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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外574 西方からの帰路

 グロウフォニカ王国の宝物庫からは、他にも術者周辺に魔法の風を起こし、操る魔道具を貰ったりした。
 これは元々船を航行させる目的で開発された品だったりするが、操れる風の力も強くて射程距離も長いようで……これに相性がいいのはイルムヒルトだろう。

 魔法の風であるからか、光の矢を追い風で加速させたり、放ってから軌道を変えたりと、魔力に干渉できるのも実験済みだ。空中機動の補助にも使えるし、相手の動きを妨害する事もできるだろう。結界の魔道具もそうだが、自分だけでなくみんなの攻防を補助できるのは色々使い勝手が良い。多分、防御陣地の補助であるとか、シーラやセラフィナとの連係においても力を発揮してくれるのではないだろうか。

「ん。イルムヒルトやセラフィナと訓練しておく」
「面白そう!」

 にっこり笑うセラフィナである。音と風も相性がいいからな。

「シーラとの連係はいつも通りかしら。合図を送ってくれたらシーラちゃんの補助に使えばいいのね」
「ん。新しい合図を考える」

 と、こくりと頷くシーラと楽しそうな様子のイルムヒルトとセラフィナ。
 シーラとイルムヒルトの場合は元々の付き合いが長くて息が合っているというのもあるが、イルムヒルトは耳と尻尾の動きでシーラの意図を理解している。
 最近では真珠剣で水を操り、温度差のある場所のパターンでサインを送る方法も編み出しているし……三人に関しては更に連携の精度が高くなりそうな気がするな。



 そうして、宝物庫から魔道具を受け取り……出立の準備を整えたデメトリオ王、コンスタンザ女王、バルフォア侯爵、ドロレスを連れて、シリウス号を停泊させているヴェルドガル公館へと向かう。

 街にはまだ先日の宴の余韻もあって、酒場で酒を酌み交わしている冒険者と魚人であるとか、沿道から手を振ってくれる人々の姿が目についた。道行く兵士達も俺達を乗せた馬車に気付くと敬礼してくれて――そうして公館に到着する。

 公館の使用人達は、ヘルフリート王子とカティアの婚約をとても喜んでいて「王都で結婚式を行う際は必ず駆けつけます!」と意気込みを見せていた。

「うん……。嬉しいな。是非来てくれると嬉しい」
「ありがとう……!」

 ヘルフリート王子とカティアがそれぞれはにかんだような笑顔と、屈託のない明るい笑顔で礼を言うと、使用人達も嬉しそうに微笑む。
 使用人達とも親しくなっているソロンがうんうんと頷いていた。

 公館の使用人達は……ヘルフリート王子の素直な人柄やカティアの明るい性格を好ましく思っているようだしな。二人が結婚してからも、強い味方になってくれそうな気がする。まあ、ヘルフリート王子の暮らす場所も未定なのだし、人事権もメルヴィン王にあるから俺からは何とも言えないが……ヘルフリート王子の身の回りを固める人材としては、彼らは第一候補に入ってくるのではないだろうか。

「では、あちらに関する事は頼んだぞ」
「はい、陛下。お任せください」
「陛下のお心を安んずる事のできるよう、全霊を以って任務に望みます」

 と、エステバン達やエメリコ達がデメトリオ王の言葉に敬礼して答えていた。彼らはデメトリオ王の出発後、改めて旧フォルガロの首都へと向かい、グロウフォニカ代表の武官、文官の長として仕事をこなして行く予定だ。

 そうして俺達はシリウス号に乗り込む。人員の点呼等、出発前の確認事項を終えたところでアルファに合図を送ると、シリウス号はゆっくりと浮上していく。

 甲板から俺達に向かって、大きく手を振る使用人達やグロウフォニカの面々。こちらも手を振り返し、ゆっくりとした速度と低めの高度でグロウフォニカの王都の周辺を周回する。

 甲板からデメトリオ王やコンスタンザ女王が手を振ると、王都の人々も随分と盛り上がっていた。港周辺まで来た時にこちらの姿を認めて大きく手を振っているのは、俺達が初めてグロウフォニカ王都に到着した時に、洋上で挨拶した客船の船長だ。
 彼も無事航海を終えて帰港できているようで……うん。何よりだな。俺からも手を振ると、いかにも海の男といった感じの豪快な笑みを見せて俺達を見送ってくれた。

 そうしてグロウフォニカ王都を一周してきてからもう一度、公館の面々との別れを惜しむように手を振り合って、シリウス号はゆっくりとヴェルドガルに向かって進んで行く。

「それにしてもこれは……凄いですね。飛行船に乗る事ができて……感動しています」

 シリウス号に乗るのは初めてなドロレスが、景色を見ながら言う。

「西方は海が澄んでいて綺麗ですから眺めも格別ですね」
「空から見る景色は素敵よね」

 微笑むグレイスの言葉に、クラウディアが頷いた。

「また訪れる機会もあるでしょうけれど、その時は転移門での訪問になりそうだものね」
「そう考えると、この景色も暫くは見られませんね」

 ステファニアの言葉に、少し残念そうな声色で応えるアシュレイ。そんなアシュレイの言葉にマルレーンもこくんと頷いて。

「母上の国……か」

 と、ローズマリーも遠くを見ながら目を細める。
 各々思うところがあるのかデメトリオ王やコンスタンザ女王も含め暫くの間、甲板から遠ざかっていく王都を眺める。
 俺やグレイス達もそうなのだが……アルバートとオフィーリア、ヘルフリート王子とカティアも寄り添ってその光景を眺めていて……そうだな。こうした景色も飛行船の旅ならでは、だろう。
 新婚旅行や婚約の際の思い出として残ってくれるなら、俺としても嬉しい。みんなともふと視線が合って、そうしてお互いに微笑み合うのであった。



 タームウィルズへ向かってシリウス号は結構な速度と高度で進んで行く。飛行する海域もグランティオス王国やドリスコル公爵領なので俺達としても割と気兼ねなく速度を出せるし、警戒の度合いも下げられるので安心すると言うか。

「水晶板はここで拡大したりできますよ」
「おお……。ありがとうございます」

 と、シオンが水晶板モニターの使い方をドロレスに教える。ドロレスは飛行船の機能や、その速度に静かに感動している様子であった。冷静な印象がある分だけに割とドロレスは感動すると内心の反応が分かりやすいような気もする。機能的な部分に色々反応してくれるあたり、やはり技術者畑の人物なのだろう。

「飛行船はシルヴァトリア王国とテオドール公――ブライトウェルト工房の力を結集して作られた、と聞き及んでいますが……先進的な技術や発想が用いられていて、実に勉強になります」
「ブライトウェルト工房には、ヴェルドガル王国やシルヴァトリア王国の技術者や魔術師だけじゃなく、バハルザード王国やヒタカノクニの技術者もいるからね。お互い実りのあるものになると良いね」
「それは……何と素晴らしい……。到着するのが楽しみになって参りました」

 と、アルバートの言葉にドロレスは天を仰いで感じ入っている様子であった。

「フォレスタニアも素敵な場所だってセイレーンのみんなが教えてくれたから、今から楽しみね」

 キュテリアがそう言うと、ティールが相槌を打つように声を上げる。そんな様子にデメトリオ王やコンスタンザ女王も肩を震わせて、ヴェルドガルまでの空の旅は和やかな雰囲気のまま進んで行くのであった。

 さてさて。ヴェルドガルに来訪する面々への歓待が終われば、深みの魚人族から預かった瞳に関する仕事であるとか、ヘルフリート王子用の幻術用魔道具を用意といった仕事があるか。魔界の探索や並行世界への干渉手段確立といった仕事共々、丁寧に進めていくとしよう。
いつも拙作をお読みいただきありがとうございます。

今年も年の瀬が近付いてまいりました。
こうしてお話を続けていられますのもひとえに読者の皆様の応援のお陰です。
来年も頑張りますので、よろしくお願い申し上げます。

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