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水道橋博士がついに「ビートたけし正伝」を書く日

芸能界について書くということ【後編】

芸能界に送り込まれた「秘密工作員」こと水道橋博士が、数々の芸能秘話を満載して贈るルポ『藝人春秋2』。本書の発売を記念して、芸能界についての取材を続けるノンフィクション作家の田崎健太氏と博士が対談を行った。

2人の白熱のトークは、綺羅星のごとき「藝人」たちのレジェンドから、いつしか「書くという行為」の深淵へと迫ってゆく。なぜ、僕たちはノンフィクションを書くのか? 調べ続け、書き続けたその先には一体、何が待っているのか——。そして、博士がついに「ビートたけし」について書く日が来る!? (前編はこちら

たとえテレビに出られなくなっても

田崎 「調べて書く」という行為は必ず、誰かを傷つける可能性をはらんでいる。それって、書き手にとっても辛いことですよ。「なんでここまで書くんだ」と怒られてしまうことだってある。最近は、取材相手による原稿チェックで大幅に内容を変更させられることもあるとも聞いています。そのためか、書く方も忖度して「人を傷つけないノンフィクション」が増えている。

書き手として言わせてもらえば、美談をそれらしく書くのは簡単なんですよ。でもやっぱり、「それじゃ面白くないでしょ」という気持ちが常にある。だからぼくはこの本を応援したいんです。だって博士は、この本を出すことで、芸人としての仕事が減る可能性だってあるわけでしょ?

博士 確かに減りかねない(笑)。橋下徹問題に関して「番組制作会社のA氏が〜」なんて書いているわけだから、テレビ局の人だってボクの扱い方に困るだろうしさ。それは分かってるのね。

分かってるけど、たとえもしテレビ局から声がかからなくなっても、多分その時は「書きたい本が今は何冊もあるし、それに使える時間が増えた」ってポジティブに思うんだろうな。たとえ業界内で誤解を受けても、少なくとも何人かが『君が僕を知ってる』でいいんだ、と思うようにしてます。

あとは自分も50代半ばにさしかかって、人生の半分以上が過ぎて、もうそう遠くない将来死ぬんだよな、という気持ちがあるのね。『藝人春秋』シリーズでは「あの世」「この世」という対立項で描いているけど、ボクはいつも「死」をすごく意識して書いてます。

だから今は、何が起きてもあんまり怖くない。これが30代だったら、まだまだやり残したことだらけで悔しいと思うだろうけど、今は死ぬまでに少しでも多くのことを書き残したい……そういう心境になっている。実はこれには、田崎さんが書いているものによる影響もあるんだよ。

田崎さんは2016年末の「週刊現代」でバーニングの周防(郁雄)社長にインタビューして、この前は「AERA」(2018年1月1日号)で吉本の大崎(洋)社長にもインタビューしていますよね。それに2016年にはのん(能年玲奈)の代理人弁護士にも取材している。

まず、これまで多くの人がこじ開けられなかった…いや、開けようともしなかった世界に飛び込もうとしている。芸能の深淵という世界に。それも、特別なルートやコネを使っているわけじゃなくて、取材対象のことをきちんと調べて、表から取材申請をして、これまで書いてきた作品が「マトモなものだ」ということを伝えているだけですよね。あ、実は正攻法で良かったんだって、ほかの書き手は改めて気づいたと思うよ。

 

「芸能界55年体制」の終焉

田崎 幸運だったのは、周防さんも大崎さんもぼくの書いた『偶然完全 勝新太郎伝』を読んでくださっていたこと。ぼくのバックには勝新太郎がいるわけです(笑)。

とはいえ、20代のときに勝さんと付き合いがあった(註・田崎氏は小学館「週刊ポスト」編集部勤務時代、勝新太郎の連載を担当していた)としても、基本的にぼくは芸能界のアウトサイダーです。利害関係はもちろん、しがらみもないから、調べたことをそのまま忖度なく書ける。当たり前のことではあるんですが、これがほとんどの芸能記者には出来ない。

長州さんを始めとした少なくないプロレスラーが、プロレス記者を利用しつつも、根本的に信用していなかったように、2人とも芸能界にどっぷり浸かった人間ならば取材を受けなかったでしょう。

博士 そう。結局、今の芸能ジャーナリズム、いや、芸能に限らず取材者は「忖度」のしすぎなんですよ。ただ、田崎さんの熱意とは別に、もうひとつ、彼らには「取材を受けた理由」があると思うんです。

それは、ご高齢の方は自分の死について意識しはじめたからではないか、ということです。ちょっと縁起でもない話かもしれないけれど、「俺が見聞きしてきたことは墓場まで持っていこう」と覚悟していた人だって、例えば死期を悟ったと思った時には、やっぱり誰かに打ち明けたくなるものだから。ドラマの『やすらぎの郷』なんて、まさにそういう世界観だった。

田崎 その通りなんですよ。だから、特に芸能界に関してはある意味、今がチャンスなんですよね。

ぼくは「芸能界55年体制」と呼んでいますが、これまで戦後の芸能界は渡辺プロ、ホリプロ、ジャニーズ、バーニングといった大手事務所がシステムを作って支配してきた。そういった事務所を立ち上げた第一世代、つまり戦後の芸能界をつくった人たちが今まさに老境に至って、世代交代が起きていることで、芸能界の構造そのものが大きく変わろうとしている。

こういう視点から芸能界を切り取るノンフィクションって、5年後、10年後にはもう書きたくても書けないかもしれないんですよ。

博士 芸能界の基本システムは、連綿と手渡しで受け継がれてきた「義理と人情」が骨格だし、特に裏方さんの世界は、その美意識と価値観が強い。そういう空気の中で秘匿されてきた不文律とか、ムラ社会特有の政治力学も当然ある。

でも、「死んだら何も残らないんだ」と気づいた時には、人間ってやっぱり自分の中の真実とか正義、それは別の人から見れば理不尽だったり、圧力のようなものかもしれないんだけど、それを含めて語りたくなるわけで。そりゃ、誰かが代わりに優秀な語り部をしてくれるなら、語りたいよね。

「自分は確かに強引かもしれない、威圧的かもしれないけれど、それはひとえに自分を慕う身内を守りたかったからなんだ」とかね。そういう感情は人間は当たり前のものだし、芸能界だけじゃなくてどの業界でも同じでしょう。