチしている人の多くがこんな懸念を抱く──少数の巨大企業が持つ支配力をAIが強固にする、かつ拡大することで、競争に弊害をもたらす。実際にそうなるかどうかは以下に紹介する3つの議論にかかってくるだろう。そして、そこには1つの“秘訣”が関わる。

 AIを開発するに当たって、IT大手に大きな優位性があるのは確かだ。膨大なデータと果てしない演算能力を持つとともに、大勢の技術者を擁している。この分野での躍進を狙う中国においてとりわけ、この傾向が強い。

 次のような未来を想像してみよう。米グーグル系のウェイモが開発した自律走行のクルマがどこにでも運んでくれる。基本ソフトにアンドロイド(グーグル製)を搭載する携帯電話ですべての支払いを済ます。米ユーチューブ(グーグル傘下)にアクセスし、動画を見ながらくつろぐ。そしてインターネット検索に使うのは、言わずと知れた……。こんな未来に警鐘を鳴らす向きもある。

 一握りの企業しか存在しない市場では競争が激烈なものになりかねない。同じ面々が産業をまたいでとことん競い合う世界は、それでも消費者にとって望ましいものなのかもしれない。

 だが、このように、ある1社が提供する複数のサービスに人々が頼り、また、AIの力で企業がより的確にニーズを予測し、提供するサービスを顧客ごとにカスタマイズできるようになれば、消費者は他社サービスへの乗り換えをおっくうに思うようになる。

 そんな未来はまだ先の話だ。AIのプログラムは今も視野の狭い状態が続いている。その上、既存の企業がその優位性を永続させられるかどうかは不明だ。そこには3つの問題が絡む。

■データがそれほど重要でない世界

 最も重要なポイントは、AIが大量のデータを常に必要とするかどうかだ。AIをベースに動作する機器は通常、大量のデータセットに基づいて「学習」する。そうすることで、有益なパターン、例えば不正な金融取引などを認識できるようになる。

 もし、現実世界のデータがこれからもAIに不可欠ならばIT大手は安泰だ。なにしろ膨大な量のデータを保有している。加えて、医療などの新分野へ進出するのに伴ってさらに多くのデータを手に入れているのだから。

 一方、これとは異なる見方がある。データが今ほど重要な意味を持たない世界の到来を見込むものだ。

 AIの開発競争においてシミュレーションが重視されるようになった。人工的に作ったデータを使って学習したり、仮想環境の中で独習したりする。

 英ロンドンに拠点を置くディープマインド(現在はグーグルの傘下にある)は囲碁を打つプログラム「アルファ碁」を開発した。その初期バージョンは、実際の対局から収集したデータを使って学習した。

 だが最新のバージョンは与えられたルールを基に、自らを相手に碁を打ち始めた。そして3日後には旧バージョンを上回った。旧バージョンといっても、人間のトップ棋士を以前に打ち負かした強者である。

 もしこのアプローチが広く適用できれば、あるいは、将来のAIシステムがごく少量のデータで学習できるようになれば、IT大手の優位性は低下する。ただし、一部のアプリケーションには常にデータが必要となる。

 2つ目の問題は、世界中に存在するデータの何割をITの大手企業がコントロールできるかだ。IT大手は「個人」に対して強い影響力を持っている。アマゾンが医薬品市場に関心を寄せたり、マイクロソフトがビジネス向けSNS(交流サイト)の米リンクトインを買収したりするなど、個人を対象とする新たな分野への進出も続く。

■中国は緩い規制で自国企業を援護か

 だが「企業」に関するデータは手に入れるのが比較的難しい。それゆえ、その価値の高さがますます認識されるようになっている。自律走行するクルマはよい試金石だろう。

 ウェイモは現実世界での試験走行をどこよりも多く実施している。公道を650万km以上走行している。だが、既存の自動車メーカーや米テスラなどの新興企業は、既に販売した車両からより多くのデータを収集できる。加えて、米インテル傘下で無人運転技術を手掛けるモービルアイ(イスラエル)などの企業も競争に加わった。

 3つ目の問題は、知識がどの程度オープンに共有されるかだ。IT大手がAIの専門家を大学から採用できるのは、彼らの研究成果を発表しようという姿勢があるからだ。

 グーグルとフェイスブックは外部開発業者に対してソフトウエアのライブラリーを開放した。だがこうした企業が貴重なデータやアルゴリズムを共有する動機は弱い。

 この問題で大きな役割を果たすのは規制だ。企業が閉ざしがちな扉をこじ開けられるかどうかにかかっている。

 例えば欧州が近く導入するデータ保護法は企業に対して以下を義務づける。データの使用について提供者から明示的な同意を取り付けること。そして、提供者が自らのデータを他のプロバイダーに容易に移動できるようにすることだ。中国は規制を緩くすることで自国企業を援護する可能性がある。

 AIにおける競争は、IT大手の間において最も激しい。それが市場での競争にどれほど有益かを見極めるのは時期尚早だ。だが、その結果を決める秘訣が何であるかを見定めるのに早すぎることはない。それはデータの重要性とアクセシビリティー、そして開放性である。

(c)2017 The Economist Newspaper Limited Dec.9-15, 2017 All rights reserved.

英エコノミスト誌の記事は、日経ビジネスがライセンス契約に基づき翻訳したものです。

英語の原文記事はwww.economist.comで読むことができます。

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